2018年 04月 29日

金丸座でこんぴら歌舞伎を観る 2

すごい寝不足だったのに、上演中は全然眠くならなかったよ、こんぴら歌舞伎。
舞台がものすごく近いから、東京の大劇場で双眼鏡ごしに見る歌舞伎と違って
役者の息づかいが伝わる。

一応演目を書いておこう。昼の部の最初は「江島生島(えじまいくしま)」。
江戸時代に実際にあったスキャンダルを歌舞伎にしたわけで、これはセリフがほとんどない
いわゆる所作事ってやつだな。ほぼ舞踊。
f0189467_14175988.jpg
 
20分の休憩をはさんで「鞘當(さやあて)」。これはちょっと楽しみだった。
刀の鞘が当たった2人がケンカになり、そこに仲裁役が入るって構成なんだけど、後半部分は
かなり自由度の高い演出が可能で、今回は芝翫(しかん)を襲名した橋之助が「留め男」として、
2人を分け、そこから先は襲名披露口上になる。
f0189467_14175943.jpg
 
例の「ご贔屓のほど、隅から隅まで、ず、ず、ず~~~いと・・・」っていうアレだ。
こういうのもナマで見たのは初めて。中村梅玉さん、さすがの貫禄だったね。

最後は世話物の「魚屋宋五郎」で、主役宗五郎はもちろん芝翫。
f0189467_14175973.jpg
 
奉公先のお殿様のお手討ちにあって妹を殺された直後という湿っぽい場面から始まって
最後は「それでいいのか」と言いたくなるハッピーエンドで終わる、すごい狂言(笑)。

江戸時代の芝居小屋だけあって、回り舞台なんかはすべて人力。
とはいえ、照明はもちろん電気を使ってる。舞台前に並んだ灯りも今は電気だけど、
昔はロウソク使ってたわけで、ここでもわざとロウソクっぽくチラチラさせてる。そう考えると
電気のない江戸時代、お客はずいぶん暗いところで歌舞伎を観てたことになる。
f0189467_09354134.jpg
 
落語によると、江戸時代は夜芝居というのはなかったらしい。ロウソクをたくさん使うと
火事がこわいっていう理由が大きいようだけど、そもそも夜芝居は暗くて難しかったのかもしれん。

いやいや、堪能させていただきました。
こんぴら歌舞伎なんてもう死ぬまで来る機会はないだろうけど、江戸時代の芝居小屋で
こんな近くから歌舞伎を観られたなんて、あっしぁね、望外の喜びでござんすよ、へい(←宋五郎風)。
f0189467_14201144.jpg
 
昼の部が終わったのが大体2時半頃。まだ日は高い。
こんぴら歌舞伎の舞台、金丸座は位置的に金毘羅様にお参りするための長大階段の、
最初の22段を登って左に曲がり、坂を登った先にある。

こちとら、歌舞伎だけ見て満足して帰るようなジイさんバアさんたぁわけが違うぜ。
次は金毘羅様の本宮まで785-22=763段のぼってお参りだ。夜行バスと圧縮体育座りで
ナマッた足を鍛えて血行よくしてやろうじゃねぇか。

え?昼飯?お参りが終わってから考えりゃいいんでい。
トホ妻との旅行じゃ、常に「観光優先・メシは後回し」になるんでい。てやんでい。

 

[PR]

by tohoiwanya | 2018-04-29 22:47 | 国内出張・旅行 | Comments(0)


<< 約30年ぶりの金毘羅様参り      金丸座でこんぴら歌舞伎を観る >>