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2020年 01月 16日

パノム・ルン遺跡に来たのだ

パノム・ルンはタイに残るクメール遺跡の中でも大規模なものとして知られる。
この2日後に行くピマーイ遺跡と双璧と言っていいんじゃないかと思う。
(ただしどちらも世界遺産には登録されてない。修復方法に問題があったのか?)

行ってみたいなぁ・・と前から思ってたけど、何せ場所がド不便。
とても無理だよなぁと思ってただけに、今ここを歩いていることが何となく
信じられないような気分だ。ド不便とはいえ、地元の中学生か高校生くらいの
集団が見学に来てたからそれなりに観光地っぽい。

まずはチケット購入。この後行くムアン・タム遺跡とのセット券ってのがあるから
それ買っちまおう。150バーツ。500円ちょい。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16185012.jpg
 
土産物屋には見向きもせず足早に階段を登っていく。ご存知のようにイ課長は
こういう時すごくセッカチなのである。早く見たい・・パノム・ルン・・早くハヤク。
こんな階段、ガツガツのぼっちゃうもんね。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16185002.jpg
 
う・・また別の階段か。片っ端から登ってやる。江戸っ子は気が短ぇんだ。
お揃いの赤いシャツ着た若者たちは地元タイの学校の遠足かな?
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16185015.jpg
 
おーーー!!見えたぞパノム・ルン遺跡の祠堂。形状はアンコールワットなんかに
似てるよね。もちろんアレほどの巨大遺跡じゃないけど風格ある祠堂だ。だがしかし、
あそこに近づくにはこの階段を降り、さらにまた登らなければならぬのか。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16200317.jpg
 
いったん下に降りると階段まではワット・プーで見たのと同じ、長~いリンガ参道。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16200362.jpg
 
アンコールワットの西参道にはリンガはなかったけど、ラオスのワット・プーや
タイのパノム・ルンにはあるんだねぇ。この寺院が出来た当時はラオスもタイもなく、
この辺は全部クメール帝国の支配下地域だったわけだけど、建設時期としては
アンコールワットよりパノム・ルンの方が古いらしい。

おっと、こっちにもワット・プーと同じ「ナーガのテラス(イ課長命名)」があるやん。
ワット・プーとパノム・ルン、建築レイアウトやその構成要素は部分的に非常に似てる。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16200395.jpg
 
そして最後の長い階段だくぬやろう。この階段があるから祠堂は全く見えない。
登りきったところでどーんと視界にはいってくる効果を計算してやがるな?
だがな、こっちは階段勝負じゃヒケをとったことのねぇお兄ぃさんだ。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16232275.jpg
 
実際、この時のイ課長は「階段なんて屁でもねぇ」って感じでウキウキしてた。
昨日クレオパトラから「車は手配でけん」と言われた時はどうやって計画を修正するか
すぐ決められなかったけど、早起きしてバスとバイクタクシーを乗り継いで、とうとう
来たのだ。嬉しい。きゃっきゃっ。こんな階段屁でもねぇぜ。

さぁ登った。わしゃ今パノム・ルン遺跡の祠堂と同じ地平に立ったのだ。ざまぁみろ。
赤いTシャツのタイ・ステューデンツがここにも。地元にこんなクメール遺跡があるなんて
羨ましい。頑張って見学しろ。ジャパニーズオールドガイのイ課長も頑張って見学するぞ。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16232344.jpg
 
とりあえずここまでたどり着いて達成感あったから、おなじみ「黄金の左腕」でセルフィー。
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さて、ではパノム・ルン遺跡の細部を見てみよう。もちろん、次回に続くのである。

 

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by tohoiwanya | 2020-01-16 00:15 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)


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