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2020年 03月 26日

ピマーイ遺跡というところ その1

ベトナム戦争、ポル・ポト暗黒時代、さらにカンボジア内戦・・と、カンボジアで長く混乱の
時代が続いた当時、どんな立派な考古学者も遺跡研究家もアンコール遺跡を実際に見に行くなんて
夢のまた夢。そこで「タイのアンコール・ワット」と言われたピマーイに行くという代償行為で
「クメール遺跡見たい欲」を満足させるしかなかったらしい。
ピマーイ遺跡というところ その1_f0189467_12320706.jpg
 
イ課長としてはカンボジアの“本家”の方はすでに見てる。でもこの時はアンコールワットとの
比較は頭に浮かんでこなかったね。やっぱつい先日見たばかりで記憶も新しいパノム・ルンや
ワット・プーとの違いや類似点の方が気になる。おお、「ナーガのテラス」がある。この辺は
ワット・プーやパノム・ルンと同じだ。
ピマーイ遺跡というところ その1_f0189467_12245617.jpg
 
祠堂までのルートはパノム・ルンほど長い階段もなく、わりと平坦。おお、見えてきたぞ。
ピマーイ遺跡の祠堂。写真では散々見た「行きたかった場所」に、実際に来られた時の気分って
いつも大体そうだけど、ヨロコビというより、やや放心状態に近いものになる。
ピマーイ遺跡というところ その1_f0189467_12245648.jpg
 
砲弾型というか、トウモロコシ型というか、クメール遺跡に特徴的なデコボコのトンガリ形状。
でもちょっと感じが違うね。積み重ねの段々が強調されたようなフォルムになってる。

実はここもパノム・ルン遺跡同様、世界遺産ではない。
なぜか(と言っては失礼だが)世界遺産であるワット・プーに比べて全然見劣りしてないぜ?
建築としてはむしろコッチの方がスゴい。
ピマーイ遺跡というところ その1_f0189467_12263328.jpg
 
ピマーイは発見された時は崩壊してたのを復元して今の姿になったらしいけど、ひょっとすると
復元方法に問題があったのかなぁ?
ピマーイ遺跡というところ その1_f0189467_12331769.jpg
 
建築年代は“本家”より若干早いそうで、「ピマーイはアンコールワットのモデル」なんて
書かれ方もする。2014年にカンボジアで見たベンメリアも「アンコールワットを作るための
予行演習で作った」なんて聞いた。まぁ「自分のトコ」をアンコールワットに結び付けたい
キモチはわかるが(笑)、きわめて近い時代に同じ建築文化に基づいて作られた神殿なら
似てるのは当然で、モデルとか予行演習ってことはないんじゃないの?
ピマーイ遺跡というところ その1_f0189467_12284938.jpg
 
ラオスでワット・プー、タイではパノム・ルン(とムアン・タム)、さらにピマーイと、
今回の旅行ではクメール遺跡をいくつも見ようと欲張っていた。ワット・プーは例によって
「現地に着いてから方式」でどうにか見学できた。パノム・ルンはちょっと危なかったけど、
路線バスとバイクタクシー乗り継いでこれまたかろうじて何とか見られた。

それに対してピマーイはバスターミナルから何番のバスに乗るとか、わかってたし、
バスを降りたら遺跡までは歩いてすぐ。訪問難易度という点では楽勝遺跡だから
不安にさいなまれずに来られたのは喜ばしい。余裕のセルフ撮りいってみよう。
ピマーイ遺跡というところ その1_f0189467_12304562.jpg
 
さて、それでは例によって細部をもう少し詳しく見てみっかな。
今回の旅行で最後の巨大クメール遺跡・ピマーイ。次回も引き続きご紹介いたします。

 

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by tohoiwanya | 2020-03-26 00:03 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)


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