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2013年 08月 22日 ( 1 )


2013年 08月 22日

ビルケナウ強制収容所 その2

ビルケナウ強制収容所のつづき。今日はもう少し細かいところを見ていこう。

線路わきをずーーーっと歩いていく途中、ガイドさんがある場所で立ち止まって説明する。
英語だからよくわかんないけど、貼られた写真を見れば何の説明かは一目瞭然だ。
貨車で運ばれてきた収容者たちは、ここで降ろされ、「収容」か「ガス室直行」か選別される。
線路際のこのあたりで、選別が行われたということのようだ。
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こういう写真を見て、説明を聞きながら、フと写真が貼られた建物を見る。
うわーーーーそういうことか。この「選別作業写真」に写っている建物が、今まさに我々の前にある
この建物だということなんだと思う。煙突の形とか、そっくりだもんな。
こういうのこそ、普通の博物館展示では味わえないもので、荒れ果てながらも昔の姿がそのまま残る
ビルケナウならではと言うべきなんだろう。
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やがて、一行は線路のドン詰まりに着く。
死の門からここまでけっこう距離があるよ。1km弱はあるんじゃないだろうか。とにかく広いのだ。
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このあたりには、いろんな言語で書かれた慰霊碑みたいなものがいくつも置かれている。
こういうのはね、大丈夫なの、見ても。「後になって設置されたもの」なら冷静に見ていられる。
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見るのがつらいのは、やはり「当時あったもの」だよ。たとえばこんなガレキの山がある。
実はここ、ガス室があったところ。いよいよ敗色濃厚っていうんでドイツ軍がビルケナウを放棄するとき、
さすがに残しておいちゃマズいだろうっていうんで爆破していった。
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慰霊碑とちがって(というのは失礼だが)、こういうものはすごい存在感で見る者に迫ってくる。
ここで殺された膨大な数の収容者たちの、それを爆破したドイツ軍の、さらに言えばこの爆破跡を
そのままの状態で保存し続けたポーランド人たちの、いろんな思いが重くのしかかってる。
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さらにたまらない場所がある。
英語の説明がよくわからなかったけど、要するに死者を埋めた穴の跡みたいなところらしい。
強制収容所の敷地内に死体を埋めた場所があるのはある意味予想されたことだ。
埋められた死体の数が100や200なんてナマやさしいレベルじゃないこともわかってる。

しかし、今回のアウシュビッツ・ビルケナウ見学ツアーを通じて最も濃厚に
「死の匂い」を感じたのがここだった。いたたまれないという気分になったよ。

収容所のヨソの施設で死んだ(あるいは殺された)人を、ここにたくさん、たくさん埋めたんだろう。
しかしそれだけじゃあるまい。穴のワキにズラリと並ばせられ、後ろから射殺されたなんてケースも
あったに違いない。要するに「この場で殺され、そのまま埋められた」人たちも多いはずだ。
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想像を絶する数の「強いられた死」。天寿を全うできなかった男、女、子供・・。
その中には戦後掘り返され、ちゃんと埋葬しなおしてもらった遺体も多いんだろうと思う。

しかし「埋まったまま忘れられた遺体」だってたくさんあるはずなんだよ。それもたぶんすごい数が。
そんなものは一つもないと考えるのは無理がある。今でもたくさん埋まってると考えざるを得ない。
いま自分が歩いてる、このあたりの土の下にだ。どんな巨大な墓地でも、こんなにナマナマしい
「死の匂い」を感じたことはない。

荒涼たるビルケナウ強制収容所にコモッているダークパワー、スゴすぎます。
すでに精神的には十分「もうダメ」状態に近かったイ課長だが、あの穴にはトドメをさされた。
カラダは他の見学者と一緒に普通に歩いてはいるけど、心はフラフラ。
おそらく他の見学者たちも同じような気分だったのではないかと思うのだが。
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重くて、暗いことばかり書いてきたアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所訪問記。
たぶん次回で終る。あと1回、ガマンしてつきあっていただきたい。


 

by tohoiwanya | 2013-08-22 00:02 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(8)