2017年 10月 30日 ( 1 )


2017年 10月 30日

おーい水島、一緒に日本に帰ろう

ミャンマー旅行以来、一度観たいと思ってたんだよね、「ビルマの竪琴」。
初公開版、カラーのリメイク版ともにまだ観たことがなかったのだ。

府中の図書館にDVDがあったから借りた。中井貴一が出たリメイク版じゃなく、1956年公開の
白黒版。ただし再編集バージョンだと思われる(初公開版には人食い土人とかが登場したらしい)。
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ある意味、「あの当時」だからこそ観る者の心の琴線に触れた映画といえるかもしれない。
昭和31年つうたら捕虜になってた日本兵が戻ってきてから10年たらず。「復員せず、そのまま
ビルマに残る日本兵」という設定はけっこう胸に迫るものがあったんだろうと思う。

この映画に特定のモデルはいない。日本に復員後、僧侶になった人がモデルとか言われてるけど、
そもそもミャンマーで出家者が音楽を奏でるなんてことは戒律上あり得ないことだそうで、
そういう意味でも「ビルマの竪琴」は完全なフィクション。
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悲惨な戦争を描いた映画ではあるんだけど、出て来る日本兵やビルマ人、さらに英軍までもが、
おおむねヒューマンな心を持つ者として描かれてるのはこの映画の格調を高くしていると思う。
水島がビルマに残ろうと思ったキッカケも、死んだ日本兵の墓で賛美歌を唄う英国人たちの姿を
見たことで、ワルモノって出てこない。現地ビルマ人(塀の外)と日本軍捕虜(塀の中)の関係も
素朴かつ友好的に描かれてる。

前にも書いたけどミャンマーは対日感情が極めて良い国と言われる。
「対日感情がメッチャいい国が世界に二つ、それはトルコとミャンマーだ」なんて話も読んだ。
対日感情がイイというのは大変有り難いけど、第二次大戦中、日本軍はビルマを実質統治した。
戦争中は相当メイワクもかけたはずなのに、中国や韓国と違ってなぜ対日感情がイイのか?

歴史的には「日本統治→日本の敗戦が独立の契機になった」ってことがあるかもしれない。
これはミャンマーに限らず、東南アジアの国にけっこう共通するブブンなのだが。

イ課長が漠然と思ってたのは「ビルマの人にとっての日本兵って“みじめで悲惨な敗残兵”という
イメージが強いからではないか?」ということ。この映画も敗色濃厚となった日本兵の部隊が
タイに逃げようとしてビルマを敗走するシーンから始まる。
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おそらく当時のビルマ人にとって日本軍って、長く支配者だった(120年以上)英国軍を追っ払い、
英軍に代わってミャンマーを統治した・・と思ったらアッという間(約3年)に「腹をすかした
哀れな敗残兵」になった兵隊さんたち、というイメージが強いんじゃないかなぁ?幸いなことに
虐殺者とか侵略者という記憶が強く残るほど長く居座ることがなかった。

映画の中で三國連太郎隊長率いる部隊が捕虜になるのはミャンマー南部のムドンって町で、
これは実在の町だ。それなのになぜか劇中にヤンゴンのシュエダゴン・パゴダが出て来たり
するけど、実際に市川崑はこの時一週間だけビルマ・ロケしたんだと。しかしたった一週間じゃ、
ヤンゴン以外の街に移動して撮影するヒマなんてなかったんだろう。
 
しかしだね、映画を見てイ課長がギョッとした箇所がある。ある寝釈迦が写った時だ。
非常にヘンな姿の寝釈迦で、容貌魁偉と言ってもいいんだけど、それに見覚えがあったんだよ。
DVD画面からキャプチャーできないようになってるから、画面をお見せできないのだが

いやしかし、この容貌魁偉な寝釈迦は明らかに見覚えが・・あ、アレか?
ヤンゴンのチャウッターヂー・パゴダに展示されてた写真(をイ課長が撮った写真)と比較した。
コレだよコレ。間違いない。ヤンゴン市内にあったはずだから(今はないが)、市川崑が
現地ロケした時も、この寝釈迦は撮影可能だったわけで、映画に写ってて不思議はない。
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何ともすごい姿カタチの寝釈迦だ。っていうか、これだけみるとお釈迦様に見えない(笑)。
上の写真下にある「Wingaba Rangoon(Yangon)」で検索するとこの写真が出てくる。
さらに調べると、Wingabaっていうのはおそらくチャウッターヂー・パゴダがあるあたりの
地名じゃないかと推測される。
 
この顔のアップが映画の中でも出てきたよ。市川崑もインパクトある姿に驚いたんだろう。
だがこの衝撃的な見た目を持つ寝釈迦像は現在なくなってて、今はコレとは180度正反対の、
妖艶美白仏がある。それについてはいずれ詳しく書きます。あれも別の意味でインパクト十分。
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ミャンマー行ったあと見ると、考えるところ、思い出すところの多い映画でした「ビルマの竪琴」。
ちなみに中井貴一主演の1985年版は見てない。あちらは石坂浩二はじめ主要キャストはみなさん
ご健在だ。しかし1956年版となると、安井昌二も三國連太郎も西村晃も北林谷栄も、もちろん
監督の市川崑も、みなさん天国に行ってしまわれた・・・。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-30 00:07 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)