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カテゴリ:2012.10 インド出張( 50 )


2014年 03月 06日

アグラ城というところ その1

唐突だが、ここでムガール帝国の歴史について簡単に触れておきたい。
なぜならアグラ城もタージ・マハルも全部ムガール帝国時代の建物だからだ。

インドに行く前、イ課長がムガール帝国について知ってたことと言えば
インドにむかしあった帝国で、アクバルっていう覚えやすい名前の皇帝がいた」ということだけ。
これは確かに間違いではないが、もう少し予習しておくとタージ・マハル観光の感じ方も変わってくるってもんだ。

ムガール帝国ってイスラム教国であり、ヒンズー教国ではない。
要するに西のイスラム圏からインドの方に進出し、帝国を築いたわけだけど、さらに言えば
このムガール帝国、実は「アラビア系」じゃなく「ペルシャ系」の国らしいんだよね。現在でいえば
「イラン系」ってことだ。当然アクバルほか歴代の皇帝もペルシャ系ってことになる。

いやー存じませんでした。インドにあってもタージ・マハルがヒンズー建築ではないってのは知ってたが、
実はアラビア建築でもなく、ペルシャ建築の流れをくんでたんですねー。

ちなみに、アクバルはムガール帝国の第三代皇帝で、これから行くアグラ城を築いたヒト。
第五代皇帝シャー・ジャハーンがその後行くタージ・マハルを建てたヒト。関係としては祖父と孫だ。
イ課長はまず「ジイちゃんが建てた城砦」、次に「孫が建てた廟」を見ることになる。
(上がジイちゃん、下が孫。画像はWikipediaから拝借)
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ちなみに、この孫のシャー・ジャハーンっていうヒト。よほど建築道楽が好きだったとみえて、
タージ・マハルだけじゃなく、イ課長がデリーのチャンドニー・チョークに行った時にチラリと見た
ラール・キラージャマー・マスジットなんかも建てた。あまりの建築道楽で国の財政もボロボロ。
しかし彼が作らせた建物の多くはいまや世界遺産となり、インドに莫大な観光収入をもたらしてるんだから、
シャー・ジャハーンって「ムガール帝国のルートヴィヒⅡ世」みたいなヒトだったんだなきっと。

これから行くアグラ城は彼にとってはジイちゃんにあたるアクバル帝が建てたのは前述の通りだけど
父ちゃんのジャハーンギール、そしてシャー・ジャハーン自身もここを使ったらしい。
そしてシャー・ジャハーンにとってはこのアグラ城が悲しい晩年をおくる場所にもなるんだけど、
それは後で説明するとして・・・

さて、では現場に戻ろう(笑)。
イ課長たちを乗せた車は無事アグラに着いた。しかしコトはすんなり運ばない。
シンさんによると、アグラでもう1人のガイドが合流するらしいのである。ええええ??
自分ひとりのために運転手とガイド二人がかりってだけでもすでに大変なことなんだけど、
この上さらにガイドがもう1人増えるって?なんなのだ一体。

要するにね、シンさんがホテル送迎を含め、このツアー全体のガイドではあるんだけど
アグラ城とタージ・マハルという2大観光スポットには「観光地専用ガイド」が加わるということらしい。
この専用ガイド、建物の歴史や由来を説明するかと思いきや、実は単なる「専属カメラマン役」で
あることが後に判明するのだが(笑)。

とにかくそんなコンナで、シンさんと専用ガイドとイ課長の3人はアグラ城に向かったわけだ。
青いターバンがシンさん、その左、腕を大きく振って歩く半袖のおっちゃんが専用ガイド。
そして正面にある巨大な建物がアグラ城。赤砂岩の色が印象的で、デリーのラール・キラーと並んで
このアグラ城もまたラール・キラー(赤い城)と呼ばれることがあるんだと。
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ちなみに、入場料はあると思うんだけど不明である。
入場料はすべてツアー代にコミだから、イ課長は自分では払ってなくて、知らないのだ。

さぁ中に入ってみよう。
おおッ いきなり壮大な門がお出迎え。これは美しい。微妙に色の違う赤い砂岩を
たくさん使ったことで、建物全体がモザイクみたいになってる。
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うーむこっちも何だかすげぇ。壮大かつ重厚な、力感あふれる建物だよね。
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後でわかることだけど、この城、主に外縁部は赤砂岩を使った重厚な設計になっているのに対し、
深奥部には白大理石が使われた優美なエリアもあるんだよ。その「優美なエリア」ってのは
さっき言った孫、シャー・ジャハーンが主に作らせたらしい。何せホレ、建築道楽の皇帝だからさ。

うーむ、この辺はそれでもまだ「赤砂岩・重厚エリア」なんだろうな。
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うーむ、しかし近くに寄って見るとイスラム建築独特の細密装飾、それも色を全く使わずに
浮き彫りだけで表現した装飾が素晴らしいね。これも赤砂岩という素材の色を生かすためなんだろうな。
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うわーこりゃなんだろ。井戸・・・にしては浅すぎるよな。もしかするとスペインのアルハンブラ宮殿みたいに
このママと赤ん坊の横にある水路に水をちょろちょろ流し、蒸発させて涼をとったんじゃないか?
この穴は水を貯めておくものだったんだよきっと。
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アグラに来るまではタージ・マハルしか知らなかったけど、いざ実際に来てみるとこのアグラ城も
さすが世界遺産だけあって、なかなかどうして大したもんだ。

次回はアグラ城の深奥、シャー・ジャハーンにまつわる「白大理石・優美エリア」をご紹介いたしましょう。
 

 

by tohoiwanya | 2014-03-06 00:19 | 2012.10 インド出張 | Comments(4)
2014年 03月 04日

タージ・マハルへの道

さぁ、2012年インド出張における最大のネタに着手するか。
これに関しちゃ写真もたくさんあるし、いろいろ思い出深いし、当然続き物の長編になる。

タージ・マハルへの道は遠い。
デリーから、タージ・マハルのあるアグラまでは200kmくらいの距離がある。
鉄道でも行けるけど、イ課長が申し込んだ日帰りツアーは往復とも車。片道5時間くらいかかる。
従って、イ課長のタージ・マハルへの道はまず朝5時の起床から始まったのである。

ガイドつきツアーを申し込んでたし、宿泊ホテル送迎付きだったから本来は気楽な観光のはず。
しかしイ課長はこの4ヶ月前にクラクフで絶体絶命のピンチを味わっている。「ホテル送迎」に対する
疑いと不安は非常に強く、用心深く朝5時半過ぎにはロビーに行ってみた(指定待ち合わせ時刻は6時)。

おろろ、もうイ課長の名前が書かれた紙を持ってガイドさんが待機してるじゃん。
イ課長も早めに来たけど、ガイドさんはさらに早めに来たようだ。ひえー。
これが以前にも書いたガイドのシンさんで、日本語の上手な、シーク教徒のナイスガイなのである。
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「それではもう出発しましょう」とシンさんが言うので、予定より20分くらい早く出発。
シンさんとしては道路渋滞のリスクを避けるために、少しでも早く出たかったようだ。
早く着ければイ課長にとってもありがたい。

デリー市内を走ってる間はまだ空は暗かった。
アグラに向かう幹線道路に入った頃に、ようやくヨロヨロと朝日が顔を出してきたよ。
インドの大地から朝日が昇るのを眺めるなんてなぁ・・・数ヶ月前には想像もしなかった状況だぜ。
(写真ボケボケでごめんよ)
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車内はガイドのシンさん、ドライバー、イ課長の3人だけ。つまりイ課長1人の観光のために
二人のインド人が専属で雇われてるわけだ。すげー。

2時間ほど走ったところで休憩タイム。ドライバーは残って、シンさんとイ課長だけ中に入る。
「なにかたべますか?」とシンさんから聞かれた。まだ長時間乗るわけだし、イ課長は
メシは食わずにチャイだけ飲むことにした。
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「わたしは朝ごはんをたべていいですか」とシンさんが言うから「ああ、どうぞどうぞ」と答える。
何せ早朝5時半にはもうヒルトンで待機してたんだから、朝メシ抜きだったんだろう。
彼はサンドイッチとチャイを頼み、イ課長が二人分の料金を払った。

こういう場合、ガイドさんの飲食代をどうするのかわかんないんだけど、雇い主持ちだよねぇ?
「ガイドの朝メシ代なんて聞いてねぇぞ!テメェで食ったものはテメェで払え!」なんて騒ぐのも
大人気ないし、全部あわせても100円とか150円くらいだしねぇ。
何せ「自分だけのためにガイドと運転手」なんて状況、初めての経験だから、慣れてないのだ(笑)。

そこからまた約2時間のドライブ。それでも往路はデリーから4時間半程度でアグラに到着できたのは
順調だったといえる。早朝暗いうちから出発した分、渋滞にひっかかることが少なかったみたい。
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アグラに向かう道中、窓からインドの風景を飽かず眺めた。
現地駐在社員も「赴任して1年になるけど、車の窓からインドの街見てると未だに飽きない」って
言ってたけど、ホントに飽きない。混沌と猥雑。欧州出張じゃ得られない面白さだよねぇ。
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途中休憩をはさみ、車は10時頃にアグラの街に着いた。
車から見るアグラの街並みってのがまた、首都で大都市のデリーと比較するとぐっと田舎臭くて、
その分いかにも「印度インドした感じ」がするとでもいうか・・あー降りて歩いてみたかった・・・。

シンさんによると、今日の観光の順序はこんな感じになるらしい。

①まず先にアグラ城をみましょう (はーい)
②そのあとタージ・マハルをみましょう (はーい)
③そのあとおひるごはんになります (はーい さすがに腹減った・・)
④そのあと大理石の工場を見学します (えー?行かなくていいッスよ、そんなとこ)
⑤デリーに戻ります。帰るのは5時か6時か・・渋滞がなければいいです (ぼくもそう思います)

さて、それではこの順番に沿って、「世界で最も有名な観光スポットのひとつ」であるところの
タージ・マハル観光に皆さまをご案内いたしましょうかね。

・・・・って、今日は車移動だけかよ!観光始まらねぇのかよヲイ!ざけんなッ!
(いやだから、ちゃんと標題も「タージ・マハルへの道」になってるじゃん、と言い訳してみる・・)


 

by tohoiwanya | 2014-03-04 00:39 | 2012.10 インド出張 | Comments(6)
2014年 02月 28日

インド出張で食ったもの③

さて、キモわる写真のあとは普通のインドめしの写真で口直ししていただこう。
今日で3回目のインド食い物報告。これまでコメ料理編会食料理編ときたわけだが、
今日は残りのメシを雑多にまとめてご紹介してしまおう。

①ムンバイのホテルで孤独にカレー
一人で行った出張なんだから、一人でカレーを食う機会が多いのは当然なんだけど
インド出張では現地で誰かと会食ってことが多かったから、意外に孤食の機会は少なかった。
これは珍しくムンバイのホテルレストランで一人で食った骨付き肉のカレーで、肉は羊だったかな?
カレーとナンだけというシンプルメシだけど、高級ホテルのレストランだけあって辛くて美味しかった。
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②移動の車の中で妖しいサンドイッチとお菓子
デリーでは一日に3ヶ所訪問、しかもそれが互いに離れてるっていう日が二日もあって、
ある日はとうとう移動の車の中でランチを済ませなきゃならん、っていうことがあった。
いやそんなムリに食わんでも、イ課長としては昼飯抜きでもぜんぜん構わないんですけど・・・
しかし同行者や通訳さんはそうもいかんか。

車をとめて、ショッピングモールの中のこんなパン屋?に連れていかれた。
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いろんなパンがある。揚げパンみたいなものが多かったね。
さっきも言ったようにメシ抜きでもよかったんだけど、みんなが食うのにイ課長だけ食べないのは
つきあいが悪い。何か食おう。揚げパンは油がコワかったので、マッシュルームサンドっていうのにした。
それはそれで、はさんであるものが半生みたいで、かなりコワかったが(笑)。
写真は撮らなかったけど、これ食ったときはゲーリーの可能性におびえたよ(結局、無事だったが)。
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車内ランチ中、同行者が「おひとつどうぞ」と差し出してくれたのが、このお菓子。
ナッツを何かで固めたもので、キャラメルに近いかなぁ?甘くて、まぁまぁ美味しかったけど、さっきの
マッシュルームサンドのゲーリー恐怖と長い車移動疲れで、のんびりお菓子を味わう気分ではなかった。
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③タージ・マハル観光についてたランチ
このランチは日帰りツアー料金に含まれてた(ビールは別料金)。
いわゆる「ターリー」っていう、いろんなカレーやオカズ、デザート等々を並べた、一種の定食。
日本のインド料理屋でもよく見かけるよね。この時は腹減ってたからガツガツ食った。んまかった。
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④中華風ヤキソバ
デリーのホテルの隣のショッピングモールにある中華屋で食ったメシ。
まぁ一種のヤキソバなんだと思われる。すごく辛くて、しかし美味しかった。
しかしこの時はビールが飲みたかったのに「ウチには置いてない」なんてホザきやがるもんだから
コーラと一緒に食うハメになった。これ見るとビール飲めなかった悔しさを思い出すぜ、ばかたれ。
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⑤インド人自宅で食ったナゾの朝飯

今回のインド出張で食ったものの中で、最も「貴重な経験」といえるのはこれだろう。
仕事の関係で、たまたまあるインド人商店主の自宅に朝行くことになったら、その商店主が
(おそらく)遅い朝食を始めるところで、イ課長にも一つ食え、と勧めてくれたのがこれだ。

これねぇ、説明するのが難しいけど、白くて四角いものは間違いなくコメだよ。
粗いツブのまま餅状に固めたものとでも言えばいいか・・・。このツブ餅に、緑のペースト状のものを
ちょっとなすりつけて食うんだよ。このペーストはややシブ辛いような味だった記憶がある。
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名前もナニも全くわからない、ナゾの食いもの。不思議な食感だった。
でもインドの、おそらくかなりリッチな階層なんかではごく一般的に食われる朝食なんだと思われる。
この貴重な機会を写真に残したくて、相手の目を盗んで必死ンなって撮った(笑)。


⑥ごく当たり前のピザ
珍しいもの食ってるなと思ったら、いきなりピザかい。
しょうがないじゃん。メシ食えそうなのはピザ屋くらいしかないところでメシ食ったんだから。
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これはムンバイでの仕事の最終日、つまり夜には帰国便に乗るっていう日のランチで、
「インド出張最後のランチがピザかよぉ・・」と思いながら、大して美味くもないピザを食った。
まぁね、こんなもんですよ、海外出張なんて。
 

 

by tohoiwanya | 2014-02-28 00:07 | 2012.10 インド出張 | Comments(10)
2014年 02月 21日

インドのサリー事情

さて、インドネタに戻ろう。

椎名誠が書いた「インドでわしも考えた」って本がある。
発刊が1984年みたいだから、椎名誠が実際にインドに行ったのは83年とか、その頃だろう。

その本の中で椎名誠が「インドの女は、もうホントにみーーんなサリーを着てる」というような
ことを書いていたから、おそらく80年代初めの頃におけるインド女性の「サリー着用率」って、
ものすごく高かったと推定される。

だが、椎名誠の約30年後、2012年にインドに行ったイ課長は次のような報告をせねばならない。
少なくともデリーやムンバイといった大都市部ではサリーの着用率は30年間でグッと落ちたのは
間違いない。大まかに言って「サリー着用率」はせいぜい3割程度じゃないかな、都市部だと。
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インドにおけるサリー着用女性の目撃頻度は日本における着物のソレよりはずっと高いし、
ベトナムにおけるアオザイの目撃頻度よりも高いだろう。しかし「みんな着てる」なんて状態からは
ほど遠い。どう考えても2~3割・・それでも4人に1人か・・うーん、もっと低いかもしれないなぁ。

じゃ、インドの女性はナニを着てるのかといえば、パンツルックのパンジャビ・スーツが優勢。
特に若年層は圧倒的にパンジャビ・スーツで、サリーを着た若い女性なんてほとんど見ない。
逆に言えば、いまやサリーは主に中高年に支持された衣装といえるのかもしれない。
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まぁねぇ、サリーもパンジャビも着たことないイ課長が言うのもナンだけど、男の目から見たって
パンツルックのパンジャビの方がサリーよりは圧倒的に動きやすそうだし、脱ぎ着もしやすそう。
若い女性に“サリー離れ”が起きるのも仕方ないかな、っていう気はするんだよね。
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ただ、その一方でサリーに対する見方も変わったよ。
多くの日本人にとってサリーっていうのは「インドのキレイな民族衣装」だ。ガイジンにとっての
日本の和服が今や事実上晴れ着であるのとと同じように考えやすいし、イ課長も何となくそう考えてた。

しかし、サリーの汎用性は想像以上に広い。労働着として着ることだってあるんだよね。
こんな風にジミめの色のサリーを普段着・労働着として着ている女性をけっこう見かける。
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中でも衝撃的だったのは、タージ・マハルからの帰路、休憩に寄ったドライブイン(かなぁ?)で
ごく地味な色のサリーを着た若い女性が床の雑巾掛けをしてるのを見た時だ。サリーで雑巾掛け?
それも日本の雑巾掛けみたいに両手で雑巾を押さえて廊下をバタバタ走るのとは違う。
ダルそうに、だらーっ だらーっとしゃがんで床を拭いてる。サリー姿で、だ。

おそらく下層カースト出身で、そういうヨゴレ仕事以外に就くこと自体難しいんだろう。
そんな世をはかなむでもなく、恨むでもなく、「死ぬまでは生きるしかない」というような目をして
サリー姿で床掃除をしていた彼女の姿は忘れられない。

考えてみりゃ日本の女性だって江戸時代には和服で掃除・洗濯してたわけだ。
そういう意味ではインドのサリーには「江戸時代における和服」的な要素が残ってるともいえる。
晴れ着用、よそ行き用、普段着用、労働着用と、いろいろ使い分けてるんだろうな。
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ということは、だよ?いずれインドのサリーも日本の和服と同じ運命を辿ることになるのかも。
日本も昔は和服で毎日働いた。しかし普段着・労働着であれば洋服の方が動きやすいから、
やがてそういう用途では和服は姿を消し、晴れ着用としてのみ生き残った。インドのサリーも
同様に晴れ着としてのみ残り、普段は洋服とかパンジャビを着るのが当たり前になるのかも。
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うーむ。インドにおいて「普段着としてのサリー」は今後徐々に絶滅危惧種への道を
歩むのかもしれない。少なくとも都市部ではその兆しが十分ある。

ちなみに、サリーっていくらくらいすると思う?イ課長には見当もつかなかったけど、たまたま
ムンバイでこんな写真を撮った。
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サリー3着でほぼ1000ルピーだ。これって当時のレートで1500円だよ。
たっぷり布を使ってる(と思う)サリーが3着1500円?普段着用の安物サリーならこんなに安いのだ。
「WITH B.P.」っていうのはサリーの巻き布の下に着る、短めのトップス(名前がわからない)と
下に着るペチコートのことだと思うんだよな。それ3セットで1500円っつうんだからやっぱり安い。

1500円で3着なら土産物として気軽に買える値段だ。
インドでサリーを買ってくるのもいいかもしれないよ?何せ1着500円、Tシャツ気分で買えちゃう。
ただしこれ、写真を見るとわかるように上に長〜い一枚布をうまく体に巻き付けているそうで、
慣れないと着るのは相当難しいのではないかと思われるけど。


 


by tohoiwanya | 2014-02-21 00:01 | 2012.10 インド出張 | Comments(14)
2014年 02月 17日

インドの国内便に乗る

インドの航空会社と言えば一番有名なのはエア・インディアで、これがいわゆるフラッグ・キャリア。
それ以外の航空会社なんてイ課長は全然知らなかったのである。
(下の写真はデリーのインディラ・ガンジー空港)
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しかしエア・インディアって早い話、国営航空だからトノサマ商売で遅れも多いらしく、評判はヨロシクなかった。
インド国内出張じゃエア・インディア使わないよ、他にも航空会社いっぱいあるし、なんて話を現地駐在から
聞いてたから、デリーからムンバイまでの飛行機移動に際してはエア・インディア以外を探してみた。

調べてみると、エア・インディア以外の航空会社って確かにいろいろある。
デリー~ムンバイ間なんてのは最も需要の多い路線だから、格安系も含めて参入企業が多く、
競争は激しい。どんな航空会社があるかっつうと、たとえば・・・

インディゴ航空 IndiGo・・・IndiaとGoをひっかけたわけか。機体は藍色なんだろうか?

ジェット・エアウェイズ JET AIRWAYS・・・これはごく穏当な会社名だがどこの国かわからない。

ゴー エア Go Air・・・日本人にはエンジン音を会社名にしたとしか思えない。

ジェットコネクト Jet Konnect
・・・これもマトモな社名だけど、コネクトがKから始まるのはなぜだ?

・・・といった具合に、エア・インディア以外にも選択肢はけっこうある。
インドの有名なビールと同じ名前(経営も同じ系列らしい)のキングフィッシャー航空なんてのもあったけど
これはその後経営不振でつぶれたみたい。

イ課長としてはどの会社がいいのか悪いのかサッパリわからないし、どれでも良かったんだけど、
結局予約したのはジェットエアウェイズ、11:55 Delhi → 13:55 Mumbai ってやつだ。
このジェットエアウェイズ、インドじゃ今やエア・インディアに次ぐ有力航空会社らしい。
料金的にはインディゴ航空よりほんのちょっと高く、エア・インディアよりちょっと安かったんじゃないかな?
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インドで飛行機に乗るときに重要なポイント。これは国内便、国際便問わずだが。
チェックインの時、おそらく係員は自社のロゴの入ったタグをくれるはずだ。たぶんヒモはゴム製だと思う。
それを機内持ち込み荷物に必ずくっつけておかねばならない。「いらねぇよ」と思って捨ててはいけない。

日本だと機内持ち込み荷物はセキュリティチェックを受けりゃOKだけど、インドの場合は「チェック済み」の
ハンコが不可欠になる。このハンコがないと乗れない。だから「ハンコ押し用」のタグもまた不可欠なのだ。
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もちろん、ボーディングパスの方にも「チェック済み」のハンコが押される。
乗客と、持ち込まれる荷物と、両方にチェック済みのハンコがないと乗れないというわけだ。
ムンバイから帰国便に乗る時も同じだったから、インドでは必須の手続きなんだろう。ご注意あれ。
(ボーディングパスの方がJet Konnectの社名になってるのはなぜだろう?)

それが済んでしまえばもうやることはない。出国審査ないしね。45番ゲートで待つとしましょう。
「エア・インディアは遅れが多い」って話を聞いてたこともあって、インドの国内便っていうと、何となく
機体はボロくて定時運航率も低そうっていうイメージがあったけど、全然そんなことはない。
発着にはほとんど遅れもなかったし、機体もごく普通にキレイだった。
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インド人乗客が大部分かと思ったけど、外国人も多かったね。しかし日本人はイ課長ひとり。
この日は天気がよくて、高い高度からでもインドの大地がよく見えた。

ちなみに、2時間のフライトで機内サービスは大したことない。ソフトドリンクのサービスくらい。
もっと飲みたい&食いたい人はカネで解決しないといけない。近頃よくあるパターンだ。
もちろんイ課長は何も頼まなかったけどね。
 
そして飛行機は無事ムンバイのチャトラパティ・シヴァージ空港に到着した。
機内も快適だったし、眺めもよかったし、ムダのない機内サービスもイ課長としては問題ない。

インドは広い。仮にデリーに最初に到着したとして、そこから日帰り可能な観光スポットって、
せいぜいアグラくらいしかないんじゃないか?あとはムンバイであれチェンナイであれバンガロールであれ、
国内便のお世話になる(ま、鉄道やバスでも行けないことはないけど、タイヘンだと思うよ~)。

その時はエア・インディア以外の格安系国内航空会社もぜひ検討してみるべきだ。
少なくともジェット・エアウェイズはなかなか良かったよ?


 


by tohoiwanya | 2014-02-17 00:44 | 2012.10 インド出張 | Comments(4)
2014年 02月 14日

インド コントン トラフィック

さて、長かったポーランド・フィンランド旅行ネタもおおむね書いたし、そろそろ次のネタ在庫、
すなわちインド出張ネタの消化に本格的に注力しよう。もう1年4ヶ月前の話になってるが・・。

今日はインドの道路交通について書く。
どこをとっても混沌としているインド、当然道路交通もまたコントンとしているのである。
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インドの道路交通に混沌をもたらす要因、現地で感じたのは主に下記の3点だ。
この3点はそれぞれにからみあってインドの道路交通を混沌へ、そしてさらなるカオスへと導く。

①道路を通行しているモノの種類がやたら多く、その速度がバラバラ
②一応車線区分はあるけど、ほとんど守られていない
③とにっかくまぁみんなよくクラクションを鳴らす

まず①だ。これはスゴかったよ。十分事前に予想してたとはいえ、やっぱりスゴかった。
大型トラック、乗用車、オートリクシャー、バイク、自転車、荷車、馬車、歩行者、ウシ等々のモノモノが
混在してるからね。しかもそれが都市部の狭い道じゃない。本来は自動車専用道路じゃねぇのか?と
思うような片道3者線くらいある幹線道路で、だ。

①の結果として②が生じる。
車のドライバーは自分の前を走る様々な「遅いもの」を次々と追い抜いていくという作業が常に求められる。
渋滞じゃムリだけど、道路が空いてりゃ必然的にそうなる。インドのすいた道路を快調に走るということは
前方にある「遅いもの」を追い抜き・追い越し続けることとほぼイコールと言っていい。

次々と前の物体を右に左にと避けながら追い抜くとなれば、車線の持つ意味はあまりない。
むしろ最初から車線区分をまたいで走ってる方が「左右に動きやすい」状態ともいえるわけで、実際そうやって
走るドライバーも少なくなかった。みんがそんな調子で走ってりゃ、混沌とするのも当然だよな。

さて、問題は③だ。これは②の問題と深くつながっている。
要するに②の追い抜きのときに「オラ、今からお前のこと抜くから、抜き終わるまでフラフラすんな」って
前を走る「遅いもの」に注意してるんだよね。上でもいったように、そういう追い抜きの場面はしょっちゅう
あるわけだから、結果的にクラクションもしょっちゅう鳴らすことになる。

なにせインドの道路を走る「遅い人たち」の「後方確認してなさかげん」ってスゴいからね。
自転車や荷車はしょうがないとして、バイクですらバックミラーがない場合が多いからあぶなっかしい。
たとえば下の写真、おっちゃんの乗ってるバイクにバックミラーないでしょ?こんなのザラ。
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こんな風にバックミラーをわざわざ内側に折り曲げてるバイクもよく見かけた。
これ、おそらく渋滞時にすり抜けしやすいようにってことのはずで、何のためのバックミラーなんだか・・。
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総じて、インドのバイクでまともにバックミラーを左右に広げて走ってるのは半分くらいじゃないかなぁ?
むかし250ccバイクに乗ってたイ課長の感覚としては信じられん・・っつうか、おっかないよ。
道はデコボコもある。道路のヘコんだところをよけようとして、ひょいと左右にハンドル切ることだってあるだろ。
それを後方確認なしでやるなんて、あっぶねーよなー。

こういう「後ろを見てない(かもしれない)連中」が前をチンタラ走ってるわけだから、車のガワにすれば
「おらおら、今からオマエのこと抜くぞ」ってクラクション鳴らして注意する必要があるわけだ。

クラクションに関してはもう一つ奇怪なものを見かけた。それはトラックの荷台のケツの部分だ。
ここに「ホーンを鳴らせ」って書いてあるトラックがもンのすごく多いんだよ。

ほら、BLOW HORN って書いてあるでしょ?
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こっちも。
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こっちは「ホーンお願い」ときたもんだ。
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こっちもお願いプリーズ型。これ、アグラ往復の間の車中から撮った写真なんだけど、とにかくもう
ほとんどのトラックにはケツの部分にコレが書いてあるんだよ。ここまであちこちで懇願されりゃ、
後続車がトラックを追い抜くときは。そりゃ絶対クラクション鳴らすよな。
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デリーからアグラまで、タージ・マハルを見にいくとしたら、車か鉄道か、そのどちらかになる。
イ課長としては当初、鉄道にかなり心ひかれたんだけど、デリーに早く戻ってくることを優先して車にした。
車だと片道4時間くらいかかる(鉄道でも同じくらいかかるけどね)。

最初は片道4時間も乗るのかよ~と思ったけど、混沌の道路事情・運転事情を眺めたり、
トラックの尻の写真撮ったりして、意外と退屈しなかった。
もっとも、デリーに戻ってきた時は「面白かったなぁ」ではなく、あの混沌とした道路を往復8時間走って
「事故に遭遇しなくて良かったなぁ」だったけどね。


 


by tohoiwanya | 2014-02-14 00:56 | 2012.10 インド出張 | Comments(2)
2014年 01月 13日

インド出張で食ったもの ②

ヘルシンキネタ消化が続くのかと思ったら、例によって突然他の国の話。
本日はインドメシシリーズ第二弾。
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インド出張ではデリーとムンバイで、それぞれ現地の日本人関係者と会食する機会があった。
現地料理にある程度通じた人が「それなりの店」に連れてってくれるわけだし、そもそも
メシ食う人数が一人じゃない(どちらも3人だった)から、注文する品数も多くなる。
インド初心者のイ課長が一人で食うよりはヴァラエティに飛んだメシを食うことになる。

とはいっても、料理の名前はとてもじゃないが覚えられないよ。それはご容赦いただきたい。
それに、同席者の手前、あまりバチバチ写真を撮るのも憚られる。というわけでそんなにたくさん
写真がないから、本日はデリーとムンバイでの会食を一緒にご紹介してしまおう。


【デリー編】
デリーでの会食、まず思い出されるのはレストランに行くまでのすさまじい渋滞だ(笑)。
こっちは目的地自体がドコなのかわかんないから「一体いつ着くんだろう」って感じだったな。
さぁ行きましょうと車に乗ってから店に着くまで1時間くらいかかった(距離は大したことない)。

この時のメシの写真は下のヤツだけなんだよ、すまぬ。
写真左上にあるのが普通のナン、手前にある白っぽいのは「ハンカチのようなナン」とかナンとかって
名称のナン(らしい)、非常に薄くて柔らかいナンで、味は普通のナンと同じようなもんだけど
口当たりがクレープみたいに柔らかで、「高級なナン」って感じだったよ、ナンとなく(笑)。
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この店ではスウィーツが印象的だった。
さすが、現地にいる社員は「インド料理=カレー」っつうだけじゃなく、様々なデザートが
美味しいということをよく知ってて、いろいろ頼んでくれた。
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特に変わっていたのはブランデー(かなぁ?)をかけてボッと火をつけるデザートだ(名前は忘れた)。
同席者たちも「ほら、イ課長さん写真、写真!!」と言ってくれたから写真を撮らせていただいた。
アイスクリームみたいなものとか、プリンみたいなものとかいろいろあって、インドスウィーツは
なかなか奥が深そうだ。


【ムンバイ編】
ここは例のドライ・デーにブチ当たって、ビールを飲めなかった悲痛ディナーだった時だ(笑)。
「シーフード系のインド料理」という、まったく未知な料理の店に連れてってもらった。

まずこれ。右はごく薄くて固い、パリパリのナン(なのかなぁ?)の上に具が散らしてあって、割って食う。
左は「なんとかダック」って言って、インドを植民地にした英国人たちが「うわ、これまるでカモの肉みたい」と
思って名づけた魚のフライ。何の魚かは覚えてない(笑)。
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こっちはねぇ、左がナン(ただし普通のナンより薄い)。問題は右の皿だ。
手前の暗褐色のものは何かのカレーで、上にある白っぽいゴロゴロしたものは実はイカなんだよね。
インドに来てイカを食うたぁ思わなかったぜ。
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そして最後は(いや、ほかにもいろいろ食ったんだけど写真を撮ってない)奥深きインド・スウィーツ。
左は実はアイスクリームで、右は見たとおり、プリンだ。
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そしてお約束の匂い消し。
スプーンですくってバリボリと噛む。ちょっとハッカっぽい味だったね。
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やっぱりインド現地に駐在してる人に連れてってもらうだけあって、一人だったら食わないであろうものを
いろいろ食う機会に恵まれたと言っていい。イ課長ひとりで現地レストラン入ったってスウィーツなんて
食うことないもんねぇ。

デリーとムンバイにおけるこの2回の会食。
勘定はイ課長の会社持ちで、とりあえずその場ではイ課長がクレジットカードで立替え払いした。
金額がいくらだったか、一昨年の出張精算した時のものを探し出して確認したら、

デリーの方が約5,200ルピー(8,000円弱)、3人だったから、一人あたりだと2,600円くらいか。
ムンバイの方は約2,000ルピー(3,000円くらい)。こちらも3人だったから一人あたり1,000円程度。
一人当たりの単価にはだいぶ差がある。

これって、レストランの“高級さ”による差じゃないはずだ。どっちもなかなか高級な店だった。
会食人数はどちらもイ課長いれて3人。食ったものの質や量に大きな違いがあったとも考えづらい。
じゃ、この約2.5倍もの金額差はなぜ生じたのか?


ムンバイでの会食はドライデーにぶち当たったため、ビールを飲めなかったから。


それ以外に理由は考えられないのである。





by tohoiwanya | 2014-01-13 00:21 | 2012.10 インド出張 | Comments(2)
2013年 11月 29日

インド出張で食ったもの①

久しぶりのインドネタ。食い物の話を書こう。

インドでは一人でメシを食うチャンスはホテルの中だけ、外でメシ食う時は必ず誰かと一緒。
あまり面白いものを食うチャンスはなかったけど(ゲーリーを避けたけりゃ当然なのだが)
インド出張中のメシはまだ一度もご紹介してなかったし、多少は写真もあるから、ご紹介しよう。

まずはムンバイのレストランで食った昼飯から。
インドといえばカレー、カレーといえばインド。当然カレーの話だろうって?
いやそれがそうでもないのだ。インドの食の奥は深い。

この時は現地関係会社のインド人社員と、インド人通訳さんと、イ課長の男3人。
おそらくまぁまぁ上級と思われるレストランに連れて行かれたんだけど、イ課長としてはその店が
ナニ料理店なのかもよくわからない。まぁインドなんだし、何かカレー食えばいいや、と思ってたら
通訳さんがイ課長にある料理を勧めてきた。「イカチョさん、ビリヤニたべてみたら?」

インド料理でいろんな種類のカレー(カリー)やタンドリーチキンやナンは知ってるけど、
ビリヤニなんて名称の料理をイ課長は聞いたことがなかった。

「び・・・びりやに?それ・・どんな料理なんです?」
「やきめし」

やきめし・・・とな?つまりチャーハンってこと?カレーじゃなくチャーハン?
なんだかよくわからないけど、勧められるままにそのビリヤニというのを頼んでみた。

調理にちょっと時間がかかるようで、しばらく待たされたらやっと出てきた。
大きめの器(たぶんこの器で炊き込むんだと思う)にたっぷりと入ってて、自分で好きなだけ
皿に盛って食うという料理なのだ。
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この記事を書くためにビリヤニっていうのをちょっと調べたんだけど、これって要するに
チャーハンっつうより、まさに炊き込みご飯に近いものらしいんだな。スペインのパエリャの
インド版といえばイメージしやすいかも。

Wikipediaによると、ビリヤニって起源はイランあたりらしいんだけど、中近東からインド、さらに
東南アジアにまで広く普及した料理みたいだ。愚かなるイ課長が知らなかったっつうだけで、実は
アジア全域で非常にポピュラーな「ごはん料理」ってことらしい。ふーーむ、知らんかったよ。

インドのビリヤニの特徴はなんといってもコメで、インディカ米の中でも特に長い種類を使うんだと。
たしかに写真を見てもすごく長いコメだ。このコメの中にカレー、さらに野菜や肉等の具を混ぜて
一緒に炊き込む(らしい)。インディカ米だけど、炒めゴハンのパラパラ感よりむしろ炊いたゴハンの
ふっくら感があるし、味もわりとやさしくて、激辛インドカレーのイメージとはぜんぜん違う。

メシを食い終わったあとはこういう・・・なんというのか、口中清涼剤みたいなのをひとすくい。
インドのメシ屋では口中清涼剤がよく出てきたけど、店によってブツの色や形状はかなり差がある。
ここはどちらかというと「お茶タイプ」っぽい。
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インドでメシを食ったときの主食はナンっていうことが多かったから、コメを食う機会は少なかった。
帰国便に乗るとき、ムンバイ空港で最後に食ったメシはごはんがついてたけど、やはりインディカ米。

「海外のパラパラしたインディカ米なんて食えない」っていう日本人もけっこういるらしいけど、
かつて“ゴキブリの舌を持つ”とまで言われた浅ましいイ課長はインディカ米でも全然オッケー。
キングフィッシャービールとともにインド最後のメシを堪能したのでありました。
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インド出張で食ったもの。
もちろんカレーやナンも食ってるから、それもいずれ書くけど、とりあえず本日のところは
「おコメ編」ということでご紹介いたしました。


 


by tohoiwanya | 2013-11-29 00:06 | 2012.10 インド出張 | Comments(2)
2013年 09月 11日

ムンバイのアンビリーバボーな交通機関

クラクフのダーク観光が一段落したところで、例によって、他の国の話題をちょいとはさむ。
気分を変えるためにハデな?話題にしよう。インドの、ムンバイの話だ。

インド屈指の人口規模と経済規模を誇るムンバイ。
ムンバイって、街の形がちょっと特殊で、海に突き出した半島の先端部分に市街地がある。
Google Mapで見るとこんな感じで、半島の先ッちょ、「フォート」って地名のあるあたりが街の中心。
だから朝夕の通勤・通学ラッシュも普通の街とはちょっと構造が異なる。
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これがデリーであれば通勤・通学ラッシュは「四方八方からデリーに集まる」って感じになるはずだけど
こういう特殊な地理条件だと通勤・通学の流れも偏る。要するに朝は“太い”北の内陸部から“細い”
南の先端部に人が集まり、夕方はその逆っていう流れになる。特に問題は朝だ。細い先端部に
北から一斉にドシャーッと人や車が集まるとなれば、「すごく混む」ってのは直感的にわかる。

ムンバイの人口はすごい勢いで増えてるらしいけど、細い先端部は土地も少ないし、土地代も高いから
人口が増えるエリアも北の「太い方」ってことになる。そうなれば必然的に南北移動を必要とする
人間の数はますます増えていくわけだ。事態は悪化する一方。

南北を貫く道路や鉄道路線は限られ、新たに作る余地は少ない。何せ先端部は細くて、土地ないし。
インフラは増えず、利用者だけが増えていくというオソロシい状態がずーーっと続き、続きすぎた結果、
ムンバイにおける朝夕のラッシュは道路も鉄道もタイヘンなことになっちまった。
もはやアンビリーバボーなレベルと言っていいのだが、まぁ順を追ってご紹介していこう。
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まず道路交通機関から。ムンバイの道路、朝夕の渋滞はすごかった。
タクシーはこんな感じで黒と黄色のツートンカラー、車体はおおむねボロい。冷房もないはずで、
年がら年中渋滞のムンバイじゃ、あまり快適な交通機関とはいえないんじゃないかなぁ?
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ムンバイにはオートリクシャーもワンサといる。デリーと違って車体カラーはやはり黒と黄色だ。
こちらは四輪タクシーより多少小回りは利くだろうけど、渋滞になりゃどうしようもない点じゃ同じ。
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結局、自分でバイクを運転するというのが、渋滞もスリ抜けられて一番早いかもしれないのである。
バイクの数は多かったよ。ノーヘルの人もかなり多かったが(笑)。でも自転車はまったく見なかったな。
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公共交通機関としてはまずバスがある。
ボディはハデな赤とか薄紫ってのが多かったな。旧英国植民地の伝統を引き継いでか、2階建てバスが
走ってるのを見たときはちょっとびっくりした。ただし車体はやはり手ひどくボロい。べこべこやん。
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え?これまでのところはちっとも信じ難くない?ごく普通の交通機関だろうって?まぁ待ちたまえ。
これから書くムンバイ近郊鉄道のアリサマを知れば、あなたもアンビリーバボーだと思うだろう。

デリーと違って地下鉄のないムンバイ。鉄道通勤しようと思えば昔からある近郊鉄道に乗るしかない。
ところがその混みっぷりがもう表現する言葉もなくいくらい・・・まずこの動画でも見て驚いてほしい。

         

ムンバイの電車通勤はまさに修羅場。命がけ。あまりの混みように、2008年は死者数が17人。
この17人っていうのが一日あたりの平均死者数だっつうんだから、驚きすぎて腰が抜ける。
年間だと6000人以上の死者。開いた口がふさがらん。ナンなのだこの数字は?!ここはムンバイだろ?
アウシュビッツじゃないはずだぞ?!(データ出所はAFP通信だから、いいかげんなものではないはずだ)。

もっとも、死者で圧倒的に多いのは線路を歩いてた人たちで、「乗ってて死んだ」ってケースに限れば
もっと少ないはず。しかし乗ってる時でも、開きっぱなしのドア(!)から転落とか、車両の外側に
しがみついてて滑落とか、屋根に乗ってて架線に触れて感電とか・・死ぬ理由は色々あるらしいんだよ。
「ムンバイ近郊鉄道」で画像検索すると気が遠くなるような画像がいっぱい出てくる。いくつか拝借しよう。
(拝借写真その1↓)
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かくのごとくアンビリーバボーなムンバイ近郊鉄道。このことを知った時、イ課長は恐れおののくと同時に、
ムショーに乗ってみたくなった(笑)。平日の朝夕に乗るのは自殺行為だろうが、日曜なら空いてるはず。
ムンバイ到着はちょうど日曜だから、ホテルに一番近い駅(それでもちょっと遠いが)から乗ってみようか・・・。
ところがムンバイに到着したその日の午後はドシャ降りの夕立で、結局あきらめたんだけどね。
(拝借写真その2↓)
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その後、ムンバイ滞在中は残念ながら近郊鉄道の写真を撮るチャンスすらなかった。
ただ、走ってるところは車から何度か見たよ。メチャ混みってほどの時間帯じゃなかったけど、それでも
走行中ドアは開けっ放し。暑い上に車内冷房がないから、そもそも走行中に車両の扉を閉めるという
習慣自体がないらしい。むしろ、好んでドアから身体を出してる様子すらあったぞ。たぶん風があたって
涼しいからだと思うけど、それにしたって・・・。
(拝借写真その3↓)
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でも乗ってみたいなー。
イ課長は海外に行くと「マイルド鉄っちゃん」になるから、駅とか鉄道とかって、基本的に好きなんだよ。
こないだ、タイでも相当ボロいローカル電車に乗ったけど、ああいうのってメチャ面白いんだよなー。
またムンバイに行く機会があれば、このアンビリーバボーな近郊鉄道を一度体験してみたい。

しかし平日の朝は絶対乗れないよ。イ課長だって死ぬのはコワい。彼らはコワくないのか?
このアンビリーバボー列車に乗って毎日電車通勤してるムンバイっ子たちの「死生観」って、
東京の通勤ラッシュしか知らないイ課長のソレとは、たぶん根本的に違うんだろうなぁ・・・。

 


by tohoiwanya | 2013-09-11 00:02 | 2012.10 インド出張 | Comments(4)
2013年 08月 29日

デリーのリクシャーに乗ってみる

ポーランドネタを消化する中、本日は軽いインドネタをはさもう。

小型オート三輪のタクシーってアジアではよく見かける交通機関で、有名なのはタイのトゥクトゥク。
これがインドネシアではバジャイ、インドではオートリクシャーって呼び名になるけど、モノはほぼ同じ。
トゥクトゥクの語源がエンジン音なのに対し、リクシャーの語源はマジで日本語の「力車」らしい。
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こういう“個人営業交通機関”って、タクシーみたいにメーターがないから、乗車前にドライバーと
「ドコソコまでいくらで頼むよ」みたいな価格交渉せにゃならん。これが面倒。しかもガイジン相手だと
向こうは5倍くらいフッカケてくるのは珍しくないようで、それを英語で値切らにゃならん。
まぁ昔はバンコクやマニラの四輪タクシーだって、こんな感じなのが多かったけどね。

インドで一度だけ、そのオートリクシャーに乗ることができた。
例のチャンドニー・チョーク小冒険から地下鉄で帰ってきて、駅からホテルまで乗ったのだ。
行きは歩いたけど、帰りもまた20分歩くのダルいし、一度オートリクシャーに乗ってみたかった。

インドの街中ならそこらじゅうで見かけるオートリクシャー、競争相手が多いだけあって、
過当競争も激しいようだ。イ課長もこの時、それを体験することになる。

地下鉄のMarviya Nagarの駅を降りて、エスカレーターをのぼって地上出口。
地下鉄駅周辺にリクシャーが何台か停まってるのは行きに確認してたから、つかまえるのは
難しくないだろうと思ってたけど、価格交渉は自信がないなー。まぁそんなに長い距離じゃないし、
多少ボラれるのはしょうがないか・・・

・・・なんてノンビリ考えてはいられないのだ。
出口を出ると、たちまち6~7人くらいのリクシャワーラー(要するに運転手)にワッと取り囲まれる。

 フォーティ!   フォーティ!   フォーティ!フォーティ!
    フィフティ!     フォーティ!!
  フォーティフォーティ!!  サーティ!  フォーティ!!

ちょ、ちょっと待っちくり。すごいことになった。
リクシャワーラーたち、この駅を降りるガイジンなら、どうせ行き先はホテルやショッピングセンターのある
アソコだろうと決めてかかって(それは実際その通りだったのだが)運賃連呼。まさにイ課長の奪い合い。
価格交渉もヘチマもない。魚河岸でセリにかけられたマグロのような気分だ(笑)。

一人、「サーティ(30)」って言ったような気がしたから、声の方に向かって「サーティ?」って確認したら
「サーティ、サーティ!イェイ!」って、元気よくイ課長の腕をつかみ、他の競合同業者たちの間を縫うように
自分のリクシャーに連れていく。「ほーらオレ様は客を見つけたぜ、ざまぁみろ、どんなもんでぃ!」って感じで
鼻高々、喜色満面で連れていくんだよ。彼が良いリクシャワーラーか、悪徳業者か考える時間なんてないけど
一番安い料金を提示したのは確かだ。こうなった以上、彼のリクシャーに乗ってみようではないか。

オートリクシャーに乗って眺めるデリーの街。いやーインドに来ちまったなぁという気分が盛り上がる。
車体はえらくボロく、しかもよく揺れる。このクサリは何のためにあるのか?さっぱりわからない。
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これはひょっとするとメーターの“残骸”か?
しかしインド広しといえども、メーター制のオートリクシャーなんてないはず。何のための装置なのか
これまたよくわからない。しかしどうせ作動してないようだから、考えてもしょうがない(笑)。
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行きは歩いて20分の距離。乗車時間はせいぜい5〜6分ってとこだったかな?
「ヒルトン」って言ったら、ちゃんとホテルの近くまで乗せてくれた。

彼が主張した料金は30ルピー。ぴったりのお金がなかったから50ルピー札を出したら、
ちゃんと20ルピーのお釣りをくれた。「お釣りがないよ」とか言われるかと思ったけど料金トラブルなし。
インドの悪徳リクシャーの話はヤマほどあるみたいだけど、意外に正直かつ良心的だ。

というわけで、インド出張で唯一のオートリクシャー体験は過当競争のおかげもあってか、
実に安く済んだのでありました。30ルピーつうたら(当時の相場で)45円くらい。こりゃ安いよ。

翌日、通訳さんにこの話をしたら、「イカチョさん、それ、ボラレてないよ」と請け合ってくれた。
悪い評判も多いインドのオートリクシャーだけど、かくのごとく過当競争の激しい業界みたいだから、
インドに不慣れなガイジンでも、意外に“地元料金”で乗れちゃうこともあるかもよ?


 

by tohoiwanya | 2013-08-29 01:11 | 2012.10 インド出張 | Comments(0)