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カテゴリ:2013.06 ベトナム・タイ旅行( 95 )


2014年 08月 11日

アユタヤ遺跡めぐり-廃墟編-

アユタヤ遺跡観光っつうたら、現役のお寺も重要だが、廃墟観光をはずしては語れぬ。

前に書いたように廃墟系のアユタヤ仏教遺跡はまず例外なくビルマ軍によって破壊されたものだ。
ただ、見てて胸がつまるのは、そういう破壊された仏像はほぼ例外なく首をチョン切られてるんだよ。
熱心な仏教徒ってわけじゃない普通の日本人でも、この光景に接すると「うわ何てことだコレは」と思う。
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ご存知のようにビルマもタイと同じような仏教国だ。本来なら仏像破壊なんてもっての他のはず。
実のところビルマ軍はタイの仏像を破壊するのが目的じゃなく、持ち帰ろうとしたらしいんだな。
日本語ガイドのダメーさん(仮名)がその辺のいきさつを説明してくれた。彼女はビルマ軍のことを言うとき、
必ず「ビルマのへいたいさん」という日本語を使った。


ビルマのへいたいさんは、タイの仏像をもちかえろうとしました。でもぜんぶ船につむと
重すぎて船がしずんでしまいます。そこで、ビルマのへいたいさんは仏像のあたまだけきりとって、
それを船につんで持ち帰りました。そのあとビルマのへいたいさんはお寺をこわして焼きました


要するに、同じ仏教国であったがゆえに、ビルマのへいたいさんはタイの仏教グッズを略奪しようと
したわけで、話のニュアンスからは仏教文化や仏教美術という点で当時ビルマよりタイの方が
進んでいたことが伺える。自国のものよりダサければビルマのへいたいさんも欲しがらないはずだもんな。
この時奪われたアユタヤ朝時代の仏像の首って、今でもミャンマーに残ってるんだろうか?
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現在は廃墟のワット・プラシーサンペットにはアユタヤ朝時代の三人の王のお墓=巨大仏塔がある。
アユタヤ観光では外せないスポットだ。しかしこの周囲には頭をチョン切られた仏像の胴体だけが
そこらじゅうに今も置かれている。
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中にはこんな風にチョン切られた仏の生首がころがったまま、なんていう悲しい風景もある。
しかしまぁこれも歴史の真実を今に残す遺跡なのだ。ここは世界遺産にもなってるし、勝手に
片付けるわけにもいかないんだろうな。
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このワット・プラシーサンペットは仏塔も立派だけど、周囲に残る草むした遺跡がまた
ムードたっぷりで、何となく「天空の城ラピュタ」を思い出してしまう。
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ここでもやっぱりイヌはダラーッ。
タイにいる間、ダラーッとしたイヌはヤマほど見たけど(というか、シャンとしたイヌなんて皆無だった)、
そういうイヌを最も高頻度で見かけたのがアユタヤ遺跡だったと思う。とにかくそこらじゅうで寝てる。
アユタヤ遺跡はイヌダラ天国でもあるのだ。
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そんなイヌダラの・・いやアユタヤの廃墟系遺跡の中の白眉といえばココだろう。
ワット・マハータート。ここにある仏の首こそ、アユタヤに来て見逃してはならないものだと思う。
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これ、正確な形成プロセスはよくわかってないようだ。
おそらくビルマ軍によってチョン切られた仏の生首が偶然木の根元にころがって、木の成長につれて
根っこに取り込まれながらだんだん上の方に出てきた・・んじゃないのかなぁ?
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愚かなる人間どもの蛮行をすべて許すかのような、穏やかなお顔の仏の首。
その首を、木の根が、まるで両手で慈しむように包んであげている光景は実に感動的なもので
おそらくアユタヤ遺跡で最も有名な遺物じゃないかな。
 
というわけで、アユタヤ遺跡めぐりの廃墟編でした。
おお、今回は実に要領よく一つの記事にまとめたぞ。どんなもんだい。

ただアユタヤでは遺跡めぐり以外にもう一つだけ書くべきことが残ってるのだ。
次回、アユタヤの最終回としてそれを書かせていただこう。


 

by tohoiwanya | 2014-08-11 00:02 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)
2014年 08月 07日

アユタヤ遺跡めぐり-非廃墟編2-

非廃墟編だけで続きものになってしまったお詫びに、粛々と更新するのである。
というか、大体はもうすでに書き終えてたんだけどね。

ワット・ヤイチャンモンコンと並ぶ、アユタヤ遺跡群におけるもう一つの非廃墟、現役の仏教施設、
それは(はい音読しましょう)ウィハーン・プラモンコンボーピットだ。
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ここには巨大な大仏殿があり、中に巨大な金の大仏が安置されている。
それだけでも重要な施設なんだけど、後で調べたらココってビルマの寄付で建てられたものなんだってね。
再三にわたって侵略・破壊を繰り返し、アユタヤ朝を滅亡に追いやったともいえるビルマが、後になって
こんな施設を寄付したわけだ。なかなか美しい話ではないか。

さっそく中に入っ・・・うおおおっ、もういきなりコレです。金色です。デカいです。
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実になんというか・・・親しみやすいお顔というか、クラスに一人はこんな顔のヤツいたよね。
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イ課長はこの後、年末にバンコク行ったときも例の黄金仏とか、それ以外にも金色のホトケ様をいっぱい見た。
見た結果として思うんだけど、タイの仏教施設に求められるものはやっぱり日本のお寺のソレとは全然違うのだ。
とにかくまず見た目のインパクト。サイズは小より大、素材は木や銅よりだんぜん金。
見る者をして「うおっ」と思わせるものがないとダメなんだよ。一種の「スペクタクル仏教」とでもいうか。
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ウィハーン・プラモンコンボーピット(音読した?)の巨大ゴールデンブッダはそりゃもう見た目のインパクトは
十分だからね。インパクトが強けりゃ有り難い。だからこうして参拝者は絶えないわけだ。同じ色のシャツを着た
人たちが多いけど、たぶん地方からアユタヤに来る参拝ツアーみたいなもんなんじゃないかと思う。
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寺の内部は巨大黄金仏をグルリと一周して見られるようになってるからイ課長も一周してみた。
うーむ・・こうやって背中から黄金の仏像を見るというのも初めてだと思うが、なかなか異様だ。
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小さな女の子がいた。お母さんは参拝ツアーの一員で、一緒に来たんだろうな。この子にとっては
巨大な黄金仏と同じくらい、巨大なガイジン(つまりイ課長)に興味シンシンだったようで、
イ課長の歩く方、歩く方に何となくついて回ってくる。5才くらいかな。かわいいね。
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こっちもニッコリ笑顔を返したりしてサービスしてるうちに仲良くなったので、記念の一枚。
まさかアユタヤの金の大仏殿で小さな女の子をナンパすることになるたぁ思わなかったぜ。
この後、このコのお母さんのカメラで母娘の記念写真を撮ってあげたりして、なごやかな日タイ交流が
なされたのでありました。
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というわけで、ホントは前回記事と一緒にするつもりだったんだけど、長くなったので分けた「非廃墟編」の
その2というわけでした。この後、いよいよ「廃墟編」があるわけだけど、そっちはなんとか一つの記事に
まとめるように努力しますですハイ。


 

by tohoiwanya | 2014-08-07 09:54 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)
2014年 08月 06日

アユタヤ遺跡めぐり-非廃墟編-

アユタヤって地名であると同時に昔の王朝の名前でもある。
かつてアユタヤ王朝があった場所が現在のアユタヤ。要するにアユタヤって昔のタイの首都だったわけ。
バンコクがタイの首都になったのはその後なのだ。京都と東京の関係にやや近い。
ただ、京都と決定的に違うのはアユタヤが隣国のビルマ軍によって破壊され、放棄された首都だということだ。

アユタヤ復興をあきらめたタイ王は首都をバンコクに移し、これはチャクリー王朝となって現在も続く。
ミュージカル映画「王様と私」に出てきたユル・ブリンナーはチャクリー王朝のラーマ4世なんだけど
そういやあの映画でもタイ王家の子供たちがビルマをバカにする場面があったなぁ。
(ちなみに、タイでは「王様と私」ってずっと上映禁止なんだってね。初めて知った)

だからアユタヤの遺跡はビルマの侵略によって破壊された傷跡がすごい。ある意味、それで有名だともいえる。
しかしすべてが廃墟ってわけでもなくて、現在も使われてる(あるいはその後建てられた)ものもある。
イ課長が参加した半日ツアーはおおまかに「非廃墟」2カ所、「廃墟」2カ所を見学したんだけど
とりあえず今日は「非廃墟」の方をご紹介する(本日の標題はそういうことだったのだ)。

最初に行ったのは(はい音読しましょう)ワット・ヤイチャンモンコンというお寺なのである。
同じ仏教文化っつうても、日本じゃまず見られない真っ白い寝釈迦に巨大な仏塔。うーむ、東南アジアだ。
17年前に出張でバンコクに来たとき観光なんて全然できなかったから、こういう「タイ的仏教風景」を
ナマで見るのは生まれて初めてだよ。ああイ課長はいま遠くタイにこそ来にけれ(←係り結びの法則)。
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「車のところに○分後に集合」だったから、イ課長を含めて3人いた日本人客はバラバラ散って見学する。
とりあえず真ん中にある一番デカい仏塔に近づいてみよう。仏塔の周囲にはズラーーーッと
黄色い袈裟を着た石仏群が並んでいる。黄色ってタイ仏教的に高貴な色なんだろうな。
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こっちにもズラーーッ。
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犬はダラーーーッ。
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仏塔の上の方に登ってみると視界はこんな感じ。南国の緑が美しい。
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非廃墟といっても、よく見るとこのお寺にも破壊の後が見える。おそらく一度ビルマ軍に破壊されたけど
新しく仏像群もセットしなおして、部分的に建て直したんだろうな。
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本堂みたいなところには新しい祭壇とか陳列物もあって、現在も使われてることは明らかだ。
こうしてタイの人が実際にお参りしてるし。
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これはガイドのダメーさん(仮名)が「ぜひ見てほしい」とご推奨だった高僧の蝋人形(だと思う)。
ものすごくリアルに作られてて、いまにもムクッと起き上がりそう。
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こんなものもある。金の大仏・・なのかなぁ?イ課長には金の布袋さまにしか見えんが。しかもケース両脇の
二匹のブタさんはナニ?意味不明である。
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こんなのもあった。なぜここにドラえもんが大量にお供えされているのか、やはり意味不明である。
日本で水子地蔵に子供用のオモチャとかお供えすることあるけど、そういうことなのか??
イ課長の頭から巨大なハテナマークが一つ、二つと浮かんではアユタヤの空に消えていく・・・。
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うう、非廃墟を一つの記事でまとめようと思ったが、(音読しましょう)ワット・ヤイチャンモンコンだけで
けっこう長くなってしまったし、写真もかなり多くなった。
もう一つの非廃墟は次回にまわす。すまぬ。


 


by tohoiwanya | 2014-08-06 00:02 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)
2014年 08月 04日

アユタヤに行ってみよう

さてだ。
昨年の東南アジア旅行はベトナムに関しては街歩き中に拾った小ネタがヤマほどあるのに対し
タイではいわゆる大ネタがいくつかある。もうあの旅行から1年2ヶ月が経過してるんだから(笑)
そろそろ大ネタのひとつに着手しよう。まぁ続き物になるだろうな、当然。

その大ネタとはアユタヤ半日観光なのである。実にオーソドックスな、これぞ観光ネタといえる
観光ネタだ。これは事前に現地オプショナルツアーに申し込んでおいたのである。
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アユタヤはバンコクから車で1時間くらいかな。バンコク発オプショナルツアーの観光地としては
王道といえる場所で、一日ツアーとかもあるけどイ課長は早朝に出て昼に戻る半日ツアーにした。
暑い中、丸一日となると疲れるし、夜は夜であちこち行きたい場所もあったからね。

その代わり朝は早い。ホテルピックアップは6時半。6時に早起きしてロビーで迎えを待った。
オプショナルツアーのピックアップっていうと、どうしてもクラクフでのトラウマがあるから、
「ちゃんと来るんだろうな?」という疑念をぬぐい去ることができない。

ホテルロビーのソファに座り、ジッと入り口を見守るイ課長。
6時25分になっても、28分になっても迎えはこない。おい大丈夫かよ。ヤバい雰囲気じゃないか?
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6時半ぴったりに紙片を持ったオッサンがロビーに入ってきてキョロキョロしてる。
あれが迎えか?しかしこのオッサン、イ課長を見ても全く反応しない。ってことは彼が探してるのは
女性とか家族連れとか、そういう人であって、イ課長を迎えにきたわけじゃないのか?

さらに数分がすぎる。依然として迎えはこない。オッサンは依然として誰かを探している。
イ課長を迎えにきたんじゃないのかなぁ?6時半もまわってるし、とりあえずこのオッサンに確認しよう。
彼のところに行って手に持った紙片を見せてもらったら、そこに書かれていたのは・・・



  ・・・イ課長の名前じゃねぇか


そりゃね、いくら年齢や顔まではわからないとしても、キミは日本人男性一人を迎えに行くために
このホテルに来たんだろ?そこのロビーに日本人男性が一人で座ってるんだぞ?声をかけるとか、
名前の書かれた紙片をこっちに向けるとか、何かすべきことがあるだろう。

そのオッサン、車の中で言い訳してた。
「日本人はみんな小さい。お前はデカいから日本人だと思わなかった
う・・・、まぁ確かにイ課長は日本人的というよりは、どちらかというと巨神兵的かもしれんがね・・・。

あのままイ課長がこのオッサンに声かけずにジッと待ってたら、どうなってたんだろうと思うよね。
クラクフといい、バンコクといい、オプショナルツアーのピックアップってどうも危なっかしいよなー。

まぁいい。結論からいえばちゃんと迎えの車に乗れたんだからヨシとしよう。
車はそのまま、BTSで数駅離れた距離にある高級ホテルに向かう。ホテルピックアップのない人は
直接この高級ホテルに集まるというシステムだったのである。

ここで車を大型のバンに乗り換える。
中にはすでに日本人の男性一人、女性一人がおり、イ課長で3人目。そこにタイ人の女性ガイドが加わり
総勢4人でアユタヤに向けて出発することになったのである。

この女性ガイド、日本語の語感的には面白い名前の人で、自分でもそのことをネタにして自己紹介
してくれたんだけど忘れてしまった。まぁここでは仮にダメーさんとしておこう。
(日本語的にはこんな感じの意味になる面白い名前の人だったんだよ。しかし忘れてしまったのだ)

このダメーさん、ストレートロングヘアーの美人で、日本語もすごく上手。
車中で今日の半日ツアーの予定とか、アユタヤの歴史に関していろいろレクチャーしてくれた。しかし
昨夜ハノイから到着して今朝はいきなりの早起きだったイ課長、ここでつい居眠りしてしまったのだ。
失礼にもほどがある。あとでダメーさんから恨まれて、ひたすら謝った(笑)。
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というわけで、すでに現地到着前からかなりトホホな展開だが、次回以降はちゃんとマジメに
アユタヤの歴史や遺跡について、書いていこうと思うのである。


 


by tohoiwanya | 2014-08-04 00:17 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(0)
2014年 07月 23日

アジアの混沌の中でフォーを食らう

さてだ。寒いゲントの話が続いたから、暑い東南アジアの話をはさもう。
関東は梅雨明けして暑くなったから、暑い話はイヤだ?まぁそう言わないで・・・。

話はチョロンのビンタイ市場でイ課長がすっかりイイ気分になったところから続く。

おそらく前年のインド出張で刺激され、ムクムクと起き上がりかけたイ課長の「アジア混沌欲」。
その欲望はチョロンのビンタイ市場で完全に覚醒し、混沌を味わい、味わって飽くことがなかった。
とにかく混沌として猥雑でゴチャゴチャしてりゃ、それだけで嬉しくなるんだから安上がりだ。
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ビンタイ市場から道路一本、二本渡ったあたりにもいろんな露店がすごい密度で集まっている。
こういうところを歩くのはホントに楽しい。ビンタイ市場ワキの道路と違って、幸いなことに
バイクが入ってこないようになってるから、イ課長も落ち着いて歩けるし、写真も撮れる。

うおおっ、ドリアンの山発見。南国フルーツの王様と言われるが、このトシになってもまだ
イ課長はドリアンを食ったことはない。暗くて読みづらいけどドリアン、たぶん値札は3万ドンって
書いてるよね?だとしたら150円だ。安すぎる。しかし買っても始末に困るから買わない。
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この黄緑色の果物を撮ろうと思ってカメラを取り出したらこんな光景が撮れた。
「お母さ~~ん、足、ムシに刺されちゃったよ~~」
「えー?どれ見せてごらん。あー、ほら薬塗ってあげるから騒ぐんじゃないの」って感じか。
歩いてるといくらでもこういう光景に出くわす。もう楽しくて仕方ありません。
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とはいえ、さすがに腹が減った。ちょうど14時頃だったかなぁ?昼飯ヌキだもんね。何か食おう。
ベトナムに来て初めての外食。ここはやっぱり最も基本的なフォーガー(鶏肉のフォー)を食いたい。
フォー屋さんはないかなぁ?と思ってブラついてたら・・・

おおあったあった。屋台じゃなく、一応店舗になってる。Pho って看板があるからフォー屋だろう。
巨大寸胴鍋からあがる湯気がいかにもって感じだ。ここはいっちょ、暑くても熱いフォーを食おうぜ。
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「フォーガー?」って聞いたらうなづくから、1個欲しいことを指で示してテーブルに座ることにした。
ハウマッチ?って聞くと3万ドン(150円)。うーむ安い。この後、ベトナムでいろいろ麺料理を食った
経験からすると、この3万ドンという価格はボッタクリである可能性は低い。おそらく正価だと思う。
台湾なんかと同様、店の入口に厨房(というか屋台)があり、奥にイスやテーブルがある。

テーブルの上にはこんな調味料入れ。この醤油さしみたいなものは何が入ってるんだろう?
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・・と思っていたら、アッという間に来ましたフォー・ガー(鶏肉入りフォー)。
一緒についてきたライムをちょっとしぼり、唐辛子みたいなヤツをほんのちょっとだけ入れて食った。
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うむ。予想された通りうまいッ。
腹減ってたし、汗かいて塩分を欲してたこともあって、美味しかったねー。
スープの見た目からもわかるように、濃厚なお味というよりはむしろサッパリ系ラーメンに近い。
あーうまい。熱いから食い進むにつれてますます汗をかいてしまうけど、でもうまい。

もぐもぐと食いながらフと後ろを見る。店の中に客はイ課長しかいなかったんだけど、従業員が
床に座って何かやってたんだよね。たぶん明日の材料の仕込みとか・・・
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違いました。バケツ水による食器洗いでした(笑)。せっかく流しらしきものがあるのに水道がないんだね。

こういうところ、インドなんかと同じで日本人から見りゃ非衛生的に見えるし、腹を壊す原因にもなる。
しかしこの時は「アジア混沌欲」が全面開放されて気分が良かったから、こういうの見ても動揺しない。
「バケツで食器洗い?騒ぐほどのことじゃねぇ。アジアじゃ当たり前でいッ!どうってこたぁねぇ!」
やけに強気のイ課長なのである。

入口で調理してるオバさんを撮ろうと思ってシャッターを押した。
ちょうどオバさんが振り返るタイミングとばっちり合っちゃったけど、このオバちゃん、こうしてみると
すごいダイナマイトヒップの持ち主で、本人もちゃんとそれを意識したパンツをはいてるっぽいよね。
さぞや昔はベトナム野郎どもを悩殺してブイブイいわせたんだろう。ホイアンのカオラウ屋のおばちゃんといい、
このおばちゃんといい、美人国・ベトナムはオバちゃんたちも「昔はさぞかしブイブイ」っていうタイプが多い。
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さて、鶏肉フォーを食って腹も落ち着いたし、そろそろサイゴン中心部に戻るか。
つい何時間か前はベトナム最初の朝があけて、何の計画もなくて、「どこに行こうかなぁ」なんて
考えてたのに、この頃には心身ともにすっかりベトナム化した気分。

そんなの気分だけの問題だろうって?いやいやそうでもないのヨ。その証拠に、さっきバケツ水で
食器洗いをしていたあの店で「どうってこたぁねぇ!」なんてタンカ切ってたイ課長、実際その後も
腹痛にも下痢にもならなかったのだ。消化器系統もちゃんとベトナム化してたんだよ、きっと。
(ま、その後行ったバンコクでは最後に痛い目を見るわけだが・・)


 

by tohoiwanya | 2014-07-23 00:01 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)
2014年 07月 10日

ビンタイ市場へ行く

さて、話が途中のままになっていたが(いつものことだが)、サイゴンの市バスに乗ったイ課長が
チョロンのバスターミナルに着いたところから書こう。

チョロンって、早い話がサイゴンの中華街みたいなところなんだと思う。
前の記事の最後にも書いたように、このあたりは「愛人・ラマン」の舞台にもなったところ。
しかしバスを降りたイ課長が目にしたのはそんなブンガク的な雰囲気なんてこれっぱかしもない、
忙しそうに人やバイクが荷車がガンガン行き交う、活気あふれる町の風景。
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うーむ嬉しくなってきたぞ。
こういう混沌の中に身を投じるという胸躍る快感。やっぱ東南アジアの旅はこれっきゃねぇぜ。

チョロンの町のこの感じ、マジェスティックホテルの記事でも引用した「一号線を北上せよ」の著者、
沢木耕太郎もアッという間に引き込まれたようで、ちょっと彼の記述を引用させていただく。

降りたとたん、私は「ぶっ飛んで」しまった。実際、その場に降り立って、あたりを眺め渡した私は、
つい言葉に出してしまったのだ。「これはぶっ飛びましたね」と。
眼の前にはチョロンのシンボルともいえるビンタイ市場がある。その通りの前には車、バイク、
シクロ、自転車、馬車とありとあらゆる乗り物が凄まじい騒音をあげて行き交っている。

(中略)私は熱に浮かされたように市場を歩き続けた。

ビンタイ市場というのはこれ。バスターミナルからは歩いてすぐ。
その市場前ときたらもうナンというのか、ヒトやバイクや荷車で一種の混乱状態といっていい。
通りぬけるだけでも一苦労だけど、なんとか通りぬけて市場の中に入ってみる。
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すると市場の中もヒトやバイクや荷車で・・・ということはさすがにない(笑)。
読んだところによると、前に書いたベンタイン市場はサイゴンの中心に位置して観光客も多いから、
値段もやや高いのに対し、こちらビンタイ市場は完全に「地元向け」だからやや安いらしい。

値段はよくわからないけど、このビンタイ市場でまず何に驚くって、商品の陳列ぶりだ。
靴屋であれば店にあらん限りの靴、帽子屋であればあらん限りの帽子を並べてるって感じで、
こういうところは小売というより卸店としての性格が強そうだね。「地元向け」だからというより、
大口顧客中心だから安いのかもしれない。
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しかし例によってイ課長の志向は「雑貨より食品」なのである。食い物。ベンタイン市場と同じように
食い物系の店は市場の周辺を取り巻くように配置されてるようで、そっちに行ってみたら・・・

・・いやはや、この時は沢木耕太郎じゃないけど、イ課長も「ぶっ飛んだ」よ。
とにかくもうその通路たるや、「むちゃくちゃ」という言葉以外で表現しようもないムチャクチャぶり。
そりゃ確かにここは市場の建物の中ではない。外の通路だ。しかしそれにしたって・・・

この狭い通路をバイクがワンサカ両面通行で走ってて、なおかつ歩行者もワンサカいる。
ヒトとバイクがぐちゃぐちゃに渋滞した状態が常態ということなのだろう。とてもじゃないけど
落ち着いて店の写真撮る余裕なんてない。
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この辺り、青果物の店が多いみたいで、道にも野菜クズとかがけっこう落ちてるんだけど、
一応そういうものが交差点?の真ん中に集められてる。中央分離帯も兼ねてるのかも(笑)。
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これは・・・八百屋・・というより「玉ネギ系根菜専門店」って感じに見えるよね。
そこらにある店はみんなボロくて、小さくて、しかも扱い商品が非常に細分化されている。
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ひーータツノオトシゴざます。これ、たしか乾物屋で撮った写真だと思う。
しかしこれ、食うんざますか?どうやって食うんざますか?水でもどしてスープの具?
ヒトやバイクがギャンギャン行き交う中だから、こうやって商品の写真一枚撮るのも一苦労だ。
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ちなみに、これだけヒトやバイクがメチャクチャに交じって各自が勝手に歩行・走行してても
バイクは基本的にスピード出してないから大きなケガの心配はない。それと、スリやカッパライが
いそうな雰囲気もなかったなぁ。みんな商売に忙しくてそれどころじゃない。
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いやーー楽しい。楽しいよ。いちばたのしいッ!!

沢木耕太郎はビンタイ市場で「熱に浮かされたように歩き続けた」って書いてたけど
イ課長はイ課長で、ビンタイ市場でしばし恍惚と立ちすくんで「東南アジアの混沌」を味わった。

「楽しくてしょうがなかった」と何度も書いたベトナムの旅。
特別なことしてるわけじゃないんだけど、なんだかもうムショウに楽しかったベトナムの旅。
そういう気分になり始めたのはたぶん到着翌日の、このビンタイ市場あたりからだったんだよね。





by tohoiwanya | 2014-07-10 00:09 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(6)
2014年 07月 07日

バンコク・ダークサイド

バンコクって近代的大都会だけど、「東南アジアっぽい怪しげなブブン」もふんだんに持ち合わせてて、
いうなれば清濁混在した街ともいえる。まぁ大都会なんて大体どこもそうだが。

イ課長が1996年に初めてバンコクに出張した時は、今よりだいぶ若くて純真だったから(笑)
そういう「怪しげなブブン」に対する免疫度も低かった。だもんで清濁合わさったバンコクの、
“濁”の方に関しちゃいささかゲンナリっていうのが正直なところだった。

しかし久しぶりに行ってみるとバンコクのダークサイドもけっこう様変わりしてたね。
本日は、そんなバンコクのダークサイド特集。

ところでダークサイドって何なのか?まぁなんというか、要するに「観光資源として外国人に
PRされることのない部分」とでも言えばいいか・・。読んでるうちにわかるよ(←テキトー)。
とりあえず最初は比較的穏当なところからいこう。


【トゥクトゥク】
「初バンコク」のときは、道を歩いてるとひっきりなしに「トゥクトゥク?」「ヘイ、トゥクトゥクぅ?」って
ドライバーから声がかかった。その頻度たるやホントにスゴくて、しょっちゅう声をかけられる。

最初のうちは「ノウ、ノーサンキュ」なんてマジメに断ってたけど、だんだん面倒になって
「ノウ」と一言で拒絶するようになり、最後にはそれすら面倒になって完全無視。あれだけ多いと
そりゃウンザリもするって。

それがどうよ。今やバンコクじゃ四輪タクシーばっかでトゥクトゥクもいるにはいたけど、目撃頻度は
昔よりだいぶ減った。当然ドライバーの客引きもない。ウザい客引きがなくなったのは結構だけど
バンコク名物トゥクトゥクがこのまま絶滅危惧種になっちゃうとしたら、ちょっと寂しいなぁ。
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【ポン引き】
これも1996年に比べて劇的に減ってた、というか事実上消滅してた。これには本当に驚いたよ。
あの当時は夜の繁華街を歩くと「一人で歩く距離」より「ポン引きにつきまとわれながら歩く距離」の方が
長いのではないかと言いたくなるくらいの多さで、あんなポン引き密度は後にも先にも経験したことがない。
それが全くいなくなってたっていうのは、頬をツネりたくなるような、信じ難い思いだったよ。

現在でもごく狭いエリア(パッポン通りの中だけとか)で客引きも多少いるにはいた。でも
黙って店の紹介カード?を見せる程度の、蚊トンボほどのパワーも感じられないヤワな客引きで、
昔の「シャチョサ~ン波状攻撃」を体験してる身にすりゃ、ユルすぎて気が抜けちゃうくらいだ。

「へ~イ、シャチョサ~ン」というあの声が絶滅危惧種になるのが寂しいかって?いやもう全然。
いなくなってセイセイしたぜ。96年はそりゃもう、つくづく、ホトホト、ウンザリしたんだから。

当時あれだけいたのが今や全然いないっていうことは、もしかすると路上での客引き行為に関して
何か規制が出来たのかもしれない。でも、だからってバンコクが健全でマジメな街になったかというと、
そういうわけでもないようで・・・
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【夜のお姉さま】
こちらは去年6月に行ったときけっこう見た。昔は「本人が直接」って見かけなかったんだけどなぁ?
ポン引きという仲介サービスがなくなって、本人による「直売方式」が増えたということなのだろうか。

夜のスクンビット通りを歩いてると、そういう感じのお姉さまたちが立ってて、時々その中の一人が
「オニーサン・・」って日本語で話しかけてくる。残念ながら彼女たちはイ課長を日本人と見抜くようで、
ヒンズー語やアラビア語で話しかけてくれるご婦人は一人もいなかった(笑)。

一度、あるお姉さまが「ちょっとお話ししない?話すだけ・・」とやけに流暢な日本語で声かけてきた時は
ちょっと驚いた。イントネーションがほんとに自然で、すごく上手な日本語だ。ひょっとすると子供の頃に
日本から送られてきた絵本を読み、それからずっと日本語を勉強したとか?・・なーんて妄想が広がって、
思わず「出身どこ?年齢は?」って聞いてみたくなったけど、もちろんやめておいた。

実は6月に泊まったホテルってのがさぁ、こともあろうにバンコクの「援交カフェ」としてその方面じゃ
有名な店の近くだったみたいなんだよ。街角のお姉さまがたをよく見かけたのはそういう立地的要因が
影響してるっぽい。要するに援交カフェ近くをウロつくオッサンなら女目当てが多いだろうから
そういうオッサン目当てのお姉さま方もまた集まってきたってことじゃないかと思われる。

その証拠に、12月のバンコク旅行で同じスクンビット沿いでも別のホテルに泊まったときは
見かけなかったからね。援交カフェ周辺に局地的に多かったんだと思う(下の写真は全然違う場所でごんす)。
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【物乞い】
これはバンコクにはけっこういる。昔もいたし、今もいる。
しかもその物乞いスタイルが明るくないんだよ。暗いの。見ててツラくなる。なぜかというと
身体的障害を前面に押し出した人が多いんだよね。コドモの頃に見た傷痍軍人を連想しちゃう。

重い障害で、足では歩けない(と思われる)少年が、繁華街の歩道をグネグネ這いながら移動してる。
もしかすると知的障害もあるのかもしれない。身につけてるのは短パン1枚だけ、上半身はハダカ、足はハダシ。
そんな少年が片手にコップ持って地面を這ってるの見たら誰だって驚く。

バンコク滞在の最後の日の晩に歩道橋をわたっていたら、そこに小さな女の子の物乞いがいた。
もうどうせバーツの小銭はいらないから、残った小銭はこの子にあげちゃおう。でもその前に
一枚写真を撮ろうかな、と欲を出したのがマズかった。
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デジカメでよくあるけど、暗い場所だと測距のために赤い光をピッと投げかけることがあるでしょ?
この時もその光が出ちゃって、女の子がこっちに気づいて反射的に逃げようとした。
あわてて後を追い、お詫びの意味もこめて残った小銭をぜんぶ缶に入れてあげた。おどかしてごめんよ。
障害者の物乞いが多いだけに、コドモとはいえ普通の物乞いを見ると少しホッとする。

年末にバンコク行ったときも帰国前に残った小銭は最後に路上の物乞いオバサンにあげた。
彼女は明らかに視覚障害者なんだけど、手にはコップと一緒にハンディカラオケみたいなものを持って、
ずーーっと何か歌を唄ってる。そういう意味では物乞いと街頭パフォーマーの中間的存在というべきか。
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というわけで、トゥクトゥクから始まって、ポン引き、売春、乞食と、だんだんヤバくなったね。
PRされることのない部分=ダークサイドという言葉に込めた意図をおわかりいただけたでしょうか。

さっきも書いたように、初めてバンコクに来たときはこういうダークサイドにかなりヘキエキした。
でも今回はわりと寛容というか、「こういうのも含めてバンコクなんだよなぁ」という気持になったね。
イ課長がトシとって、ダークサイドに対する免疫が多少高まったというのも理由の一つだろうけど
他にも理由はあると思う。

今回は初訪問じゃなく、17年前と比較しながら見られたっていうのは気持の余裕という点で
かなり大きかったのは確かだ。さらに10年前の絵本プロジェクトの影響も大きいし、個人的には
前年の10月にインドに行ったことの影響もかなりあるって気がするんだよなぁ。

しかし最大の理由は「うるさいポン引きがいなくて落ち着いて町を歩けたから」かも(笑)。


 


by tohoiwanya | 2014-07-07 00:18 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(6)
2014年 07月 03日

ネクタイと税金

珍しくお土産ネタ。

ご存知のようにイ課長は海外の服飾ブランドに関する知識なんて野良イヌほども持ち合わせていない。
これは昔からそうで、1996年に初めてタイに出張した時もブランドものを買ってこようなんて意欲は
サラサラなかった・・という以前にタイのブランドなんて知ってるわけがない。

ただ、出張の最後の頃にパッポン通りの近くを歩いてたらジム・トンプソンという立派な店があった。
この店は「地球の歩き方」で目にしたから有名な店なんだろう。で、ちょっと入ってタイ出張記念に
ネクタイを1本買った。ゾウさん柄のやつ。値段はよく覚えてないけど、とにかくすごく安くて、
日本円で2,500円程度だったような記憶があるんだよなぁ。

自分じゃ「タイでシルクのネクタイ1本買った」程度の認識だったけど、それを見たトホ妻は敏感に反応した。
ふだん安物専門の亭主が本場のタイシルク、しかもあろうことかトップブランドであるジム・トンプソンの
ネクタイ買ってくるとは!というわけだ。さらに(ここが重要だが)買ってきたのが自分用ネクタイだけで
アタシには何も買ってこなかったということにも何か強く感じるところがあったようだ(笑)。

その後17年の間に、そのゾウさん柄ネクタイもすっかりクタビれ、磨耗した。
だから去年バンコクに行ったらまたジム・トンプソンのネクタイを買いたいな、と思ってたんだよ。
イ課長が海外でブランド品を買いたいと思うこと自体、破天荒なことといっていい。

ジム・トンプソンの店は17年前と同じくスリウォン通りに面して建っていた。実はここ、ジム・トンプソンの本店。
17年前はあんまり考えてなかったけど、イ課長はあのネクタイを由緒正しいバンコク本店で買ったわけだ。
でも昔にくらべるとネクタイ高くなったねー。2本買ったけど、1本が1600バーツ(4800円)、
1本は2100バーツ(6300円)だもん。2本で1万円超。安物専門のイ課長にしてはこれまた破天荒なことだ。
せっかくだから自慢しよう(笑)。今回もゾウさん柄でそろえたのである。ゾウさんゾウさん♪
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今回は自分用ネクタイのほかに抜かりなくトホ妻用の小さいポーチ(ちなみに、それもゾウ柄)も買って、しめて
4420バーツ、日本円で約13000円強のお買物。イ課長がこんな高額の買物するのは珍しい。

え?やけに値段を正確に覚えてるじゃないかって?実はある理由でレシートの写真が残ってたのだ。

ネクタイを買って支払いをすると店員が何やら紙をくれて、タックスがどうたら空港でどうたら言ってきた。
おおお、これがウワサに聞く付加価値税(VAT)払い戻しってヤツか。このトシで初めての体験だ。
さすがは世界のジム・トンプソン。サクサクと還付申請書にレシートをホチキス留めして手際よく
準備してくれる。空港での申請手順も日本語の説明がついてるっていうんだから至れり尽くせりだ。
これならイ課長でもできそうだぞ。
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必要なものは還付申請書と、店のレシートと、買ったものの現物の三つらしい。
この還付申請書に名前とかパスポートNo.とか住所とかフライトNo.とか、いろいろ書かないといけない。
けっこう面倒臭い。ホテルでじっくりやる必要がある。
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書類が揃えばあとは空港での勝負ということになる。勝負は二回。
まず第一ラウンドは出国審査前。スワンナプーム空港のチェックインカウンターと同じフロアにある
タックスオフィスで書類チェックをうけてハンコをバンと押してもらう。これが済めばほぼ大丈夫だ。

出国審査を済ませて搭乗フロアに入ると第二ラウンド、実際の払い戻し窓口にさっきの書類を持ってって
払い戻してもらう。手続き自体は簡単だけど問題は行列だ。幸いイ課長が行ったときは空いてた。
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ところが、その30分後になるとイッキにこの長蛇の列だからね。すごく時間がかかったと思うよ。
せっかく書類作って第一ラウンドの手続きもして、最後に時間がなくて払い戻してもらえないのは
口惜しいから、少し時間に余裕を持たせましょう。
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で、結局イ課長はいくら税金を払い戻してもらったのか?実はこっちの方は正確な金額を記録してない。
大体400バーツ強、日本円で1200~1500円ってとこじゃなかったかって気がするんだけど
あんまりよく覚えてないのだ。スマヌ。

バンコク行ったらジム・トンプソンでタイシルク買いたいと思ってる人は多いはず。
まぁジム・トンプソンじゃなくても、たぶん高級なお店とかデバートとかなら税金還付用の書類は
店が揃えてくれるから、あとはそれにキチンと記入して、空港で二箇所の窓口に行けばいい。

最大の問題はやっぱ行列だと思うよ。早めに行った方がいい。イ課長の推測では日本行きや中国行きの
便が出る前はこの窓口がグワッと混むんじゃないかって気がするんだよなー。いずれにしてもこの手続きを
やる場合は時間に余裕を持たせておくに限ると思いまする。

昔と違って今は年間1/3くらいはクールビズでノーネクタイだからね。
今回買ったジム・トンプソンの2本のゾウさん柄ネクタイがイ課長の定年までもつのは間違いないよ。



 

by tohoiwanya | 2014-07-03 00:02 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(6)
2014年 06月 30日

ダナン空港というところ

ベトナムではサイゴン(タンソニャット空港)、ハノイ(ノイバイ空港)、ダナン空港という3つの空港を
到着と出発とで各2度ずつ利用した。本日はその中で最も日本人が行く可能性が低いであろう
ダナン空港について書く。

ここはベトナムで利用した3つの空港の中で最もショッキングな空港だったといえるし、
別の言い方をすれば稀有な体験をさせてもらったともいえる。けっこう驚いたよ。

到着した時は問題なかった。
他の乗客と一緒にゾロゾロと飛行機を降り、荷物を受け取り、到着ロビーに出たところで
イ課長の名前を書いたホテルの送迎ボーイと会った。別に異常なところは何もない。
普通の空港到着風景だったといえる。

問題は翌日。ハノイに移動するためにもう一度ダナン空港に行ったときだ。
ホイアンのホテルから車で送ってもらい、ダナン空港の出発ロビー前でおろされた。
チェックインし、大きい荷物を預けた。ハノイまでの国内線だから手続きも簡単だ。

いやしかしだよ・・・チェックインカウンターがズラリと並ぶ出発フロアって、どこの空港でも
あるけどさ、異常に人が少なくないか?ちゃんと営業してるんだよね?
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まぁいい。出発ロビーでのんびりしよう。うわぁー・・・出発ロビーも閑散としてるぅ・・
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いや、これは「閑散としてる」なんてレベルではない。この出発ロビーには乗客が一人もいないのだ。
自分以外の乗客が誰もいない空港なんて経験したことある?もちろんイ課長は初めてだよ。
間違えて建設途中のターミナルにでも入り込んじゃったのか?・・とも考えてみたけど、
どう考えてもここがダナン空港の出発ロビーなんだよ。誰一人いないこのフロアが。
下の写真に写ってる後ろ姿は売店の店員。この状況じゃ売店の店員もヒマの極みだよなー。
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窓の外を見てみる。おーーまいがーーーッ。飛行機ありませーん。イッキもありませーん。
そりゃさ、毎日プロペラ機が1機往復してるだけ、みたいな離れ島のミニ空港ならともかくだよ?
ベトナム第三の都市ダナンの大型空港でだよ?「窓から空港を見渡して飛行機が一機も見えない」って
スゴくないか?乗客もいなけりゃ飛行機もないって、どういう空港なんだココは。
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発着予定を見て多少わかってきた。
もともとダナン空港がヒースローや羽田みたいなラッシュ空港のわけはないと思ってたけど、
思った以上にヒマみたいなんだよ。ほら。
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11:15にホーチミン行きが出発してから、イ課長が乗る12:55のハノイ行きまで
1時間40分の間、出発便なし。そりゃヒマだ。イ課長はたまたま「昼の最もヒマな時間帯」に
来ちまったようだ。

まぁしょうがない。あまりに人がいないんで不安になったけど、飛行機がここから出ることは
間違いないみたいだから、待とうじゃないの。
あ、やっとイ課長以外にもリュックを背負った旅行者が一人来た。なんとなくホッ・・・。
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このダナン空港、どうやらつい最近できた新しい建物みたいなんだけど、そのせいでよけいに
人がいなくてガランとした感じが強まる。すごく近代的でモダンな空港ビルなんだけどなぁ。
建物は新品なのに中は無人。人類絶滅後に残った空港ってこういう感じになるのであろうか。
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おおッ、到着便だ。この空港に来て以来初めて飛行機を見たぞ!(笑)
アンコール・エアっつうからカンボジアの航空会社か。初めて見るエアラインだ。
ここが「ちゃんと運用されている空港」であることを確認させてくれてありがとうアンコール・エア。
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それでもさすがに正午を回ると同じハノイ行きに乗る乗客が集まって、閑散としたダナン空港も局所的に
人が増え始めた。もっとも前に書いたようにガキ連れが多くて、しかもガキどもの行儀は総じて悪い。
走り回ったり飲み食いしたりと騒々しい。まぁかわいいから許してやるか。
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ダナン国際空港って日本との直行便はないから、日本人が利用するとすればハノイとかサイゴンへの
ベトナム国内移動か、近隣国への移動目的ってことになるはずだけど、たまさか出発便が昼頃だったりすると
今回のイ課長同様、だーーーれもいない空港を目にするチャンス?があるかも。

とはいえ、高度成長期の日本のように経済発展を続ける新興国ベトナムだ。
いずれこのダナン空港だって発着便が増え、ターミナル内は乗客でごった返すなんていう日も来るだろう。
新品の廃墟」とでも表現するしかないダナン空港を見たければ、早めに行った方がいいかもしれない。
ま、そんなもの見たいモノズキはいないだろうが(笑)。


 


by tohoiwanya | 2014-06-30 00:09 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)
2014年 06月 26日

東南アジア送電設備事情

非喫煙者にとっては何の興味もない海外喫煙事情の話を過去何度が書いたけど、今日はとうとう
ほぼ全ての人にとって何の興味もない送電設備事情ときやがった。でも書きたいから書くのだ。

以前、インドのチャンドニー・チョーク小冒険の記事を書いたとき、インドの下町の送電線のアリサマが
スゴいということを書いた。実際、あの時見た送電線のメチャクチャさ加減ときたら、とてもじゃないけど
まともな保守管理がなされているとは思えない。

だがしかし、これに関してはインドばかりを責められない。
送電線や送電設備の混沌ぶりは東南アジアにおいてもあまり違いはないようなのである。
電線って、ふだん街歩きしてるときはあんまり注目せずに見逃しちゃうけど、フと気づいてみると
ベトナムやタイでも送電線という名前の“黒いスパゲティ”がソコココで盛大にからみあっている。

【バンコク編】
バンコクって今や東南アジア屈指の大都会で街もかなりキレイだけど、電線の様子に注意を向けると
これがどうして、なかなかのヒドさだ。

たとえばこんな風景写真。別に電線の写真を撮るつもりではなかったのだが、改めて見ると
空中にある電線密度はけっこう高い。まぁ日本だって町の空中に電線が縦横無尽に
張り巡らされているという点じゃ五十歩百歩だし、この程度ならどうってことはない。
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しかし1本の電信柱にこれだけムッチャリと電線が密集して絡み合ってるとさすがに驚く。
バンコクを代表する繁華街・スクンビット通り沿いの電柱でもこんな感じなのだ。
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さらに、同じ電柱の上の方にスーッと視線を上げるとこれがまたスゴい。
こんなヤキソバみたいにからみあった電線見て、ドレがドコとつながってるかわかるのか?
もしイ課長がバンコク市内配電網の保守点検担当者だったら、これ見ただけで作業はあきらめるぞ。
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【ハノイ編】
サイゴンに着いた時はベトナム到着早々だったから、町の電線の様子まで見る余裕がなかったけど
ハノイじゃリラックスしてたから、空を見上げて配電網のスゴい状況に驚いたことも何度かあった。
ハノイの旧市街ってねぇ、街路樹が高いし、そこココに鳥カゴが吊るしてあって鳥が鳴いてたりで
頭上を眺めたくなる機会の多い街だったんだよ。

しかし街路樹や鳥カゴならいいんだけどこれが送電線となると・・・うおお・・・なかなかスゴい。
バンコクやニューデリーと十分張り合えるスパゲティ状態ではないか。
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ハノイに電力を供給しているのが何ていう会社か知らないけど、仮にそれを「ハノイ電力」だとしよう。
こういう電柱の配線接続状況をキチンと把握してる設備保守技術者がハノイ電力社内中探しても
一人もいないことは賭けてもいい。配線図?仮にそんなモノがあったとしても、すでに配線図と実態とは
1光年くらいかけ離れた状態になってると思うなーー。
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特にたまげたのはコレだ。商店の入口の軒の上にドカンと巨大変圧器が置かれてる・・というより
この商店自体が一種のミニ変電所として変圧器と一体化している。この店で買物したいと思えば
変電施設の下をモグッていかないといけないのだ。
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よく知らないけど、変圧器って電磁波とか発してるんじゃないの?下で暮らしてるオバちゃんに影響ないの?
しかもこの高さなら、ハシゴを使えば誰でも触れて、イタズラして、破壊できる。ハノイ旧市街一帯を停電させて
混乱に陥れる“停電テロ”なんて簡単だ。ただしテロリスト本人も感電死しそうだが・・。

というわけで、ハノイ旧市街の送電網の状態はまったくもってカオスで、コンフュージョンで、ラビリンスで、
ヤキソバで、スパゲティなのである。いやはや。

もっとも、ハノイの名誉のために言っとくと、ゴミゴミした旧市街じゃなく、ホテルやビジネスビルが建ち並ぶ
新市街(というのかな?あの辺は)になると、スパゲティ状の送電線なんてまるで目にしなくなる。
キチンと整備されたキレイな街並みで電柱らしきものもあまりない。電線地中化してるのかも。
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ご存知のように発展途上国・新興国では盗電という行為がわりとありふれてると言われる。
要するに電気代を払いたくない世帯主がヤミ電気工事屋に頼んで、公共の送電線に勝手に接続して
自分ンとこに電気を引き込んじゃうというアレね。

インドやタイやベトナムの送電線のアリサマを見ると、何年にもわたってそこらじゅうの家が盗電しまくり、
しまくったあげくに、あんなヤキソバ・スパゲティ状態になったのかな?とも思う。

しかし、もしそうならどんなに愚鈍な電力会社だってすぐ気づいて“盗電線”は片っ端からチョン切るだろ。
それをしないでいるということは、あの送電線カオス状態は電力会社管理の下で形成されたことになる。
アレを保守・管理するのぉ~?とても人間業とは思えぬ。インドやタイやベトナムの送電設備保守担当者は
「電気工事業界のブラックジャック」みたいな天才技師が揃ってるのか?

・・・いや待て。

思いついたぞ。電力会社が町の送電線を「ナニがナンだか誰にもわからない」というカオス状態に
しておくことで生じる明白なメリットが一つあるよ。それは

盗電されにくい
ということだ。あのメチャクチャぶりじゃヤミ電気工事屋だって手を出しづらい。

   ・・・・そうなのかなぁ~??

この問題に知見のある方は(多いとは思えないが)、ぜひご教示いただきたいのである。
 


by tohoiwanya | 2014-06-26 00:01 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)