カテゴリ:2014.09 ベト・カン・タイ旅行( 109 )


2016年 03月 14日

ベンメリア遺跡に行く【その1】

さて、それではシェムリアップでの観光活動の最後にベンメリア遺跡の話を書こう。

ベンメリア遺跡  と聞いても知ってる人は多くはないはずで、もちろんイ課長も知らなかった。
しかし以下のような事情から「ぜひここを見たい」と思うに至ったのである。

①行った人の話を読むと、ここって典型的な“廃墟系”の遺跡で、やけに良さそう
②行ってみたいと思っていたトンレサップ湖とココが組み合わせのツアーになっていた
③ベンメリア遺跡はアンコール遺跡群の共通入場券の範囲外だから、ムダな3日券を
 買わなくて済む


共通入場券対象外ってことは、アンコール・ワットやアンコール・トムなんかの遺跡密集ゾーンからは
離れた、不便な場所にあるわけで、そもそもこの遺跡が発見されたのが1990年代になってからなんだと。
内戦当時の地雷も多く埋まってたのを何とか除去して、21世紀になって一般公開にこぎつけたらしい。

そんなベンメリア遺跡だが、一部の日本人の間では局所的に知名度がすごく高い。
ある特別な理由があって有名なのだ。その特別な理由が何かというと・・・


④ここって「天空の城ラピュタ」のモデルになった遺跡なんだぜ というもの。
日本でベンメリア遺跡を紹介した情報を読むと、大抵はこのことに言及している。 

だがね、イ課長はこの場を借りて声を大にして言っておきたい。
「ベンメリア遺跡=ラピュタのモデル説」は完全な間違いであると。

考えてもみたまえ。映画「天空の城ラピュタ」が公開されたのは1986年だよ?
当時まだ発見されてもいなかった遺跡が映画のモデルになるわけがないではないか。それを
現地のガイドさんまで「にほんの えいがの もでるになりました」なんて言ってるのはいかがなものか。

ただね、このベンメリア遺跡、とにかく素晴らしくイイんだよ。それは間違いないの。
あの緑に覆われた、打ち捨てられた廃墟を見てラピュタを想起する人がいるのは無理もない話で、
その評判がいつの間にか「ここがモデルになった」っていう誤った風説につながったんだと思われる。

「ラピュタのモデル説」うんぬんを除外しても、ベンメリア遺跡は神秘的で、それはもう素晴らしい。
その素晴らしさを、拙い筆で可能な限りご紹介していきたいと思うのである。

まずは遺跡まで行かねばならぬ。けっこう遠いんだよ。
シェムリアップから80km近く離れてて、車で1時間半くらいかかる。四輪車でそうなんだから、
100ccバイクに牽引されたトゥクトゥクじゃ軽く2時間はかかるはずだ。しかも道は途中から
舗装すらされていないダート。トゥクトゥクだとちょっと厳しいかもなー。
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ダート道路を延々と走ってようやく着きましたベンメリア遺跡。
車を降りると南国のキョーレツな日差しがイ課長を焼き、焦がし、炙り、溶かす。
とにかくこの日は朝からド快晴だったのだ。
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さっきも言ったようにここは共通入場券範囲外だから、別途チケットを買わなければならない。5ドル。
KHAM SOMETHって会社名が書いてあるけど、これ、調べたらカンボジアの建設会社らしい。ってことは、
ベンメリアは例の「ベトナム利権」の範囲外ということになるんだろうな。
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これだけ町から離れた田舎だから、アンコール・ワットみたいに観光客がワンサカいる観光地とは
だいぶ雰囲気も違う。観光地っつうより、周囲はカンボジアの農村って感じだよ。
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歩き始めると・・・うおお、地雷に関する看板だ。
2003年から始まり、現在でもまだ地雷除去は継続中らしい。とりあえず遺跡の中は除去したみたいだけど、
周辺の森にはまだ残ってるんだろうなぁ。だからベンメリア遺跡に来たら、フラフラと見学コースをはずれて
一人でどっか探検してみようなんて了見は起こさない方がいい。それは極めて危険なのである。
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おっと、五頭のナーガ発見。
これ、ベンメリアが竣工した当時(たぶん12世紀頃)から残ってるオリジナル?
もしそうだとしたらビックリするほどの保存状態の良さだ。アンコール遺跡群の中でもこれだけ
キチンと残ってるナーガは少ないじゃないか?
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なーんてイ課長の考えは砂糖菓子のように甘かったようだ。廃墟系のベンメリア遺跡においては
コレと同程度にきれいなナーガが平気で地面に打ち捨てられてたりするんだよ。ひえーーなんてこった。
ここはもはや現世にあらずして幽明の境界。遺跡の保存状態だナンだと騒ぐ人間どもの卑小な営みなど
超越した場所に、我々はこれから入ろうとしているのかも・・。
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そんな神秘に満ちた廃墟・ベンメリア遺跡。
次回、さらにたっぷりとご紹介させていただくのである。写真もいっぱいあるしね。

 
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by tohoiwanya | 2016-03-14 00:05 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(0)
2016年 03月 11日

シェムリアップで孤独のグルメ

さて、バンコクの制服からカンボジアに話は戻る。

シェムリアップ二日目にイ課長が申し込んだツアーは

午前中ベンメリア遺跡見学 ⇒ シェムリアップに戻って昼食 ⇒ 午後トンレサップ湖へ

という構成だった。順番どおりに書いてないが。

このツアー、「午前だけ参加」とか「午後の部だけ」みたいな申し込み方もできたようで、途中で
人数が変動した。午前中ベンメリア遺跡に行ったメンバーで「午前・午後通し」で申し込んだ人が
どれだけいるか確認してみたら、これが何とイ課長だけだったのだ。

「午前の部だけ」の人たちはシェムリアップに戻ったところでサヨウナラ。
「午後だけ参加」の人たちは、各自昼食を済ませてから合流することになってるらしい。
つまりツアーについてる昼メシを食うのはイ課長一人ってことだ。あらまぁ。海外に行って
「孤独なグルメ」は慣れてるけど、こういう意図せざるパターンは初めてかも。

意図せざるパターンだから、案内されたレストランは白いテーブルクロスのかかった立派な店。
うーん・・・自分の意志で一人で昼メシ食うとしたら、間違いなく屋台か露店で済ませるところで、
こういう店には入らなかっただろうなぁ・・まぁいい。カンボジアで孤独のグルメといこうじゃないの。
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ランチメニューは決まってるはずだが、何が出てくるか皆目見当がつかない。
んむ?スープが来たぞ?でもスープだけ?もしかして一品ずつ運ぶフランス料理方式?
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スープ飲まずにしばらくガマンしてたら(笑)、ドリンクのオーダーを聞かれた。
別料金だろうがなんだろうが、ビールいっちゃうぜ。出てくるのはお約束のアンコール・ビア。当然である。
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次に出てきたのは、肉野菜炒めみたいなものとライス。やっとメシらしくなってきたぜ。
ちなみに、写真には写ってないけど、ライスは小さいオヒツみたいなのに入ってて自由に皿に盛る。
まだ何か出て来るのかもしれんが、もういい。食っちゃえ。
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食い進んでたら、さらにサラダみたいなのと食後のデザートが運ばれた。ってことはこれで全部か。
一品ずつじゃなくて、こうやってドサッと全部持ってきてくれた方が孤独なグルメとしては食いやすい。
「サバ塩焼き定食」とか「回鍋肉定食」とか、全部一緒に運ばれたものを一人でワシワシ食うのに
慣れたお兄いさんだからね、こっちは。
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というわけで、会社の昼休みに食うメシのようにアッという間に食ってしまった(笑)。
昨日のツアーのランチに比べると、カンボジアらしさがやや希薄で、パブ・ストリートのレストランの
メシみたいに西洋人含めた万人向けにアレンジされた料理って感じだったね。

午後のツアーに参加するメンバーを車に乗せたガイドがイ課長を迎えに来ることになってる。
しかしまだ時間が余ってる。レストランの外で一服して待った。
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実際にはこのあと「午後組」と一緒にトンレサップ湖に行った。
ブログ上では順番が逆になるけど、この昼飯の前に見たベンメリア遺跡のことを
次回からご紹介して行く予定なのである(順番めちゃくちゃ)。

 

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by tohoiwanya | 2016-03-11 00:01 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 03月 07日

トンレサップ湖というところ【その3】

トンレサップ湖の水上集落には何でもある。

ちょっとした休憩所・・休憩舟みたいなとこで休む時間があったんだけど、これなんて水上観光客用の
水上パーキングエリアとでもいうか、あるいは「水の駅」とでもいうのか・・水上集落には
観光客用にこういう施設まであるのだ。

なぜかワニがいっぱい飼われてる。
これって“地元”、つまりトンレサップ湖にいるワニってことなんだろうか?。
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パーキングエリアだから土産物屋みたいなものもあった。まぁそれは別に驚かない。
するとどうよ。さっきのワニ園の(かどうかわかんないけど)ワニが干物になってるではないか。
こ、こ、これ、どうすんの?干物を焼いて食う・・いやまさか。漢方薬の原料か?干物だけあって
ちゃんと“開き”になってるところが素晴らしいというか、情けないというか・・。
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うがっ。こっちには女の子のヘビ使い・・ってのはヘンか・・・ヘビ少女・・・もっとヘンか・・とにかく
ヘビと少女がいる。ここは水上爬虫類園でもあったのか。「ヘビと少女」の写真モデルになって、
モデル料をもらおうということなのだろうか?もっともこのコ、特にお金をせびる様子もないから、
ほんとにモデルだとしたら、イマイチ商売に身が入ってない(笑)。
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爬虫類たちはこの辺にしといて・・・、この水上パーキングエリアは水上集落の中にあるわけだから、
「湖の上で暮らす人々」の様子が垣間見られて面白い。生活としては豊かとは言えそうもないけど、かと言って
カンボジアの平均と比べて貧しいとも思えない。水上でそれなりに「フツーの生活」を送ってる様子だ。
これは水上食料品店かな。平らな木の床の下にドラム缶をカマして浮いてる様子がよくわかる。
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子供たちは朝になると親が運転するボートに乗って水上学校に通学するらしい。学校が終わると
また親がボートでお迎え。外に遊びに行きたくても、舟をこげなきゃウチにいるしかないわけで・・・
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・・というわけでもなさそうだ。
小さいうちからタライ舟みたいなものをあやつってちょっとそこらに行くくらいのことはできるようだ。
まぁ広い校庭でサッカーやって遊ぶというわけにはいかないだろうけど、どんな環境でもコドモは
楽しみを見つける。とりあえずここで生活してりゃ泳ぎが上手くなるのは確実だし、仮にこのタライ舟が
転覆したって家まで泳いで帰るくらいのことは造作ないんだろう。
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以前に載せた、ヘビを見せびらかしにきた子供たちと会ったのもこの時だった。
同じ観光客相手のコドモビジネスでも、遺跡のそばで「絵葉書買って~」なんてやってるのに比べると、
元気いっぱいで好感がもてる。水から顔を出した子供なんて、どうしても写真を撮りたくなるのを
向こうも承知だ。「なんかちょうだい~!」攻勢でしっかり小遣いを巻き上げられちまったぜ(笑)。
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しかしどこの国でもこういう「ヒトビトの生活の様子」って見てて飽きないよね。
水上生活を送る人たちの日常を眺めるのは楽しかった。
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このトンレサップ湖に行くのはやっぱ雨季がいいんだろうなぁ。
乾季でもそれなりに大きい湖ではあるけど、やっぱガバッと巨大化した雨季の湖を見る方が
東南アジア最大の淡水湖を堪能した気分になれる。
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シェムリアップに来れば見るべき遺跡はワンサとある。イ課長だってホンの一部しか見てない。
ひたすら遺跡見学に酔いしれるというのも悪くないけど、せっかくトンレサップ湖畔の町に来たわけだから
しばし心地よい湖上の風に吹かれながら水上生活見学ツアーというのもお勧めざますよ。
 
 
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by tohoiwanya | 2016-03-07 06:27 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(6)
2016年 03月 04日

トンレサップ湖というところ【その2】

トンレサップ湖についちゃぁ、二日前に乗った飛行機でイ課長はすでに驚いたことがあった。
雨期だから、湖もかなりデカくなってるくらいのことは想像していたのだが・・・。

イ課長が見たのは一本の道路も一軒の家もなく、水びたしの草っ原が果てしなく続く光景だったのだ。
首都の空港を離陸してまだ数分程度のはずだぜ?それがいきなり、こんな人跡未踏の湿原になっちゃうの?!

雨期にメコン川の水がトンレサップ川を逆流するって書いたけど、あれは我々が普通に考える“逆流”
すなわち「流れの向きが変わる」んじゃなく、プノンペン近郊からトンレサップ湖までの広大なエリアが
半洪水のビシャビシャ状態でつながることなんだと悟った。プノンペンからトンレサップ湖までの
広大なエリアは、ある意味「メコン川の遊水地」の役割を担ってるわけだ。
 
でも、これって今後のカンボジアの発展を考える上じゃ大きな問題だよなぁ。
平坦な土地で水も豊富、そのうえ首都にも近いとくりゃ、大工業団地でも作って外資系企業誘致、
経済発展・雇用創出・・と、そういう夢を描きたくなる。なにせ土地は広大にあるんだし。
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しかしその土地は使えないんだよ。雨季ンなりゃ洪水で水浸しなんだから。
プノンペン郊外~トンレサップ湖にかけてはそういう「使えない水辺の土地資源」がバク大に
存在してるわけだ。すごくもったいないけど・・でもどうしようもないよなー。うーーーーむ。
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雨期と乾期で広がったり縮まったりするトンレサップ湖。一年かけて1回鼓動する心臓みたいだ。
梅雨になると琵琶湖が広がって滋賀県全部が水びたしになるようなもんなんだろうな、きっと。
想像を絶してるとはこのことだ。

さて、イ課長たちを乗せた舟はそんなトンレサップ湖を進み始めたわけだ。
はじめは水路みたいな感じのところを進んでたけど、徐々に幅が広がって湖らしくなってきた。
行きかう舟はすごく多い。

あはは、水の上でも交通標識はちゃんとあるんだね。道路標識ならぬ、水路標識ってやつか。
しかしこの標識だって、乾期になると草っ原に刺さった無用の標識になるんだろうなぁ。
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だんだんと水上生活ゾーンに入ってくる。水辺に立てられた家は高床式だけど、フローティング・ハウスは
船がぶつかっても大丈夫なように周囲に古タイヤをつけてるからすぐわかる。これは・・水上のお寺か?
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こっちには水上の教会。何でもあるんやのう、ホント。
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これは水上の学校かな?水上の家から舟で水上の学校に通うわけだ。これまた想像がつかない生活だ。
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・・・と、ここでイ課長はギョッとして、ガイドさんに質問した。
だって、あの学校の壁に書かれた文字は明らかにカンボジア語じゃなくベトナム語なんだもん。
VIET NAM っていう文字まで書かれてるじゃん。

実はこのトンレサップ湖で水上生活してる人ってベトナム人が多いんだって。こりゃびっくりだ。
彼らはベトナム戦争当時カンボジアに逃れてきた人たち、早い話ベトナム難民らしいんだよね。
そういう難民たちをカンボジア政府は湖に住まわせ、結果として「カンボジア最大の湖の上に
ベトナム人による水上生活の町」が出来たらしい。そうだったのかーー、こりゃ驚いた。

難民に与える土地はないよ、湖の上なら住んでいいよ、っていうのは、ベトナム難民に対する態度として
ちょいと冷たいんじゃないか?という気もする。しかし今やトンレサップ湖の水上生活は観光資源だし、
淡水魚を獲る漁業という面でもメリットは大きいはず。で、逆にカンボジア国内じゃ「湖の利権が
ベトナム人にとられちまった」って悔しまぎれの批判もあるらしい。この両国、ホント複雑やのう。

水上の住宅、水上の商店、水上の教会、さすが水上の町というだけあって水上に何でもある。
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イ課長が不思議だったのは、実は電気だったんだよね。
ほら、こうやって水上住宅には普通に扇風機もある。当然電気で動くはずだ。しかしどの家(舟)にも
地上から電線が引っ張られてきてる様子はない。
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乾季になると縮小するトンレサップ湖だから、水上生活者の町も乾季になると水位が深い真ん中に集中し、
雨季で湖が広がると散らばる。そんな移動住居なわけだから、確かに電線なんて引くのは難しいだろうが
じゃ、どうやって電気使ってんだ?それぞれの舟でレシプロ発電機でも動かしてるのか?それとも、
どこかに大型水上発電所があり、各世帯には湖底ケーブルを使って送電・・んなわけないか。

やがて舟は湖の真ん中に近いところまできた。
こうなるともう、周囲に陸地はまったく見えない。海にいるみたいだ。
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この時は天気がよくて、日差しのガワに腕なんか出しておくとすぐ日焼けしそうな感じだったんだけど、
こうして広大な湖の真ん中にいると、湖面をわたるほのかな風がちょっと涼しくて、気分よかったよ。
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トンレサップ湖水上生活見学ツアー。もう1回書く。
次回は水上生活の舟の上の様子をもう少し詳しくご紹介するっす。

 
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by tohoiwanya | 2016-03-04 09:39 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 03月 02日

トンレサップ湖というところ【その1】

さて、それではカンボジア観光の話に戻そう。
アンコール・ワットだのアンコール・トムだの、ずいぶん読んだ気がするだろうけど、あれは
まだ観光の一日目(笑)。イ課長は二日目もあるツアーに申し込んだんだけど、その話をする前に
まずトンレサップ湖の説明をしておく必要がある。

カンボジアの地図を見るとトンレサップ湖という大きな湖がある。
アンコール遺跡観光の拠点・シェムリアップの町はこのトンレサップ湖から近いのだ。
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このトンレサップ湖。カンボジアに行く前のイ課長はその存在すら知らなかった。
しかしちょっと調べてみたら、だんだん「ここ、行ってみたいな」という気になってきた。
トンレサップ湖って、日本人が普通に考える湖とはだーーいぶ違って、面白そうなんだよねぇ。
どう面白そうかっていうと・・

①カンボジア最大の湖であるだけじゃなく、東南アジアで最大の淡水湖である。
②乾季はけっこうショボくなるんだけど、雨季になると湖の面積はイッキに6倍以上拡大する。
 当然、シェムリアップの町と湖までの距離も雨季と乾季じゃ全然違う。上のGoogle Mapの地図は
 一体どの時期の湖岸なんだろうか?(雨季だと町と湖はもっと近いと思う)
③面積増減の理由は単に雨がたくさん降るからだけじゃなくて、雨季の時はメコン川の水が
 プノンペンにあるトンレサップ川との合流地点を通って逆流して流れ込むから。要するに
 トンレサップ湖って一種の遊水池の機能を果たしてるわけだ。
④巨大な湖だけに、一説には約100万人にのぼる水上生活者がいて、水上の住宅があり、 
 水上の店舗があり、水上の学校、水上の教会・・・実質的に「水上の町」がある。そらすげぇ。
⑤そして、イ課長がシェムリアップを訪問するのは9月、雨期まっさかりである。


ほらー、行きたくなるでしょう?(笑)
遺跡も見たいが、雨季で巨大化したトンレサップ湖や水上生活もぜひ見たいぞ。
そこで、トンレサップ湖を見られるオプショナルツアーがないか探し、イ課長が選んだのは
こういうツアーだった。

午前中はムードたっぷりの廃墟、ベンメリア遺跡を観光。
            ↓
シェムリアップに戻ってきて昼食。
            ↓
午後はトンレサップ湖を舟で遊覧し、水上生活の一端を見学。

午前中のベンメリア遺跡っていうのはかなり遠くにあって、例の遺跡共通入場券の対象外。
これも非常に好都合で、中二日しか観光できないのにムダな三日通し券を買わなくて済む。

というわけで、シェムリアップでの観光二日目。また見学した順番とは逆に、まず
トンレサップ湖から書き始めよう。雨季でバカ拡大した巨大淡水湖、全てが舟の上にある水上生活、
どんな感じなのであろうか?

昼食後に車でトンレサップ湖に向かう。湖が広がった分、湖岸はグッと街に接近したことになる。
実際、プノンペンからシェムリアップに飛行機で移動した時、もう高度もだいぶ下がって着陸態勢に
なったのに、窓の下はまだ湖しか見えなくて驚いたもんだ。雨季は街と湖が近いのだ。

車が湖が近づくと車窓風景がだんだんヤバくなってくる。
だって、湖が氾濫して道路沿いにある家の庭先までチャプチャプと水が来てるんだもん。
車からだからうまく写真が撮れてなくて申し訳ないけど、このへんの家は庭がもう池になってる。
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このあたりの家にとっちゃ、「ウチの前が池になる」なんて、きっと毎年恒例のことなんだろう
でも日本人が見るとやっぱ「うわ、湖あふれて床下浸水じゃん」と思っちゃう。
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ほどなく着いた船乗り場。
ここから船でトンレサップ湖の水上生活エリアまで行くわけだ。乾季になればこのあたりは
一面の草原になってるんだろうな。いやーしかし空が広いのう。
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そしていよいよ船・・いや、舟に乗り込む。一応エンジン付きだけどごく小さな舟だったよ。
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うわーーー。何だこりゃあ。船乗り場が水没してるではないか(笑)。
これも雨季の水位上昇のせいかい?しかしこの船乗り場が「乾季用」だとすれば、もっと
湖の中心に近い場所にあるはずなんだが・・。何のためにコレがあるのかよくわからぬ。
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こうしてイ課長を含むツアー参加者数名を乗せて舟はトンレサップ湖の広い湖面に向けて
動き出したわけだが、例によって長くなったから続きは次回だ。はははは。

 
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by tohoiwanya | 2016-03-02 00:06 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(0)
2016年 02月 29日

サイゴンにおける定位置

イ課長は2013年、14年と連続してサイゴンに行った。
とは言っても二回ともたかだか2泊3日だし、到着は毎回夜だし、3日めは朝から別の町に
移動しなきゃいけないし、実質的なサイゴン滞在・観光時間なんてホントに少ない。
サイゴンで「おなじみの場所」なんてそれほどあるわけじゃない。

しかし、マジェスティック・ホテルのテラスバーはイ課長にとって「サイゴンのいつもの場所」に
なりつつあるかも。2013年に初めて行き、2014年にもまた飽きもせず行ってしまった。
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コロニアル建築散歩からいったんホテルに戻ってシャワー浴びて、でもまだ夜のバイクツアーまでは
時間があった。どっか行こうかなぁと考え、またマジェスティック・ホテルに行く気になった。
別に何があるってわけでもなく、ビール代も高いんだけどさ(笑)。

一人旅してて、一人旅の旅情をしみじみと感じる時間って実は意外と少ない。
遺跡だの名所旧跡を見学してる時は見て、驚いて、写真撮って・・っていうのに忙しいわけだし、
移動の間でもいろんな不安要素の確認(道、間違えてないか?バス乗り間違えていないか?etc..)が必要で、
ぼんやりと「ああワタシはいま異国に一人・・」的な旅情に浸っていられる時間ってそう長くない。

ところが、メシ食うとかビール飲むとかでゆっくり一人でどこかのテーブルについてる時間って
大体の場合、そういう不安感からは解放された状態ってことが多い。しかも話し相手は誰もいないから
テーブルから眺める風景をみながら、しばし孤独な物思いにふけることが多い。
「一人じゃつまんないじゃん」って言う人もいるけど、イ課長はそういう時間がけっこう好きだ。
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イ課長がこのテラスバーに来るのが好きなのも、そういう感慨に浸る場所としてイイからだろうな、きっと。
すごく眺めがいい上に、すごく静かなんだよね、ここは。
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昼間、あるいは夜にこのテラスバーがどの程度混むのかイ課長は知らない。
しかし、夕方ちょっと前くらいの時刻は大体空いてるようで、客はほとんどいない。BGMもなくて、
大都会サイゴンのかすかなざわめきが聞こえてくる程度。そういう場所に話し相手もなく一人でいると、
ホントに静かで、自分はいま一人で外国にいるんだなぁって気になる。一人旅ならではの時間だ。
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ちびちびとビールを飲みながら、去年も眺めたサイゴン川対岸の広大な未開発エリアを眺める。
この数時間後、夜のバイクツアーでこの未開発の2区からコッチを眺めることになるわけだけど、
この時はそんなことも知らない。近藤紘一と沢木耕太郎がしみじみと眺めた眺望を、イ課長もまた
しみじみと眺め、孤独なサイゴン旅情に浸る。

お、何てこった。虹だ。
薄くて写真じゃわかりづらいだろうけど、写真の左上から右下の方向に虹が出てた。
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2013年に初めて来て、イ課長はベトナムという国がなぜか気に入った。
その翌年にまたこうしてベトナムに来て、“サイゴンの定位置”でビールを飲んだわけなんだけど、
ベトナムの側でも「オマエまた来たのか、んじゃまぁ虹でも見せてやるよ」って言ってくれたようで
ちょっと嬉しかった(←バカ)。
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イ課長が今後またサイゴンに行くことがあるかどうかはわからない。
しかし、もし行くことがあればイ課長はきっとまたこの“サイゴンの定位置”に理由もなく行って、
ビール飲んで、しみじみとベトナム旅情に浸るんだろう、きっと。

  
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by tohoiwanya | 2016-02-29 00:16 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(2)
2016年 02月 27日

国民感情というもの

さて、やっと2014年東南アジア旅行に話を戻そう。
本日はカンボジアとベトナムの間にあるフクザツな国民感情というシリアスなテーマを取り上げる。

地理的な隣国同士って、まず例外なく過去に征服したのされたのっていう歴史があるから
両国民の間にフクザツな感情がたまる。反日だ嫌韓だと言い合ってる日本と韓国もそうだけど
ベトナムとカンボジアの間にもいろいろある。遺跡観光ツアーのガイドさんから聞いた話の中にも
ベトナムにからんで「ええ?そうなの?」と思うことがあったので、書いておきたいのだ。
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たとえばアンコール遺跡群に入るための共通入場券。
1日券(20$)、3日券(40$)、一週間券(60$)の三種類あるって前に書いた
シェムリアップのマッサージ屋のお姉さんの一か月の給料が80$って言ってたことを考えれば
カンボジア的には超々高額チケットだ。

それでもアンコール遺跡に押し寄せる観光客は年間200万人。一人平均40$のチケット買うとして
入場料収入は8000万$≒約100億円。アンコール遺跡群の入場料収入はカンボジアの国家財政に
トテツもなく貢献してるはず・・と、誰でもそう考える。

ところがギッチョン。
ガイド氏は悔しそうな顔でこう言う。「おかねはみんなベトナムにとられちゃうんですよぉ~
えええ?カンボジアにある遺跡なのに、なんでベトナムがとっちゃうのさ?

あとで調べて驚いた。本当にそうらしいんだよね。
前に写真を載せた入場チケット。このチケットの左下にピンクの桜みたいなマークが
あることにご注目いただきたい。
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f0189467_13082848.png
 
このSOKHA HOTELS っていうホテル・リゾート運営企業、実はベトナム系の会社なのだ。
アンコール遺跡入場券販売利権はこの会社が独占的に握ってるらしい。カンボジアに還元されるのは
収入の10数%(一説では100万ドル/年)程度とかで、あとはこの会社の売上になっちまうらしい。
だから遺跡の修復に使われるお金なんて、入場料収入のほんの、ほんの一部だけってことになる。
(主要な遺跡の修復は事実上、先進国からの援助に依存している)
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そりゃカンボジア人、ムカつくわなぁ。
さっきザックリ試算したように、アンコール遺跡の入場料収入は年間約100億円という規模。
仮にその1割、10億円をカンボジアに還元しても残り90億円はベトナムのもの。しかもその収入は
オレたちの国にある遺跡から吸い上げてるっていうんだから

自分の国の遺跡なんだから、入場券発行の利権なんてベトナム企業から取りあげて国営化すりゃ
いいのでは?と思うけど、経済的にも軍事的にも強いベトナム相手だとそうもいかんのかなぁ・・。
まぁね、カンボジア当局の中には甘い汁のおこぼれにあずかるのと引き換えに、ベトナム企業に
便宜を図ってる人間がいることも十分想像されるが。
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イ課長がシェムリアップに来るのにアンコール・エアを使ったっていう話をしたら、このガイド氏、
またまた悔しそうな顔をしてこう言う。「あれだってベトナムの会社ですよぉ~
えええ?!ホントなの?
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これまた調べてみると、アンコール・エアの出資比率はカンボジア政府51%、ベトナム航空49%だと。
出資比率ではかろうじてカンボジアの方が過半を占めてるけど、カンボジア政府に航空会社運営の
ノウハウなんて皆無なのは明らかだ。実際にはベトナム航空に牛耳られてる可能性は高い。
うーーーむ・・・

以前に書いた「予習」をちょっと思い出してほしい。
ポル・ポト政権の恐怖政治からカンボジアを解放したのはベトナム軍の侵攻。
その後新たに作られたヘン・サムリン政権を世界は「ベトナムの傀儡」と見なした・・と書いた。

傀儡という表現が適切かどうかはともかく、ヘン・サムリン政権が当時カンボジアを実質支配してた
ベトナムの影響下で作られた“親ベト政権”だったのは間違いない。そして今のカンボジア首相の
フン・センという人はヘン・サムリン政権当時の外務大臣だった人・・ははぁ・・・ってことはだ、
今のフン・セン政権は依然として“親ベト政権”の延長線上にあると言っても間違いじゃないんだろう。

うーーむ・・・こういうことを知ると、ベトナムに対する鬱屈した感情がカンボジア人の中に溜まるのも
無理ないかななぁ・・と素朴に思う。アンコール遺跡の収入の大半がベトナムのものってのは、
さすがにそれはちょっと・・・と思ってしまうわけヨ。

ま、こういう問題はよその国の人間が見るほど単純なもんじゃない。
二つの国の間にはイ課長の知らない歴史的経緯ってヤツがいろいろあるのは間違いない。

実際、ポル・ポト政権の時には国境沿いのベトナムの村がクメール・ルージュに襲われて、
多くのベトナム人がこれ以上ないくらいヒドい殺され方をしたなんて例もあったし、その後の
ポル・ポト派との内戦でも多くのベトナム兵が死んでる。大体だなぁ、ポル・ポト支配から解放されて
今のカンボジアがあるのは誰のおかげだと思ってんでぃッ?と、ベトナム側にすりゃそういう思いがあるだろう。
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どっちかの肩を持つつもりはないし、イ課長はベトナムもカンボジアも両方好きで、
どちらの国にもまた行きたいと思ってる。

でもさぁ、経済発展著しいベトナムは今や一人当たりGDPじゃ軽くカンボジアの倍、総額で比較したら
カンボジアの10倍以上だぜ?両国の経済力は水鉄砲と大砲くらいの差があると言っていい。
言い換えればカンボジアって国はそんだけ貧しいわけさ。街の「都会度」にしたって雲泥の差だもん。
サイゴンはもうすぐ地下鉄ができるけど、プノンペンに地下鉄なんて22世紀になってもできるかどうか・・。

なぁ、ベトナムのお兄ぃさんたちよ。そりゃま、過去にいろいろ遺恨があるのは重々承知してるけどよゥ、
ここは一つ度量の広いとこ見せちゃぁくれねぇかなぁ?アンコール遺跡群の入場料収入ぐれぇはそのまま
カンボジア野郎どものフトコロに入れてやるってわけにゃいかねぇかい?なぁ、ベトナムのお兄ぃさんたち、
おめぇさんがたを男と見込んで、あっしからもお願ぇしやすよ。

 
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by tohoiwanya | 2016-02-27 00:06 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(2)
2016年 02月 15日

海外の友人たちのジンセイ【その2】

やってる方はご存知のように、Facebookって自分の友人の誰かが誕生日になると必ず
「今日は誰ソレさんの誕生日です」って知らせてくれる。2014年9月にお知り合いになって約3ヶ月後、
12月のある日にビーさん(仮名)の誕生日だというお知らせが表示された。

へぇ、あのコ誕生日か。お祝いメッセージでも送ってあげるか。イ課長のこと覚えてるかな。
9月に18って言ってたから今日から19歳ってことになるよな。彼女のプロフィールを確認したら
確かに1998年生まれとあるから・・・

 
        ・・・えええッ?!

もう一度言うけど、これは2014年12月の話だ。
ってこたぁナニかい?彼女は今年の誕生日でやっと16歳?!じゃ、じゃ、9月にバンコクで会った時
彼女はまだ15歳だったの?!ひぃーーーーーッ!!

「ほとんど高校生くらいに見える」って書いたけど、今年16歳ってことは正真正銘、高校1年じゃん!
ブッたまげたよこれには。なんでイ課長が「18歳?」って聞いたとき、イエスって答えたんだろう?
でもね、愚かなるイ課長でもその理由は何となく推測できた。ああいう業態の店で働くための
年齢制限(下限)に引っかからないように、わざと逆サバ読んだんじゃないかって気がするんだよね。
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まぁバンコクじゃよくある話かもしれないけど、田舎の高校1年生の女のコが都会に出て来て
いきなりハデな大人たちに混じって風俗業界に出稼ぎってのはなぁ・・彼女が仕事イヤそうで、
暗くて無口だった理由が何となくわかってくる。

とにかく誕生日お祝いメッセージは送ってあげよう。
「お誕生日おめでとう。私を覚えてますか?アナタは本当は今日から16歳なのですね?」 
返事はすぐ来た。「17よ(後で知ったんだけど、タイでは満年齢ではなく“かぞえ”でトシを言うらしい)」
「バンコクで会った時あなたは18って言ったから、私はそう思ってました」
「あなた、またバンコク来る?」
「いつかまたバンコクに行きたいと思います。そこであなたに会えたら嬉しいです」

そんなヤリトリがあった後、彼女から時々Facebookでメッセージが届くようになった。
でも話の内容はいつも大体同じなんだよね。

「ハロー、ビーです。元気?あなた、またバンコク来る?」
「元気です。私はまたバンコクに行くことを望みます。私はタイが好きです」
「いつ来る?」
「(い、いつって言われても・・)うーん・・来年とか・・もし可能なら・・」
「何月?」
「(ひー、わかんないよそんなこと)ううう・・ごめんなさい、わかりません」

こんなやりとりが何度かあった。
ビーさん大丈夫かなぁ?孤独感や絶望感にさいなまれているのだろうか?だんだん心配になってくる。
悪い男にひっかかったり、クスリに溺れたり、鬱になってリストカットしたりしないでくれよなぁ・・。

それでもビーさん、Facebookには毎日のように、多い時は日に三つも四つも投稿してくる。
当然それはタイ語で書かれてて(あるいはタイ語のニュースをシェアして)イ課長には読めない。
でもまぁ投稿があるってことは、元気にしてる証拠だ。ところが・・・
 
2015年6月中頃からビーさんの投稿がパタッと途絶えた。
ちょうどイ課長がラオス・タイ旅行を計画してる頃で、どうせ最後は必ずバンコクに寄るから、
ビーさんに再会できるかな、と思ってたんだけど、急にパッタリ消息が途絶えるなんて・・・。
 
最初はスマホをなくしたとか、壊れて新しいのを買うお金がないとか、そういうことかと思ってた。
しかし1ヶ月、2ヶ月と音信不通が長期化するにつれ、何となくイヤな想像が頭をモタゲてくる。
病気?いや病気ならまだいいが、まさか・・。そういやビーさん、店が終わるとバイクタクシーで
アパートに帰るとか言ってたけど、バイク事故でケガとか・・いやケガならまだいいが、まさか・・。
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9月の旅行のバンコク滞在日程も決まり、出発が近づいてきても相変わらずFacebookでは音沙汰なし。
ためしに「元気ですか?私はいついつバンコク行きます」ってメッセージを送ってみたけど返事はなし。
これは・・最初は悪い想像だったものが、だんだんある種の“覚悟”になってきた。6月頃にビーさんに
何かあったらしい。それ以降、音信不通になったってことは、その「何か」は良いことではあり得ない。
サイアクの可能性だって・・・ううう。

チェンマイの後バンコク行ったら、とにかくあの店で彼女の消息を尋ねよう。そう決めた。
店に入って「ミス・ビーは?」と聞いてみよう。すると、店のママさんあたりがイ課長を奥に呼び、
「あなた彼女の知り合い?実はあのコ数ヶ月前に・・」と、バッドニュースを聞かされるかもしれない。
それでもとにかく行くだけは行ってみよう。イ課長はそう決めたのである。

そして話は昨年のラオス・タイ旅行へと移る。ヴィエンチャン、ルアンパバーン、チェンマイと周って
最後の滞在地バンコク。その2晩めに、イ課長はビーさんの消息を確認すべく一年前と同じ
ゴーゴーバーに再び行ったわけだが、長くなったからまた続きは次回だ。

 

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by tohoiwanya | 2016-02-15 00:03 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(0)
2016年 02月 12日

海外の友人たちのジンセイ【その1】

2013年6月、ハノイのナンさんに啓蒙されて以来、イ課長は東南アジアにFacebookの友人が増えた。
これはとても嬉しいことだ。

Facebookでつながると、そういう友人たちのその後の様子を垣間見ることもできるわけで、
元気そうな写真が載ってればこっちも嬉しい。しかし世界のどこであれ、人が生きるところには
悲喜こもごもの人生模様があり、出会いがあれば別れもあるのだ。

たとえばタニヤのカラオケで知り合ったプラーさん(仮名)。
昨年9月のラオス・タイ旅行の時に連絡してみたんだけど、返事がない。そのちょっと前の時期に
Facebookに載った写真を見てたら、どうも医者通い(か、入院?)した時期があったみたいで
体調を崩したっぽいんだよなぁ。カラオケ勤めも辞めてるのかもしれない。詳細はわからないけど、
タイの友人・プラーさんには幸福であってほしいと切に願う。

これまた以前に書いたスーさん(仮名)とも残念ながらもう会えなさそうだ。
やはり昨年9月、バンコク行くよって連絡してみたら「会えない、ごめん」と返事が来た。
ってことはマッサージ屋の仕事は辞めて、別の仕事についたのかな。あまり立ち入ったこと聞けんが。
だが、再会がかなわないとしても、やはりイ課長としてはスーさんの幸福も切に願うものなのである。
時々イ課長の投稿にイイネを押してくれてるから、スーさん、とりあえず元気ではいるようだ。

と、まぁそんなこんなで、たかが数年の間にも海外の友人たちの人生にはいろんなことがある。
2013年に初めて会った時は独身だったナンさんは今やお母さんで、かわいい娘さんはすくすく育ってるし、
プノンペンの義兄弟・ルイの(たぶん下の)息子は小学校に入ったらしい。東南アジアの友人たちの
悲喜こもごもの人生模様を乗せて、今日も地球は回るのである。
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さて、イ課長の海外Facebook友達には一人だけ、ゴーゴーバー業界にお勤めの女性がいる。
最初に行った時のノッポギャルではなく、その次に行った時の高見恭子さんでもない。
ビーさん(仮名)という人で、2014年9月にソイ・カウボーイのゴーゴーバーでお知り合いになった。

ゴーゴーバーじゃ過去に深い反省を強いられたこともあるけど、懲りずに空港に向かうまでの時間つぶしに
入った店で、ダンサーをご指名しようなんて野心はまったく持ってなかった(笑)。
この時は過去に行った大型有名店ではなく、やや小さくてショボめの店に初めて入ったんだけど、
その店のステージで踊ってたのがビーさんだったのである。

このビーさん、とにかくステージの上でいろんな意味でやけに目立ってたんだよ。
一人だけノーメイク、髪型もシンプルで短め、眉も太くて、まぁとにかく素朴な感じのコだった。
年もすごく若そうでほとんど高校生くらいに見えた。しかもステージ上じゃ愛想ってものが全然なくて、
「この仕事やだなぁ」と思ってる様子がアリアリ。たぶん田舎から出稼ぎで来てるんだろうなぁ。
ハデ系バッチリメイクのお姉さまたちに混じってそんなコが一人いれば、そりゃもうすごく目立つ。

深夜便までのヒマつぶし(7時半頃だったかなぁ)ってことは、ゴーゴーバーにとっては開店早々で
客も少なかった。ビーさんの方も自分を見てるイ課長に気付いたようで、「アタシのこと呼んでよ」みたいな
合図を送ってくるけど、そういう時も笑顔ゼロ。やけにブアイソな彼女と話をしてみたくなったから席に呼んだ。

イ課長のとなりでドリンク飲み始めても相変わらず笑顔はなく、口数は少なく、雰囲気は暗い。
「あなたはいくつですか?」
「いくつに見える?」
「うーーーん・・・18?」
「イエス、エイティーン」
「エイティーン・・・あなたのホームタウンはどこですか?」
「イーサーン」

例によってまず年齢と出身地を聞くイ課長。
18歳と聞いた時は思わず「オレがタイに絵本を送った当時は7歳くらいか?」なんて計算したけど、
イーサーンといえば絵本の送り先だったパヤオとはまるっきり離れてる。

でも別の意味で驚いたよ。昨年会った高見恭子さんと同じイーサーンの出身とは。
イーサーンってタイの中でも貧しい地方で、風俗業界への出稼ぎも多いって話は読んだことあるけど
実際ホントに多いんだねぇ。イ課長が話をした三人のうち二人がそうなんだから。

「アナタ、あたしのことペイバーする?」
「あーごめん、私はこの後の飛行機で日本に帰るのです」
「アナタがペイバーしてくれたら、あたし今日はもうステージに立たなくて済むの」
「うっ・・・ご、ごめんなさい。私は時間があまりないのです」

展開としては2013年に初めてゴーゴーバーに入った時とそっくりだけど、印象はまるで違う。
ビーさんの場合、「稼ぎたい」っていうより「ステージに立ちたくない」という思いが強いみたいなんだよ。
ペイバーされれば客と付き合わなきゃいけないわけだけど、彼女にとってはステージに立つよりは
まだマシということなのか。
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結局、この時にアカウント名を交換してビーさんとFacebook友達になったのである。
この後、ビーさんとのFacebookつながりは意外な展開を見せるんだけど、続きは次回だ。

 
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by tohoiwanya | 2016-02-12 00:15 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(0)
2016年 02月 09日

サイゴン・コロニアル建築散歩【その2】

サイゴン大聖堂のすぐ隣りにある、もう一つの有名建築物。
それは中央郵便局なのである。サイゴン中央郵便局といやぁ、まさにフレンチ・コロニアル建築の
代表的存在で、コロニアル建築っていうとよく例に挙がる。ウィーンの郵便貯金局もそうだったけど、
郵便局みたいな公共建築物って作る方もリキが入るんだねぇ。

外観はこんな感じ。
人民委員会庁舎みたいに高い三角屋根がついてるわけでもないし、入口には大きな時計もあるし
一見するとそれほどデコラティブじゃなくて、実用本位のデザインのようにも見える。
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いやそうでもないな(笑)。中央の彫刻なんて凝りにコッてるよ。
こうやって目の黒目の部分をクリ抜くと、そこがカゲになって「黒目の大理石像」って感じになるよね。
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さて、中に入ってみよう。内部に入れなかったサイゴン大聖堂と違って、ここは現役の郵便局だから
中に入れるんだけど、地元の郵便局利用者より外国人観光客の方が圧倒的に多い(笑)。
しかしこりゃ確かに立派な建物だなーー。長~いカマボコアーチからの採光もあって室内は明るい。
奥に建国の父ホーチミン像があるけど。あれは間違いなく1975年の戦争終結後に掲げられたもんだな。
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しかしそれ以外の装飾はかなり建築当時のままをキープしてるんじゃないかと思うんだよね。
たとえばこれ。20世紀初め頃のサイゴン市内の地図じゃないか?今となっては古地図だが。
地図右寄り、太い川がぐーっとカーブしてるあたりの外側がマジェスティック・ホテルだ。
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さらに同じ頃とみられるメコンデルタ地方の地図もある。
しかし地図もノスタルジックだが、その手前にある照明塔やガラスの照明がアール・ヌーボー調で
実に「時代がついてる」って感じだ。歴史を感じさせるねぇ。
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さらに驚くのはこの木製のボックス。
今はATMの機械が置かれてるみたいだけど、昔は間違いなく電話ボックスだったはず。
カウンターで「どこそこに電話をかけたいんだが・・」って頼むと、交換の人が呼び出して
「2番のボックスでお話し下さい」みたいな感じで案内するんだよね。昔のフランス映画なんかに
よくそんなシーンがあったよ。
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てなことに感心しながら内部を見学してたら、やっぱりスコールがザバッと降り始めた。
雨宿りと見学を兼ねた観光客がさらにドッと入ってきて、内部はすごい人ゴミだったよ。
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これだけ観光客が多い建物だから、郵便局内にはちゃんと土産物屋まである。
イ課長も特に買い物があったわけじゃないけど、雨がやむまでブラブラしてみた。
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この土産物屋の女性店員、全員赤いアオザイを着てて、それがすごくキレイだった。
あーこの赤いアオザイを着た女性の写真撮りたいなぁ(・・って、もう撮ってるじゃん)。
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そこで近くにいた女性店員二人に頼んでにっこり写真を撮らせてもらった。
写真を送ってあげたいからメールアドレスを教えてもらい、最終的にこの左側の女性とは
Facebookのお友達にもなったのである。前に美女図鑑にも載せたよね。
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コロニアル建築という点でも、赤いアオザイ美女という点でも、見るべきものが多い(笑)
サイゴン中央郵便局だったのである。

さて、スコールもやんだし、腹も減ったし、またぶらぶら徒歩観光に戻りましょうかね。
中央郵便局を後にして、ふたたびサイゴンの街にくり出すイ課長なのでありました。
 
 
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by tohoiwanya | 2016-02-09 00:55 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(4)