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2016年 01月 12日

タ・プロム遺跡を見る その2

密林に食われた遺跡、タ・プロム。
密林のガワに立って言えばまったくアッパレな食いっぷりで、至るところで榕樹が遺跡にからみつき、
のしかかり、かぶさってる。

うわあああ。もうここなんて完全に榕樹の根っこがかぶさって、遺跡が見えぬ。
その根っこのわずかな隙間から見学者は出入りするのである。
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うーーーーわああああ。な、何スかこれは。
もうこうなると地球の植物っていうより、エイリアン的な異星植物がこの遺跡で繁殖してンのかと
思っちゃうじゃねぇか。遊星からの物体X状態。
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木がタ・プロム遺跡を食ってるその食いっぷりがあまりにスゴいので「この遺跡を今後どうするか」という
点についちゃ学者の間で論争があるらしい。

一つは遺跡を食ってる木を除去しないとイカンという考え方だ。
このままどんどん木が成長を続ければ、いずれ木の圧力で遺跡は崩れる。そうなる前に木を取り除いて
修復すべきであるというもの。
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もう一つは木をどかさない方がいいという考え方。
ここまでスゴいことになっちゃうと、今や「木が遺跡を支えている」というべきで、この木がなくなったら
遺跡はガラガラと崩壊しちゃうに違いないからこのままにしとこうというもの。
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こんな風に木に食われまくった遺跡を修復した経験なんて誰もないはずだから「過去の経験」に照らして
こうした方がいいと判断できる学者もたぶんいないんだろう。結局どうしたらいいのか誰もわからない(笑)。

イ課長の個人的意見としては「このままの方がいい」と思うんだよねぇ。
今となってはタ・プロムって場所は歴史あるクメール遺跡と、「それを食ってる植物」とが
セットになって見る者をして驚嘆せしむる奇観を現出してるわけで、この異様な榕樹の根が
なくなっちゃったらちょっと淋しいなぁ・・。とにかくこんな光景を自分が目にするなんてことは
空前にして絶後であろうと、見る者全てが感じるような場所だもん。
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遺跡の一部にはこんな具合に鉄パイプで補強した部分もある。崩壊の危険性という点でいえばかなり
アブナい遺跡なんだと思う。うーーむ・・木を残すべきか、取り除くべきか・・個人的には残してほしいが。
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ぐあっ・・これはまた・・もうどう表現すればいいのやら。
前回書いた「巨大タコがしがみついたような」という子供っぽい形容しか浮かんでこないのである。
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この木から横にびろーーーーんと伸びた根がこんな風に遺跡を這って、ひょいと地面に達している。
こういう異様すぎる造形が完成するまでどのくらいかかったんだろう?暑い国で雨も多くて、
植物の成長も早いだろうから、意外に数十年くらいあればこんな状況になっちゃうんだろうか?
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このタ・プロム遺跡、アンジェリーナ・ジョリーが出た「トゥームレイダー」という映画のロケに
使われたんだって。これだけ異様な奇観にあふれた場所なら冒険活劇の舞台にはもってこいだよなぁ。

うわーここもまた、さっきと同じように遺跡の入り口に木の根が覆いかぶさってる。
とにかくタ・プロム遺跡はこんな光景がそこらじゅうにあるんだけど、ここを見てたとき、イ課長は
木の根のスキマを見てハッとした。
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おおおお何と。木の根のスキマから人の顔のレリーフがちらりと見える。デバターかな?
2013年に見たタイのアユタヤ遺跡の、木の根に抱かれた仏様の首を思い出しちゃったぜ。
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とにかくタ・プロム遺跡というのはこういう所なのである。
「歴史的背景なんて知らなくていいから、とにかく見て驚けばよい」とイ課長が書いた理由が
なんとなくわかったでしょ?この遺跡に来てカンボジアの「密林のチカラ」を目の当たりにすれば
ただもう驚くばかりで、どんなに詳細な説明を聞いても耳を素通りしちゃうよ。
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しかしまぁタ・プロム遺跡には木の根っこ以外にも書くべきことはたくさんあるわけで、
次回はそういう部分もご紹介しよう。何しろ写真はたくさんあるからね。はっはっは。

 
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by tohoiwanya | 2016-01-12 00:16 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(2)
2016年 01月 10日

タ・プロム遺跡を見る その1

さて、昨年から書き続けているクメール遺跡見学の続きに戻ろう。

アンコール・ワット(途中から写真なし)とプノン・バケン(写真全くなし)の紹介が済んだから
次は時間をさかのぼって午前中に見たタ・プロム遺跡だ。ここについては写真もたーーーっぷり
撮ってるからなこんちくしょう(だから後半バッテリー切れたんだろうが)。

アンコール遺跡群を見学すれば、ガイドさんは「ここは12世紀末に立てられた寺院だ」とか、
「ジャヤヴァルマン7世という王様が建てた」とか、遺跡にまつわる歴史的背景を説明してくれる。
見る方もにしても「12世紀末っつうたら・・いい国作ろう鎌倉バフクの頃かぁ・・なるほど」
てな具合に、何も知らずに見るより認識が深まって有意義な見学になる。

だがしかし、これからご紹介するタ・プロム遺跡に関しては、やや乱暴に言えば歴史的背景なんて
知らないままでいいと思う。ただもうそのあり得べからざるアリサマを見てひたすら驚き、
ひたすら唖然としてればイイんじゃないかと思うんだよね。
アンコール・ワットなんかに比べるとタ・プロム遺跡は小規模だし、その知名度も低いけど、
視覚的スゴさに関してはアンコール遺跡群の中でも屈指のものではないかと思うのだ、イ課長は。

実はイ課長もカンボジアに行こうと思うまでタ・プロムなんて聞いたことすらなかったんだけど、
紹介写真を見てたまげた。こんなスゴいところがあるのかよ。ぜひ見たいと思った。

「ここについては歴史的背景なんて知らなくてもいい」って自分で言ってんだから、このブログでも
クダクダしい説明は割愛して、とにかく写真でご紹介していこう。
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駐車場で車を降りると、ガイドさんに連れられて森の中の道を歩く。イ課長が参加したツアーでは
タ・プロムが最初の見学スポットだったからワクワクしたねー。

おおっ 遺跡だ。しかも崩れている。キブンが出てきたぞ。
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この辺だけじゃなく、アンコール遺跡群にはこうやって崩れたり、破壊されたりした箇所が少なくない。
長い年月の間に石が劣化して崩壊する場合もあるし、手入れが不十分だったってのもあるし
(ポル・ポト時代とか内戦とかあったからねぇ)、実際問題として盗掘も多いのだ。
下の写真にデバターが二人映ってるけど、右側は明らかに顔面が何かでキレイ削り取られている。
顔だけ盗掘されたんじゃないのかなぁ・・?可哀想に。
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デバターの顔だけじゃなく、この写真を見ると石の積み重ね自体がすでに左に大きく傾いている。
このままだと誰が見たっていずれ左にガラガラと崩落すると思われるのだが・・。
しかしタ・プロム遺跡の「あり得べからざる光景」のメインはここではないのだ。もっと先。

うおおお、いよいよ見えてきた見えてきた。
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上の写真に大木が二本写ってる。右の木は石塀の手前、左の木は石塀の向こうに生えてる。
問題は左側の木だよ。あの木を向こう側から見るとそこに「あり得べからざる光景」があるはずだ。
うう、早く見たい・・。

右側の木のワキが入り口になってるみたいで、イ課長たちもそこから入った。
入るとすぐ左を見る。そこにさっきの木があるはずで・・・・



どっひゃーーーーん
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タ・プロムといえばもうコレなんだよ。
この遺跡が長年忘れ去られ、やっと再発見された時、この遺跡は完全に木に浸食されたというか、
木に飲み込まれたというか、こういうトンでもない状態で発見されたらしい。

いやぁぁぁスゴい。写真で初めてみた時もタマゲたけど、実際見るとスゴすぎる。
これ、榕樹(いわゆるガジュマル)の木らしいんだけど、植物ってこんなスサマじい姿で
成長できるモンなのかね。遺跡に巨大タコが絡み付いてるのかと思いたくなる。
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まさに「森に食われた遺跡」とでも言うしかない、タ・プロム。
遺跡が榕樹に飲み込まれた箇所というのはここだけではなく、遺跡じゅうあちこちにある。
どこを見てもあまりの異様さにただただ驚くしかない。
たっぷり写真もあるから、引き続いて次回ご紹介しようではないか。

 
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by tohoiwanya | 2016-01-10 00:31 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(2)
2015年 12月 21日

プノン・バケンで夕日より感動するもの

イ課長が参加したアンコール遺跡群一日ツアーのメニューを再確認しておこう。

①最初にタ・プロム遺跡見学        
②次にアンコール・トム遺跡見学
③昼食
④お待ちかねアンコール・ワット遺跡見学
⑤プノン・バケン遺跡で夕日鑑賞

④については書いた。相変わらず順序を無視して次は⑤だ。
当然写真は1枚もない(笑)。ビジュアル資料がないヤツを先に書き終えちまおうってわけだ。
この記事の写真はWikipedia等から拝借したものでごんす。

プノン・バケンは小高い山の上の遺跡で、観光客の目当てはテッペンにある遺跡そのものではなく、
そこから眺める夕日。それほど標高の高い山じゃないけど、あたりが平らだから見晴しはすごくいい。

実のところ、イ課長は当初「夕日鑑賞なんていらねぇよ〜」と思っていた。
それでもツアーのメニューにある以上しゃあねぇからつきあうか、て感じだったわけ。
しかしここから眺めた眺望はカンボジア旅行の中でも忘れがたい、感動的なものだった。ただし、
感動したのは夕日に、ではない。

駐車場で車を降り、上り坂をしばらく歩き、最後に長い階段をのぼるとプノン・バケンにたどり着く。
こんな感じで、夕日目当ての観光客で遺跡の西側はぎっしりだ。ただ、この日は快晴ってわけじゃなかったし、
イ課長はそもそも夕日鑑賞にはさほど興味がなかった。
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ここは周辺で一番高い小山だから、西の夕日だけじゃなく、東西南北の景色がぜんぶ見わたせる。
真南を見るとシェムリアップ市街、そして雨季で水位が増した(つまり湖の面積がガバッと増えた)
トンレサップ湖も見えた。眺望はホントにいい場所なんだよ。
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でも、基本的にはこんな感じで、周囲は何かすごいものが見えるっていうより、ひたすら緑の森が続く。
このあたりからだんだんイ課長は夕日よりも、どこまでも続くカンボジアの密林の方に惹かれ始めた。
プノン・バケンで見るべきものは夕日より、この圧倒的な密林の海の方ではないのか?
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そう考えながら見ると、プノン・バケンから見る亜熱帯の森の密度と広大さはまったく驚嘆に値する。
とにかく、ドコ見ても圧倒的に緑の樹海だからね(上の三つの写真はすべてWikipediaから)。

緑の海に打ちのめされたイ課長はたちまちスコット・フィッツジェラルドがエンパイア・ステートビルの上から
ニューヨークの街を眺めた時の文章を思い出した。
(ちなみにイ課長はフィッツジェラルドを読んだことはない。他で引用されてたから知ってるに過ぎない)

この街は、私が思っていたような、果てしなく続くビルの渓谷ではなかった。そこには限りがあったのだ。
地上最高の建物の頂上から、私は初めてこの街の四隅がしだいに疎らになって、ついには周囲をとりまく田園に
呑みこまれていることを発見したのである。果てしなく広がっているのはこの街ではなく、それを呑みこんでいる
緑や青の荒漠たる大地の方だった・・・
「フィッツジェラルド『わが失われた街』」

イ課長が最も感動したのはプノン・バケンから、(たぶん)北の方角を見た時だ。
はる~か遠く、地平線の彼方にうっすら山が見える。繰り返すけど「はるか遠くの地平線に山」があるんだよ?
自分が今いるプノン・バケンからその地平線までの間に何があると思う?ひたすら樹海しかないのだ。
一切の人工物が見えない。家もビルも煙突もない。地平線まで続く樹海。そして聞こえるのは風の音だけ・・

実際にはあの地平線まで続く樹海のなかには多少は道路とか、田んぼとか、家とかがあるんだろう。
しかしこの高さから見ると密林の海というか、緑のジュウタン以外の何物でもないんだよ。ひたすら緑、緑なのだ。
これまでの人生でイ課長はこんなに広大な樹海を見たことがない。何せ地平線まで続いてるわけだから。
プノン・バケンで見るべきは夕日なんかじゃない。これだ。このカンボジアの密林だよ。卒然と悟った。

ああ・・その感動的な眺望の写真がないのは本当に申し訳ないと思う。
画像検索すると、イ課長が見たのと似たような角度と思われる写真もあるんだけど、個人のブログだから
Wikipediaみたいに気軽に拝借というわけにもいかない。

まぁこういうものは多分に個人の好みの問題であることは認める。
プノン・バケンでは夕日に感動する人の方が多いだろうし、トンレサップ湖の眺めにうっとりする人もいるだろう。
しかしイ課長がプノン・バケンで感動したのはまぎれもなく「地平線まで続くカンボジアの樹海」だったのだ。

プノン・バケンからはアンコール・ワットも見える。
あの巨大なアンコール・ワットすら、広大な樹海にあっては「大洋に浮かぶ軍艦」くらいにしか思えない。
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プノン・バケンに来た旅行者は知ることになる。
偉大な王が命じた偉大な建造物もカンボジアの自然に対してはあまりにも小さいことを。そしてこの国の
真の支配者はこの広大な密林に他ならないことを知るんだよ。
(上の写真だけangkor templesというサイトから拝借)
 
カンボジアに行って、アンコール遺跡群見学ツアーに参加する人は多いと思う。
そういうツアーの多くは最後に「プノン・バケンで夕日鑑賞」が組み込まれているはずだ。
もしアナタがプノン・バケンで夕日鑑賞する機会があったら、西に沈む夕日だけじゃなく、ぜひ東西南北全ての
方角を眺めて、広大すぎるカンボジアの樹海をその目に記憶させてほしいのである。
そして出来ることならデジカメにも記憶させてあげてね・・ああチクショウ!

 

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by tohoiwanya | 2015-12-21 00:07 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(2)
2015年 12月 18日

アンコール・ワット【第二・第三回廊】

アンコール・ワットを見学する時、おそらくガイドさんは第一回廊をグルリと全部一周することは
ないはずだ。イ課長たちのツアーのガイドさんもそうだった。

全部見ると時間がかかるってのもあるけど、第一回廊の北側とか、西側の上半分あたりは時代的に
だいぶ後に新しく彫られたらしくて、後で本で読んだところによるとレリーフとしての出来映えは
これまで見たラーマーヤナや乳海撹拌なんかに比べるとかなり落ちるらしい(笑)。
まぁデキの悪いものもそれはそれでちょっと見てみたい気はするけどね。

しかしガイドさんは容赦なくアナタを第二回廊へと連れて行くはずだ。
ここは第一回廊のグッと内側にあるから距離は短くなり、高さは少し高くなる。

第二回廊にはドラマチックなレリーフはないけど、そこココに美しいデバター(女神)がいる。
アンコール遺跡はここに限らず、どこもこの華麗なデバターとアプサラ(舞姫)たちが彫られてて
それぞれちょっとずつポーズや衣装や表情が違っている(下の写真は第一回廊で撮った)。
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表情は控えめだけどけっこう肉感的で、デバターさんは一人残らず超グラマーなのである(笑)。
こういう女が男を惑わすのだ。実際、後にフランスの文化大臣にまでなったアンドレ・マルローは
若い頃、カンボジアのバンテアイ・スレイ遺跡のデバターの美しさに惑わされ、魅了され、
しまいには盗掘して持ち帰ろうとし、逮捕された(マジ)。
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そしていよいよ最も高い位置にある第三回廊、アンコール・ワットの心臓部へ。
ここに行くには傾斜70度という、トンでもなく急な階段を登らなければならない。

この階段というのがホントに危なくて、昔は下の写真のように手すりもなかったんだけど、
カンボジア人のガイドさんが転落して亡くなるという痛ましい事故があったそうで、現在は
木製の手すりが出来てる(写真はFind Travelというサイトから拝借)。
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しかし手すりがあっても階段の傾斜は変わらないし、踏板にあたる部分がすごく狭いから
依然としてけっこう危ない。ヒールのある靴でここに来るのは暴挙です。帰りも当然この階段を
使うわけだけど、下りは登り以上にアブナい。アナタが転落したらその段から下にいる観光客全員が
巻き添えになります。メイワクです。ヒールはやめましょう。

第三回廊まで昇ってくると、アンコール・ワットを象徴するあの塔がまさに間近に見える。
ここはではもはや壁の彫刻より、石で作られたこの巨大な建物の威容にひたすら感動しながら、
かつデジカメが使えないことに深く落胆しながら歩いたもんだった。
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こういう観光のクライマックスでカメラが使えないって、なんかヘンな感じだね。
ネットで検索すればヒトサマが撮ったアンコール・ワットの写真はうなるほどある。しかし自分で撮った
写真がないと「そうそう、これこれ」って感じで再確認する手段がない。だもんで・・・

あの複雑な第三回廊の中を歩き、祠堂を見上げた記憶は実は夢だったんじゃないか?


・・てな気分にちょっとなる。

いや、そうだ。きっとあれは夢だったに違いない。
急な階段を昇り降りしたのも、塔を間近から見て感動したのも夢だったんだよきっと。
実際にはイ課長はアンコール・ワット第三回廊に行ってない。あの塔も、階段も、窓から眺めた
鬱蒼たるカンボジアの密林も夢で見たのだ。そうだそうだ。


だから実物を見に行こう、また(笑)。
 


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by tohoiwanya | 2015-12-18 00:04 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(2)
2015年 12月 14日

アンコール・ワット【乳海撹拌】

本日の標題、にゅうかいかくはん と読む。

アンコール・ワットについて書かれたどのガイドブックも、第一回廊の乳海撹拌のレリーフのことは
必ず触れているはず。「圧巻」「最も有名」「第一回廊最大の見もの」てなことが書かれてると思う。
東回廊左側に彫られたこの乳海撹拌こそ第一回廊のレリーフ見学の、まさにクライマックスなのだ。
どのガイドさんもここに来るとそれまで以上に説明に熱が入る。

乳海撹拌とはヒンズー教の天地創造神話みたいなものなのである。
我々のガイド氏が「ぼく、しんわのなかで、これいちばんおもしろいとおもう」と言うだけあって、
そのストーリーは気宇壮大にして波乱万丈、神話につきもののトンデモ性もふんだんにあって
確かに面白いんだよ。このブログでも簡単に紹介しておきたい。

話は神々(イイモノ)と、アスラ=阿修羅(ワルモノ)の戦いという構図の中で始まる。
ギリシャ神話でもゼウスが巨神どもと大戦争したって話があったはずで、大昔に神さま同士の
熾烈な戦いがあったっていうのは神話の世界じゃよくある設定みたいだね。

ヒンズー教における神々vs.アスラ戦争ではイイモノの神々の方がちょっとドジを踏んだために
劣勢に陥る。このままじゃワルモノのアスラ軍に負けちまうかもしれん。やばい。ピンチだ。
そこで、何かイッパツ逆転のいい手はないかっていうんで神々軍はヴィシュヌ神に相談してみた。
そこで万能のヴィシュヌ神がひねり出した妙案が「乳海撹拌」だったというわけだ。

乳海撹拌って、要するに海をかき回すだけかき回してミルクにしちまうという超スーパー大事業で、
その乳海からは不老不死の薬「アムリタ」が出て来るはず。このアムリタを飲みさえすりゃ神々軍は
たちまちホウレンソウ食ったポパイみたいにパワー100倍になってアスラに勝てるってわけだ。

しかし乳海撹拌なんてスゴすぎる大プロジェクトは神々だけじゃムリ。
そこで「アムリタ半分あげるからさぁ」とダマして(ひでぇ)アスラ軍に協力してもらうことにした。
アスラたちも不老不死の薬アムリタは欲しいわけヨ。そしていよいよ敵味方が協力して始まった
壮大すぎる乳海撹拌プロジェクト。まさに天海を揺るがすそのスケールがすごい。

①まずマンダラ山という山をひっこ抜いて巨大な亀の背中に載せ、半分くらい海に沈める。
②そのマンダラ山に蛇、7つの頭を持ったナーガという超巨大蛇をぐるぐる巻き付け、ツナ代わりにして
 シッポの方を神々軍が、頭の方をアスラ軍がそれぞれ持って交互に引っ張りっこする。
③それによってマンダラ山(と亀)は高速で回転し、いわば巨大ミキサーになって海を撹拌する。
 海中生物たちは超高速撹拌で四分五裂にチギれ、さらに小さく分子レベルにまでチギれ、
 しまいには海全体がコロイド化?して乳海になっちまった。

ちびくろサンボでトラが高速回転のあげくバターになったのに比べたら、乳海撹拌で魚たちが
ナノレベルにまで粉々にされ、海がミルクになる方が多少は現実味があるな(ねぇよ)。

この乳海撹拌のための綱引き・・というかヘビ引きは千年(!)続いたらしい。やがて乳海の中から
太陽と月だの、天女アプサラだの、絶世の美女ラクシュミー(後にヴィシュヌの奥さんになるらしい)だの
いろんなものがブクブクと現れ、ついに不老不死の薬アムリタを持った女神があらわれた。やった。

たちまち神々軍とアスラ軍の間で醜いアムリタ争奪戦が始まる。しょうもねぇ連中だぜ。
一度はアスラ軍に奪われたんだけど、絶世の美女に変身したヴィシュヌ神の色仕掛けでうまく取り返し、
最終的には神々軍だけで不老不死の薬・アムリタをごくごく回し飲みできた。めでたしめでたし。

・・・と思ったらまたまたピンチ。アスラが一人、神々に化けてまぎれ込んでアムリタを飲もうとしてる!
今まさに彼がゴクリと飲もうとした時、太陽の神と月の神が気づいて「あ!あいつアスラですぅ!」と
ヴィシュヌ神に言った。間一髪、ヴィシュヌ神は素早くチャクラム(リング状の円盤)を投げて
アスラの首をチョン切った・・・のはいいのだが・・・。

アムリタを飲む途中で首切られたもんだから、そのアスラは首から上だけ不老不死になるという
中途半端なことに(笑)。怒り狂った「首だけアスラ」、告げ口した太陽の神と月の神に食らいついて
飲み込むんだけど、首から下がないから何度飲み込んでもすぐノドからポロリと落ちてしまう。だから今でも
太陽と月は時々「首だけアスラ」に飲み込まれて短時間だけ隠れるのである(これが日食&月食)。

紆余曲折の末、アムリタを飲んだ神々は不老不死の身体となってアスラとの大戦争に勝利を収め、
今でも神々が支配する「この世」が続いているのでありました・・・と。

どうよこれ。大スペクタクルあり、アクションあり、絶世の美女の色仕掛けサービスシーンありで、
確かにめちゃくちゃ面白い。なぜハリウッドはSFX超大作として映画化しないのか。
(下の写真中央がマンダラ山の上で乳海撹拌の指揮?をとるヴィシュヌ神。画像はWikipedia)
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乳海撹拌のレリーフは東側回廊の左半分、前回書いた南側回廊右半分の「天国と地獄」を
見終わってカドを曲がるとあるわけだ。乳海撹拌だけでもまた95mだからね。神々やアスラたちが
「どこまでもどこまでも・・」という感じで並んでヘビを引っ張ってるサマは一種幻想的な迫力で
見る者を圧倒するわけだけど、長くなったので続きは次回だ。
(ヲマエ!今日は神話紹介だけかよ!しかも写真はWikipediaのちっちぇーの1枚だけ!)

 
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by tohoiwanya | 2015-12-14 00:20 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(0)
2015年 12月 12日

アンコール・ワット【第一回廊】

西参道でまず感動したら、いよいよアンコール・ワットの内部に入っていくぞ。
おそらくガイドさんは第一回廊壁面に彫られた素晴らしいレリーフへとアナタを誘うはずだ。

前回使ったDrexel大学の図をもう一度見ていただきたい。
画像下の方の西門を越え、今われわれは中央の四角に囲まれたアンコール・ワットのヘリに
さしかかったわけで、第一回廊とはこの外側の四角のことなのである。
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事前にガイドブックには目を通してたけど、正直言ってイ課長はここに来るまで
「第一回廊のレリーフ」にはほとんど注目してなかった。アンコール・ワットといやぁ、やっぱ
石で作られた建物そのものがスゴいわけで、壁の彫りモノなんて大体どこの遺跡にもあるじゃん
・・と、まぁその程度の認識だったのである。

ところがこれが素晴らしい。
この第一回廊はグルッと一周すると760mあるらしいから正方形と考えれば一辺は190mだ。
真ん中に出入り口があって、回廊一辺が真ん中で左右95mずつに分けられてることになる。
その左右の壁面にそれぞれ違うテーマのレリーフがあるわけよ。1辺に二つあるわけだから
第一回廊全部グルッと回れば八つの異なるレリーフを目にすることになる。

西側回廊の真ん中から入って、ガイドさんはたぶん右折するはずだ。
そこにはラーマーヤナの壮大な戦闘シーンのレリーフがある。これを見てイ課長は驚いた。
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ううううわ、何だか知らんがこれはすごい。
ガイドブックの小さな写真見ただけじゃ想像もしなかったけど、ものすごいスケール。
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歩兵・騎兵・馬車等々、まさに両軍入り乱れての激闘が95mにおよぶ壮大な巨大レリーフ絵巻に
なってるわけだから圧倒的スケールだ。こんなにスゴいものだったのかよ!
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長さのスケールもすごいし、レリーフ自体の精巧さも大したもんだ。
ラーマーヤナって主人公軍団にサル軍団が味方してワルモノ軍団と戦う(らしい)んだけど、
密集戦の中をヨロイを着たサル兵士が飛ぶように走り回ってる姿とか、すごい躍動感がある。

しかしこんなモンで驚いていてはいけない。
西回廊の右半分を見るとカドを曲がって次は南回廊の左半分。そこは別名「王の歴史回廊」とも
言われてて、アンコール・ワットを建てたスールヤヴァルマン2世って王様の治世の様子が
彫られてる。これがスールヤヴァルマン2世で、お釈迦様の姿で描かれてる。現人神さまなのだ。
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さらに中央の出入り口を通って南回廊の右半分にいくとそこは「天国と地獄」だ。
古代歴史叙事詩(ラーマーヤナ)、現代史(当時の王様の様子)、宗教画(天国と地獄)と、
回廊のカドを曲がったり、出入り口を通り過ぎるたびに新しいレリーフ絵巻が繰り広げられる。
第一回廊のことを「あたかも劇場」って書いた本があったけど、まさにそんな感じだ。
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「事前に写真で見た程度」で、ロクに予習もせずに第一回廊のレリーフ大絵巻を見たイ課長は
最初驚き、だんだん興奮し、そのうちカンドウし始めた。個々の造形は素朴で、ある意味マンガ的に
様式化されてるんだけど、それらが自由奔放かつ高密度な構図で配置されてて、圧倒的な
ボリューム感がある。まさに圧巻の出来。こんなに素晴らしかったんだ。
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で、ちょうどこの辺でデジカメのバッテリー様が昇天あそばされたのである(笑)。
すでに午前中のタ・プロム遺跡とアンコール・トムで散々撮りまくったからなぁ。

本当にもうこの時は切歯扼腕というか、オノレのバカさ加減を深く呪った。
その時は知らなかったけど、実は第一回廊最大の見どころはさらにカドを曲がった東回廊の
左半分にあるんだよ。その直前でバッテリー切れとは神は何と残酷なのだ。

当然、この先の写真はない。ないけどイ課長は書くぞ書いてやろうじゃねぇか。
続きは次回だくぬやろう。

 

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by tohoiwanya | 2015-12-12 00:05 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(4)
2015年 12月 10日

アンコール・ワット【西参道】

イ課長がシェムリアップ到着翌日に参加した遺跡見学ツアー、メニューはこういう順番だった。

参加者の宿泊ホテルに順ぐりお迎え。
          ↓
①最初にタ・プロム遺跡見学
          ↓
②次にアンコール・トム遺跡見学
          ↓
③いったんシェムリアップ市街に戻って昼食
          ↓
④お待ちかねアンコール・ワット遺跡見学
          ↓
⑤プノン・バケン遺跡で夕日鑑賞
          ↓
お土産物屋に立ち寄り、宿泊ホテルに順ぐりに送ってもらって終了

しかしこのブログでは最後に近い④アンコール・ワットからご紹介していこう。
一番有名だし、写真が少ない(もしくは全くない)見学先を早めに書いてしまいたいのである(笑)。

さぁそういうわけでアンコール・ワットだ。
イ課長が過去行ったタージ・マハルとかアルハンブラ宮殿みたいな世界的超有名観光スポットと並んで
アンコール・ワットはまさに「世界の観光地」と言うにふさわしい。実際に行ってつくづくそう思った。

写真やテレビでなら誰でも見たことはある。しかし実際行ってみると確かに「うはーこりゃすげぇ」と
うなるしかないような素晴らしさ。「地雷を踏んだらサヨウナラ」で有名なカメラマン、一ノ瀬泰造さんは
アンコール・ワット見たさ、撮りたさに突き動かされるまま内戦下で治安の悪いシェムリアップに行き、
その地でクメール・ルージュによって殺害された。

上から見たアンコール・ワットはこんな感じでほぼ正方形。豊かに水をたたえる掘に周囲を囲まれてて
見学者は必ず西側の参道から入っていく(下の図では手前から奥に向かって進む形)。
(下図はDrexel大学のサイトから拝借)
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画像で一番下真ん中あたり描かれてる西参道からアンコール・ワットを見るとこんな感じ。
この時はそこまで気が回らなかったけど、今改めてこの写真を見ると、ここってものすごく視覚効果を考えて
作られてるんだなぁと思う。
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上の写真に見えている正面の建物はアンコール・ワットの西門であって有名な中央の祠堂ではない。
祠堂はもっと奥にあって、もっと大きいんだけど、重要なのはこの位置からだと奥の巨大な祠堂が
西門に隠れて見えないことだ。逆に言うと奥にある祠堂は手間にある西門からほとんどはみだしてない。
この西門の塔、元はもっと高かったと推定される(上が崩れてるっぽい)から、昔は今以上に
門の向こうが見えなかったはずで、訪問者はまずこの巨大な門に見とれることになる。
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「うわーすげぇ門」と思いながら門に近づき、その威容を見上げる。誰だってそうするだろう。
ところがだ、巨大な門をくぐってその先を見ると、そこには西門よりさらに壮大かつ荘厳な
祠堂が視界にとびこんできて訪問者はさらにぶったまげることになる。そういう風に「見え方」を
計算して作ってるはずで、すごい演出効果だと思うよ。
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アンコール・ワットの向こうからのぼる朝日鑑賞ツアーっていうのも定番だけど(参加しなかったが)
昼間であればアンコール・ワット見学は午後っていうツアーが多いはずだ。午前中だと逆光になるけど
太陽が西に回った午後なら太陽を背にして撮れるからね。
うーむやっぱ実物ならではの存在感&重量感。そして実物ならではの観光客の多さ(笑)。
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ちなみに、アンコール・ワットを見学する時は個人であれ団体であれ、現地ガイドを同行することが
必要らしい。そういうところはアウシュビッツなんかと同様で、一人で気ままにブラブラ見るわけには
いかないらしい。イ課長が参加した日本人混載ツアーを担当したガイド氏は日本語がすごく上手で、
なかなか楽しい若者だった。
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さて、それじゃいよいよ世界の観光地アンコール・ワットの中に入っていくぞ。
とりあえず次回は、その高度な芸術性で訪問者を魅了してやまない第一回廊のレリーフあたりから
ご紹介しましょうかね。

 
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by tohoiwanya | 2015-12-10 00:13 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(0)
2015年 12月 08日

アンコール遺跡群を見るということ

さーて、そろそろカンボジアのアンコール遺跡群見学について書き始めるとするか。
あそこに行ってからすでに1年3か月くらい経過してるもんな。さすがにそろそろ書かんとイカン。
2014年東南アジア旅行の、観光という点ではまさにクライマックスといっていいアンコール遺跡見学。

しかしアンコール遺跡群を見るというのがどういうことか詳しくご存じない方、つまりカンボジアに行く前の
イ課長と同程度の知識しか持ってない方のために、最初にちょっと説明しておきたいのだ。
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アンコール・ワットといやぁカンボジアが誇る「世界の観光地」。誰でも知ってる。
イ課長もカンボジアに行ったらアンコール・ワットは当然見たいと思っていた。シェムリアップから出る
アンコール・ワット見学のオプショナルツアーなんてワンサとあるに違いない。

ところが遺跡見学オプショナルツアーを研究しはじめるにつれて、イ課長は混乱し始めた。
なぜなら、いろーんな遺跡を対象にした、いろーんなツアーがものすごくたくさんあるからだ。
遺跡ってこんなにあるの?アンコール・ワット見たらめでたしめでたしってワケじゃないの?

たとえば大体のツアーでアンコール・ワットと一緒に回ることになるのがアンコール・トム遺跡。
あーアンコール・トムっていうのは聞き覚えがあるよ。アンコール・ワットと一緒に行くってことは
きっと両者は近くにあるんだろう。じゃ、主なものはこの二つなのかって?とんでもない。
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ツアーの見学コースにはバイヨンとか象のテラスとかっていうのも含まれてる。何それ?
(これは広大なアンコール・トムの中にある構造物で、それだけで小さな遺跡ひとつ分の規模がある)。
タ・プロム遺跡とかプノン・バケンで夕日鑑賞っていうのもツアーに入ってる。聞いたことないなー、ナニそれ?
その他にもバンテアイ・スレイだのクバル・スピアンだのベンメリアだの聞いたこともない遺跡をまわるツアーが
どっさりある。一体ドレを見るべきなの?ドレがドウすごいの?

そもそも世界遺産登録名称が「アンコール遺跡」。アンコール・ワット以外にも見るべき遺跡は
周囲にヤマほどあるんだよ。一方遺跡に関するイ課長の知識はゴミほどしかない。それでもとにかく
どのオプショナルツアーに申し込むかは決めないといけない。
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これは重要なことだから、これからカンボジアに行く人のために強調しておきたい。

アンコール遺跡群を全部見るなんてことは普通の人には絶対不可能と言っていい。
見学コースがぜーんぶ決まってるツアーとかでない限り、アンコール遺跡群の「ドレを見たいか」選択する
作業が必要になるわけだ。これは言い換えると「どの遺跡を断念するか」を決める作業でもある。
「アレとコレとソレを見る」以上、他はあきらめなければならない。何せシェムリアップに比較的近い
遺跡や見どころだけでもこれだけあるんだから(画像はWikipedia)。
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加えて、入場チケット問題も重要。
世界遺産になってるアンコール遺跡群を見るには、一種の共通入場券みたいなものを買う。
これ一枚買えば、この範囲にある遺跡ならどこでも入れますってヤツ(何と購入者顔写真つき)。
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これが高いんだよ。1日券で20$、3日券40$、一週間券で60$だもん。カンボジア物価で60$って、
日本でいえば軽く1万円とか2万円レベルのチケットって感じだと思う。さらに悪いことにチケットは
上の3種類しかないから、二日間とか四日間だけ遺跡見学しようなんて日程はコスト効率が悪いのだ。

イ課長もこの点は考慮した。3泊するとはいえ、3日券買っても3日目はムダになる日程だったからね。
それだったら・・というわけで、1日券しか買わず、二日目は共通入場券対象エリアからはずれた、遠くの
ヨサゲな遺跡を見ることにしたのである。こんな具合に、自分の興味や意欲だけじゃなく日程とかお金とか、
様々な要素も考えつつ、ドコを見てドコをあきらめるか決めないといけないのだ。

こうして多くの遺跡を断念した末に実現したアンコール遺跡群見学。
どうだった?と聞かれれば、そりゃーもう素晴らしかったと答えるよ。こんな神秘的な遺跡の数々を
こんなにたくさん、こんなに濃密に見学できる場所が世界で他にあるんだろうか?と思う。
そういう意味じゃ今回あきらめた多くの遺跡もいずれはぜひ見たい、また行きたい。
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そんな神秘と感動に包まれたアンコール遺跡群見学。
たぁ~っぷりご紹介していこうと思うのである。
デジカメのバッテリーが切れる前に見た遺跡については写真もたっぷりあるからね(笑)。
 
 

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by tohoiwanya | 2015-12-08 00:02 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(2)
2015年 11月 30日

バンコク・ドンムアン空港というところ

国内出張ネタばっかなのもナンだから(日帰り出張があと2回あるんだが)、海外の話に戻そう。

イ課長にとって生まれて初めての海外出張といやぁ。懐かしき1996年のアジア4か国出張。
あの時バンコクは二番目の訪問地で、ジャカルタからシンガポール経由で行ったもんだった。
シンガポール・チャンギ空港は1981年開業らしいけど、96年当時もすごく立派でキレイでピカピカで、
すっかり感心したせいか、その後降り立ったドンムアン空港に関しちゃ「普通の空港」程度の記憶しかない。

2012年インド出張でバンコク乗り継ぎした時、もうバンコクの国際空港はスワンナプーム新空港になってた。
2013年にハノイからカタール航空でバンコク入りしたときも到着はスワンナプーム新空港。
2013年末の短期避寒旅行でバンコク行った時もタイ航空利用だったから往復ともスワンナプーム新空港。
新しく国際空港ができれば、新しい空港の方ばかり利用することになるのは当然といえば当然だ。

だから2014年9月にタイ・エアアジアXでドンムアンに降り立った時はイ課長にとって「18年ぶりの
ドンムアン空港到着」だったわけで、ちょっと懐かしかったね。
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この空港、調べてみるとなかなか数奇な運命を辿ってて面白い。
ここはイ課長が利用した1996年当時はもちろん、今世紀初めまで「バンコクの国際空港」としての
地位を保ってたけど、2006年にスワンナプーム新空港が開港したらもはや用無しの身。
旅客便の定期運航は完全になくなったようで、せいぜい貨物便とかチャーター便が使う程度。
定年を迎えて仕事を辞め、自宅でボケッとしてるオッサン状態。

ところが新しくできたスワンナプーム空港がトラブル連発で、航空会社側がキレた。
「こんなヘボな新空港もうやだ!ドンムアン空港もう一度使わせろバカタレ!」と政府に文句を言い、
ドンムアン空港は2007年になんと再開港。定年退職したものの、若手だけじゃ会社が大変だから
嘱託社員として急遽職場復帰を要請されたオッサン状態。

と思ってたら2011年に例の大洪水。ドンムアン空港も水浸しで使い物にならなくなり、その年の10月に
再び閉鎖に至る。だがしかし、洪水がひいた翌年の3月には再び復活。いろいろ大変っすね。
嘱託社員として会社に復帰したものの、ほどなく持病が再発してまた離脱し、半年の療養生活を経て
再復帰したオッサン状態。

第一線引退 ⇒ 再開港 ⇒ 洪水で閉鎖 ⇒ 再々開港 という波乱万丈のジンセイ。
現在、ドンムアン空港はエアアジアとかノックエアとか、タイ系LCCが使う空港として重要な役割を
果たしている。ノックエアってタイの有力LCCの一つで、機首にクチバシを描いた飛行機で有名。
こんな感じでけっこう笑える。
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2014年の旅行じゃドンムアン空港到着が15時半頃。サイゴン行きまで約4時間ヒマをつぶす必要が
あったんだけど、例によって買い物には関心ないので空港内の店でチキンバーガー&缶ビールで一休み。
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マックもあったんだけど、ビールがないからなぁと思って入らなかったのである。
ドンムアン空港のマックに置かれたドナルド氏はタイ風にワイの恰好してることで有名だけど、
タイ国内の他のマックでも彼はこのポーズだったかなぁ?
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ドンムアン空港は一口で言えば「スワンナプームみたいにピカピカじゃないけど、必要十分な設備は
揃ってる空港」って感じかな。18年前よりはけっこうキレイになったなぁって印象で、再開港前に
改装したのかもしれない。ちなみに、空港内喫煙室はこんな感じでけっこう広い。
空港内で働くオバちゃんたちが大声でおしゃべりしながらタバコ吸ってた。
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メシ食って一服したら、もうすることもないから、iPodで落語聞きながら空港の外を眺めて過ごす。
この日のドンムアンは夕方になるにつれ、雨が降りそうなあやしい雲行きになってきたんだけど、
結局サイゴン行きが出るまで雨が降らずにいてくれたのは幸いだった。
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この時の「18年ぶりのドンムアン空港」では上にも書いたように乗り継ぎだけだったので
空港の外に出ることはなかった。

しかし翌年の2015年、つまりこないだ9月の旅行でもイ課長はチェンマイからバンコクまで
エアアジアを使ったので「1年ぶりのドンムアン」に降り立った。今度は乗り継ぎじゃないから
ドンムアンからホテルまで移動する必要がある。

1996年出張の時以来、今度は「19年ぶりのドンムアン→市内移動」ということになるわけだ。
イ課長は19年前と同じくタクシーを使うことしか考えてなかったんだけど、他にもいくつか
選択肢があるにはあって、一応次回更新でそのことについても説明しておこうと思うのである。

 
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by tohoiwanya | 2015-11-30 00:02 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(8)
2015年 11月 24日

サイゴン・夜のバイクツアー その3

サイゴンの2区。

昼間マジェスティック・ホテルから眺めるとこんな感じだ。ホントに何もない。
そういう意味じゃサイゴンって街の中心部から川ひとつ隔てただけの所に手つかずの超広大な開発余地を
保有してるといえるわけで、都心部の土地余力という点じゃすごいポテンシャルだと思う。

夜のバイクツアーでわざわざこんな所に来た理由は行けばすぐわかる。
対岸から見るサイゴンの夜景がきれいなんだよ実に。そういうロマンチックな場所だけあって、
2区の川っぺりは夜になるとすごい数のカップルで賑わう。カップルが乗ってきたバイクがズラーーッと並び、
カップルもまた数珠つなぎにズラーーッとたたずむ。まさにカップル天国エリア。

ここでまたしばし休憩して夜景鑑賞タイム。
高層ビルが増えるサイゴン。個々のビルの夜のライトアップもけっこう凝ってるから夜景はキレイだ。
しかしイ課長は周囲のカップルの多さにとにかく驚いたよ。夜景をバックに写真を撮るスペースを
確保するのもカップルのいないところを探さないといけない。
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この後は、たたでさえ未開発の2区の中でも真っ暗で道路の整備状況もあまりよくないエリアを走る。
途中、道の凹凸にハマッてバイクがよろめいた時はさすがにビビッたぜ。ズエンさんが運転しながら
「あーごめんごめん!」と明るく謝る(笑)。

行きはトンネルを通ってきたけど帰りは橋を通って川の対岸へ。賑やかなサイゴンに戻ったところで
二度目の路上屋台スナックタイム。これがまた最初のヤツ以上にナゾの食い物で、デザート系では
あるんだけど、なんだろうなぁ?
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「これ何?」ってズエンさんに聞くと説明してくれるんだけど、その説明がわからない(笑)。
少し甘くて、ツルツルした玉ッコロがいっぱい入ってて、感じとしてはタピオカに近そうだけど
よくわからない。これまた食い物の名称、店の正確な場所ともに永久にナゾだ。
しかしこの店もまた地元民に大人気のようで、ひっきりなしに客がコレを飲みに(食いに?)くる。
自分だけだったら絶対こんな店でこんなモノを食える機会はなかっただろう。
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最後はイ課長が泊まるホテルの前までバイクで送ってくれてツアー終了。
Google Mapでバイクツアーの大体のルートを示すとこんな感じだと思う(細部はテキトウ)、。
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料金の30$を払おうとしたら、ズエンさんが恥ずかしそうに言った。
「1時間遅れてご迷惑かけたから、20$に割引きするように言われてるんです」

おお、なんと遠慮深いというか良心的というか。イ課長が「なんのなんの、ノープロブレムです」と言って
30$渡したのは言うまでもない。元気で明るいズエンさんとはその後Facebookで友達になったのも
これまた言うまでもないのである。
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屋台のナゾの食い物とか、開発未着手の2区から見た夜景とか、普通の市内観光ツアーじゃできない
体験ができるという点じゃ期待を裏切らないツアーで、普通の名所見物だけじゃなぁ・・という方には
お勧めできる。値段も30$とそれほど高くないし。

問題はやっぱ安全性だよね。事故の確率は低いのは確かだろうけど、ゼロでないのも確かだ。
イ課長だって「絶対大丈夫」なんてもちろん請け合えない。この辺はもう腹をくくるというか、
結局のところエイヤ!でリスクテイクするしかない。

道路交通事情が日本と全然違うから時には後ろの席で「ぎゃあ」と言いたくなることもあった。
たとえばバイクが間断なくバカスカ通ってる道を横切って向こうに行きたい時、日本だったら
信号のある交差点を探すだろうけど、ベトナムではバイクの川に自分のバイクの鼻先突っ込んで
流れをとめてムリヤリ横断しちゃう。「・・ウ・・・!!」と声にならない悲鳴をあげたくなったけど
サイゴンじゃみんなやってるんだよ、このくらいは(笑)。

イ課長はサイゴンでもハノイでもほとんど徒歩に依存した観光しかしてこなかったから、こうやって
行動範囲が広がると新鮮だった。特にハノイじゃ乗り物って一切乗らなかったもんなぁ。
ハノイでもこんなツアーがあったら(それ以前に、もしまたハノイに行けたらという条件つきだが)、
またやってみたいなぁという気になったのは事実なのである。

 
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by tohoiwanya | 2015-11-24 00:31 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(2)