カテゴリ:2017.08 ミャンマー・タイ旅行( 92 )


2017年 10月 27日

ヤンゴンのヒッチコック交差点

電波が走ったりヤタラと再会したり、現地の人たちとの接触がやけに面白かったヤンゴンだが
「うは何だこりゃ」という異様な風景もまたあちこちにある。以前に書いた「水色の疱瘡」も
そうだったけど、本日のヒッチコック交差点もその一つ。

もちろん、ヒッチコック交差点というのはイ課長が勝手に命名したもので、最初に見つけたのは
スーレー・パゴダから東西に伸びるマハバンデュラ通りと、28thか、29thか、とにかくそのあたりの
路地との交差点だった。

東南アジアの大都市には大体どこもすごい数の電線がつながってるわけだけど、なぜかわからんが
この交差点だけ、電線の上におっそろしい数の鳥がとまってるんだよ。「ヒッチコック交差点」と
命名した理由はおわかりいただけただろう。
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この交差点だけ切り取ってみればホントに「ヒッチコックの鳥」状態。街路樹とかにはあまり
とまってる様子はなくて、電線が人気のようだ。電線は街中にあるのに「他ではなくこの交差点」の
電線にだけ鳥が大集合する理由がわからぬ。ここだけエサが豊富?ンなわけないよな。
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なぜこの交差点にのみ鳥が大集結しているのか、理由をいろいろ考えたけど、当然わからない。
ま、いいや。ガイコクにはこういう不思議もあるんだよ、時には。

その後しばらくあちこち歩いて、たぶんさっきのヒッチコック交差点より一つ北の通りを
うろついていた時だったと思う。イ課長はまたもや遭遇したのだ。

またここだけ鳥の大集会。さっき見たのは実は「第一ヒッチコック交差点」で、今いるのが
「第二ヒッチコック交差点」ということだったのか。ヤンゴンにはこういうのが幾つあるのだ?
電線はそこらじゅうにあるのに、ある特定箇所の電線にだけトリが集まる理由がカイモク不明。
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一度ならず二度までも、となると、その形成理由を再び考えざるを得ない。
第一ヒッチコック交差点と、この第二との間だけに共通するナニカがあるのだろうか。
写真を見るとある偶然に気付く。下の写真、トリたちの後方に写ってるものにご注目いただきたい。
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これ、ヒンズー寺院だよ。
仏教国ミャンマーの中にあっては珍しい宗教施設。あの辺もまだインド人街なんだろうな。

実はさっきの第一ヒッチコック交差点近くにはモスクがあったんだよ。
インド人街に限って言えばこういうモスクがあの近辺に軽く三つ四つはあったけど、
ミャンマー全体で考えればやはり珍しいだろう。
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ヤンゴンの他のところじゃ見かけないのにイスラム教とヒンズー教の寺院の近所にだけ
鳥が大集結するというこの偶然。ここに重要なカギがある。
もしかすると、ここに鳥が集まる理由とはだね・・・


ミャンマー人の大多数は仏教徒だが、ミャンマーの鳥はイスラム教徒やヒンズー教徒が多いから


という理由しか思いつかないのである。

  

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by tohoiwanya | 2017-10-27 00:14 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 10月 25日

ロンジーというもの

ミャンマーに着いた当初「おお珍しいなぁ」と思うけど、現地であまりにも目にするので
すぐに慣れ、しまいに当たり前に思えるようになるもの。一つはロンジー。一つはタナカ。
本日はそのロンジーについて話をしたい。
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ロンジーというのはミャンマーの民族衣装で、まぁ一種の腰巻きと言っていいだろう。
バリ島のサロンとか、ラオスのシンとか、東南アジアって服装的には腰巻き文化圏と言ってよくて
ロンジーもその一つ。ただ、ラオスのシンは女性だけが着用してたのに対し、ロンジーは
男も女も着る。男性の着用率はかなり高いよ。ズボンはいてる人の方が少ないんじゃないか?

最初は「おお男もみんな腰巻きはいてるワ」と思うけど、そういう驚きはミャンマーに着いて
せいぜい1時間で消滅する。あまりにもみんな着てるからイヤでも慣れる。
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このロンジー、腰巻きって書いたけど、実際には筒状に縫製された布。
男性と女性では着方がちょっと違って、男性が着ると結び目が正面に来る形になるのに対し、
女性は腰の横で結ぶ。女性の方は模様の入ったキレイな布を使うことが多いけど、男ものは
柄がシックでジミ。同じロンジーでも男女の違いはかなり明確にあるようだ。ジミなダークカラーで
大きな結び目が前にくるっていうのがロンジーの「粋なオトコの着こなし」っぽい。
  
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男のロンジー。やっぱズボンよりはずっと涼しいはずだ。
現地で寺社参拝する時はミャンマーでも半ズボンは基本タブーだけど、ロンジーなら当然OK。
観光に便利、しかも涼しいとあればちょっと買ってみたいけど、日本じゃ着ねぇもんなぁ・・。
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それにロンジーって着るのが難しいんだよ。元は巨大な布の筒。これをズリ落ちないように
うまく腰に巻きつけるわけで、パッ、パッと左右巻き込んで端をネジ込んで・・って感じなんだが、
どうもよくわからない。ミャンマー野郎たちはみんな道歩きながらでもサッと気軽にロンジーほどいて
巻き直す。それを見ると実に簡単そうに見えるけど実際やってみると難しいんだコレが。
 

 
いま「実際やってみると」と書いた。
さよう。イ課長は「日本じゃ着ねぇし・・」なんて思いつつ、結局ロンジーを一枚買ってしまったのだ。
ヤンゴンのある店で一番安いロンジーが3,800チャット(約350円くらい)というのを発見。
これなら現地で着るだけのために買っても惜しくないべさ。

しかし何度も言うように着るのは難しいんだよ。
ガイドブックには「現地でロンジーを買うと、店の人が喜んで着方を教えてくれる」と書いてあった。
実際、イ課長が買った店のお姉さんもイ課長自身をモデルにして喜んで教えてくれた。
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でもホテルでもう一度同じようにやろうとするとどうもウマくいかん。
男性ロンジーに不可欠の、ヘソ下のタルミみたいなヤツがどうにもうまく作れない。
イ課長がやるとタルミがそんなに大きくならないんだよ。ミャンマーの平均的男性に比べると
イ課長はデカくてウエストも太い。しかも安物ロンジーだから生地を節約して幅(つまり筒の直径)が
元々小さめだったのかも。だがせっかく買ったロンジー。ミャンマーにいるうちに着なきゃ意味がない。
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イ課長がロンジーを着用する「ミャンマー人偽装プロジェクト」はその後バガンとマンダレーで
実行に移されることになる。その時の様子はいずれ詳細にご紹介したい。

  
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by tohoiwanya | 2017-10-25 00:10 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(4)
2017年 10月 23日

ヤンゴンは実に不思議な町だった5

すでに何度も書いたように、外国人であるということだけでイ課長はヤンゴンで目立ったはず。
ヤンゴンで「トモダチ電波」が行き交うのも、結局は外国人の“希少性”が高く、現地の人が
イ課長を見て「あ、ガイジンだ」と注目することが大きな要因になっているのは間違いない。

しかし、だからってガイジンらしさを消すのはムリだ(笑)。
ヤンゴンの町は物珍しいし、ほう・・と思う風景があれば外人観光客丸出しで写真撮るさ。
すると突然そこにいたオッサンが「撮って!撮って!撮って!」と寄ってきた。

な、ナンですかアナタ。
手に新聞のカケラ?を貼り重ねたようなもの持ってるけど、新聞売りなのか?
インド人街だからか、顔立ちもインド風のおっちゃんだ。
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手に持った新聞?を指して「コレも一緒に写してくれ」って言ってたから、政治運動でもしてたのか?
撮ってモニターを見せると大喜び。で、握手して別れた。現地の人とのちょっとした触れ合いってやつ。
ヤンゴンはこの触れ合いがやけに多いから楽しい。
 
だがしかし・・・この後の展開はもう予想がつくよね?(笑)
何せ「再会する町・ヤンゴン」だから、このオッサンともこれっきりではなかったのだ。
しばらくブラブラしてたらまた「撮って!撮って!撮って!」と同じオジサンが寄って来た。
うわぁそうか、さっきと同じトコをまた通ってたんだ、オレ。

何で二度も写真に撮ってもらいたがるのかよくわからない。
撮った時は気がつかなかったけど、写真見るとさっきとは手に持つ新聞の紙面が違ってるね。
何やってる人なんだ?
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話はまだ終わらない。ホテルに戻ろうとして歩いてるとまた「撮って!撮って!撮って!」の声。
うわああまたさっきのオジサンだ。「再会する町・ヤンゴン」で、再会するたびに
写真を撮ってもらいたがるナゾのおじさん。その職業は永久にナゾだ。
 
いやそれにしても・・だよ。
ガイジンに写真を撮ってもらったとしてだよ?そのガイジンがまた自分の前を通りかかった時に
手を振って挨拶する・・程度ならイ課長もわかる。しかしそのたびに写真を撮ってほしがる
その熱意はどこから湧いてくるのだ。エネルギー消費量の多そうな生き様だ。
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外国人が少ない中での外国人。しかも巨大。イ課長ガワに目立つ要因は確かにある。
しかしそれだけではあるまい。ヤンゴンの再会パワーや電波パワーの背景には、明らかに
ミャンマー人ガワにも要因がある。それが何かと言われたら「異邦人に対するフレンドリーさ」
という言葉以外には思いつかないのだ。

ヤンゴンだけでなくミャンマーの他の町でもそういう感じをうけたことは多かった。
「あ、ガイジンだ」と思うと興味シンシン、視線が合えばニッコリ。イ課長が何か困ってそうに
見えたらどんどん話しかけ、教えようあげようとするその姿勢。要するに外国人に対する
仲良し&親切&好奇心オーラがやけに強いわけよ、ミャンマーの人は。対日感情の良さという要因が
そこに加わってたかどうかまではわからないが。

イ課長が知る範囲ではミャンマーを旅した人の多くが「ミャンマーすげー良かった」と言う。
見るものといえば仏教関連施設くらいしかないミャンマーをほめる人の多くが「とにかく
ミャンマーの人たちが良かったんだよ」と、特に人をほめる。それはイ課長もまったく同感で、
ヤンゴン滞在があんなにミョーに楽しかったのはヤンゴンの人たちのおかげ。

「ヤンゴンは実に不思議な町だった」シリーズを5つ書いたわけだけど、この5つのできごと、
例の兄ちゃんとの3・4度めの再会以外は全て「はじめてのおさんぽ」で発生したことばかり。
予定より相当長くなった散歩を終えてホテルに戻ってきた頃には「今回の旅はなんだかやけに
面白くなりそうだぜ」っていう嬉しい予感がイ課長の中に形成されていたのである。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-23 00:11 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 10月 20日

ヤンゴンは実に不思議な町だった4

さぁミャンマーの話に戻ろう。

ミャンマーでは女性の剃髪出家者(現地語ではティラシンというらしい)を見かける。
特にヤンゴンではものすごくよく見かけた。必ずピンクの僧衣をまとって托鉢して歩いてる。
平均年齢層は非常に若くて、コドモの女子僧も多い。
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仏教圏では女性の僧、尼僧というのは少なくない。日本にだっている。
でもヤンゴンに着いて最初の散歩で小さな女の子が頭丸めてゾロゾロ歩いてるのを見れば
やっぱ最初はちょっと驚く。日本じゃ小中学生の女子僧なんてまず見ないからねぇ。

大人の女性出家者に連れられて、お経の文句?を唄いながら行列して歩いてたりする。
かと思うと2~3人くらいの小グループでも托鉢。イ課長が昼飯食ってた屋台のカレー屋にも
小さな女子僧がオドオドっ・・とした感じで来てた。するとお店の人が少額紙幣をあげるわけ。
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若年女子出家者が多いのはミャンマーの特徴なのかもしれない。調べたところではこの女子僧たち、
守らなきゃいけない戒律の数は男性僧侶よりぐっと少ないそうで、男性僧侶のための料理みたいな
世俗的サポートもするし、お金を扱うこともできる(男性僧侶が金に触れるのは禁忌らしい)。 
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となると、ラオスの少年僧と同じような想像が湧いてくる。
ミャンマーにだって貧しくて娘を学校に行かせられない家はあるだろう。そういう親にとって
娘を出家させるのは衣食住と教育(普通の学校教育とはちょっと違うだろうが)を得る
保証という側面があるのかもしれない。
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でも、こういう小さな女の子の出家姿って、けなげでかわいいよね。
「まだホトケのことよくわかんないけど、一生懸命やってます」って感じにみえて
応援したくなる。しっかり勉強して立派なオトナになるんだよ。
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例のボージョー・アウンサンマーケットで二度目の日本語会話を終えて出てきた時のこと。
歩道橋を渡ろうとして階段をのぼったら灰皿があった。一服すっかと思ってタバコを吸い始めたら、
向こうから女子僧のグループが歩道橋をわたってきた。タバコ吸いながらぼんやり見てると
その中の一人の女の子がイ課長を珍しそう〜に何度もチラチラ見る。

「あのコ、ガイジンに興味シンシンなんだな」と思ってイ課長もその子を見る。
向こうは向こうで「あのガイジンさん、アタシのこと見てる」と思って、イ課長を見て笑う。

ヤンゴンにおける典型的な「トモダチ電波相互発信状態」といえる。
お互いに視線を合わせ、クスクス笑顔を交わし、その子はイ課長の前を通り過ぎていった。

しかしそこは「再会する町・ヤンゴン」。例によって話は続きがある。
まだタバコを吸い終わらないうちに、なぜかそのコだけが早足で戻ってきた。忘れ物でもした?
当然、彼女は一人でイ課長の前を再び通ることになる。

こっちに気づいて「あ、さっきのガイジンさん」って感じでキャハッと笑う顔がとてもかわいい。
こっちも「あ、あのコまた来た」と思って笑う。日本製巨大ロボットとミャンマー女子僧の間に
通いあうトモダチ電波。せっかく電波をトバしあった仲だ。この際記念写真を撮るか。
そのコのあとを追い、階段を下りたところで「一緒に写真撮らない?」と誘った。
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写真じゃキョトンとした顔でカメラ見てるけど、「ほらこんな風に撮れた」ってモニター見せると
またキャハッと声をあげて笑う。そういう笑顔が本当にかわいい。
  
「チェーズーティンバーデー(ありがとう)」と御礼を言って別れた。
別れた後もまたこっちを振り返り、バイバイッと元気に手を振ってイ課長に挨拶してくれる。
いやーーほんとイイ子だなー。日本でいえば小学校3~4年生くらいだろうか。
ガイジンに興味シンシンの、知的好奇心にあふれた子なんだろう。

「電波が行き交う町・ヤンゴン」、そして「再会する町・ヤンゴン」ならではの、
かわいいミャンマー女子出家者とのツーショット。すでに一度ご覧に入れたけど、
ミャンマーで撮った人物写真の中でもこれはイ課長お気に入りの一枚なのである。

年齢的にあの子がスマホを持ってるとは思えなかったので、メアド等は聞かなかった。
この写真を彼女に送ってあげられないのが残念だよ・・。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-20 00:09 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 10月 09日

バンコクの廃墟タワー

話がバンバン飛びまくったついでに、バンコクに飛ばしてしまおう。
日程ゴチャ混ぜの構成にしてしまえという書き手の悪意が伺える(笑)。

バンコクじゃ最後に身体壊したという忌まわしい記憶ばかり強くて、ミャンマーに比べると
ネタ数も圧倒的に少ないが、まぁそれでも多少はある。本日はその中から小ネタをご紹介しよう。

小ネタとは廃墟の話なのである。
バンコクの廃墟といえば、以前書いた「鯉が泳ぐ廃墟」が有名だが、もう一つ有名な
廃墟がある。その名をサトーン・ユニーク・タワー。別名幽霊タワーとも廃墟タワーとも言われる。
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この廃墟タワー、スカイトレインから船に乗り換えるサパーン・タクシン駅近くにある。
その駅なら過去何度も降りたことあるぜ?あそこにそんなモノがあったんだ。知らなかったなぁ。
というわけで、今回は船に乗り換える前に回り道して見学してみることにした。

スカイトレイン駅からも廃墟タワー全景がよく見える。1990年着工、1997年のアジア通貨危機で
工事が中断し、そのまま放置プレイ。だからもう「廃墟歴」は20年にもなるんだ。いまやバンコクを
代表する都市型廃墟で、世界の廃墟マニアの間でも有名になっちまった。
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どれ、せっかくだから近くまで行ってみよう。
これは廃墟タワーわきの路地。いやしかし暑い。汗ダラダラになりながらこんな廃墟を
わざわざ見学するオノレの物好きに呆れる(こんなことせず休んでいれば・・・シツコイ)。
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当然中に入れない。
外から見るしかないわけだが・・・うわー、こんなコリント式柱頭に飾られた円柱がある。
ずいぶん立派な建物だった・・・というか立派な建物になる予定だったんだなぁ。
計画では高級コンドミニアムになるはずだったそうで、地上49階、高さは185m。
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うわ、こんな警告文もあるぞ。侵入者は起訴するぞテメェ、とバンコク当局は言ってる。
これによると写真や動画撮影もダメっぽいねぇ。ってことはカメラを手にうろついてる
イ課長も起訴されるのか?・・なんとなくカメラをカバンの中にしまう(笑)。
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グルッと一周しても中には入れないし、外から眺めるだけじゃ大して面白くもない。
それに何よりクソ暑いから早々に引き揚げた。しかしかつてこの廃墟タワーは現在ほどキチンと
管理されてなくて、警備員にカネつかませると中に入ってテッペンまで登れたらしいんだよ。
だもんで、世界中から廃墟好き、高いトコ好き、バカ騒ぎ好き等々がこのタワーに殺到し、
エレベータがないから階段で上層階まで登り、クレイジーな写真や動画を撮って自慢した。
それがさらに世界のクレイジーな連中を引き付け、ますます有名になっちまった。
 


 
とうとうこの廃墟の中で自殺するガイジンまで現れるに至り、完全閉鎖されちまったらしい。
だから現在はこの廃墟タワーには入れない。仮に敷地内に何とか侵入したとしても
階段が途中閉鎖されてるから、高層階に行って下のような写真は撮るのはもうムリなようだ。
(下写真はガジェット通信掲載のもの)
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ちなみに、昔書いた「バンコクの鯉のいる廃墟」だけど、あっちの方も残念?なことに
2015年には廃墟の解体に向け、魚を全部網でつかまえた(約3,000匹)らしい。
だからあの鯉の池ももはや見られなくなってしまったようだ。
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世界に知られたバンコクの廃墟もこうして閉鎖されたり解体されたり・・・
廃墟マニアの方々には残念な話だけど、この廃墟タワーの方はガッチリ閉鎖はされたものの
解体のウワサは聞かない。だから外観だけなら今でも見られますです、はい。

  

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by tohoiwanya | 2017-10-09 00:30 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 10月 06日

バガンが世界遺産ではない理由

ヤンゴンからいきなりマンダレーに話が飛んだから、この際さらにバガンに飛ばしてしまおう。
いずれバガンの話はたんまりと書くわけだけど、本日は、まぁバガン遺跡の背景説明みたいな
感じかな。おなじみの「理由」シリーズ(笑)。

バガンについて詳しくご存知の方は少ないと思う。ここはカンボジアのアンコール遺跡、
インドネシアのボロブドゥールと並び、「世界三大仏教遺跡」とされている場所なのだ。
三つの中ではおそらく知名度という点では一番低いんだろうと思う。

バガン遺跡の最大の特徴は超巨大遺跡がドンとあるっていうんじゃなくて、広大なエリアに
散らばった大小様々な寺院仏塔群なのである。その数約3,000(昔はもっとあったらしい)。
緑の平原に無数の仏塔が林立するサマはまさにバガンだけが見せてくれる絶景・奇観で、
それはもう素晴らしかったですよ。
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見る者に圧倒的感動を与えてくれるバガンの大仏教遺跡。
だが意外なことに、ここは世界遺産に登録されていないのだ。

なんで?世界三大仏教遺跡の他の二つはとっくの昔に世界遺産だろ?
バガンだけ何でダメなのさ?ドコがいけねぇっていうんでいッ!両方見たイ課長が言うがな、
バガンはアンコール・ワットに勝るとも劣らねぇぞ?もしかしてヒネクレ軍事政権がユネスコに
申請してなかったとか?・・・いや、実は申請したけど却下されたらしいのだ。なぜなら・・

①あろうことか遺跡群の中にゴルフコースとか、展望タワーを作っちゃったから。
 これはイ課長も「ああ何てバカなことを」と思ったよ。ゴルフコースは高さがないから
 まだいいが、遠くにぽこっと建ってるのが見えちゃう展望タワーは最悪。これのせいで
 景観が損なわれてると言われたら反論できまい。地元の評判もよくないらしい。当然だ。


②遺跡の修復が「元の通り」じゃなく、近代的材料・工法でなされた部分があるから。
 これはさらに大きな問題らしい。遺跡自体の歴史的価値を損なう修復はマズいよ。
 ・・と言いたいところだが、もうすでに相当あちこちやっちまったらしいんだな。
 素人目にはわかりづらいけど、こんな風に赤いレンガ壁と装飾との継ぎ目がやけに
 不自然な箇所とか、「あれ?」と思うような修復がところどころ目についたのは確か。

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①はミャンマー軍事政権の悪行の一つといわれる。
ナチス並みに「何でも悪いことは軍事政権のせい」とされてるけど、かつて遺跡の周りに
びっしりある掘っ立て小屋を強制移住させてニューバガンの町を造り、遺跡を今あるように
キレイに整備したのも軍事政権らしい。功罪ともにあるといえるだろうけど、展望タワーは
罪の最たるものだとイ課長は思う。

バガン遺跡は他にもいろいろ災難に遭ってるんだよ。たとえば地震。1975年の地震では有名な
仏塔が倒壊したりしたし、2016年、つまり去年も大きな地震があって、かなり多くの仏塔に
被害があったらしい(写真は時事ドットコム)。去年そんな地震があったなんて知らんかったよ。
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ただ、軍事政権時代にズサンに進められた修復箇所(コンクリート使ってたり)が地震で
かなり壊れたおかげで、逆にチャンとした修復をやり直しやすくなったなんていう意見も
あるらしい。いろいろ複雑みたいなんだよ、バガン遺跡の修復に関する事情は。

イ課長の予想では、いずれユネスコとミャンマー政府の間で“落としどころ”の調整がつき
バガン仏教遺跡は世界遺産に登録されると思う。これだけの遺跡だもん。ユネスコにしたって
登録してあげたい気持ちはヤマヤマなのだが・・・じゃないかと思うんだよなぁ。
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ミャンマー政府との調整はずっと続いてて、最近ではタワーや修復の問題より、今後の
保存方針が焦点だという話も読んだ。ミャンマー政府は眺望を楽しめる場所を作るために
人工丘を作りたいとか何とか・・ねぇ、あの展望タワーで一度懲りてるんだからさぁ・・
なんか新しく作るのはやめなよ、もう。

バガンの仏塔の中には上に登れるところがいくつかある。シュエサンドー・パゴダなんかが
その代表なんだけど、最盛期には朝日や夕日を見るために千人(!)が登楼して危険だから
登らせないようにすべしという意見もあるらしい。せ、千人ってスゴすぎます。

幸いイ課長はガラ空きオフシーズンに行ったから、朝日鑑賞の観光客なんて100人もいなかった。
でもいずれバガンが世界遺産に登録され、観光客が押し寄せれば千人じゃきかなくなるかもしれん。
観光客が転落死なんてことも・・パゴダの上層部回廊って手すりないからねぇ。
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果たしてバガン遺跡は世界遺産に登録されるのか?昨年の地震のせいで、現在バガンの仏塔群は
あちこち修復真っ盛りだったけど、それはチャンとした修復方法でなされているのか?これからも
観光客はパゴダに登って朝日や夕日を鑑賞し続けることができるのか?さらに、今後人工丘なんて
ヘンなものが出来たりすることはないのか?バガン遺跡の今後については不安要素がつきない。

世界に二つとなき光景が広がる仏教遺跡・バガン。何度も言うがここは本当に素晴らしかった。
バガンが登録されていないことは世界遺産という制度の損失ではないか、とすら思う。
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と同時に、バガンにはあんまり新しくアレコレ作らないでほしいとも思うイ課長なのである。
危険だから登楼させるな問題とかもあるし、もしかすると、世界遺産に指定されて混む前に
早めに行って、仏塔の上からあの絶景を味わった方がいいのかもしれないスよ、バガン。
 
 

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by tohoiwanya | 2017-10-06 00:01 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 10月 04日

マンダレーの暗い夜

ヒンの話をしたら続けてヒンの話をしたくなった。ただし舞台は突然マンダレーに飛ぶ。

ミャンマーに限らず開発途上国は基本的に早寝早起きで、夜は早い。
ヤンゴンじゃ9時前なのにもう多くの商店が店じまい。おかげでイ課長はヤンゴンでは缶ビールや
食い物が買えず、とても悲しかった(笑)。「夜すぐ暗くなる」のはミャンマー第二の都市である
マンダレーでも似たようなものなんだけど、そのマンダレー最初の夜のこと。

マンダレー最初の夜は寝過ごしから始まった。
昼間バガンから長距離バスで移動し、その後ウーベイン橋を見に行き、ホテルに戻って
ちょっと昼寝して、起きたら夜の8時半。バンコクなら「夜はこれから」って時間だ。

だがここはバンコクじゃないの、マンダレーなの。
時計を見たイ課長はガバッと跳ね起きたよ。8時半じゃどこも店開いてないんじゃねぇか?
晩メシ食いはぐれたか?と思ってあわてて外に出たら・・うーん・・やっぱ町は暗い。
どっかに開いてるメシ屋ねぇかー?
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8時半なのにもう照明のついた店はあんまりない。メシ屋めし屋・・・・。
うろうろ徘徊したら、インドカレーの店がポツンと開いてた。カレーか・・ヒンはもうけっこう
何度も食ったから別のもの・・なんて言ってられん。この際メシを食うことが重要なのだ。
テーブルについてチキンカレーを注文。やれやれ、メシ食い損ねなくて済んだ・・。

ほどなくカレー・・というかヒンが運ばれてきた。うわーー品数多いねー。
ヒンを頼むとメシとカレー以外に漬け物やら何やらいろいろ出て来るのはわかってたけど、
この店は屋台じゃないせいか、品数が特に多い。
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まずこのトリがすごい。モモ肉ひとつ使ったくらいの量ある。これまで食ってきた
どのチキン・ヒンより圧倒的にボリュームある。周りが真っ赤なラー油っぽい状態なのは
インドめし屋といっても油たっぷり、地元「ヒン風」の味付けってことだろうな。
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こっちはカレースープ状のものと、野菜の和え物状のもの、カップには酸っぱいスープ。
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これもまた別の野菜和え物・・・っていうか葉っぱの和え物?
この葉っぱも食うのかい?
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メシはこの金属製の器にたっぷり入ってるからいくらでもお代わり可能。
さらに薄焼きナンみたいな煎餅状のものもある。豪華だなー。こうしてたくさんの品数の
食い物写真も撮り終わり、さぁ腹一杯食おうと思った次の瞬間・・
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                ばんッ!!と音がして・・



     ・・・停電になった(笑)。
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・・あの・・すいません・・まっくらで皿も見えないんスけど・・。
まさか写真撮ったところで晩飯はオアズケ?それはあまりに・・・

・・と思ってたら店の照明がついた。あーよかった。
しかし道の向こうはけっこう暗いな。もしかして、これは店の自家発電?
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とりあえず明かりがあるうちにと思って急いでメシを食った。美味しかった。
値段は4,000チャット(約360円)で、屋台の簡素なヒンより豪華な分、値段も少し高め。
ま、それでも360円だが。

ホテルまで暗い道を戻る。停電がまだ回復してないのか、それともマンダレーの夜が
もともと暗いのか・・・一番上の、停電前に撮った写真とあんまり差がない(笑)。
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念のために申し添えておくけど、ミャンマーの治安はいいから闇夜の一人歩きも全然
怖くありません。特に男ならね。しかし停電だとするとホテルも真っ暗なのかな?
冷房も止まってたら困るなぁ・・。

・・と思いつつ、ホテルのところまで来たら何やら巨大なハコが目についた。
ピンときた。これ、きっと自家発電機だよ。開発途上国の例に漏れずミャンマーも停電は珍しく
ないはずで、たぶんさっきのカレー屋もこのホテルも自家発電で停電対策してるんだな。
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思った通りホテルの中は普通に照明がついてて、エアコンも使えた。
あるいはこの時はもう停電が回復してたのかもしれんが特に確認はしなかった。
停電してようがしてまいが、マンダレーの夜が暗いことに変わりなさそうだし(笑)。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-04 00:03 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 10月 02日

ミャンマーカレー、その名はヒン

ヤンゴンが面白かったという話は尽きないが、本日はちょっと気分転換に食い物の話。
ミャンマーの食い物についてまだあんまり書いてなかったからね。

ミャンマー旅行中、一番たくさん食ったのがミャンマーカレー「ヒン」だ。
麵食いヤロウのイ課長には珍しくごはんメシの方が多かった。

このヒン、ミャンマーカレーと説明されることが多い。でも日本のカレーとは全然違う。
ココナツミルクをベースにしたお隣のタイカレーとも全然違う。強いて言えばインドの
カレーに・・いややっぱ全然違うな。近隣国でこれに近いカレーってないんじゃないか?
辛い液状のオカズだから便宜上「カレー」とはいうものの。
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とにかくミャンマーじゃものすごくありふれた液状オカズ。
ミャンマー語では「おかず」という意味でも「ヒン」って言葉が使われるくらいだから、
「ヒンとごはん」っていうのはミャンマーにおけるメシの典型と言ってもいいんだろう。

ヒンの最大の特徴はその油の多さにある。っつうか、実質的に「具と油」だけのカレーと
言っていい。タマネギやニンニクを炒め、具を入れ、大量の油を入れ、野菜から出た
水と油だけで煮込み、さらに水分が飛ぶまで煮込むから結果として油しか残らない。
こういうの「油戻し煮」というらしい。

ミャンマー行ったらこのヒンと、宇宙怪獣モヒンガーはぜひ食ってみたかった。
「あの油っこいミャンマーカレーはどうも口に合わなくて・・」っていう人もいるし、
「ミャンマーのカレー食べると男の人は大体お腹こわしますよね」という話も聞いた。
しかしイ課長には「油だけのカレー上等、オレは大丈夫」という秘めたる自信があったのだ。

最初にヒンを食ったのはヤンゴンの二日目。こんな風にいろんな具が入った赤い液体を
並べた屋台を発見したから、念のため「ヒン?」と聞いたらうなづく。よし食おう。
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店のおばさんが具の内容を教えてくれる。「チキン」「ポーク」「スパイシーポーク」・・
うーむ・・どれも同じに見えるが(笑)、ここはひとつ「スパイシーポーク」でいってみるか。

テーブルにつくと、すぐにたっぷりのインディカ米とカレーが供される。
おおうまそうではないか。この時は腹減ってたから写真を撮るとむさぼるように食い始めた。
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ガツガツ食ってるとスープもついてきた。ふむふむ。黙っててもスープ付きなわけね。
ヒンの味は「スパイシー」っていうくらいだから確かに辛いけど、激辛というほどじゃない。
ミャンマーカレーは元々辛さに関しては比較的マイルドとされるけど、確かにそういう感じ。
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確かにカレーは油っこい。というか汁は事実上ぜんぶ油。好みは分かれるかもしれない。
でもイ課長はさっきも言ったように「秘めたる自信」があった。なぜなら、これって要するに
「ラー油」に極めて近いからなんだよね。イ課長は日本でもラーメン類にラー油をドバドバ入れる
ラー油野郎だから「実質ラー油カレー」と言ってもいいヒンならウェルカムっすよ。
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フと横を見るとこのヒン屋台の食材が並んでる。
この巨大なペットボトルの油を注ぎ、じっくり煮込むとこういうラー油カレーになるわけやな。
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いやーごちそうさまでした、美味しゅうございました。豚肉は明らかに高級部位を使ってなくて、
小さな骨も多かったが(笑)、1,200チャット(100円ちょい)なら文句ないよ。

人によっては苦手な人もいるかもしれないけど、イ課長にとっちゃ「これならミャンマー滞在中
何杯食ってもいいな」と思えたヒン。実際、バガンやマンダレーでも何度も食うことになるわけだが
ラー油好きの方なら絶対口に合うと思う。ラー油マニアは今すぐミャンマー行き航空券を予約だ。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-02 00:09 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 09月 29日

ヤンゴンは実に不思議な町だった3

ヤンゴンにボージョー・アウンサンマーケットっていう大きな市場がある。
サイゴンにおけるベンタイン市場みたいなもんかな。

ここは宝飾品・土産物なんかの一大集積市場で、ガイドブックにも必ず載ってる。
ヤンゴンに来た観光客は大体一度はここに土産物買い行くんじゃないか?

しかしイ課長みたいに食い物系市場見るのは大好きだけど、雑貨・宝飾系には興味なし、
買い物自体にも基本的に興味なし・・なーんて鬼畜外道の観光客にとってはドウでもいい場所。
ヤンゴンでもここに行くつもりはハナからなかった。
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ところが「はじめてのおさんぽ」が面白いもんだからつい足が伸びて、アウンサン・マーケットまで
来ちまった。寝不足だから「近場を軽く散歩」のつもりだったのに、こんなトコまで来てしまったか。
うーむ・・しかしこの市場の向こうにはミャンマー国鉄の線路があるはず。宝飾品はどうでもいいが
線路は見たい(笑)。この市場ン中突っ切って向こう側に抜けようと思って入って行った。

にほんからきたかたですか?

トツゼン聞こえてくる、ギョッとするほど流暢な日本語。見るとロンジーを着た地元の若者が
イ課長のワキを並んで歩いてる。

「・・え?・・??・・に・・日本語・・お上手ですね?」
「いえ、すこしです。べんきょうして おぼえました」
「いや・・しかし・・その日本語は学校で勉強したんですか?」
「おてらの おぼうさんから おそわりました。そのおぼうさんは
 にほんに いったこと あります」
「へぇぇぇ〜・・そうなんですか・・」

海外で日本人旅行者が日本語で話しかけられること自体は今や珍しくもない。
土産物屋の「ヤスイ、ヤスイ」から、ポン引き野郎の「ヘイ シャチョサン」に至るまで
商業的アプローチ手段としての日本語は世界に普及している。しかし彼の日本語は
そんなレベルをはるかに超越してる。「話し込む」ということが可能なくらい上手なのだ。

市場を通り抜ける数分間、彼とイ課長は歩きながらまさにそういう感じで話をした。
市場の話、ミャンマー物産の話、ロンジーの着かたは難しいという話・・・いろいろ話をし、
市場の向こう側に着いたところで別れた。

ハタから見たら友人同士が話をしながら肩を並べて歩いてる姿に見えたかもしれない。
テキスタイルを売る店で働いてるって言ってたから多少は商売っ気もあったとは思う。
でもイ課長は初めて来た外国で、知らない現地の人から、こんなにシッカリした日本語で
話しかけられたことってあんまりないよ。これがその彼ね。
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しかしだ。ここはヤンゴンだ。例によってこれだけで話は済まないのだ(笑)。
市場の向こうで線路を見たりメシ食ったりして、さすがにそろそろホテル戻ろうかと思った。
戻るならまた市場を突っ切るのが早い。さっきの通路に再び入ると・・

にほんのかたですか

だぁぁ、また流暢すぎる日本語が。しかもさっきとは別の若者だぜ。
その人、たった今メシ食ったお店の関係者らしい。うしろから近づいて話しかけてきたってことは
「イ課長と話すためにあとを追ってきた」と考えられる。

「さっきのみせ わたしのみせです」
「え、そうだったんですか?とても美味しかったです」
「わたしのかぞく ほんこんで しょうばいしてます、わたし ヤンゴンで みせやってます」
「ご家族は香港で?へぇぇ〜・・」

彼ともいろんな話したよ。「ミャンマーは商売がむずかしい」なんてことを言ってたな。
さっき日本語で話しながら通った市場の中央通路を、今度は別の人と日本語で会話しながら
再び通り抜け、向こう側の通りに出たところで分かれた。うっかり写真撮り損ねちまったい。

それにしても何なのこの市場。日本人が足を踏み入れると、日本語が異常に上手な現地の人に
話しかけられるよう宿命づけられた市場なの?まぁ結局は単なる偶然と考えるしかないんだが
ヤンゴンってその「偶然レベル」がやや異常じゃないか?もちろん、日本人旅行者に話しかけて
日本語の練習がしたいという、彼らガワの思いもあったんだろうけどさ。

イ課長が再びボージョー・アウンサンマーケットに行くことがあるかどうかはわからない。
しかし現段階においては、この市場は「日本語の上手な現地の人から話しかけられることなく、
日本人が一人でだまって通り抜けることが不可能な市場」として記憶されているのである。
しょうがないのだ。事実なんだから。

 

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by tohoiwanya | 2017-09-29 00:29 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 09月 27日

ミャンマーの美しき習慣

不思議な町ヤンゴンシリーズは一休みしてミャンマー文化の話。

ミャンマーを歩いてると道端に素焼きの壺が置いてあるのを時々見かける。
壺の上には何かでフタがかぶせてあり、コップが置かれていることが多い。これは何か?
何となく「水飲んでいいヨ」という雰囲気が漂う光景だが・・・。
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これ、まさにその通り「水をご自由に」の壺なのだ。
暑いからノド乾いたでしょ?ほらこの水をどうぞ、と不特定多数の人に向けて置かれた壺。
これ、美しい習慣だと思うなぁ。
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暑いという点じゃ東南アジアはどこ行ったって暑い。
でもこうやって全ての人が利用可能な壺を置いて「水どうぞ」なんて習慣があるのは
ミャンマーだけだろ。ミャンマー人は当たり前のようにひょいとコップにくんで飲んでた。

この「水どうぞ壺」は大抵の場合素焼きの壺だ。
ご存知のように素焼きの壺に水を入れると、中の水がわずかぁ~~にシミシミ滲出してくる。
しみだしてきた水は蒸発する。その際、気化熱で壺および中の水が多少冷える。
冷たいというほどじゃなくても、多少は冷える。生あったかい水よりは美味しいわな。
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こういう習慣がミャンマーに普及してるのは、「暑い」ことに加えてやっぱ仏教の影響もあるらしい。
特に誰と相手を定めず水をふるまえば喉が渇いた旅人は感謝するだろう。これもまた立派な功徳。
そういう功徳を生前に積んでおくことが大事なのだ。
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でも同じように暑くて、敬虔な仏教国であるタイやラオスじゃこういう習慣はおそらくない。
ミャンマーだけ。おもしろい国だよなぁ。ちなみに、水を充填するのは誰かというと、実は
「そこらの近所の人」がやってるらしい。おカミのお達しで設置したんじゃなく、庶民レベルで
なんとなく自然発生し、普及したんだと思われる。何度もいうが美しい習慣だと思う。

壺に載せるフタにもいろいろあって面白い。
こういう編み笠みたいなのをかぶせると壺が擬人化されるみたいでかわいい。
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ヤンゴンあたりの都市部だとやっぱ都会化されてるせいか、素焼きの壺じゃなくこんな風に
プラスチックの巨大ボトルだ。ここまで持ってくるの重かっただろうなぁ。
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マンダレー・ヒルのてっぺんにも「水どうぞ壺」はある。
さすがマンダレーの象徴的仏教施設だけあって、すげーたくさんある。
これなら喉の乾いた大集団が参拝してきても水が行き渡りそうだ。
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ミャンマー人の、この美しい習慣。
素焼きの壺の中でかすかに冷えた「功徳の水」はことのほか美味しく思えるらしい。
拙者も飲んでみたい・・・がしかし・・惰弱なる我が胃腸を思うと自重せざるを得ぬ。

ミャンマー人のやさしき心を象徴する水を味わえず、まことに残念でござった。

 

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by tohoiwanya | 2017-09-27 00:22 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(4)