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2011年 10月 31日

バルーンじいさんの噴水 【第三の男】

土日もノートパソコンを自宅に持参して、出張準備のために
出張同行者や旅行代理店や現地通訳さん等々とのメール連絡に忙殺されるイ課長です。

週が始まる前から仕事でぐったりって何なのだ。
しかも今週水曜日にはまた日帰りで岐阜出張が待ってる。イ課長、死ぬかも(笑)。

ということで、本日は「第三の男」の“あの場所”シリーズの小ネタで行こう。
他に大ネタもあるにはあるが、じっくり書いてる余裕がない。まったくもう…。

さて、「第三の男」の小ネタ。
あの映画をご覧になった方には「バルーンじいさん」というだけで、
「ああ、あそこの場面?」とお思いになるかもしれないが。

映画終盤のクライマックス。
ホリー・マーチンスを“エサ”にして、ハリー・ライムをおびき出して逮捕するために、
待ち合わせ予定のカフェの周りには厳重な警戒網がしかれている。
トレバー・ハワード演じるキャロウェイ少佐もこうしてハリーを逮捕するために
物陰にひそんでる。
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そこへ、男の影が近づいてくる。
すわ、ハリー・ライムいよいよ現れたか! …と、逮捕しようと待ち構えてる軍隊も、
オトリになったホリー・マーチンスも、そして観客もイッキに緊張感が高まる。
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ところが、それはハリーではなく風船売りのおじいさんであった。
思わず大きく息を吐いて緊張を解く、というわけなんだけど、このシーンは
極めて印象的で、この映画を見た人なら覚えてるはずだ。
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さて、このバルーンじいさんが現れた時のショット。
右の方に長いヒゲを生やした人物や大きく口を開けて上を見上げてる彫刻が写ってる。
これは一体ドコなんだろうか?今でもこの彫刻はあるんだろうか?

ハリー・ライムのアパートの記事を書いたときにも触れたけど、
ココのサイトに行くと、この場面がどこなのかもちゃんとわかるのだ。何てすごいんだ。

この彫刻、実はミヒャエル・プラッツに面した噴水にあるんだよ。
ハリー・ライムのアパートのロケ現場から歩いて1分で、本当にすぐそばだ。

ほら、これが現在の姿。
撮る角度が映画と少しズレてるし、街は映画当時より圧倒的にキレイになってるけど、
彫刻はもとより、後ろの3階建ての建物や大きな屋根なんて全く当時と変わってない。
左側の角の建物もHALDERってう店の名前まで変わってない!これには驚いた。
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60年以上前に作られた映画にもかかわらずここまで変わってないなんて。
日本の木造建築だったら「60年前のまま」なんて、まず無理なハナシで、
石造建築の欧州ならでは、ということなんだろうなぁ。

ミヒャエル・プラッツっていうのはこんな感じ。
この写真の奥の方、建物をクリ抜いたところにあるのがこの噴水で、
そのちょっと左に見えるトンネルをくぐると、ハリー・ライムのアパートがある。
この一角は「第三の男」の重要な撮影ポイントだったわけだ。
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というわけで、本日は「第三の男」を訪ねる旅の小ネタでした。
他にも超有名シーンの撮影地点に行ってるんだけど、それはイ課長がもうちょっと
落ち着いてからじっくり書くことにするよ。


しかし、出張出発まで落ち着ける日なんてくるんだろうか?(深いタメイキ)



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by tohoiwanya | 2011-10-31 00:05 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)
2011年 10月 28日

ヨカナーンの首が欲しゅうございます

さてサロメだ。

幕があがると、舞台は…何と言ったらいいか…谷底みたいな感じのセットになってる。
そのセットにはまるでクリムトみたいなウィーン世紀末絵画風の模様が描かれてて、
すでに妖しいムードいっぱいだ。

何せ天下のウィーン国立歌劇場。しかもドイツ語オペラの「サロメ」。
主役のサロメも、ヘロデ(サロメの義父)も、ヘロディアス(サロメの実母)も
ヨカナーンも、歌手陣は文句のつけようもない見事さだ。

え?どの歌手が誰を演じたかって?忘れちゃったよそんなの(笑)。
サロメ役のソプラノが…えーと…だめ、やっぱ忘れた。
そんなに太ったオバハンなんかじゃなくて、7つのヴェールの踊りを踊っても
視覚的なムリはなさそうなソプラノ歌手だ。

後半、ヘロデ王がサロメの舞を所望して「サロメ!頼むからわしのために踊ってくれ、
踊ってくれたらお前の欲しいものを何でもやる。たとえわしの王国の半分でも!
」と
有名なセリフを吐く。
ここでサロメが鋭い目つきでヘロデ王をハタとにらんで「その言葉に偽りはありませんね?
神に誓えますね?
」と念を押すのは妖女サロメの見せ場の一つだ。ぞくぞく…。

そしていよいよ7つのヴェールの踊り。
サロメは一度舞台から引っ込んで身支度をする。「用意ができたわ」と舞台のソデから
声をかけていよいよ激しい踊りの音楽が始まるわけだが・・・

踊りの衣装を着て出てきたサロメを見て「うわぁ」と思ったよ。
エロだから?いやいやとんでもない。その逆。すごく重ね着してるからだ(笑)。

これって要するに設定通り律儀に7枚のヴェールを順々に脱いでいくってことなんだろうけど
薄いヴェールでも7枚も重ねると重くて暑苦しそうだよ。歌手も大変だなぁ…。

踊りが盛り上がるにつれ、お約束通り一枚ずつヴェールを投げ捨てていく。
最後の一枚を脱いで、確かに肌は多めに露出していたようだったけど、
全然エロって感じではなかった・・つうか、そもそもよく見えなかったし(笑)。

まぁね、別にエロは最初から期待していなかった。
この夜、イ課長が一番カンドウしたのは実はオーケストラなんだよ。
ウィーン国立歌劇場管弦楽団、まぁ要するにウィーン・フィルだ。

オケはスゴかったねーーー。
サロメがヨカナーンの実物を見たがって、ねだって地下牢から出す場面がある。
ここはヨカナーンの最初の登場シーンで、オケは「ヨカナーンのテーマ」を
ここぞとばかり、鳴らしに鳴らすだろうと思っていたら・・・

おや、意外に抑制されてるじゃん。「鳴らしまくる」って感じは全然ない。
「さすが、きちっとコントロールされてるなぁ」と、その時は感心したんだけど、
それは最初の方だけ(笑)。

いよいよ最後の見せ場。サロメがヨカナーンの生首を手に抱えて
ああ、私はついにお前の唇に接吻できるのだわ、ヨカナ〜ン♥」と官能的旋律を
これでもかとばかりに高らかに歌う。

ところが、それを上回るかのようにオケがもう鳴らす鳴らす。びっくりしたよ。
CDじゃ気がつかなかったような音もいっぱい聞こえてくる。
「ココんとこで、こんな楽器つかってたんだ」って箇所がいくつもあって、
その熱っぽい演奏には圧倒された。

それだけ鳴らしまくってももちろん音楽は一糸乱れることなく、ウムを言わせず
聴衆を背徳と官能の絶頂へといざなう。うおおおお。すごすぎます。

…と、写真もなく一人で興奮してるけど、まぁ舞台の写真は撮れないわけだから
ご容赦いただくしかない。実は来年のウィーン国利歌劇場の来日引越し公演では
イ課長たちが見た、このプロダクションで「サロメ」を持ってくるんだよね。
その来日公演の宣伝サイトから写真をお借りした。
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いやぁ~・・・嬉しかったなぁ。
休憩中やカーテンコールの時、イ課長は何度も客席の天井を見上げた。
そこには20年前の新婚旅行で見たときと同じシャンデリアがある。
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あの時「死ぬまでにこのシャンデリアをもう一度見ることはないだろう」と
切ない気持になったって前に書いたけど、今こうして年老いて、また来られたなんて。
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あーーー嬉しかった。ここに来られてよかった。
いつまでも幸福感に浸った2011年6月6日、ウィーンの夜なのでありました。




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by tohoiwanya | 2011-10-28 00:29 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(2)
2011年 10月 25日

ウィーンでオペラを観る

ウィーンネタをこれまでだいぶ書いてきたけど、ようやく音楽の都・ウィーンらしく
オペラの話題をご紹介できることは、オペラファンのイ課長にとって大きな喜びです。

ドナウ川観光したり、フンデルトヴァッサーの清掃工場を見たあの日の夜、
お待ちかね、ウィーン国立歌劇場におけるオペラ鑑賞が待っていたのである。

思えば、この夜のチケットを日本でネット予約したのは、東日本大震災前だったわけで
ゲキドウの何ヶ月かをくぐり抜けて、いまこうして着飾った人たちに混じって自分たちが
ウィーン国立歌劇場にオペラを観にきてることが夢のようだったなぁ。
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中に入ってみよう。
パリのオペラ座ほどキンキラキンじゃないけど、中は非常に豪華だ。
新婚旅行の時も来たんだけど、あの時はテッペンの安い席のチケットだったから、
いきなり長い階段を登らされて、こうして中の様子をじっくり観察する余裕がなかったんだよね。
今回は少し早めに入って、劇場の中をたっぷり拝見させていただくことにした。
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こっちでは紳士・淑女たちが開演前のお飲物だ。
ちなみに、国立歌劇場にご来場のウィーン市民および観光客の服装だけど、
男はダークカラーのスーツ、御婦人はちょっとおしゃれなワンピースってあたりが
平均的なところで、何もタキシードやイブニングドレス着る必要なんてないのだ。
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もっとも、海外旅行に「ごく普通のフォーマルウエア」を持ってくのもけっこう面倒臭い。
今回、我々は1週間の滞在中にこの日を含めて3回オペラ・音楽会に行く予定だったから、
イ課長は黒のスタンドカラーシャツとジャケット、チノパンを「音楽会用セット」として持っていき、
昼間の観光ではそれを着ず、逆に夜の音楽会は3回ともそれを着た(笑)。

お?こっちではグスタフ・マーラーに関する展示をやってる。
2011年はマーラーの没後100年にあたるし、何てったって彼はかつてウィーン国立歌劇場の
音楽監督だった人だから、特別展ってことなんだろう。
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マーラーって作曲家っていうイメージが強いけど、この劇場の音楽監督だった頃は
非常に有能・辣腕で鳴らした人だったと言われてる。

昔は国立歌劇場も「社交界の延長上」的なところがあって、周囲の注目を集めるために
「わざと遅れてきて、開演後に客席に入る」なんてアホウな客がけっこういたらしいんだけど、
マーラーは周囲の反対を押し切って開演後の客の入場を禁止する措置をとったりして、
ウィーン・オペラの近代化にずいぶん貢献したらしい。
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客席に入ってみる。まだ早いから客も少ないね。
写真を見てわかる通り、イ課長たちの席は舞台に向かって右の、かなり上の方の席だけど、
最前列なのが値打ち。ちなみに、料金は74ユーロ。ユーロ安の今なら8000円くらいだけど
予約した頃はもうちょっと高かったはず。
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びっくりしたのはこんな風に目の前に小さな字幕ボードが設置されてることだ。
(後ろの席の人は、おそらく前の座席の背にコレがあるんだと思う)。
おそらく英語とドイツ語の字幕が出るんだろうけど、我々は全く見なかった。
今日の演目はよく知ってるから、字幕見なくても大体わかっているのだ。
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え?この夜の演目は何だったかって?


うふふ…


それはね…


リヒャルト・シュトラウス作曲のね…




「サロメ」だったのである。

「サロメ」と聞くと、イ課長が大昔に作っていたHPの読者は「え、アレ?」と思うかも。
あのおバカサイトにリンクを貼るのは恥ずかしいんだけど、「サロメ」がどんな
オペラであり、どこが特に見ものであるか、そして我々夫婦が「サロメ」に関して
過去どんな経験をしているか、ここを読んでいただくのが早い。
アダルトチェックは気にしないでいいからね(笑)。

オスカー・ワイルドが書いた有名な戯曲を元に作曲されたオペラ「サロメ」。
踊りの褒美に、サロメがヨカナーンの生首を所望し、その唇に接吻するという
19世紀文学中でも最も背徳的でスキャンダラスな題材を描いたオペラ「サロメ」。

パリで見たギュスターブ・モローもそうだけど、サロメという題材に魅せられた
芸術家はものすごく多くて、作曲家リヒャルト・シュトラウスもその一人だったわけだ。
「サロメ」は彼の作ったオペラの中でも最高傑作の一つに数えられる。

中でも劇中でサロメが踊る「7つのヴェールの踊り」は、曲の盛り上がりにつれて
サロメが1枚、2枚とヴェールを脱いでいき、最後は全裸になる…少なくとも設定上は
そういうことになっていて、このオペラのクライマックスだ。
上のリンク先でイ課長(いわんや)とトホ妻が言ってるように、舞台の上でソプラノ歌手が
本当に裸になっちゃうなんていうヤバい演出もコンニチではアリなんだよね。

まぁ天下のウィーン国立歌劇場の舞台で歌手が裸になるとは考えづらいけど、
しかし官能美を感じさせないサロメなんて、サロメじゃないのもまた事実。
今夜の「サロメ」はどんなんだろうなぁ?楽しみだなぁ。
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さて、いよいよ開演間近。客席も埋まってきたぞ。わくわく。
というわけで、この夜のサロメについては次回、詳細にご報告します。



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by tohoiwanya | 2011-10-25 00:15 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)
2011年 10月 21日

七尾線に乗る

ボロボロのイ課長ですこんにちは…。

月曜日に約300人を前に講演なんぞさせられたんだよ、実は。
質疑応答の時間なんて設けず、ギリギリまでしゃべって、しゃべり逃げして
その足で東京駅に向かい、新幹線→北陸本線と乗り換えて福井へ。
この辺だけ見ると、まるで芸能人のような忙しさだ(笑)。

月曜はそのまま福井に一泊。火曜は金沢に一泊。
水曜は金沢から七尾線に乗って能登半島の真ん中辺あたりまで行った。
そこからまた七尾線→北陸本線→東海道新幹線→山手線→京王線と乗り換えて
夜の11時半頃にウチに戻ってきたというわけだ。クタクタだぜ。

木曜は11月の海外出張準備に関してたまっていた十数本のメールを書き、
書き終わった頃には夜になっていた。メール書く以外、何もしてねぇよ。

そして金曜。とうとう風邪っぽい。イ課長の余命も長いことはなさそうだ…(笑)。

まぁグチを言い出すとキリがない。七尾線の話でもしよう。

七尾線というのには生まれて初めて乗った。
金沢から和倉温泉っていうところまで通じてるんだけど、イ課長はもちろん
温泉に行くわけじゃないから途中の駅で降りた。「良川」ってう駅だ。

ちょっと時間があったから、金沢で買って来たコンビニおにぎりを1個、
この駅の待合室で食って、それがランチ。わびしいもんだぜ。

待合室に貼られた習字が「のどかなイナカの旅情」をかきたててくれる。
しかし、だーれもいない待合室だから、当然だーれも見る人はいない。
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仕事で行った先はこんな感じのところだ。こういう田舎の出張もたまにはいいなぁ。
日本人が思い描く「ニホンのイナカ」の典型的風景って感じだよねぇ。
名古屋出張や大阪出張じゃこういう田園の旅情気分は味わえないぜ。
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帰りは「能登二宮」っていう駅から七尾線で帰ることになった。
ここもまた印象に残る駅だったよ。時間があったから写真もたくさん撮った。

こちらの駅では中能登の名産品が待合室に並べられてた。
さっきの良川駅といい、ココといい、駅を展示スペースとして使う例が多いね。
だが、ここでもイ課長以外に展示を見る人は誰もいない…。
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これが駅。去年乗った小浜線の美浜駅みたいに、単線のローカル線であっても
駅のところは複線で電車がすれ違えるようになってることが多いけど、この駅は
ホームもカンペキな単線。たった一つのホームを上り・下りで使うわけだ。ふーむ…。
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階段下には日本人形が打ち棄てられてたりしてギョッとするけど、ホント静かな駅だった。
そりゃそうだ、駅員なしの無人駅。イ課長以外のヒトは誰もいないんだから。
特急サンダーバードが3両編成で通過すると誰もいないホームに
「電車が入ります」って自動アナウンスが流れ、「紅葉」の曲が流れる。静かだなぁ。
(♪秋の夕日に照る山もみじ…って、あの曲ね)

ちなみに、七尾線の多くの電車はこんな感じで乗客がボタンを押してドアを開く手動式。
パリの地下鉄みたいにハンドルを動かすのかと思って最初戸惑っちまった。
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あーやっと電車がきたよ。16:11発金沢ゆき各駅停車。
金沢まで一時間強、この電車に揺られていくわけだ。
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七尾線の駅の中でも、ココはおそらく相当小さい駅にちがいない。
16:11の電車に能登二宮駅から乗った乗客はイ課長一人だけだった。




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by tohoiwanya | 2011-10-21 12:47 | 国内出張・旅行 | Comments(0)
2011年 10月 16日

カールスプラッツ駅舎

フンデルトヴァッサーの清掃工場の話をして、久しぶりにウィーンの建築に話題を転じたら
何と、まだカールス・プラッツ駅舎の紹介をしていなかったことに気がついた。
というわけで、本日はウィーン建築ネタを続けることにする。

カールスプラッツ駅舎というのはウィーン世紀末美術を代表する建築物であり、
ユーゲント・シュティール(端的に言えばウィーンにおけるアール・ヌーボー)の
建物といえば分離派館なんかと共に、たいてい真っ先に例に挙げられる。

分離派館とカールスプラッツ駅って実はすごく近い。
直線距離にすれば200mくらいしか離れてないんじゃないかな。
イ課長たちの宿泊ホテルから分離派館は徒歩約2分、従ってカールスプラッツ駅も
5分くらいの距離だったわけで、とにかく近くて、旅行中何度も目にしたよ。
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これがカールスプラッツ駅舎。建築家オットー・ワーグナーの代表作。
全く同じデザインの駅舎が向かい合って二つ建てられてて、これはその片方というわけだ。
現在は駅舎としては使われてなくて、片方はオットー・ワーグナーに関連した展示室、
片方はカフェとして使われてるみたいだ。

細部を見てみよう。
ここはとにかく「こんなとこまで…」と感心するくらい、建物の細部まで
キッチリと凝った装飾がなされている。ヒサシの裏までこんな感じなんだからねぇ。
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現代の感覚だと、鉄道駅の入口用建物にここまで凝った装飾は必要ないんじゃ?と思うけど、
こういうのが19世紀末から20世紀初め、アール・ヌーボー全盛期の流行だったんじゃないか?
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ギマールがデザインしたパリのメトロの出入り口が今でもアール・ヌーボーの傑作と言われるけど、
この時代の鉄道駅舎のデザインとしてウィーンとパリが図抜けて芸術的だ。
下はパリに旅行した時に撮ったメトロの入口。このアール・ヌーボー的ロゴは有名だよね。
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何かで読んだ話だと、オーットー・ワーグナーが設計したウィーン地下鉄駅舎シリーズの中で
このカールスプラッツ駅は言わば「豪華スペシャルバージョン」で、ここだけにしかない。
で、上にも書いたように今では駅としては使われてないわけだ。

しかしこのスペシャルバージョン以外に、言うなれば「汎用タイプ」というか、
あるいは「量産型」とでもいうべきタイプの駅舎も彼は設計してて、量産型の方は
今でもウィーン市内のあちこちでチャンと駅として使われてる。

旅行中に量産型の駅を何度か見たけど、たとえばこれ。泊まったホテルからもほど近くて、
ここは駅舎を見るだけじゃなく、実際にここを通って地下鉄に乗る機会があった。
しかしこうして改めてみると、入口の濃緑の柱の装飾とか、凝ってるよねぇ〜。
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中もこんな感じで、カールスプラッツ駅みたいに金を使った派手な装飾はないけど
それでも壁面の立体装飾は非常に凝ってる。ちょっと色がハゲてるが(笑)。
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ホームに降りる階段もほのかにユーゲント・シュティールの香りがただよう。
目立たないけど、白一色の壁に作り込まれた立体装飾が上品で美しい。
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「芸術は必要性にのみ従う」っていうのがオットー・ワーグナーの考え方だったそうで、
今でも使われてるこういう地下鉄駅を見ると、彼が建物の実用性というものを優先した上で、
そこに「美」をいかに盛り込むかに腐心したことが伺える。

今回の旅行ではオットー・ワーグナーの重要な作品をいくつか見ることが出来た。
これからもおいおい、ご紹介していきます。

しかし、月曜からは2泊3日で北陸出張。ホテルでブログ書けるかなぁ…??




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by tohoiwanya | 2011-10-16 00:32 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(2)
2011年 10月 13日

フンデルトヴァッサー

さて、ドナウ川観光は完結したわけだけど、
それに付随して、今度はウィーン建築ネタを一つご紹介したい。

ゼセッションの記事のところで、今回の旅行では世紀末様式の建築を見るのが
大きな楽しみの一つだったって書いた。
ウィーンのガイドブックなら、今やシェーンブルン宮殿みたいなバロック建築と並べて
オットー・ワーグナーやオルブリヒの世紀末建築を扱わないものはない。
しかし、それ以外にもウィーンには建築物で見るべきものが少なくないのだ。

ドナウ川観光を終え、クレムスから乗った電車の終点はウィーンのフランツ・ヨーゼフ駅。
しかし、我々は終点の一つ手前のスピッテラウっていう駅で降りた。
そこの方が地下鉄の乗り換えには便利だからそうしたわけだが、この駅には
確かアレが近くにあったはずだ…アレが…。電車の窓に顔をくっつけて「アレ」を探す。

見えた!!アレだ!あれがそうだ。間違いない。
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オーストリアの現代画家+建築家にフンデルトヴァッサーっていう人がいる。
ウィーンの建築物の見どころといえば、この人のデザインした建物も有名で、
上の写真の金色の煙突も彼の有名な作品なんだよね。

イ課長は、フンデルトヴァッサーっていうと非常にビビッドな色使いの絵を描く人…
くらいの認識しかなかったんだけど、ウィーンにはこの人がデザインした建築物が
いっぱいあって、建築家としての業績も大変なものなんだよ。
彼がデザインした建物はバロックとも世紀末とも全く違う、ウィーン建築の魅力の
重要な部分を占めている。

さっき電車の窓から見た変チクリンな金の球。これ、何だと思う?
以前にハイリゲンシュタット観光のところで正解を書いちゃってるんだけど、
これ、実は清掃工場の煙突なのだ。

降りた駅のホームからだとますますよく煙突が見える。うーーむ…異様だ。
異様だけど、ウムを言わせぬ強烈な視覚的インパクトに見とれずにはいられない。
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このスピッテラウ駅、Sバーン(要するに国鉄)のホームからから地下鉄に乗り換えるのに
階段を登って地上に出る必要があった(他に近い乗り換え口があったのかもしれないが)。
地上に出るとフンデルトヴァッサー設計の清掃工場の全容が目に飛び込んで来る。
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うっひょーーーー。すごい建物だねぇ。
この清掃工場の異様な形と異様な模様。「これはナントカを表現したものである」みたいな
理由づけみたいなものも当然あるんだろう。あるんだろうけど、イ課長の目には
「まるで子供の工作のように、キレイで珍しい色とパターンと形状を詰め込むのが
 面白くてしょうがなかった」というシンプルな動機で作られたように思えるなぁ。
そういう子供みたいな建築動機の前では難しい解説なんて意味がない。
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これが清掃工場なんだからねぇ…。

ちなみに、このフンデルトヴァッサーという人。日本びいきとしても知られてて、
大阪の清掃工場のデザインも手がけてる。下がWikipediaから引用した写真だけど、
これなんかもスピッテラウの清掃工場と同じで「二つとないような面白い色と形の
清掃工場を作っちゃうもんね!」という思いが感じられる一方で、「確かに同じ人が
デザインしているな」っていう、共通性があるのも面白い。
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日本びいきのフンデルトヴァッサー氏。
彼の名前を英語になおせば「ハンドレット・ウォーター」、つまり
フンデルトヴァッサーさんっていう苗字は「百の水さん」という意味になるわけだ。

彼はそこで「百水」っていう漢字読みの雅号?のハンコを作り、サイン代わりにそれを
自分の絵に押したことでも知られている(笑)。


2000年に亡くなってるんだけど、きっと晩年まで面白いジイさんだったんだろうなぁ。



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by tohoiwanya | 2011-10-13 00:02 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)
2011年 10月 11日

デュルンシュタインという町 -その2-

メルク~ドナウ川クルーズ観光ネタ、今日こそは完結させます。

そもそも「メルク修道院に行こう」を書き始めたのがいつかと思ったら、9月7日ぁ?!
いくら忙しかったとかなぁ、国内出張があったとか言ってもなぁ、
1ヶ月以上かかるって、展開遅すぎだろ!いいかげんにしろイ課長!バカたれが!!

数少ない読者にはご迷惑をおかけしております。申し訳ありません。「これまでのあらすじ」は
特につけませんので、過去の記事をご参照いただければ幸いです(平身低頭)。

さて、このデュルンシュタインって街。
電車の本数は異常に少ないが、こじんまりとした街の感じはたいへんよろしい。
いかにも歴史のある街っぽくて、ドナウ川岸から街の方に行く途中にはこんな中世の遺構が
そこココにドンと残ってたりするのだ。
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街は人も少なくて、観光客も少ない。
のどかな田舎町そのものっていう風情だね。
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ちなみに、この街は中世史にからんだ、ちょいとしたエピソードを持っている。
イングランドのリチャード1世(俗にリチャード獅子心王と言われるヒト)が、
何かのイキサツで(この辺が複雑でよくわからない)オーストリアのレオポルドって王様に
捕らえられ、幽閉されたことがあるんだけど、その幽閉された城っていうのが実はこの
デュルンシュタインの山の上にある、今は廃墟となったこの城なのだ。
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結局この城には登らなかったんだけどね。
ここまで登ればさぞかしドナウ川の眺めはキレイだっただろうなぁ…。
我々はこんな低いところから写真を撮るしかなかったわけだが。
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ちなみに、この街はアンズ加工製品が名物らしくて、アンズのリキュールなんてのも
あるらしい。由来はよくわからないけど、トホ妻はお目当てのアンズジャムを買って
満足した様子だった(笑)。確かにアンズジャムを売ってる店はたくさんあった。

本当はこういう小さな街のホテルにでも1泊して、夕暮れのドナウ川でも眺めながら
のんびりとアンズのリキュールを食前酒に美味しい晩飯を楽しむ…なんていうのが
優雅な旅のあり方なんだろうけど、イ課長たちはなにぶん「夕方にはウィーンに戻って
夜は国立歌劇場に行く」という予定があったから、そんな優雅なことはできん。

歩き疲れて、小さなカフェでチョコレートケーキとジュースで一休み。
この時ばかりは冷たいビールより、甘いケーキの方が欲しかったね。
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そのカフェでバス停の場所を聞き、結局あの超ローカル線ではなく
バスで帰ることにした。バスだって1時間に1本くらいしかないんだけど、
1日に3本の電車よりはずっと利用しやすい。ちなみに、バス停っていうのは
あのわかりづらい駅に行く途中にある。

ブドウ畑の中を通ってクレムスの町へ。
そこからウィーンまで帰ったというわけだ。いやはや疲れたね。
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最後に、ドナウ川観光をこれからする人のために一つ申し上げたい。

イ課長ブログに書かれたことを読むと、デュルンシュタインって小さな町みたいだし、
交通はやたら不便そうだから、それなら切符に書かれた通りにクレムスまで船で行こうと
お考えになるかもしれない。確かにその方がウィーンに戻るのは圧倒的にラクだ。

しかし…、とここでヒトコト言いたいわけだよ。

バスで通ったクレムスの町って、さっきまでいたデュルンシュタインに比べると
すっごく巨大で立派な都会に見えるんだよね。賑やかで人通りも多い。
デカくて賑やかな街だから、それなりに見るべきところもあるんだろう、たぶん。
ただドナウ河畔の旅情…という点になると、ちょっと街がデカすぎる気がする。

その点、デュルンシュタインは下の写真みたいな感じで、中世の香りを残す街のたたずまいが
実に良かった。小さな田舎町だからこそ、の風情といえるのかもしれない。
f0189467_0111747.jpg

当初トホ妻が「クレムスじゃなく、デュルンシュタインで降りよう」と主張した時は
「どっちの町も同じようなモンなんじゃないの?」と思ったんだけど、実際二つの街を見て比較すると
イ課長としても「デュルンシュタインで降りて正解だったかもなぁ…」と思ったものでした。
交通はすごく不便だけどね(笑)。



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by tohoiwanya | 2011-10-11 00:15 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)
2011年 10月 09日

経県値

デュルンシュタインに話を戻す前に、岐阜出張の報告をしておこう。

日本と世界をマタにかけて縦横に飛翔するイ課長ブログ…と言いたいところだけ
国内出張のハナシって、早めに書いておかないと機を逸しちゃうんだよね。

さて。
日本全国47都道府県のうち、イ課長には行ったことのない県がいくつかある。
これを表すのに“経県値”なんて言葉もあるらしいけど、イ課長は独特のルールを作って
以前にやってみたことがある。ルールというのはこうだ。

①その都道府県の特定の場所に何らかの目的を持って行ったことがある。
 これは観光でも仕事でも居住でも構わないが、とにかくその都道府県に短時間であっても
 何らかの目的で滞在すれば、 「行ったことある」と認める。

②電車や車で通過したり、そこの空港で乗り換えただけ、なんていうのは
 滞在とは認められない。当然「行ったことがない」ということになる。

今日の時点で日本全国やってみるとこうなる。

北海道 1勝(もう20年くらい行ってないが)
東北  4勝2敗(岩手・宮城・福島・山形行った。 秋田・青森行ったことなし)
関東  7勝0敗(群馬・栃木・茨城・埼玉・千葉・東京・神奈川 全て制覇。ま、地元だし)
中部  9勝0敗(山梨・静岡・長野・愛知・岐阜・富山・石川・福井、全て行った)
近畿  7勝0敗(滋賀・京都・大阪・三重・奈良・和歌山・兵庫、ここも全て行った)
中国  2勝3敗(岡山・広島は行った。 鳥取・島根・山口は未踏)
四国  2勝2敗(香川・高知を制覇。  徳島・愛媛が未踏)
九州  5勝3敗(福岡・佐賀・長崎・熊本・沖縄は制覇。  大分・宮崎・鹿児島は未踏)

47都道府県中、37勝10敗。まだまだイ課長が行ったことのない県って多いのだ。
特に中国、四国、九州の成績は非常に悪いのう。

しかもだ。
本州以外の北海道、四国、九州に行ったっていうのは全~部出張。広島も岡山も出張だ。
自分の意志で行ったトコに限ると、最北が岩手、最西は兵庫という極めて狭い範囲に
限られる。そう考えると、出張のおかげでずいぶん日本を知ることができたぜ。

さて、こんな集計を「今日の時点で」やったのには理由がある。
実は、木曜日まではイ課長にとって岐阜県って「行ったことない県」だったのだ。
通ったことは何度もあるけど、岐阜県内で何かしたってことはなかった。

しかし今や岐阜県にも出張したのだ(笑)。中部地方最後の空白は埋まったぜ。

と言っても、岐阜県内滞在時間は推定でせいぜい4時間。
仕事以外のことは何もしてこなかったに等しいわけだが。

新幹線で昼前に名古屋駅に着く。ここでまず下りホームのきしめんを食う。
かきあげ入りきしめん430円(…くらいだった、たしか)。
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在来線に乗って西岐阜という駅まで向かう。
木曽川の鉄橋を越えて岐阜駅が近づいてくると山が見えてくるねー。
しかしこの携帯カメラ、走行する電車から撮ると何で手前のモノがこんなに歪んで見えるんだろう?
f0189467_23554785.jpg

訪問先は岐阜県庁。
県庁のロビーにはこんな合掌造りの家の構造を説明する模型があるのだ。
なかなか精巧に出来てて、アポの時間がくるまでじっくり見学させていただいた。
f0189467_2356995.jpg

で、仕事が終わるとまた西岐阜駅に戻り、名古屋駅に戻り、
新幹線のぼりホームでまたきしめんを食った。いか天入り500円。
結局、岐阜県内ではメシすら食わなかったことになる。
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しかし、イ課長は岐阜県でちょっと驚く体験をした。
県庁での仕事が終わり、西岐阜に帰るために携帯電話でタクシーを呼んだ。
タクシーはほどなく来て、西岐阜まで乗せてもらった。
料金は860円であり、交通費精算のための領収書をもらい、降りた。
キップを買い、改札口を抜け、ホームで同行者と話をしながら電車を待っていた。

するとだ…

初老の男性が歩いてきて「すみません、100円多くもらいすぎちゃって…」と言って
イ課長に100円玉を渡そうとするではないか。

何のことかわからず、キョトンとしてた。
さっきキップを買うときに何か間違った?

そうじゃないんだよ。
実はこの初老の男性、駅前で降りたタクシーの運転手さんだったんだよ。
「迎車料金を上乗せしちゃったんだけど、この距離ではいらない」とか何とか、
そんなことを説明し、「もらいすぎた」と言って100円返してくれた。

同行者と、しばらくポカーンとしてた。
運転手さんにすれば、我々が西岐阜駅から電車に乗ろうとする客なのは明らかだった。
タクシーを降りたあとは駅にいるはずだ、と思ったに違いない。しかしだ。

①我々がドッチ方面行きのホームにいるか、運転手さんが知るすべはなかった。
②仮に「さっきの客はきっと名古屋方面行きだろう」と見当をつけたとしても、
 東西どっちの階段を降りたか彼には知るすべはなかった。
③最大の疑問は彼がどうやってホームまで来たのかだ。まさか入場券を買って…??

電車が来るまで、同行者とイ課長の頭上には大量のハテナマークが浮かんでは消えた。

仮に、客が降りたあと「しまった、100円多くもらいすぎた」と気付いたとしても、だ。
降りた客が歩いてるのが向こうに見えるならともかく、駅に入って改札口を抜けちゃってたら
大体あきらめるだろう。追っかけようがないんだから。
どうやってイ課長があそこにいることが彼にわかったのか、未だにわからない。

この事実をもってして「岐阜県には正直&親切な人が多いのかもしれない」と
推測することは可能だ。しかし、「どうしてアソコにいるとわかったんだろう?」という疑問が
未だに解決できないイ課長としては
「岐阜県には人間を追尾するのが上手な人が多いのかもしれない」という推論の方が
より強い説得力を持って迫ってくるのである。

  

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by tohoiwanya | 2011-10-09 00:04 | 国内出張・旅行 | Comments(4)
2011年 10月 07日

沈みゆくイ課長

目がまわりそうな日々をおくるイ課長です…。

明日は岐阜に日帰り出張に行ってきます。

再来週は北陸に2泊3日の出張に行ってきます。

海外出張の準備もしなくちゃ。

ううう…

去年、金沢出張で兼六園に行ったのがいつだっけと思って確認したら
たぶん10月20日だ。
再来週、イ課長は10月18日の夜に金沢に泊まるはず。
まぁ単なる偶然ではあるのだが…。


とにかくイ課長クタクタっす。
昨日の夕方あたりはホントにつらかった。


兼六園で撮った「根あがりの松」の写真でもご覧いただいて
今日のところは我慢していただきたい。
f0189467_0361076.jpg

3連休にはもう少し復活する予定なので、もうちょっとお待ちください。

明日の岐阜出張は名古屋で乗り換え。
またせっせと名古屋どらを買おう。ついでに世界のやまちゃん手羽先も買おう。
そして、3連休のリハビリ中にむさぼり食おう。

…ばた。

 

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by tohoiwanya | 2011-10-07 00:40 | 日本でのオシゴト | Comments(2)
2011年 10月 02日

デュルンシュタインという町 -その1-

ブログ更新の間がだいぶあいてしまったイ課長です。

いや先週はちょっと大変だったのだ。
日曜から月曜にかけて一泊名古屋出張。その後もかなり仕事がたてこんだ。

実は来週も水曜までは仕事がたてこむ。土日もウチで仕事した。うんざりだぜ。
その後、10月下旬にかけてもう1~2回は国内出張があるだろう。うんざりだぜ。
そして11月下旬には海外出張が…ああああああああうんざりだぜ。

まぁいい。こんなところで仕事を呪ってても仕方がない。
とりあえずドナウ川の旅の続きを書こうではないか。
えーと…遊覧船でデュルンシュタインに到着したトコまで書いたんだよね。
その記事を書いたのはもう10日も前じゃないか。何てヒドい展開だ。ごめんなさい。

とにかくだ。
イ課長とトホ妻はデュルンシュタインの町で船を降りたわけだよ(無理矢理ハナシを戻す)。
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この町に関する予備知識はメルク以上になかった。ほとんど皆無と言っていい。
ココはホントにのどかな小さい田舎町で、観光客もわずかにいるけど、おそらく彼らは
ここのホテルに滞在しているオーストリア人たちで、外人観光客らしき姿はない。

特に見るべきものがあるわけじゃないけど、ドナウ川の流れを望むレストランで
ワインでも傾けながらユッタリ優雅に食事でもするにはちょうどいいところだった。
しかし、実のところ、この時のイ課長はあまりユッタリできる心境ではなかったのだ。

この日、夜はウィーン国立歌劇場でオペラ鑑賞がある。もうチケットも確保してある。
それを見るためには逆算して、夕方にはウィーンに戻っていたい。
しかし我々はウィーンに行く電車のダイヤはもちろん、デュルンシュタインの駅が
どこにあるかもよく知らないだ。帰路の見通しが全然たっておらんではないか。

とりあえず、駅を探そうということになったんだけど、これがドコだかよくわからない。
トホ妻は「帰りの電車は何とかなるよ」などとか気楽なことをヌカし、この町のどこかで
アンズジャムを買うことに気を取られてるが(笑)、こっちはジャムどころじゃない。
夜の予定が決まってるのに帰路の見通し不明という状況をまず打開せねば。

しょうがないのでトホ妻を待たせて、イ課長だけ“遠征”してみた。
アイスを買った店で「駅はアッチの方よ」って教えられた方向に、とにかく歩く。
途中で誰かに聞こうと思うものの、すれ違う人もない田舎町なんだよ。
こんなブドウ畑だけが広がっててさぁ…。
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観光案内所らしきものがあって喜んだのも束の間。そこも無人ときやがった。まいったね…。
しかし案内所の前に簡単な町の地図がある。見ると、近くに駅があるっぽい。
ホントなのかなー?線路も見えないし、この辺に駅なんてあるのかい??

なおも歩くと…お?あれか?しかし、ここもまた異様に人の気配のない駅だ。
近づいてみると正面の緑色の扉は封鎖されてる。観光案内所といい、駅といい、
どうしてこう誰もいないのだ??仕方がないから駅のワキをまわって、線路の方に行ってみた。
f0189467_21384813.jpg

線路はあるがホームはない。地面から直接車両に乗り込むらしい。一体どんな電車が停まるのか。
だがそれ以前に、駅員も乗客も人ッ子ひとりいないこの駅、ホントに使われてるの?(笑)
f0189467_2139768.jpg

だんだん不安になってきた。
とりあえず電車の運行ダイヤを確認する必要がある。駅の壁に何か貼ってあるから、
きっとアレが時刻表に違いない。あれを見よう。
f0189467_2139311.jpg

f0189467_21394767.jpg

うっひゃーーナンだこれわ?!
1日に上り下り3本ずつしかないの?たったさんぼん?!こりゃまたびっくりの超ローカル線。
15:31っていう電車を逃せば、もう夜まで電車はないのだ。もっとも、この駅の様子だと
廃止ローカル線の廃駅の壁に、時刻表だけ貼られたまま残ってるという可能性も否定できんが…(笑)。

ウィーンからメルク修道院を見て、ドナウ川クルーズをしようという皆さん。
皆さんが、ドナウ川遊覧船をクレムスの町で降りるなら、問題ないです。
しかし、たまさか我々のように途中のデュルンシュタインの町で降りようと思ったら
帰りの電車には気をつけましょう。何しろ、一日3本らしいですから。
さらに言えば、そういう町で降りたがる配偶者にも注意が必要です(笑)。

実は、イ課長&トホ妻は結局この15:31の電車には乗らなかったんだよね。
もっと早い時間のバスでクレムスに出て、ウィーンに戻ったのだ。なぜかっていうと、
デュルンシュタインの町ってホントに小さいから、観光はすぐ終わっちゃうんだよ。

そんな、ドナウ河畔の小さな町・デュルンシュタインの様子は次回ご紹介しよう。
今日はこの町の駅が見つけづらいって話と電車の少なさを伝えるだけで終わっちまった(笑)。



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by tohoiwanya | 2011-10-02 21:45 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)