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2014年 01月 30日

ヘルシンキの地下鉄 副題:サイホクの話

さて、ヘルシンキネタに戻る。
以前紹介した市電に続いて、今回はヘルシンキの地下鉄だ。

ヘルシンキには地下鉄は1路線だけしかない。
だから乗る方向さえ間違えなければ、乗り換えに悩んだり迷ったりする必要はない。
非常にわかりやすくて、市電を乗り間違えたイ課長も地下鉄はまったくオッケーだった。
さぁそれではご一緒にヘルシンキ地下鉄に乗ってみましょう。

ヘルシンキの地下鉄の旅はまずなっがぁ~~い下りエスカレーターから始まる。
長~い斜坑一本でイッキにホームまで、っていうとプラハの地下鉄なんかが思い出されるけど
欧州の地下鉄にはけっこう多い。東京みたいにホームにたどりつくまでに何回も何回も
エスカレーターに乗りなおさなきゃならんっていう方がむしろ変わってんのかも。
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さてホームに到着。こんな感じ。広い。
土曜日の朝だからか、駅が広いわりに乗客はマバラ。こんなんで経営が成り立つのか?
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フィンランドって国旗が白と青だから、そんな感じの色使いの車体を想像していたら、
意外にも車体カラーは柿色ではないか。柿メトロ。
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車内はこんな感じ。柿メトロの中にある柿シート。けっこうハデだ。
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色使いも印象的だけど、ヘルシンキの地下鉄で印象的だったのはやっぱり島式ホームの幅の広さだよ。
東京の地下鉄に慣れた目で見ると、とにかくもうベラボウに広く見える。東京の銀座線、新橋駅あたりの
ショボいホーム3つか4つ分はありそうなくらい幅広い。

ある駅で、その幅広さを何とか写真に撮ろうとしたんだけど、広角でやっとこさ画面の端と端に
乗り場が入る。そのくらい広いのだ。しかし広いわりに乗降客の数はやけに少ない(笑)。
非常にゆったりした作りといえるだろうけど、逆に、こういう地下鉄に慣れたフィンランド人が東京に来て、
銀座線の狭いホームからこぼれんばかりに乗客がひしめいているのを見れば腰を抜かすだろう。
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目的地の駅に着いたらエスカレーターで地上に戻りましょう。当たり前だが。
もちろん、ここでも待っているのは長大な上りエスカレーターなのである。
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この旅行では偶然にもワルシャワ、ヘルシンキと「地下鉄が1路線しかない街」を渡り歩いたことになる。
そういう意味じゃ同じようなものだけど、ただ、ヘルシンキの地下鉄にはワルシャワのソレにはない重要な
付加価値というか、売り文句がある。それは何かというと・・・




世界最北の地下鉄


へぇ~~そうだったの?!
イ課長はヘルシンキにいる時はそんなこと全く知らず、帰国してから知った。
そうだったんだぁ。ヘルシンキって思ってた以上に北にある街なんだねぇ。

地図をみると、確かにヘルシンキはモスクワよりずっと北だし、サンクトペテルブルグや
ストックホルム、オスロなんていう都市と比べてもちょっびっとだけ(ほんのわずかだが)北っぽい。

世界最北の地下鉄っていうだけでも「へぇ~」と思うけど、調べてみるとそれだけじゃない。
ヘルシンキっていう街自体が「世界最北の、人口100万人以上の“都市圏”」なんだと。
地下鉄を持つくらいの大都市圏としては地球最北記録を持ってたんだね、ヘルシンキが。
ただ、人口100万人以上の“都市”ではサンクトペテルブルグが最北らしい。都市と都市圏。
この辺は若干「最北記録をつくるためのムリヤリ分類設定」っぽくもあるが・・。

というわけで、イ課長は自分でも知らぬうちに世界最北の100万人超都市圏に行き、そこで
世界最北の地下鉄に乗っていたのでした。なーんだ、そういうことだったら、イ課長がヘルシンキで
したことの全てが個人的には「人生最北」ということになるよ。だってヘルシンキより北の町なんて
行ったことないんだから(アンカレッジは空港ン中だけだったしなぁ)。

ヘルシンキで食ったメシはイ課長の「人生最北メシ」、飲んだビールは「人生最北ビール」。
「人生最北宿泊」したホテルで「人生最北睡眠」から目覚め、「人生最北観光」を楽しんだわけだ。
市電の「人生最北乗り間違い」なんて、今後の生涯で破られることは絶対ないだろう。

最北経験という意味ではヘルシンキに行くことは実に意義深いことが判明した。
さぁアナタもヘルシンキにサイホクしに行きましょう。




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by tohoiwanya | 2014-01-30 00:05 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(6)
2014年 01月 28日

タイとイ課長の間にあったこと その2

前回記事の末尾、「さて・・」から始めよう。

さて・・
イ課長がかくのごとく身を粉にしてタイの子供のために頑張ったのが2003年の話だった。
そして2013年、イ課長は久しぶりの東南アジア旅行でベトナム・タイを旅した。

タイに行くのは最初に出張で行った1996年以来17年ぶり。ハッキリ言って17年前に訪問した時は
バンコクにあまりイイ印象がなかった。でも、今回のバンコク再訪では前回訪問時の記憶と同じくらい、
あの絵本送付に奔走した日々が思い出される。あれから10年。あの絵本を当時10歳の子が読んだとして
その子はもうハタチの立派な青年になってタイのどこかにいるわけだからね。
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どこにいるんだろうなぁ?そう考えたくなるのが人情だ。
あの絵本を見て、日本語や日本文化に興味を持った子だっていただろう。「もっと知りたい」「勉強したい」と
向学心に燃えた子だっていたかもしれない。しかし、現実的に考えれば、その子がやがて日本語を習得し、
日本企業に就職し・・という理想的ストーリーを考えるのは楽観的すぎるだろうとイ課長は思うわけ。

あの絵本を読み、ボランティアから日本語を教わればカタコトの日本語くらいは覚えたかもしれない。
しかし、そういう子が日本語教育を続け、ステップアップできた可能性はあまり高くないと言わざるを得ん。
何しろ貧しいタイ北部の村。結局17~18歳くらいでバンコクに出稼ぎに行き、女の子ならゴーゴーバーとかで
踊ってる可能性の方がむしろ高い。残念だが、そう考える方が現実に近いだろうと思うのだ。

バンコクには「田舎から出稼ぎに来たニイちゃんネエちゃんたち」なんてたぶん星の数ほどいる。その中には
イ課長が送った絵本を子供の頃に故郷の村で読んだ子が混じっててもおかしくない。それは確かだ。
あの絵本がきっかけで日本語を覚え、日系企業に就職した人が仮にいたとしても、旅行中にそんな人と話す
機会はない。しかしバンコクでサービス業・接客業についているとすれば、イ課長が接するチャンスはある。

バンコクのホテルや飲食店で働いてる若者たちが、実は「あの絵本を読んだ子供」かもしれない。
あるいはゴーゴーバーで踊ってるダンサーのおネエちゃんが「あの絵本を読んだ子」かも・・・
その確率は限りなくゼロに近いが、断じてゼロではない。そんな可能性を考えながらバンコクの街を歩くなんて、
なかなか夢のある話じゃないか。

こんな想像をした。
イ課長が夜のタニヤ通りあたりを歩いて、カラオケ呼び込みネエちゃんから声をかけられたとする。
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いちじかんびーるのみほうだいよー ろっぴゃくばーつよー よってってーー
「うわー日本語じょうずだねぇ、どこで覚えたの?」
にほんご?えー こどものころ おしえてもらったよ
「へぇ~、子供の頃に教わったんだ。学校で?」
ううん。ボランティアの おねえさん おしえてもらったよ にほんごの えほん よんで べんきょした
「(ギクッ)え、絵本?あの・・・アナタの出身は?あー、あなたは、どこでうまれましたか?」
わたし うまれたとこ?パヤオ いなか
「パヤオッ?!そそ、その、絵本で日本語教わったのって、ひょっとして10年くらい前・・・??」
そう。わたしそのとき10さい いま20さい そのとき にほんご えほん いっぱい よんで べんきょした
「あ・・・(泣き始める)・・そ、その絵本を送ったのは、お、お、オレ・・・(あとは涙で声にならない)」

あーーわかってるよ、そんな夢のような偶然、あるわけないと自分でも思うよ。
でもね、何度も言うように、こういう出会いは「確率的にはあり得ないくらい低い」ということであって、
「原理的にあり得ない」わけじゃないんだよ。想像くらいしたっていいじゃないか!

去年6月に行ったバンコク、そのあと年末にもまた行ったバンコク。
絵本送付プロジェクトの思い出があるから、タイという国に対して今までになかった思い入れがあったし
90年代に最初に来たときよりも、ずっとずっとバンコクのことが好きになった。
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絵本送付プロジェクトからもう10年以上。その時タイに行ってた友人もずいぶん前に日本に戻ってるし、
あの時日本から送った絵本や図鑑の、現在の使用状況もわからない。しかしあの時みんなが善意で
送ってくれた本が(全部火事で燃えでもしない限り)今もタイの、パヤオの、どこかには残ってるはずだ。

タイにそんな思いのあるイ課長にとって、6月と12月のバンコク訪問は普通の旅行と少しだけ違った。
ただ観光するだけじゃなく、現地の、できれば若い人と話してみたいと強く思った。

バンコクにはカタコトの日本語くらいは操れる若い人は多い。そんな人とぜひ話をしたかったわけ。
日本語に興味を持ったキッカケは何だったのか?どうやって勉強したのか?出身はどこか?etc・・・
そんな話を聞いてみたくて、一人で行っても面白くなさそうな夜の繁華街にわざわざ行ったりもした。
そして、そういう時にイ課長は必ず相手の年齢と出身地を聞いた。

ま、予想通り「あの絵本を読んだ子」に出会うということはなかった。ええそれが現実ですとも(笑)。
でも相手の出身地を聞くとき、イ課長は常にドキドキしてた。もし相手が「パヤオ」って言ったら・・ってね。

それはものすごく複雑な「ドキドキ」だった。たとえばだよ?ゴーゴーバー(初めて行ったよ)のダンサーが
もし「あの絵本を読んだ子」だとしたら・・・。自分はその偶然を喜ぶだろうか?それとも、「あの子たち」が
結局はそんな場所で働かざるを得ない、キビシい現実に落胆するだろうか?これは自分でもわからなかった。
「故郷はパヤオ」と言ってもらいたいような、聞くのがコワいような、複雑な気分でドキドキしてた。

今後、タイに行くたびに(また行くと思うんだよね、きっと)必ず「あの絵本を読んだ子が今どこかに・・」と
考えるだろう。そういう意味じゃ、タイはイ課長にとってちょびっとだけ“特別な国”になったのかもしれない。

そんなバンコク旅行ネタの数々。いずれたっぷりご紹介します。たぁ~っぷりとね。




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by tohoiwanya | 2014-01-28 00:14 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(4)
2014年 01月 27日

タイとイ課長の間にあったこと その1

前回の記事を書いたら、タイの話を続けたくなった。
最初にことわっておくけど、この話は長い。だから続き物である。
これはバンコク旅行ネタをご紹介するにあたって、いずれは書こうと思っていた話なのだ。

さて。
イ課長がバカ丸出しの阿呆であることは誰でも知ってるが、ごくマレに良い事をする時もある。

昔、おバカでクダラナいHPを作っていたころ(その当時から進歩してないようだ)、
ネット友達の女性がNPO活動に従事するために、タイの北部に行ってたことがある。

タイって、バンコクだけは東南アジア屈指の大都会だけど、田舎の方はまだまだ貧しい。
そういう貧しい地域じゃ、子供たちは教育も十分じゃないし、成長後の働き口はさらに不十分だ。
結局バンコクに出稼ぎに行き、女の子は水商売や風俗業で働かざるを得ない、なんてケースは
ゴマンとある。その結果エイズに罹患するなんて例も後を絶たないらしい。

そういうタイの山岳部の貧しい村を支援しようというNPO活動。立派なことではないか。
支援項目はいろいろあって、たとえば現地特産品を製造・販売ビジネスとして育てる、なんて
メニューもあったけど、そのほかに「現地の子供たちに日本語を教える」というのもあった。

さっきも言ったようにタイの貧しい地域の子供たちは成長後、バンコク出稼ぎという可能性が高いし、
バンコクでの仕事がマットウなものとは言いがたいものである可能性も高い。特に女の子に関しては
結局「非マットウ系」の仕事に身を投じて稼ぐ、なんてことになりやすい。
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しかしだよ?もし、その子たちが日本語の読み書きが出来たらどうか?その能力を生かして
日系企業に就職という新たな可能性が生まれてくる。そうなれば、バンコクで売春とかするより
はるかに健全な人生を送れる。つまりタイの貧しい地域の子供たちに日本語を教えるっていうのは
単なる教養じゃなく、もっと切実なモンダイなのだということをその時初めて知ったんだよ。

その友人からそういう話を聞いてイ課長は非常に感心した。なるほど、そうかと思った。
自分もタイに行って現地での支援活動に手を染めるなんてことは到底出来そうもないけど、
なんとかして日本から彼女の活動に協力できないかと考えてみた。

日本語教育っつうたって、貧しいタイの山岳地帯じゃ教材なんてロクにないんだろう。
たとえば、日本の絵本を教材がわりに贈ったらどうだろう?少しは役に立つんじゃないか?
絵本であればタイの子供たちの興味もひきやすいはずだし、それがひらがなで書かれてれば
日本語を覚えるきっかけになるかもしれないではないか。絵本を集めて贈ってみようか?

その話を彼女にしてみたら、「それはもうぜひ」ということだったので、イ課長は立ち上がった。
バカ丸出しヤロウが、珍しく慈愛と正義に燃える戦士に変身したのである(笑)。

自分のHPで主旨を説明し、「お子さんが大きくなって不要になった絵本を送ってください」と呼びかけた。
自宅に送ってもらうのがいいんだろうが、ネットで自宅の住所・連絡先を公表するのはちとマズい。
会社に送ってもらおうにも、私的な活動だから会社には秘密。会社に送ってもらうこともできん。
(あんなおバカHPの存在を会社の連中に知られるなんて、あってはならないことだったのだ)
結局、会社の近所の郵便局留めということにして、いらない絵本の寄付を募ったわけ。

そこからがドえらく大変だったんだよ。

多くの人が主旨に賛同してくれて、いろんな絵本を送ってくれた。
絵本だけじゃなく、写真集や図鑑みたいな、子供の知的好奇心をかきたててくれそうな本を
送ってくれた人もたくさんいた。あの時のネット仲間の善意には本当に感謝してるよ。
作者はバカだったけど、読者は立派な人が多いHPだったのだ。

しかし、ご存知のように本って、重い(笑)。
これが段ボール箱単位で郵便局に次々と届く。昼休みにそれらを郵便局まで受け取りに行き、
近所の公園とかで“解体”し、本だけリュックに入れ、ひぃひぃ言いながらも何事もなかったような顔で
さりげなく会社に持ち帰るという苦闘の日々が続いた。

さらにこれを府中の自宅まで背負って帰るという苦行が待っている。これが何日も何日も続くのだ。
ヒマラヤ登山隊の荷物を運ぶシェルパになったような気分だったよ。もうね、冗談抜きで最後の方は
足腰にかなりキてたし、精神的プレッシャーも大変なものがあった。

とりあえず集まった本は2階の部屋にためこんだ。下がその時の写真。
段ボール3~4箱くらい集まればいいなと思って始めたんだけど、なんだかすごいことになった。
冊数なんて数えるのはムリ。トータル重量だと170〜180kgくらいあったんじゃなかったかなぁ?
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これを再度、段ボールに詰めるのも大変だったが、その重い段ボールを2階から玄関までおろすのが
またジゴクだった。1箱15kgとして、十数箱ある。年老いた今だったら確実に腰が折れてた(笑)。

これだけ大量の本の海外送付。どうしていいかわからず郵便局に相談しに行った。
車がないイ課長家に同情した郵便局が、なんとわざわざウチまで車で集荷に来てくれて、大量の本を
何とかタイまで送ることが出来た。運賃が・・・いくらだったかなぁ?万円単位だったのは確かだけど、
もうここまで来るとカネの問題ではない。意地の問題なのだ。払いましたよ。送りましたよ。ぜいぜい。
何ヶ月かたって、タイの現地から「本、届きました!」という連絡があったときは嬉しかったなぁ。

ほら。アナタはいま「イ課長も、そんなイイことしたことがあったんだねぇ」と思ってるでしょ?
実際、あの絵本送付プロジェクトはイ課長の人生に数えるほどしかない「良い行い」といえる。
タイとイ課長の間にはかくのごとく美しいエピソードが実はあったのだ。

さて・・

・・・と、はりきって続きを書きたいところだが、すでにだいぶ長くなったので、「さて」以降の重要な後半は
次回更新にまわす。続きはすでにかなり書いてるから明日にでも更新するよ!するってば!


 

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by tohoiwanya | 2014-01-27 00:00 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(4)
2014年 01月 23日

健全と不健全のはざまで

日本以外でイ課長がマッサージしてもらったことがある国って、東南アジアに集中してる。
タイと台湾がダントツに多くて、あとシンガポール、バリ島、ベトナムあたりか。
バンコクや台北に関しちゃマッサージは完全に「その街に行く楽しみの一つ」になってるね。

しかし東南アジアのマッサージ店がすべからく健全とは限らない。妖しい風俗系だってあるわけで
バンコクなんかはその両者が混在してる。健全な目的で健全店に、不健全な目的で不健全店に
行く分には何の問題もないけど、これを間違えるとどちらの目的でも困る。識別する必要がある。
本日は東南アジアのマッサージにおける「健全」と「不健全」の識別について書こう。

店の正面がガラス張り、足の裏だの価格表だのが描いてあって、ガラスの向こうは長椅子がズラリ・・
みたいな店は、確実に健全店と見なせる。内側からみるとこんな感じの店(下はバンコクの店)。
ただ、正面がガラスでも中はカウンターがポツンとあるだけ、なんて店はやや危険と思われる。
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中が全然見えない店となると、これはもうヤバいよ。見れば直感的にわかる。たとえば下の写真。
年末バンコク旅行で泊まったホテルのすぐそばにあった店で、これを健全店と思う人はいないだろう。
イ課長だって思わないよ。店の中は全然見えないし、店名がコレだし(笑)。限りなく不健全っぽい。
ま、「健康マッサージ」なんて間違いやすい店名よりは、こっちの方がずっとわかりやすいけどね。
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バンコクではこんな看板も見た。こういうのも非常にわかりやすくて親切だと思う。
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風俗産業で有名なバンコク。不健全系の店も多いんだろうけど、店構えや店名をちゃんと見れば
間違える可能性は低いと思う。もっとも、間違えたフリして入りたいというなら話は別だが(笑)。

健全・不健全の判断が困難だったのは意外にもベトナムだ。
社会主義国のベトナムに不健全マッサージ屋なんてあるの?と思うけど、これがけっこうあるらしい。
ま、「不健全」の度合にもいろいろあるんだろうけどね。

実際、夜のサイゴンの街を歩いてたら、マッサージ屋の前でアオザイを着たネエちゃんがイ課長を狙って
チラシをくれた。化粧の濃い、そのアオザイ姉ちゃんの様子といい、男性だけにチラシを配る様子といい
あれは率直に言ってかな~~りアヤシかった。ベトナムにも“不健全リスク”はあるのだ。

でも、ベトナムで一度はマッサージしてもらいたいと思ってたんだよ。もちろん健全な方をね。
ベトナムじゃ毎日歩き回って足が疲れてたし、最後の滞在地ハノイではマッサージをうけたかった。
タイのマッサージとどう違うのかという点でも興味あったし。

で、「地球の歩き方」に紹介されてたハノイの健全マッサージ屋に行ってみることにした。
しかし、ソコにあるはずの店がどう探してもない。うーむ、ひょっとして閉店しちゃったのかも。
でも近くでほかのマッサージ屋を探すっつうてもなぁ・・・・

            おっ?
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看板があるぞ。 FOOT MASSA  GE と三行にわけて書かれた赤いネオンが極めて妖しげだが。
まぁ健全店かどうか、一応覗いてみるだけ覗いてみて・・・・

ところがこの店、道路に面しては存在してないんだよ。路地の奥の方にあるらしい。
暗くて狭い路地だ。こんなところにマッサージ屋があるのかい??

う・・・薄暗い路地の奥で光るアヤシい看板。こうなると通行人のフリして中を覗くのも難しい。
これはさすがにヤバいだろー。不健全そうな匂いぷんぷんだぞ。ここは良識あるオトナの判断で
やめとくよな?当然だよな?心の中の“天使のイ課長”がそう忠告するのが聞こえた。
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じゃ、ここまで来て撤退か?看板の写真だけ撮って「妖しそうなので入らずに帰りました」なんて
情けねぇ報告をブログに書くのか?路地の奥にあるってだけで不健全と決める理由はどこにもねぇだろ。
入っちゃえ、入っちゃえ!命とられるわけじゃあるまいし!“悪魔のイ課長”のささやきも聞こえた。

結局、イ課長はこの店に突入した。思いきったねー。
なにせ歩き疲れてたし、イチかバチかでまともなマッサージをしてもらえる可能性に賭けた。

もし不健全系だったらどうするかって?そりゃね、イ課長にだって心身壮健な青年時代はあったけど、
それは遠いジュラ紀の頃の話で、今や枯れ果てた老人に近い。ある意味、気楽だ(笑)。
最悪の場合、多少カネ取られてもとにかく断って出てくりゃいいじゃん、と腹をくくった。

中に入ると長椅子がズラリどころか、カウンターがポツン。うう・・・こりゃ不健全っぽいパターンだ。
ヒマそうだったニイちゃんたちの一人がマッサージコースの料金表を見せ、一人が誰か(たぶん施術者)を
呼びに行ったり、ワタワタ動き始めた。そのあとちょっと待たされたけど、その頃にはもう68%くらいの確率で
ここは不健全店だろうと思ったよ(そう思いながらも記録のためにカウンターの写真を撮る冷静なイ課長)。
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マッサージャーは女性のはずだ(これは大体どこの国でもそうだ)。
アラレもないカッコした、厚化粧の、太ったおばさんがこの階段の途中のところからニタニタしながら
イ課長を手招きするという幻想に悩まされ始めた。うう・・・・ううう。
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やがて降りてきたのは赤いブラウス姿の、ほっそりした、まだ若くて化粧っ気の薄い女性だ。
2階に案内されると、カーテンで仕切られた部屋にマッサージ用の長椅子が2台並んでいる。
ここで初めてイ課長は「あ、これは大丈夫かも」と思い始めた。アヤシい店なら同じ部屋に長椅子を
複数並べることなんてないよ。どう考えたって“個室形式”のはずだからね。

結論から言うと、この店はまったくの健全店で(おや?アナタはどんな記事を期待してたんですか?)
施術者も上手だった。たしかフォーさんっていう名前で、すごくまじめにマッサージしてくれた。
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フットマッサージ90分のはずが、足だけじゃなく腕とか肩もやってくれた。他に客がいないからサービスで
延長してくれたのかなと思うくらいの超充実の施術(実際にはちゃんと90分だったんだと思う)。
ちなみに、マッサージ代は30万ドン。フォーさんへのチップに10万ドン。両方足しても日本円で2000円。
90分たっぷりマッサージしてもらってチップ乗せて2000円は安い。日本だったら1万円くらいはするだろう。
東南アジアのマッサージはこの安さも魅力の一つなのである。

フォーさんの店、名前は知らないけど位置は大体覚えてる。ハノイの旧市街にあるマッサージ店だ。
路地の奥にある看板のたたずまいだけ見れば、誰でも「これはアヤシい」と思って引き返したくなるけど
実は健全店です。大丈夫です。イ課長が蛮勇をふるって確認しました。

というわけで、要するに東南アジアでは「健全マッサージ」と「不健全マッサージ」との識別が重要。
これまでの経験ではベトナムが最もその識別が難しく、イ課長の中で天使と悪魔の激しい葛藤があったと。
本日はそういう貴重な教訓を含んだ、とってもためになるお話でした(笑)。




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by tohoiwanya | 2014-01-23 00:01 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(6)
2014年 01月 21日

ヘルシンキ建築ネタ二つ

二日連続でヘルシンキネタ更新。
本日はヘルシンキの建築物を二つご紹介しよう。

①ヘルシンキ大聖堂
純白に緑のドーム屋根が美しい建物だ。これは市のあちこちからも、海からもよく見えて、
ヘルシンキを象徴する建物といえば、コレだよね。

確かにこれはキレイな建物なんだけど、この日はそれ以上に空の青さが素晴らしかった。
見てよこの青空。ブルーをバックにした純白の大聖堂はいやがうえにも美しい。
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前に書いた生神女就寝大聖堂とはだいぶ建物の感じが違うけど、アッチが東方正教系の
大聖堂だったのに対し、このヘルシンキ大聖堂はフィンランド福音ルター派教会なんだと。
「ルター派」っていうからには、教義的にはプロテスタントに含まれるのかな?よくわからない。

正面は完全にギリシャ神殿を模したネオ・クラシック=新古典様式だけど、丸いドーム部分は
・・これはルネサンス様式っていうのかなぁ?
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まぁとにかくヘルシンキで一番有名な建物であることは間違いない。
イ課長としてはとにかく目に痛いほどの青空の下の、目に痛いほど真っ白な大聖堂という記憶が
強烈に残ってるよ。
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②テンペリアウキオ教会
「スオメンリンナ」ですら口ごもっていたアナタ、今日は「テンペリアウキオ」ですよー(笑)。
つくづく、フィンランド語の語感って面白いよねーー。

テンペリアウキオ教会。その名が示すとおり教会なんだけど、ヘルシンキ市内の観光名所でもある。
でもゴシック大聖堂とか、バロック教会とか、そういう歴史的・様式的な意味での名所なのではない。
極めて斬新な現代建築として有名なのである。

ナニがすごいってアナタ、巨大な岩山の内部をくり抜いて教会にしちまったらしいんだよ。
だから教会の内側から壁を見ると、そこはくり抜いた岩の断面をそのまま目にすることが出来るわけだ。
ちょっと見てみたいじゃん?市電に乗って行ってみた。

おおおおおーーーーーーーーー
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おおおおーーーすんげぇぇーーーーー
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ドーム天井と岩の壁面とをつなぐドーナツ状の天窓から外光がたっぷり入ってきて、中は意外なほど明るい。
なんだか素晴らしいではないか。

周囲が岩肌のせいか、柱が1本もないせいか、このテンペリアウキオ教会は優れた音響効果でも有名で
よくコンサートも開かれるらしい。立派なパイプオルガンもある。
ここでバッハのオルガン曲なんて聞いたらけっこうイイかも。
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この日は混声合唱の練習をやってたね。もっとも、シロウトの耳じゃ
普通の教会と岩の教会とで聞こえ方・響き方に違いがあるのかなんて、よくわからないが。
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しかし、周囲がゴツゴツの岩肌でできた教会という視覚的インパクトはシロウト目にも十分わかる。
見てて飽きなかったね。岩って断熱効果が高いはずだから、冬は暖かいのかもしれない。
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岩のスゴさばっかりに目がいっちゃうけど、ここはコンサートホールではなく、あくまで教会だ。
他の国の教会にあるように、寄付ロウソク立てがあるから、2ユーロばかり寄付してロウソクをつけた。
左端の、まだたっぷり残ってる新しいヤツがイ課長ロウソクなのである。
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ヘルシンキのテンペリアウキオ教会。
中央駅から市電に乗ってせいぜい5分。歩いてもそんなに遠くない。入場料なし。
市内の観光スポットの一つとして紹介されるだけあって、内部は一見の価値がある。
ヘルシンキに行くことがあったら、ちょいと覗いてみてはいかが?

最後のところはちょっとガイドブック風のエンディングでした(笑)。


  

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by tohoiwanya | 2014-01-21 00:02 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(4)
2014年 01月 20日

アラビアの食器を買う

ポーランドではついぞ見かけなかったけど、ヘルシンキでは日本人観光客の姿をときどき見かけた。
ただし、見かけた日本人はみんな女性だった。ヘルシンキは(ポーランドよりは)日本人女性に
人気があるみたいだけど、その人気の一端を「北欧雑貨」が担っているのは間違いあるまい。

海外に行っても現地での買い物に関してはトンと関心がないイ課長。
当然、北欧雑貨についてちーーとも知らなかったんだけど、アラビアとかイッタラとかマリメッコとか
フィンランドには有名な陶磁器(およびガラス?)のブランドがあるということは何かで読んだ。
たまたま市電を乗り間違えた偶然でアラビアの工場に遭遇したので、行ってみることにしたのである。
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アラビアの皿やカップのことは何も知らないけど、このアングルの、工場の写真はあちこちで見た。
レンガ造りの古臭い工場と煙突、そこにARABIAという昔風のロゴ。すごく特徴的な風景だ。
それが市電の窓から見えれば見学していこうって気にもなる。
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ここの最大の集客施設は工場そのものじゃなく(申し込めば工場見学もできるらしんだが)、併設されてる
アラビアのショップだ。北欧雑貨好きのご婦人ならたちまちハァハァ言って物欲の奴隷になりそうなものが
どかーんと並んでる。
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だが、イ課長はそういう方面にはウトい。ズラリと並んだカップや皿を見ても「おお素晴らしい!欲しい!」
なんて物欲がトンと湧いてこないわけで、なんて張り合いのない客であろうか(笑)。

ただ、考えてもいなかった「ヘルシンキのアラビアの工場」に、なぜか来ているという偶然が面白くて、
訪問記念に何か一つは買っていこうと思った。しかし、さて、何を買おうか・・・。
あまり大きなものは重そうだしなぁ・・・
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おっ、ムーミンカップがいっぱいあるじゃん。
同じようなカップをバンター空港のムーミンショップでも見かけたけど、あれってアラビアが作ってたんだ。
よし、それじゃせっかくだからトホ妻用土産にムーミンカップでも買っていくか。
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デザインにはムーミンだけじゃなく、ミーとかスナフキンとか、いろいろあった。
その中でイ課長が最終的にチョイスしたのはコレなのである。値段は例によって忘れたけど、
日本円で1,500円~2,000円ってとこじゃなかったかなぁ?バカ高くはなかったけど、安くもない。
(いま気がついた。写真に値段が出てるじゃん。17.6€だから、当時のレートだと1800円ってとこか)
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ショップの外に出ると、こんな風にきれいなカフェもある。
オジサンがぼんやり立ってるけど、彼が「奥さんの買い物につきあって、待ってるダンナ」であるのは
絶対に間違いないだろう。自分の妻が服や雑貨を買うのに付きったことのある亭主であればね、
直感的にわかりあえるんだよ(笑)。
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実際、このアラビアのショップで買い物してるのはほとんど女性客で、ヤロウなんてイ課長くらい。
まぁ北欧雑貨に関心が高いのが主に女性なのは当然だろうし、ショップに女性客が多いのも
これまた当然だ。日本人のおばさんたちも何人かいて、張り切って買ってたね。
ヘルシンキに行ったら何はさておき、ここで買い物したいという女性は少なくないと思う。

しかし何度も言うようにイ課長は「たまたま市電を乗り間違えて」ここに来てしまったっていうだけのオッサン。
工場の外観を見て「あっアラビアだ!」と思う程度の知識はあっても、食器自体に関する知識なんてゼロ。
とにかくアラビアとかイッタラって、優れたデザインで知られる・・んだよね?(必死に同意を求める)

ただ、この映画は知ってる。
日本女性のフィンランド志向に火をつけた「かもめ食堂」。実はアラビアはこの映画に協力してたんだと。
たぶん食事シーンで使われた食器の多くはアラビアのものだったはずだ。
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ほーら、雑貨好きのアナタ、ヘルシンキに行きたくなったでしょう~?
食器には詳しくないが、どうやったらここに行けるかという点に関してなら、いまやイ課長は詳しいぜ?(笑)
6番か8番の市電で北の方に向かい、終点の一つ手前で降りればいい。終点まで行っちゃっても大丈夫。
ちょっと歩いて戻るだけだから。

それにしても、このときの市電乗り間違い→位置情報大誤認→アラビア訪問という一連の偶然。
よくある「旅のハプニング」ってやつだけど、ヘルシンキで具体的観光プランがなかったイ課長にとっては
実はちょっと面白かったというブブンもあるんだよね。こういう経験をすると、前にも書いたように
旅というのは計画ではなく偶然で形成されるんだなぁとつくづく思うよ。

さぁアナタもヘルシンキに行ってみよう。そして市電に乗ってアラビアのショップで買い物しよう。
もし市電を乗り間違えてどこかヘンなとこに行ってしまっても何とかなるし、そこには予想もしなかった
新たな偶然の発見があるかもしれない(・・・し、ないかもしれない)。


 

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by tohoiwanya | 2014-01-20 00:00 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(10)
2014年 01月 17日

ヘルシンキ市電の光と影 「影」編

いま明かされる、ヘルシンキ市電のダークサイド(やや大げさ)。
コトの発端はイ課長がヘルシンキでトラムを乗り間違えたことから始まる。

地図を見て「街のコッチの方に行ってみよう」と思って市電に乗った。
しばらく乗れば左側に池が見えるはずで、池が見えたら次の停車場で降りようと思っていた。
下の路線図でいうと真ん中やや右寄り、メトロのMマークのあるSörnäinenっていう所から
茶色い路線で西に行こうとしたわけ。途中、左側に池みたいなものがあるでしょ?
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ところがどこまで、どこまで、どこまで乗ってもいっこうに池が見えてこない。
おかしい。こんなに遠いはずはない。どうも乗り間違えたっぽいぞ?
・・と思ってたら、やがて市電はループ状の線路を走ったと思ったら停車したまま動かなくなった。

車内にはイ課長と運転手しかいなくて、異様な静寂に包まれてる。動き出す気配はまったくない。
どうしたんだろう?と思ったけど、しばらくして事態が飲み込めてきた。
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どうやらイ課長は乗り間違えてオタオタしてるうちに、その路線の終点まで来ちまったようだ。
さっきのループ状線路は折り返し用のもので、運転手は次の発車時間まで待ってるに違いない。
じゃ、この時間を利用して運転手にここはドコなのか確認しようそうしよう。

運転席のところまで行き、「ココはどこですか?」と言って運転手のオッサンに路線図を見せた。
言葉はわからないから、今いるのはここだって路線図で示してもらいたかったんだよね。

運転手はちょっと戸惑った様子だったけど、路線図を見て「ここだ」と指さしてくれた。
確かにソコは路線の終点で、折り返し用らしいワッカ状の線路もある。なるほど、イ課長はいつの間にか
市の南の方、海っぺりの方まで来てしまったらしい(下図、紫の路線の終点が運転手が指さした場所)。
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ほどなく市電は動き出した。よしよし。
今度は北の方に向かって中心部に戻るはずだから、どこかテキトウなところで降りりゃ何とかなるだろう。

・・・と思っていたら、だ。
動き始めた市電の窓からARABIAという文字が書かれた大きな建物が目についた。
あ!あれってガイドブックで見た有名な陶器ブランド・アラビアの工場だろ?ここにあったんだ!
こんな偶然で遭遇したのも何かの縁。発作的に行ってみようって気になって、次の停車場で市電を降りた。
アラビアの工場ってこんな市の南の方にあったんだねぇ。

さてだ。
ここまでの話を読むと、「トラムを乗り間違えた」以外には、特に大きな問題はなさそうに思える。
だが実はココに重大な問題が潜んでいるのだ。お気楽旅行者のイ課長だからよかったけど、これが
出張だったら破滅的事態になっていたかもしれない。なぜかというと・・・


さっき運転手が教えてくれた場所は全然違っていたからだ(笑)。


アラビアの工場は確かに市電の終点近くにある。
だがその終点というのは市の南じゃない。正反対。北の終点なんだよ。そんなバカなと思うでしょ?
さっき運転手は「いまここだ」って南の終点を指さして教えてくれたんだから。

しかし、実際にイ課長がいたのはココなんだよ。6と8の路線の終点。ここにも小さいけど折り返し用の
ループ線路があるんだよ。拡大してみるとArabiaっていう小さな文字も書かれている。
さっきの場所と、こことがどれだけかけ離れてるかというとだね・・・
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このくらい離れてるのだ(笑)。市のウンと南の方にいるつもりで、実はウンと北の方にいたことになる。
この両終点の間には相当の距離があるのは地図を見れば明らかだ。
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考えてみてほしい。
イ課長が「ここはドコですか?」と聞いたのは、かりにも市電の運転手だぜ?路線図で自分がいる場所を
示すことは造作ないはずだし、実際彼はそうした。だがそれは完全に間違っていた。
これを東京の地下鉄に当てはめれば、銀座線の終点・渋谷駅で「ここはどこ?」って路線図を見せたら
運転手は反対側の終点、つまり浅草駅を指さしたことになる。あり得ねぇハナシだろソレ!

外国の鉄道で誰かにモノを尋ねたくなった時、誰に聞くかっつうたら、周囲の乗客か、駅員・乗務員かだ。
その場合、乗客より乗務員の方が「より信用できる」と思うのがフツーだろう。ところがその乗務員の認識が
頼りないとなると、どうすりゃいいんだ?

ただ、こういう驚きはイ課長が日本人だからなのかもしれないって気もするんだよね。
あの運転手にしてみれば「オレの仕事は市電を運転することで、ガイジンの対応なんて仕事じゃないよ」
ということなのかもしれない。海外じゃそういう考え方って、けっこう強いんじゃないかなぁ?

まったくもう、ヘルシンキのトラムもやってくれるぜ。
結局、イ課長は市電を乗り間違え、さらに運転手から正反対の位置情報を教えられたにもかかわらず、
ノンキにアラビアのショップで買い物なんぞしたんだけど、その時点ではよもや自分が反対の終点にいるとは
気づいてなかった。さっきの例で言えば「へぇ〜東急百貨店の本店って、浅草にあったんだぁ~」と
思いながら渋谷で買い物してたことになる(笑)。誤った情報も無知に対しては無力ということか。

アナタがヘルシンキの市電に乗って、乗り間違えたかな?と思ったとき、運転手に質問してもその答えが
正しいとは限らない。念のため誰かにセカンドオピニオンを求めるべきかもしれない(笑)。
恐ろしい市電だ。よく無事に戻ってこられたもんだ。

そんな無知と偶然に流されて、思いもかけず行くことになったアラビアのショップ。
せっかくだから次回、ご紹介しよう。


 

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by tohoiwanya | 2014-01-17 00:04 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(10)
2014年 01月 15日

ヘルシンキ市電の光と影 「光」編

なんちう大げさな題名じゃろうか(笑)。
光と影って言っといて「光」編があるということは、「影」編もある。この話は続きものなのである。

生神女就寝大聖堂に行ったとき、「トラムに乗って行ってみた」ってサラリと書いたけど、
何せここはイ課長が生まれて初めて来た国フィンランドの、生まれて初めてきた首都ヘルシンキ。
生神女就寝大聖堂まで乗ったのが生まれて初めての「ヘルシンキ・トラム乗車」だったわけで
それなりのチャレンジだったんだよ。
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まず切符。これはキオスクで買った。1回乗車券っていうのがあるのかどうか知らないけど(おいおい)、
イ課長は1日乗車券っていうのを買った。どうせ一日に2〜3回は最低でも乗るわけなんだから、
面倒のないように一日乗車券を買っておいた方がいいのだ。教育レベルの高さで有名なフィンランド
だからというべきか、「ワンデイ チケット」って英語で言えば必ず通じた。

一日切符ってこれ。これで市電はもちろん地下鉄も乗れるし、スオメンリンナに行くフェリーにも乗れる。
確か料金は7ユーロくらいだったはずで、スメンリンナを含めて市内を何カ所か見学しようなんていう、
ごく普通の観光客(イ課長もそうだったわけだが)なら1日乗車券がお勧め。
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さて、こういう1日乗車券って、必ず使い始めの時に打刻しなければならない。
これは欧州のどの街でも大抵一緒で、イ課長だってそのくらいのことは知ってる。
しかし、ヘルシンキの場合、その打刻機の使い方?がイマイチよくわからない。

ヘルシンキの市内交通機関の打刻機ってこういう風になってんだよ。
プラハやウィーンみたいにガッチャン!と物理的にスタンプするんじゃなく、スイカやパスモみたいに
電子的にピッとやるみたいで、切符自体には何も印はつかない。ちょっとわかりづらい。
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この0から3までの数字が何を意味するのかがわからない。
このカードをどの数字のところにくっつけるのが正しいのかもよくわからない。
とりあえず真ん中(黄緑色のバーが交差するところ)に4つの印があるから、その真ん中辺をめがけて
えいやっとくっつけるとピッと音がして、たぶんそれで電子的に打刻されたことになるんだと思う。

スオメンリンナに行く遊覧フェリーの乗り場にも同じ打刻機があるんだけど、こっちの方は数字が
1から3で、市電の時に見た0はない。この違いが何を意味するのか、これまたよくわからない。
たぶん乗車ゾーン区分みたいなものなんだとは思うんだけど、ヘルシンキに二日間滞在して、
打刻機にデカデカと書かれた数字の意味は結局最後までよくわからなかった(笑)。
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でもね、とにかく緑の一日乗車券を買って、この打刻機の真ん中あたりにくっつけてピッとやれば
(おそらく)大丈夫。それでアナタはヘルシンキの市電を征服できる(笑)。
路線はかなりあっちこっちに通ってるから、地下鉄と組み合わせれば市内ほぼどこでも行ける。
女性の市電運転士が多いなんていうのも北欧的なのかも(下の写真の運転士も女性)。
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・・・と、こう書くとヘルシンキの市電に乗る上での心配はほとんどなく、簡単なように聞こえる。
しかしそうとばかりは言えないということを、イ課長は思い知らされることになる。
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スオメンリンナに行った日は一日で3~4回市電に乗った。それなりに慣れたわけで、翌日はすでに
いっぱしの「ヘルシンキに慣れた旅行者」気取りになって再度市電に乗ったんだけど、その時にイ課長は
予想外の展開で何時間かを過ごすことになった。あの時のことを思い出すと、つくづく旅というのは
計画ではなく偶然によって形成されるものなのだなぁと思う。次回、その「影」編を書こうと思う。


 

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by tohoiwanya | 2014-01-15 00:05 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(0)
2014年 01月 13日

インド出張で食ったもの ②

ヘルシンキネタ消化が続くのかと思ったら、例によって突然他の国の話。
本日はインドメシシリーズ第二弾。
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インド出張ではデリーとムンバイで、それぞれ現地の日本人関係者と会食する機会があった。
現地料理にある程度通じた人が「それなりの店」に連れてってくれるわけだし、そもそも
メシ食う人数が一人じゃない(どちらも3人だった)から、注文する品数も多くなる。
インド初心者のイ課長が一人で食うよりはヴァラエティに飛んだメシを食うことになる。

とはいっても、料理の名前はとてもじゃないが覚えられないよ。それはご容赦いただきたい。
それに、同席者の手前、あまりバチバチ写真を撮るのも憚られる。というわけでそんなにたくさん
写真がないから、本日はデリーとムンバイでの会食を一緒にご紹介してしまおう。


【デリー編】
デリーでの会食、まず思い出されるのはレストランに行くまでのすさまじい渋滞だ(笑)。
こっちは目的地自体がドコなのかわかんないから「一体いつ着くんだろう」って感じだったな。
さぁ行きましょうと車に乗ってから店に着くまで1時間くらいかかった(距離は大したことない)。

この時のメシの写真は下のヤツだけなんだよ、すまぬ。
写真左上にあるのが普通のナン、手前にある白っぽいのは「ハンカチのようなナン」とかナンとかって
名称のナン(らしい)、非常に薄くて柔らかいナンで、味は普通のナンと同じようなもんだけど
口当たりがクレープみたいに柔らかで、「高級なナン」って感じだったよ、ナンとなく(笑)。
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この店ではスウィーツが印象的だった。
さすが、現地にいる社員は「インド料理=カレー」っつうだけじゃなく、様々なデザートが
美味しいということをよく知ってて、いろいろ頼んでくれた。
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特に変わっていたのはブランデー(かなぁ?)をかけてボッと火をつけるデザートだ(名前は忘れた)。
同席者たちも「ほら、イ課長さん写真、写真!!」と言ってくれたから写真を撮らせていただいた。
アイスクリームみたいなものとか、プリンみたいなものとかいろいろあって、インドスウィーツは
なかなか奥が深そうだ。


【ムンバイ編】
ここは例のドライ・デーにブチ当たって、ビールを飲めなかった悲痛ディナーだった時だ(笑)。
「シーフード系のインド料理」という、まったく未知な料理の店に連れてってもらった。

まずこれ。右はごく薄くて固い、パリパリのナン(なのかなぁ?)の上に具が散らしてあって、割って食う。
左は「なんとかダック」って言って、インドを植民地にした英国人たちが「うわ、これまるでカモの肉みたい」と
思って名づけた魚のフライ。何の魚かは覚えてない(笑)。
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こっちはねぇ、左がナン(ただし普通のナンより薄い)。問題は右の皿だ。
手前の暗褐色のものは何かのカレーで、上にある白っぽいゴロゴロしたものは実はイカなんだよね。
インドに来てイカを食うたぁ思わなかったぜ。
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そして最後は(いや、ほかにもいろいろ食ったんだけど写真を撮ってない)奥深きインド・スウィーツ。
左は実はアイスクリームで、右は見たとおり、プリンだ。
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そしてお約束の匂い消し。
スプーンですくってバリボリと噛む。ちょっとハッカっぽい味だったね。
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やっぱりインド現地に駐在してる人に連れてってもらうだけあって、一人だったら食わないであろうものを
いろいろ食う機会に恵まれたと言っていい。イ課長ひとりで現地レストラン入ったってスウィーツなんて
食うことないもんねぇ。

デリーとムンバイにおけるこの2回の会食。
勘定はイ課長の会社持ちで、とりあえずその場ではイ課長がクレジットカードで立替え払いした。
金額がいくらだったか、一昨年の出張精算した時のものを探し出して確認したら、

デリーの方が約5,200ルピー(8,000円弱)、3人だったから、一人あたりだと2,600円くらいか。
ムンバイの方は約2,000ルピー(3,000円くらい)。こちらも3人だったから一人あたり1,000円程度。
一人当たりの単価にはだいぶ差がある。

これって、レストランの“高級さ”による差じゃないはずだ。どっちもなかなか高級な店だった。
会食人数はどちらもイ課長いれて3人。食ったものの質や量に大きな違いがあったとも考えづらい。
じゃ、この約2.5倍もの金額差はなぜ生じたのか?


ムンバイでの会食はドライデーにぶち当たったため、ビールを飲めなかったから。


それ以外に理由は考えられないのである。




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by tohoiwanya | 2014-01-13 00:21 | 2012.10 インド出張 | Comments(2)
2014年 01月 11日

スオメンリンナ要塞をゆく その2

もと軍事要塞だけあって、スオメンリンナには大砲やら防空壕?やら、いろんな戦争遺構が残されている。
でもそういうのはポーランドでたっぷりシリアスなのを体験してきたイ課長は、完全にお気楽モードだ。

まぁいいじゃん。ヘルシンキにいる時くらいは気楽に観光させてちょうだいよ。それに、スオメンリンナは
現在は完全に市民や観光客が憩う海上公園として整備されてるんだし。
たとえ大砲を見かけてもそれがいつ、何のために設置されたのかとか、どんな人たちがどんな人たちを
標的にしたのかとか、そういう真面目なことに思いを馳せようなんて了見はサラサラない(笑)。
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島内はこんな感じでのんびりした遊歩道みたいなのがいたるところにある。
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そして、ちょっと歩くとすぐ海。青い空と青い海ってこんなにキレイに見えるんだと、改めて痛感したね。
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芝生のあっちこっちで日光浴をしてる市民がいる。いいなぁ。
ね?いくらかつては要塞っつうても、現在のスオメンリンナはこんなのどかな場所なんだよ。
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島にはこんな小さくてかわいい入り江もある。まるで個人用海水浴場みたいだ。
実際ここではおジイさんが水泳パンツ一丁になってジャブジャブ水の中に入っていた。
しかしここでイ課長が目を奪われたものは別のものだ。
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これ・・・ハクチョウだよな?
「白鳥の湖」っていうバレエもあるくらいだし、白鳥って基本的に湖とか沼とかの淡水にいると思ってた。
海に浮かぶハクチョウって何となく異様だ。ハクチョウとジイさんの海水浴・・・さらに異様だ。
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地元の子供たちが遊んでる広場を見てたら、小さな子がヨチヨチとイ課長の方にやってきた。
あはは。ほっぺについてるのはチョコレートかな?かわいいねーー。
すぐにお母さんが笑いながら近づいてきて、この子を“回収”していった(笑)。
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ことほどさように、とにかくのどかでキレイなところだよ、スオメンリンナ。
この日みたいに快晴だと、海とカモメさんの眺望に見とれながらいつまでもボンヤリしていたくなる。
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とにかく「青い空、青い海、白いカモメさん」っていう道具立てが素晴らしすぎたからね、この日は。
これが曇天や雨、あるいは厳冬期の観光だったりすると、ここの印象もだいぶ違ったものになるだろう。
フィンランドの苦闘の歴史と戦争の記憶を求めてスオメンリンナに行く人なら(あまりいないと思うが)
むしろそういう日の方がいいのではないか、という気もする。

でもイ課長は、ヘルシンキじゃそんなこと知らないもんにーーー。お気楽モードなんだもんにーーー。
ポーランドでのダーク・ツーリズムの重苦しかった記憶をサーーーーッと洗い流してくれた
スオメンリンナの青い空と白いカモメさんにはいまでも感謝してるよ。以前にも書いたけど
「ダーク・ツーリズムの後には明るい観光も必要」と痛感したのはこのスオメンリンナを歩いてた時で、
そういう意味でもここは忘れがたい場所なんだよ、イ課長にとっては。

 
 

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by tohoiwanya | 2014-01-11 00:15 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(6)