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2019年 10月 23日

【タイ国鉄の旅】ウボン〜スリン編

旅行前、ウボンからバンコクまでタイ国鉄乗り継いで行くんだと、タイに詳しい人に
話したら「そんなのタイ人だってやらないよ」と言われた(笑)。だがイ課長はヤルのだ。
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地図だとこういう感じになる。ウボンラチャタニから乗って、まずスリンで2泊、
ナコンラチャシマ(コラート)でも2泊、ケンコーイで1泊して、バンコクというわけ。
地図右端のパクセーが切れてしまった。すまぬ。
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つまりウボン~バンコクを4回に分けて乗ったわけで、乗車時間は合計8時間45分。
さらにケンコーイから片道約1時間半の超ローカル線を往復したから、総乗車時間は
ほぼ12時間。よく乗ったもんだよなー。あのタイ国鉄の旅は本当に楽しかった。
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楽しかった理由はいろいろある。ローカル感たっぷりの駅の風景やオンボロ車体は
東南アジア鉄道旅情をかきたてるし、車窓風景もある時は単調な田んぼばかりかと思うと
ある時は山越えカーブだらけだったりして変化に富む。

しかし楽しさの最大の理由はタイの人たちとのちょっとした触れ合いだよね。
イ課長が駅で列車を待ってる時、あるいは乗ってる間、とにかくまぁ駅員や乗客から
「どこに行く?」「どこで降りる?」とやたら聞かれた。

要するにタイ国鉄に不慣れそうなガイジンのことをみんな心配してくれてるんだよね。
特に3等車自由席なんかだとガイジンなんてイ課長しかいない。気にしてないようで、
実はみんなイ課長のこと気にしてるわけ。「乗客はみんな家族」的な、あの雰囲気に
混じって旅するのは楽しくてしょうがなかった。
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そんなタイ国鉄の旅。最初の乗車区間はウボン~スリンだ。
乗る列車は特急で、切符はネット予約で入手済み。しかもウボン駅はタイの東の果てで、
列車は全部ここ始発だから遅れる可能性も低い。今回の計画の中では最も不安要素の少ない
乗車区間だったといえる。
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ウボン駅で列車が入線するのを待ってると、駅員が「どこまで行く?」って質問してきた。
この後タイ鉄道の旅で散々聞かれる質問だけど、これが最初だったわけで、この時は
怪しいガイジン乗客だから目ェつけられたのかと一瞬思った。

「スリン」と答えて切符を見せるとふむふむって感じでうなずいて、この車両番号なら
もうちょっと後ろで待ってなさいと教えてくれる。おお、親切な駅員さんではないか。
こういう親切はこのあとの鉄道の旅でずっと続くことになるわけだが。

しょっちゅう遅れることで知られるタイ国鉄だけど、始発時間だけは厳格だそうで
この時も発車15分前くらいに入線。機関車に引っ張られるタイプじゃなくて、
自走式のディーゼル列車(タイの鉄道はほとんど電化されてない)。
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中はこんな感じ。特急だから冷房付き、さらに扇風機付き。
荷物棚が狭くてゴロゴロを乗せられなかったら困るなぁと思ってたけど、荷物棚も
けっこうゆったり。この車両はおそらく韓国製の中古だろうと思われる。
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うわ、すげぇ。14時50分ぴったりに発車だ。
途中ではしょっちゅう遅れるくせに、始発時間だけには厳しいタイ国鉄。
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あとはひたすらイーサーンの平坦な台地を走る、走る。
この区間はほとんどカーブがない直線で起伏もないからスピードもけっこう出てる。
中古車両とはいえ、一応特急だしねぇ。走ってるとすごく頻繁に警笛を鳴らすんだけど、
あれは線路際(ないし線路上)のウシをどかすためではないかと想像される。
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そして1時間50分くらい乗ったら着きましたスリン。ほぼ定刻通り。なんて優秀な特急。
イ課長を残し、列車番号22の優秀な特急さんはトットとスリン駅を発車して次の駅に向かう。
長いタイ国鉄の旅の最初の区間は意外なくらいスムーズだった。
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しかし、スムーズに移動できたウボン~スリン区間は特急指定席ってこともあって、
乗り合わせたタイ人と触れ合う機会はほとんどなかった。そういう意味では
「一番つまらない」区間でもあったことをこの後イ課長は知ることになるわけだが、
次の乗車区間の話はまた回を改めて。

 


by tohoiwanya | 2019-10-23 00:01 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2019年 10月 21日

瞬時に終わったウボン観光

タイ最東端の県庁所在地、ウボンラチャタニ。
長いから通常は「ウボン」と言うことが多い。このブログでも以下「ウボン」でいきます。
ナコンラチャシマやウドンタニと並んで一応「イーサーン三大都市」の一つとされる。

国境越えバスで到着する町がウボンであることはずっと前からわかっていた。
長いバス旅でくたびれるだろうし、タイに入ったらウボンで1泊し、東の果てにある
地方都市を観光し、翌日から鉄道でイーサーンを周ろう・・と、最初はそう考えてた。
だが実際にはウボンにはたった数時間滞在しただけ。なぜ?

「町に大した観光スポットがない」のは確かだ。しかしイーサーンの町なんて大体
どこもそうだよ(笑)。それは決定的理由ではない。

ウボンって町の構造が不便なんだよね。ヘタに広い。町の中心に対してバスターミナルは
うんと北のはずれ、鉄道の駅はうんと南のはずれ(実際には隣の市)にあって、交通拠点が
やたらに遠い(下の写真はウボン駅)。
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町の中心のホテルに泊ると(普通はそうだわな)、バスターミナルからホテル行くにも、
ホテルから駅に行くにもタクシーが必要。めんどくせぇなぁ。この後行くスリンの町が
鉄道駅からバスターミナルまで歩いて5分くらいだったのと比べるとドえらく不便な町だ。

ことさら見たい場所もないしなぁ。ウボンから午後の特急に乗れば夕方にはスリンだ。
この際スリンに早く着くことを優先してウボンはスルーでいいか・・となったわけ。

しかしバスで到着してから特急列車が出るまで2.5~3時間くらいはある。その間ずっと
駅でボーッとしてるのもつまらんから、チラッとだけウボン観光すっか。というわけで、
イ課長はバスターミナルからタクシーでトゥンシームアンって公園に行くところから
チラッと観光を始めることにした。ろうそく祭りのモニュメントを見ようと思ったのだ。

ろうそく祭りって全タイ的に有名な祭りで、ロウ製の巨大なデコレーション山車が名物。
トゥンシームアンにはそれを模したモニュメントがあるのだ。それでも見て、少しは
「ウボン気分」に浸ろうと思ったわけですよ。
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ほー・・・これか。金色で、何だかスゴい。
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いやこれは確かにすげぇ細工だワ。このモニュメントはロウ製じゃないだろうけど
いざ祭りとなるとこんな感じの色とりどりのロウ製山車がワンサカ出て、美しさを
競いあうわけだ。壮観だろうなー・・見てみてぇなー。

続いて、公園の近くにあるワット・トゥンシームアンへ。ただし途中で盛大に
道に迷った(笑)。ここはワットっつうくらいだからお寺で、人工池の中に浮かぶ
木造の建物があるそうだが・・あ、これか。
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何となくムードのあるところだね。暑いから「水のある風景」を見るホッとする。
お、木彫の細工もあるじゃん。これは素晴らしい・・と言ってあげたいが・・。
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こっちはミャンマーでシュエナンドー僧院見てきたお兄ぃさんだからねぇ(笑)。
あれに比べたら・・・いや、ヤボは言うまい。チラッと観光だし。

あ!リスだ!へー・・タイにもリスいるんだぁ。てな感じで、このお寺でしばらく
ウダウダしてた。ゴロゴロ荷物を持ってるから、あまり歩き回りたくないの。
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普段はまずやらないけど、ゴロゴロひきずっての徒歩観光ってホント大変だね。
道に迷ったりしようもんなら、アッチにゴロゴロ、引き返してはゴロゴロ。
いいかげん「ゴロゴロ運び疲れ」でくたびれた。タイは道路と歩道の段差が高いし、
道はけっこうでこぼこだからねぇ。まぁラオスよりはずっとマシだが。

というわけで、ウボン「チラッと観光」はこれにて終了。タクシーをつかまえて、
早めに駅に移動することにした。ゴロゴロがあっちゃ何もでけん。
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今思い返してもウボンの記憶っつうと、汗ダクんなってゴロゴロを転がしながら
道に迷い、人に聞き、引き返し、また人に聞き・・等々のことばかりが印象深い。
体力使ったわりに、中身はプアな観光だったよなー。

ウボンにはまことに申し訳ないと思う。ごめんね。

 


by tohoiwanya | 2019-10-21 00:32 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2019年 10月 18日

パクセー⇒ウボン 国境越えバス その2

パクセー⇒ウボンのバスで国境を越える際にまず言っていくべきこと。それは
大きな荷物はバスの中に置きっぱなしだということ。ちょっと意外。カンボジアから
タイに入る時はゴロゴロひきずってったけど、ここはいいんだ。従って、リュックだけ
背負って他の乗客と一緒にラオスのイミグレへ。この茶髪のお姉さんは現地の人で、
目立つし、国境越えに慣れてるっぽかったから、このお姉さんを目印にした。
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幸い窓口はすいてて、出国スタンプはわりとすぐもらえた。昔はここで出国税を
何万キープか取られたって話もあるけど、そんなこともなし。これでラオス出国は
済んだことになる。

個人的に一番まごついたのはこの次だ。
イミグレ窓口から道路に出て他の乗客の後を・・あれ?いない?どこ消えた?
あの茶髪姉さん、もうずっと先の方行っちゃったわけ?おたおた・・。

いた!えええ?茶髪姉さんあんなトコに!道路じゃなく、ワキにある駐車場みたいな
広場を突っ切ってる。あんなトコに入口があんの?こりゃ驚いた。イ課長一人だけだったら
間違いなく道路をまっすぐ進んでたよ(それでも行けるんだとは思うが)。
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するとこういう看板が。なるほど。確かにここがタイへの入口みたいだ。
おそろしく威厳のない、ボロッちい入口だこと。
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・・と思ったら下り階段。紆余曲折が多い国境だなー、ここは。
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そしてナゾの地下道。真ん中にサクがあるってことは、タイ入国者はこっちを通り、
ラオス入国者はあっち側を通るってことだろう。しかしこのサク、小柄な人だったら
簡単に抜けられちゃいそうだけどなぁ?
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地上に出るとイミグレがある。やれやれ。ここもすいてたけど、イ課長のパスポートを見た
女性係員がやたら時間をかけてチェックして、隣のブースの係員に「日本のパスポートは
ホニャララだっけぇ?」なんて聞いてやがる(イープン=日本ってとこだけわかった)。
もったいぶらねぇでトットとハンコ押せ!くぬやろう。
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ようやくスタンプ押してもらい、イミグレを出ると向こうでバスが待機してた。
あれ?イ課長の荷物出してナニしてんの??
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でっぷりドライバーが「エックスレイ!エックスレイ!」と言う。ははぁ、X線検査っすか。
しょうがないんで自分のゴロゴロを転がして別の建物へ。X線検査もすいてて、すぐ済んだ。

これでもうない?タイ入国完了?はぁーー・・やれやれ。
たぶんバスを降りてから20分くらいで済んだはずだけど、何せここは麻薬犬?や国境警備兵?も
カッポする国境。こっちは初めてで勝手がわからないし、無事越えるまでは不安だよね。
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やがてバスはウボンに向け再出発。
ラオスでは右側通行だったけど、タイに入ると左側通行になる。それにしてもまぁ、
タイに入ると道路状況がこんなに良くなるんだ。
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ウボンのバスターミナルに着いたのがちょうど11時半くらいだったと思う。
8時半出発で所要3時間くらいって聞いたけど、実際その通り。3時間のうち、
国境越えの停車時間が30分くらいだったかな。
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それにしても何て立派なバスターミナル。3時間前までいたパクセーのターミナルとの
格差にクラクラしちゃうぜ。ウボンって大きな町なんだねぇ。 
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こうしてタイに入ると何かホッとするよ。何だカンだ言って、東南アジアの中じゃ
ダントツで慣れてるからね。欧州で他の国からドイツに入った時の気分に似てる。
ナニはともあれ無事国境通過おめでとう。長旅お疲れ様だったな、自分。

 


by tohoiwanya | 2019-10-18 23:06 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2019年 10月 16日

パクセー⇒ウボン 国境越えバス その1

イーサーンネタの最初はとりあえず国境越えバスあたりからいくか。

バスで(ということは検問は徒歩で)国境を越えるのって、少なからず緊張する。
イ課長は過去にベトナム⇒カンボジア、カンボジア⇒タイの国境でやったけど
ラオス⇒タイは初めて。これから同じことを実行する人のために、どんな具合なのか
少し詳しめに書いていこうと思う。

8:30発のウボン行き国境越えバスは前日のうちに予約しておく必要がある。
このバスに乗ってタイに入り、その日のうちにスリンまで移動しないとイ課長の
旅のスケジュールは破綻する。コーン島から戻ってきたイ課長はメシも食わず
翌日朝のバスを真っ先に予約したですよ。料金は9万キープ(約1,100円)。
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翌朝、トゥクトゥクのピックアップは7時半。やがて迎えのトゥクトゥクが来て
バスターミナルまで連れってってくれた。ホテルから10分くらいだったかな。
ちなみに、送迎のトゥクトゥク代はバス代の9万キープに含まれている。
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さて着いた。トゥクトゥクドライバーが「あの窓口に行け」って言うから、言われた通りに
窓口に行き、昨日旅行代理店で作ってもらった黄色い予約確認書を見せた。
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すると別の紙をくれる。これがバス乗車券ってこと?やはり手書きで、最初の
予約確認書と大きな違いは感じられない(笑)。A2っていうのは座席番号かな?
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(おそらく)切符は確保したから一安心だ。この時まだ時刻は7時50分くらいだったはずで、
発車まで時間はたっぷりある。少し落ち着いて周囲を眺めてみると・・・うーむ、素晴らしく
ショボいバスターミナルだ。バス待ち用のイスがあるからかろうじてソレらしいけど、これで
イスがなければ、とこかの倉庫裏の空き地くらいにしか見えない(笑)。
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8時になるとバスが来た。でっぷり体格のいいドライバーと、オバさん車掌というコンビ。
オバさんの方がイ課長を見ると「ウボン?」って聞いてくるからうなずくと、タイへの
入国カードをくれた。なるほど。乗車する前に書いておこう。
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タイの場合、入国カードに飛行機やバスの便名を記入する欄がある。
飛行機ならすぐわかるけど、バスの便名っつうてもなぁ・・・ドライバーに聞こう。
でっぷりドライバーに「バスナンバーは?」と聞くと、「知らない」という回答(笑)。
しょうがねぇ、便名欄は空白だ(結果的にはそれで問題なかった)。

やがてバスはほぼ定刻通り、8時半ちょい過ぎに発車。バスの中にはイ課長を含めて
乗客は5人くらいしかいない。いくらオフシーズンの雨季とはいえ少なすぎないか?

バスはパクセーから一路西へ。途中トイレ休憩はなし。1時間ちょっと乗って、
イ課長がウトウトし始めたらもう国境。
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国境では例によって「まずココに行け」とか、「次にアッチに行ってこうしろ」みたいな
事前レクチャーというものは一切ない。バスを降りたらあとは自分で何とかしろ方式。
従って、イ課長は数少ない他の乗客からはぐれないように、くっついていくしかない。
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しかし他の乗客っつうたって5人くらいしかいないからね。
外国人はイ課長ともう一人だけ。あとはラオス人(かタイ人)で、国境越えに慣れた
地元民っぽい。彼らからハグれないようにしなければならない。

それでは参りましょう。イ課長の旅行人生で3回目の、東南アジア徒歩国境越え。
しかし、つづきは次回だ。

  


by tohoiwanya | 2019-10-16 00:08 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2019年 10月 14日

イーサーンというところ 2

いや大変な台風でした。
多摩川沿いとはいえ府中近辺は幸い大した被害はなかったけど、下流は洪水。
まぁ世田谷あたりの洪水もほかの県の被害に比べればまだしも、なのかもしれんが。

こういう時はオチャラけたことも書けないので、イーサーンの話を続けよう。
イーサーンについてはもうちょっと書いておきたいことがあるのだ。

イーサーンは貧しい地域。そういうイメージがあり、実際そうなんだと思うけど
ラオスからメコン川をはさんだ対岸イーサーンにかけての地域って、民族学的?に
みるとミョーなところでもあるんだよね。

多民族国家ラオスの中で最も多いのはラオ族で、国内に何百万人といる。
ラオスは国全体でも人口が一千万人いないから、何百万人のラオ族は圧倒的シェア。
だが驚くべきことにタイ国内のイーサーンにはラオ族が1,500万人くらいいるらしい。
ラオ族の人口はラオスよりタイの方が多いわけ。その大半はイーサーンにいる。
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昔は戦争に勝った方が「人間」を労働力の戦利品としてゴッソリ持ってくことがあったようで、
タイとラオスの戦争のあと、大量のラオ族がメコン川西岸に強制移住させられたらしい。
さらに自発的移住もけっこうあったみたいなんだよね。イーサーンが貧しい土地だっつうても
山岳国ラオスから見れば耕作可能地は広いし。さらに加えてラオスが社会主義国になった後、
タイに逃げたラオ族もかなりいるみたいだ。

このことがイーサーンというエリアにさらに特別な事情とイメージを与えてるようだ。
イーサーンはラオスと同様にモチ米を食うし、ラープも食う。言葉も似てる(らしい)。
どっちにも同じラオ族が住んでるんだから文化的に近似性が強いのは当然だ。しかし
この「ふたつのラオ族」の間にはビミョ~な断層があるみたいなんだよね。
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「オレたちの言葉がラオ語?冗談じゃねぇ。オレらが話してるのはイーサーン語だい」
というタイのラオ族もいれば・・

「あいつらは国を捨ててタイに依存した連中だ。ラオスのオレらと一緒にすんな」
というラオスのラオ族もいるらしい。タイとラオスの経済格差もあいまって、
同じラオ族の間でもそこにはいわく言い難い複雑な感情が残る。

だから、タイ中央部や北部みたいにタイ族が多いエリアの(タイ族とラオ族って
これまたビミョ〜に違うらしいのだ)人が「イーサーン」って言う時、そこには
「貧しい田舎」ってだけじゃなく「民族的な違い」というニュアンスもある(らしい)。
前回記事で「イーサーン」って言っただけで独特のアイデンティティがあるって
書いたけど、「イーサーン=ラオ族の多いエリア」っていう意識はあるみたいなんだよ。
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ラオスからイーサーンにかけてはラオ族の民族的連続性と、感情的断層とがある。
今回ラオスからバスで国境を超え、鉄道を乗り継いでバンコクまで移動したってことは
そういうエリアを飛び石宿泊で、陸路で通り抜けてきたことになる。

ま、もちろんタイ語もラオス語もできず、ラオ文化のこともよく知らないイ課長には
そういう民族的連続性や断絶を体感することなんてできないけどね。
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ただ、タイに入った直後のイ課長はラオス滞在中の口グセが抜けなくて、タイ人相手に
ラオ語で「コープチャイ(ありがとう)」って言っちゃたことが何度かある。
言ったあとで「あ、いけね」と思って相手を見ると、全く気にしてる様子がない。

イーサーンだからラオ語がスンナリ受け入れられたのか?それともガイジンの
言い間違いにいちいち反応しなかっただけなのか?

・・・それはわからないのである。

 


by tohoiwanya | 2019-10-14 00:05 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2019年 10月 11日

イーサーンというところ

さて、ラグビーW杯観戦記事も終わって8月のラオス・タイ旅行に戻るわけだが、
タイのイーサーン地方についてちょっと書こう。今回イ課長が回ったエリアなわけだが
イーサーンっつうても、知らない人がほとんどだろうからね。

イーサーンってタイ東北部の総称で、面積的にはタイの1/4くらいを軽く占めちゃう。
バンコクなんかの低地と違って標高200mくらいの広大なコラート台地の上にある。
水利が悪くて稲作に適さない土地が多いみたいで、灌漑インフラも少ない。結局
雨に頼った天水農業しかできない所が多いらしい。

だから、イーサーンといやぁ昔から「貧しいイナカ」の代名詞。今は昔ほどじゃ
ないんだろうけど、やっぱタイの中では相対的に所得が低い地域なんだと思う。
(下の画像はWikiさん)
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イーサーンの主要産業って、昔も今もたぶん農業のはず。観光っつうても、大した
観光地はない。だからバンコクに出稼ぎする人がすごく多い。バンコクのサービス産業は
イーサーン出身者で支えられてるのでは?と思うくらいで、イ課長もけっこう会ってる。
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最初に覚えてるのは2013年末、ゴーゴーバーでお話しした高見恭子さんに出身地を
聞いて「イーサーン」って言われた時だ。聞き覚えのある地名だったけど、その時は
町の名前かと思った。だが実際にはそうではない。日本で言えば「関西」とか「東北」と
同じくらい漠然と広いエリアを指し、その中にいろんな県や町がある。

毎回マッサージしてもらうスーさんもイーサーンのスリン出身。昔ゴーゴーバーで
知り合って記事にも書いたビーさんの出身地・ウドンタニも北部イーサーン。
今回もバンコクのマッサージ屋では片っ端から施術者の出身を聞いたけど、ウボンが二人、
スリンが一人いた。バンコクのサービス産業における「イーサーンからの出稼ぎ率」は
ものすごく高いと感じる。
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不思議なことに、チェンマイとかパタヤとか、イーサーン以外からバンコクに働きに
来てる人たちは自分の出身を町の名前で言うのに、イーサーンの人たちはまず
「イーサーン」って言うんだよね。

日本でも「私、九州出身で・・」「ほう、どちら?福岡?熊本?」みたいな会話、
時々あるけど、ああいう感じかもしれない。県や町の名前よりもっと広いエリアを
言っただけで、一種独特のアイデンティティを醸し出すみたいなんだよね。

田舎で、所得レベルは低くて、だからこそ素朴で親切な人が多いらしいイーサーン。
イーサーンの人に言わせりゃ「(バンコクなんかを含む)中部の連中は信用できない、
北部の連中はケチ(中国系が多いせいかな?)」ということになるらしい。
有名な観光地は少ないけど、南部イーサーンにはイ課長好みのクメール遺跡が点在してる。
イーサーン・・行ってみたいなぁ・・・と前から思ってたんだよ。
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それがやっと実現したわけですよ。イーサーンの町をめぐる鉄道の旅。
大都市・バンコクでの観光とは全然違う、田舎臭さと人情、不安と安堵と驚きが交錯する
濃厚な旅がそこにはあった。英語が通じないっていう局面も多かったけど、それだけに
ピンチもあったけど、助けられたこともたくさんある。

そんなイーサーンの旅についてもぼちぼち書いていこうと思うのである。
ラオス旅行はやっとワット・プーを見終わったトコで、順ぐりに書けばいいのに
時系列を無視してタイネタも書こうってわけだ。しかも欧州出張ネタもまだ残ってる。

ラオス、タイ、時々欧州ネタ。激しく入り乱れた展開になるイ課長ブログ。
ま、このブログではよくあることなのだが(笑)。

 


by tohoiwanya | 2019-10-11 00:40 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2019年 10月 09日

日本平を観光してきたイ課長

W杯ラグビーを観戦し、帰りはクタクタになって静岡のホテルに沈没した翌日の土曜。
天気はもンのすごくいい。今日は東京戻る以外の予定はない。せっかく静岡にいるのに
寄り道せずに帰るのは勿体ない。どこか観光しようぜ。

そこで日本平+久能山東照宮に行くことにした。どっちもまだ行ったことないんだよ。
静岡駅から1時間に1本しかないバスで約50分くらいらしい。とりあえず9:23発の
日本平ロープウェイ行きっていうバスに乗り込んだ。日本平まで590円。

着いた(早い)。次は久能山東照宮までロープウェイだ。
往復乗車券+東照宮拝観+博物館のセット券1,750円。ロープウェイだからてっきり
「のぼる」と思ってたら「おりる」んだ。久能山って日本平より低い位置にあるのか。
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はいコレが東照宮の拝殿。日光の東照宮はまるでバロックみたいなミッチリ装飾だけど
久能山の東照宮もかなりデコラティブだ。国宝らしい。
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博物館も見たけど、ここは大したことない(おいおい)。再びロープウェイに乗って
日本平まで「のぼる」。この時が11時45分くらい。静岡行きバスは12時半。それまで
何してようか・・?

日本平夢テラスというのがある。展望台らしい。「富士山眺望日本一」と書いてある。
ほぉ、今日の天気ならよく見えるはずだ。さっそく登ってみよう。

うひょーーーーーー!!
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いやぁこれは・・・天気がよかったから富士山がよく見えるだろうとは思ってたが
こりゃすごい。まるでお風呂屋のペンキ絵のようではないか。
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しばし夢テラスからの眺望に酔いしれる。こっちは静岡市内方向。
遠くの山は南アルプスになるのかな?
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いやいや日本平夢テラス、恐れ入りました。さすがの眺めの良さでございます。
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素晴らしい眺望を楽しんで。12:30のバスに乗り、静岡に戻ったのが13:20頃。
1時間に1本しかない「ひかり」13:39の指定席をどうにか確保して戻って来た。
この日はなぜか「1時間に1本」っていうのが多かったな。
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新幹線の中はスゴかったよ。ガイジンさんだらけ(笑)。昨日静岡で試合があった
南アフリカサポーターが多いのは当然として、たぶん名古屋とか大阪で観戦して
東京に戻る旅行者も多かったはず。荷物棚がすごいことになってる。
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ふだん新幹線乗る時って出張ビジネス客+国内旅行客が多いから、これほど大荷物が
ギッシリってことないんだけど、外国人旅行者が大量に乗るとこうなる。2月の欧州出張で
ブリュッセル→デュッセルドルフ間の列車に乗った時がちょうどこんな感じで、乗ったら
すでに棚がいっぱいで困った(パリ始発の列車だったみたい)。

ラグビーW杯はまだ予選リーグ。これから決勝まであと何週間も続く。
遠い外国から来たサポーターの方々は移動が大変だろうけど、体調に気をつけて
日本を楽しんで下され。

 


by tohoiwanya | 2019-10-09 00:02 | 日本での私生活 | Comments(2)
2019年 10月 07日

ラグビーW杯を見てきたイ課長

意外なほど盛り上がっているラグビーW杯。
どうにか静岡での観戦チケットを入手したことを書いたのが5月24日の記事
あれからもう4ヶ月以上経過したんやのう。
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行ってきましたよ10月4日金曜日、会社休んで静岡エコパスタジアムに。
東京駅から新幹線こだまで掛川まで、そこで在来線に乗り換えてさらにひと駅。
2002年にサッカーW杯をここで見た時は掛川からバスだったけど、スタジアムまで
歩いて行ける新駅が出来たのは助かる(帰りはタイヘンだったが)。

まだ時間があるから、駅のそばのイベント会場で何か腹ごしらえしてビール飲むか。
ハイネケンと静岡おでんセット1,000円を購入。ハイネケンは今大会のスポンサー
だから、スタジアムはもちろんイベント会場でもハイネケン以外は売られてない。
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駅からスタジアムまでは歩いて15分くらい。その間の歩道はすでに大盛り上がりで
外国人サポーターもすごく多い。南アフリカから日本までよく来たと思うけど、
緑のジャージを来た南アサポーターが数では多い。おお、こっちじゃ両国サポーターが
友好の触れ合い。こういうのがW杯ならではの楽しさだよなぁ。
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さぁ着いた。ちょうどスタジアムだけが夕焼けに照らされる形になって
やけに美しい。2002年の日韓W杯の時にドイツ×カメルーン戦を見て以来、
17年ぶりのエコパスタジアムで、今度はラグビーW杯。気分が高揚してきたぜ。
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最安の5,000円のチケットで、どっちかのゴール裏ってことはわかってたけど
意外にグランドに近かった。前半はイタリアが、後半は南アがこっちに向かって
攻めてきた。この位置だと奥行き感が把握しづらいわけだけど、一方で横の展開は
ふだんTVで見る時と全然違って見える。
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高校の体育でラグビーやった時は「ボールはナナメ後ろにパスする」って
教わったけど、W杯レベルになるとトンでもなく長いパスを左右に展開する。
TVだとヨコ向き距離感がわかんないけど、実際見るとタマゲる。

試合はご存知のように南アの圧勝。イ課長の周囲も南アサポーターが多かったから
みんな勝って上機嫌だ。すぐ後の列に南ア姉ちゃんズが二人いて、トライの時には
ハイタッチしたりして一緒に盛り上がったから最後に記念写真。
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試合が終わったのがたぶん8時45分とか50分とか、そのくらいだったはず。
そこからがまた大変。4万4千人の大半がJRの愛野駅に殺到するわけだから、
駅に着いてから電車に乗るまでが軽く30分以上かかった。JRも臨時列車とか
出してたようだけど、何せ4万人じゃねぇ・・。
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9時44分静岡行きの電車にどうにか乗って、静岡まで約1時間。
あー今夜の宿を静岡に予約しといて良かった・・。とはいえ、部屋に荷物を置いて
再び夜の町に出た時はもう11時。店なんてドコもやってなくて、晩飯はコンビニで
確保したパンと缶ビール。ま、しょうがねぇ。
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イ課長の生きてるうちにラグビーW杯がもう一度日本で開催されることはまず
絶対にないだろうから、まさに「4年に一度じゃない、一生に一度だ」の機会だった
わけで、観戦できて良かったヨカッタ。食事内容はプアだけど、精神的には御満悦で
コンビニめしを食い、缶ビールをガブガブ3本飲んだわけだけど、そのあとはさすがに
疲れ果ててバッタリ寝た60歳還暦イ課長なのでありました。

 


by tohoiwanya | 2019-10-07 00:07 | 日本での私生活 | Comments(2)
2019年 10月 03日

ワット・プーというところ 2

前回記事でもおわかりのように、同じクメール遺跡とはいえ、遺跡建造物として見た場合、
ワット・プーは小規模だし、そもそも残っている建物自体も少ない。壮大にして荘厳な
アンコール・ワットなんかとは比較するのも可哀想なくらいだ。

ただ、細部の彫刻は見るべきものがあるんだよ。
神殿の開口部にあるリンテル(まぐさ石:入口両脇の柱の上に、ヨコに渡した石)の彫刻は
たいへん見応えがある。これは三頭の象に乗った・・シヴァか、ヴィシュヌか、クリシュナか、
その3人の誰かだろうと思われる。
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こちらも・・まぁ上に書いた3人のうちの誰かだよ、たぶん(笑)。
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こういうのが開口部の上にドンと置かれてるわけ。これは見上げちゃうよな。
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アンコール・ワットは何しろ建造物自体がスゴすぎるし、あちこちにデバターがいるから
まぐさ石なんてあんまりじっくり見なかったけど、どんな感じだったんだろう。ワット・プーは
建物だけならすぐ見終わっちゃうから、こういう細部に注目する余裕ができる。

おお、ここにもいるじゃないかデバター。これなんて見事だけど右のおっぱいが
黄色く汚れてしまっているのが可哀想。
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これも見事・・・ではあるけど、この上半身と下半身はホントに元同じ彫像だったのか?
腰から下は別人がくっついてるようにもちょっと見えるんだが・・。
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神殿のところにご婦人グループがいた。全員シン着てるからラオスの人たちだな。
このご婦人グループとは帰りに階段のところとか、神殿のところとかで何度か遭遇した。
遺跡を見学し終わってぶらぶら戻るスピードなんてみんな似たり寄ったりだからね。

帰りにもう一度神殿の入口のところに行ったら、彼女たちの一人から声をかけられた。
シャッター押すの?あーお安い御用ですよ。

カメラを返そうとすると、アナタも一緒に入ってもう一枚撮ろうという。
それが下の写真。これを撮ったのはこのカメラの持ち主。その写真がなぜ、
このブログに載ってるのか?
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イ課長もナンパ返ししたからです(笑)。「もう一枚、私のカメラのために」と言って
5人揃ったところを撮らせてもらった。前列中央、白ブラウスにサングラスかけたご婦人が
上の写真を撮った人なのである。
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せっかくだからこの5人勢ぞろいの写真は送ってあげたい。白ブラウスのご婦人が
Facebookやってるっていうからさっそく友達になり、写真を送りあったというわけ。

世界遺産ワット・プー観光はこうして無事終わったのでありました。
遺跡見学中は雨に降られずに済んだし、ラオス美女軍団ともオトモダチになったし、
まぁ上々の首尾かな。さてまた電気自動車に乗って戻るとするか。
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駐車場でチャーター車に乗ろうとしたらまた雨が降り出した。
「アンタが遺跡見てる間だけ晴れた。ラッキーだね!」とドライバーから
晴れ男ぶりをホメられて、まんざらでもないイ課長なのでありました。
 
 


by tohoiwanya | 2019-10-03 00:10 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)