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2020年 01月 29日

イ課長ミシュラン ホテル評価 55

トイレの話ばっかり続くのもナンだから、穏やかなネタを一つはさもう。
穏やかネタといえばホテル評価。トイレが気になるが(笑)。

8月のラオス・タイ旅行じゃ9つのホテルに泊まってるから、ドイツの時と同じように
2軒ずつヤッてしまうことにして、まずヴィエンチャンとパクセーのホテルから。

 
V Hotel(ヴィエンチャン)

「ヴィー ホテル」って読むんだろう。変わった名前だ。VientianeのVか。
1泊料金は27.9$。約3,000円ちょい。しかも朝食付き。ただし翌朝は6時に
チェックアウトして空港に向かったから朝食は食ってない(ちぇっ)。

立地・利便性★★★★★
田舎首都ヴィエンチャン市街の中心エリアで、メコン川のすぐ近く。今回は川沿いの
ナイトマーケットに行ってみたかったからここにしたのだ。周囲には何軒もレストランがあり、
Mini BIG Cっていう(たぶんタイ資本の)コンビニもあって便利。

ワット・シーサケットとかの観光スポットにも歩いて行けるし、ナイトマーケットは目の前。
立地的にはまず文句ないだろう。当然★5つ。

部屋★★★★★
漠然とした印象では2015年に来たときよりもヴィエンチャンはホテル相場が少し安く
なったかなって印象がある。ホテルが増えて競争が激しくなったのかも。
1泊3,000円でもこんなテラス付きの、イイ部屋に泊れるんだからね。
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トイレには高圧水ホースに加えペーパーホルダー。東南アジアじゃフツーのトイレだ。
このあとトイレとの厳しい戦いが待ってるなんて想像もしなかった(笑)。
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東京より涼しかったから冷房のない外のテラスでのんびりビアラオ飲んでも
気温は快適で気持ちよかったね。ネットも快調で文句は全然ない。当然★5つだ。
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従業員対応★★★★☆
空港まで安いトゥクトゥクが手配できず、高いタクシーになっちゃったけど、
対応は悪くなかった。早朝チェックアウトもてきぱきと若いスタッフがこなしたし。

ただ、タクシー迎車がちょっと遅れた。フロントに「まだ?」って聞いたらどこかに
電話してる。すると何と、ホテルのエレベーターから寝ぼけマナコの若者が降りてきて
「今車持ってくる」って。普通のタクシーじゃなく、ホテルのスタッフだったんだ。

安いし、便利だし、設備はいい。十分お勧めできるホテルだと思う。
朝メシを食いそこなったのだけが悔やまれる。
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Pakse Hotel & Restaurant(パクセー)

コーン島に行く前の夜と戻った夜と、2泊したホテル。1泊33$。ラオスのホテルは
Booking.comではなぜかドル表示ってのが多かった。3,600円くらいか(朝食付き)。
パクセーの中じゃそこそこ知られた有名ホテルみたいだけど、ここでも朝発ちの連続で
朝食はロクに食わずじまい。ラオスでは朝メシ食い損ねることが多かった・・。

立地・利便性★★★★★

一応パクセーの中では「賑やかなエリア」と言っていいんだと思う。すぐ近くに
レストランや両替屋ある。でも幹線道路からはちょっと離れてるから静か。もっとも
パクセーに「賑やか過ぎて夜うるさい」なんて場所はないと思うが(笑)。それでも
グッドな立地だと言えるだろう(下はホテル前から見える風景)。
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部屋・併設施設★★★★★
さほど広さはないけど設備は問題なし。
ここは何といってもワット・プー・トラベルという旅行代理店を併設してる点が
高評価だ。「遊びは現地に着いてから方式」では非常に助かったし、お姉さんの
対応もとてもテキパキして良かった。
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イ課長ミシュラン ホテル評価 55_f0189467_14513615.jpg
 
え?トイレ?ちゃんとペーパーホルダー+高圧水ホースというフツーの設備。
最初のうちは全然問題なかったんだよなぁ・・。
 
そういえば、このホテルは屋上が展望レストランになってた。
夕方は必ずここに行ってビールを飲んだ。眺望も良かったし、とんでもなく
激しいスコールをここからボンヤリ眺めたのも忘れられないよなぁ。
イ課長ミシュラン ホテル評価 55_f0189467_14462891.jpg
 
従業員対応★★★★★
「私は明日チェックアウトする。そして2日後にまたここに泊る。だから・・・」と、
イ課長がそこまで言うと「荷物の預かりね?もちろんOKよ?」と打てば響くように
察してくれるフロント姉さん。それ以外の従業員に関しても接客態度がすごく良くて、
従業員教育がシッカリしたホテルだなぁと思った。

全部★5つだ。パクセーで自信をもってお薦めできる。特にパクセーから先、
ワット・プーやコーン島への移動、タイへの移動なんかを考えてる人にとっちゃ
系列旅行代理店がホテル1階にあるのはとにかく便利。そのうえ代理店のお姉さんは
聡明でチャーミング。これ以上何を求めることがあろうか。

 


by tohoiwanya | 2020-01-29 00:08 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2020年 01月 27日

旅におけるトイレは戦場である その1

昨年のラオス・タイ旅行に「クメール遺跡見学の旅」とか「タイ国鉄に乗る旅」とか、
美しい副題を付けることはできる。だが、あの旅はまた「トイレと戦う旅」でも
あったことをイ課長はここで告白しなければならない。

焦点になるのはこのブログで過去何度か扱ったことがある高圧シャワー用ホースだ。
あれは尻洗い用なのか?便器洗浄用なのか?このナゾに関しては2016年に泊ったバンコクの
ホテルの実例があまりに明白だったので「便器洗浄用」という結論以外考えられないと
自信をもって断言した。

だが旅は常に新しい経験をもたらし、その経験がヒトの認識を変える。
あれはやっぱ尻洗い用なんだよ。ラオスとタイ、特にタイの田舎・イーサーンの町を
いくつも回るうちに、あれは尻洗い・・というより、尻洗いという機能を超越した
万能ホースと認識するに至ったのである。もちろん自分でも何度も使ったさ、尻にね。

どこのトイレから書くのがいいかなぁ?
国境越えバスに乗ったパクセーのバスターミナルのトイレあたりから始めるか。
旅におけるトイレは戦場である その1_f0189467_15202896.jpg
 
ラオスではヴィエンチャンでもパクセーでもコーン島でも、主にホテルのトイレを
使ったけど、特にまごついた記憶はない。国境超えバスに乗る前のバスターミナルの
トイレが「ラオス最後のトイレ」ということになる。

バスにトイレがあるのかどうか知らなかったし、あってもどうせ狭い。
バスターミナルでシておこうと思ったのだ。ラオスの田舎バスターミナルのトイレなんて
どうせ狭くてオンボロかと思ってたら、ゴロゴロスーツケースごと入れる広い個室。
こりゃいいやと思ったのも束の間・・
旅におけるトイレは戦場である その1_f0189467_15202810.jpg
 
・・・かっ、紙がない・・・マッタクない・・・トイレットペーパーホルダーもない。
あるのは例の高圧シャワーだけではないか・・。

ってことは、このトイレでは紙を使用することは想定されておらず、シャワーだけで
何とかしろと・・いやしかし・・どこかに紙があるのでは??

いったん個室から出て、そこらを探してみた。するとだ。
トイレ入り口近くに雑然とした机があり、そこに使いかけのトイレットペーパが
1ロールあるではないか。ははぁ、つまりみんなでコレを使いましょうってことか。
今は遠慮してる場合ではない。非常時だ。さっそくこれを使わせていただこう。

作業はほどなく済み、さてトイレットペーパーを・・うっ・・ぎやああ
よく見るとこんな状態の紙だったとは(アリの嫌いな人は大急ぎでスクロールすべし)。
 
旅におけるトイレは戦場である その1_f0189467_15202877.jpg
 
ヴァカモン!アリごときにビビッてどうする!いまは非常時だ!ここは戦場なのだ!
イ課長二等兵ッ!足開け!歯を食いしばれ!パン!パン!(←往復ビンタ)


そうだ、ここは戦場だ、アリがなんだ。そこでアリを払ってまず紙で拭き、次に
ウォシュレット代わりにシャワーで洗い、最後に濡れた尻をまた紙で拭いて終了。
やれやれ。紙は元の机に戻しておいた。アリはまだいっぱいついてたが(笑)。

「いまは非常時」「旅におけるトイレは戦場である」と思いながら用を足したのは、
このパクセーのバスターミナルのトイレが最初だったと思うんだよね。でもこの後は
国境越えてタイに入るわけだから、もうトイレの心配なんて・・・

・・というのは砂糖菓子のように甘い考えだったのである。
このあと行くイーサーンで、イ課長は次々と「非常時の戦い」を迫られることに
なるのだが、その話はまた近々。

 

by tohoiwanya | 2020-01-27 00:03 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2020年 01月 24日

スリンを通してタイの経済構造を考えてみる

2泊だけ、しかも2日目の大半は遺跡に出かけてたから、イ課長がスリンにいた時間は
非常に短い。でもけっこう好きだったよスリンって町が。

象祭りは年に一度、あとは遺跡くらいしか見るモノない(しかも遠い)から、
観光魅力度が高いとは言えないけど、コンパクトで暮らしやすいと思うんだよね。
だがこの町のタイ人たちもスリンを「暮らしやすい」と思ってるかどうかはわからない。

タイの一人当たりGDPの地域別比較をJETROの資料で見たことあるけど、バンコクがある
タイ中央部が41万バーツ/人以上なのに対し、イーサーンは7万バーツ/人ちょいで最下位。
中央部の1/5もない。地場産業ないし、外資系企業もイーサーンにはあまり来んし・・。
スリンを通してタイの経済構造を考えてみる_f0189467_14265781.jpg
 
さらにイーサーン主要都市の所得比較ってのも見たことがある(どこで見たかは忘れた)。
ナコンラチャシマとかウドンタニとかウボンとかに比べて、スリンは低かったんだよ。
タイの中では貧しいイーサーン。そのイーサーン主要都市の中でも所得の低いスリン。
地元民は「こんな町にいちゃ生涯ウダツがあがらねぇ」と思ってるのかもしれない。
(イーサーンの純農村部に行きゃ、もっともっと低いんだと思うが)

日本も「格差社会」なんて言われるようになったけど、世界にはドはずれて格差の激しい
国がある。イメージ的にはインドや中国あたりの新興国って格差大きそうだよね。
スリンを通してタイの経済構造を考えてみる_f0189467_14265067.jpg
 
貧富の差を表す指標ではよく「ジニ係数」が使われるけど、国ごとの所得格差について
クレディスイスが独自の調査を発表してる。「その国の所得上位1%の人間がその国の富の
何%を持ってるか」というもので、結果もパーセンテージで表される。数値が大きいほど
少数の金持ちに多くの富が集中してることになる。

インドは51.5%で4位。インドに輪をかけて富が偏在してる国があと3つあって、
3位がトルコ(54.4%)、2位はロシア(57.1%)。さて1位は・・?

話の流れで十分予想されるように(笑)、これがタイなのだ。実に66.9%。
タイの所得上位1%の人たちが、タイの富の67%を独占しちゃってる。タイって
日本なんかと比較にならない超々格差社会みたいなんだよ(ちなみに日本は18.6%)。
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旅行者としてタイを旅して接するタイ人っつうたら、トゥクトゥクドライバーとか、
市場のおばちゃんとか、マッサージの施術者とか、「残り99%」の人たち。早い話が
一般庶民。タイの所得上位1%の暮らしぶりなんて想像もつかないよなぁ。

「タイは二つある」みたいな言葉を聞いたことがある。
タイのタイ半を占める地方の農業従事者と、都市部のリッチなエグゼクティブたちとじゃ、
もはや「別のタイ」で生活してるようなものらしい。そのくらい格差が大きい。ちなみに
どっかに亡命したタクシン元首相って「地方の貧しい農業従事者」を支持基盤にしてた。
だから選挙すれば必ず勝つ(だから反対派は選挙は無効だとか言って騒ぐ)。
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話が逸れてしまったが、ま、要するにそういうコトなのだ(どういうコトなんだよ!)。
タイの中でも経済的には下位エリアであるイーサーン。そのイーサーン主要都市ン中でも
所得が下位(だったと思う)のスリン。バンコクに出稼ぎに来てるスーさんが子供を
預けた実家があるのもスリン。

イ課長としてはけっこう気に入った町なんだけどなぁ・・スリン。
そこに住む人たちにとって、あるいはそこから出稼ぎに出てる人たちにとって
スリンがどんな町なのかは、想像するしかないのである。

 


by tohoiwanya | 2020-01-24 00:10 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2020年 01月 22日

スリンへの長い帰路

さてだ。スリンに戻ろう。

今イ課長がいるのはスリンから遠く離れた南部イーサーンの、田舎の、深奥部の遺跡。
駅やバスターミナルのあるスリンがものすごく懐かしい大都会に思える(笑)。
無事観光を終えたからには、あの懐かしき大都会に戻らなければ。

まずはじっちゃんバイクでバーン・タコまで乗せてもらう。地図を見るとわかるように、
ムアン・タムからさっき見たパノム・ルンの前を通ってバス停まで行くわけだから、
距離的には20kmくらいあるな。でも信号も渋滞もないから割と早く着いた。
スリンへの長い帰路_f0189467_01471553.jpg
  
「スリン行きのバスストップでおろして」って頼んで24号線の向こう側に停めてもらう。
これまでの東南アジア旅行で今日は一番長くバイクタクシー乗ったけど、コケなくてよかった。
約束の550バーツを渡し、じっちゃんライダーと記念写真。じっちゃんありがとーー。
スリンへの長い帰路_f0189467_11255253.jpg
 
この時イ課長は理解した。遺跡観光客用ぼったくりバイクタクシーのたまり場ってのは
ココだったんだ。「スリンに行くガワ」のバス停にあるわけ。「スリンから来た」ガワで
降りたイ課長は道路の反対側にあるココに気が付かなかった。ってことは反対側の道路で
偶然じっちゃんに遭遇し、スムーズに遺跡まで行けたのは幸運だったのかも。
スリンへの長い帰路_f0189467_11255710.jpg
 
上の写真、黄色いシャツのお姉さんの奥の暗闇に座ってるのはたぶんここのボスだ。
ここからバイクタクシー乗ると、価格交渉相手はぜんぶこのボスになるのかな?
なんかコワそうだなぁ~・・あのボス(暗くてよく見えんが)。
 
ライダーたまり場に戻ったじっちゃんはボードに「19」という数字を記入した。
ははぁ~これはつまり、バイクだまりで待機中のライダーの番号で、じっちゃんは
19番ってことか。なるほど・・って、こんなモノ写真撮ってどうすんだ、オレ(笑)。
スリンへの長い帰路_f0189467_11255792.jpg
 
ここからが長い。スリン行きバスはたぶん1時間に1本程度。ひたすら待つしかない。
運が良きゃすぐ来るかもしれんし、運が悪きゃ1時間待つ。ボンヤリ待ったけど全然来ない。
「タバコに火をつけたトタンにバスが来る」という事態(これはよくあるとされる)を期待して
ためしにタバコに点火して、吸い終わってもやっぱり来ない(笑)。
スリンへの長い帰路_f0189467_11265106.jpg
 
あ、やっと来た。あれか?バス停にいたほかの乗客に「スリン?」って聞くと首プルプル。
バスの車体にはいっぱい文字が書いてあるけど、タイ語だから全然わかんねぇ。この調子じゃ
バスが来るたびに誰かに確認しなきゃ。

さらにしばらく待つと別のバスが。すると驚いたことにドコからともなくじっちゃん再登場。
イ課長の肩を叩いて「あれに乗れ」と教えてくれる。え?もしかして、イ課長が間違えずに
スリン行きに乗れるか、ずっと見てくれてたの?ありがとうーー!!

結局バス停で待ったのは30分強だったと思うから、1時間に1本のバスを待つ運の良さでは
「小吉」くらいか(笑)。ちなみに運賃は80バーツ。往路は70バーツだったのに、帰りが
10バーツ高くなる理由は不明。ま、いいよ、帰れりゃ。バスに乗ったのが12時40分。
2時間かかるから、スリンに着くのは3時近くになるか・・。
スリンへの長い帰路_f0189467_11280877.jpg
 
ところが不思議なことにこのバス、2時10分にはスリンに着いた。所要時間1.5h。
往路と同じ道を通ってるのに30分も早いではないか。その理由は不明。料金が10バーツ
高いのはそのせいか?途中の町で寄ったバスターミナルの数が違うような気もするが・・
まぁいい。とにかく田舎の果てから町に戻ってこられたぜ。
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激しく空腹だったから途中ラーメン屋で軽く腹を満たしたりしながら、行きは
トゥクトゥクで走った道を、帰りはホテルまでチンタラ歩いた。

「車は手配できない」というクレオパトラの無情の宣告から始まった緊急対応だったが
いやー・・何とか無事戻って来られたか。今朝このホテルをトゥクトゥクで出たのが7時。
いまちょうど15時だから8時間にわたる観光活動だったわけだ。
スリンへの長い帰路_f0189467_11284477.jpg
  
3時といやぁまだ日は高い。
しかしイ課長すでにボロ雑巾のようにクタクタよ。とりあえず部屋に冷房効かせて
シャワー浴びて、缶ビール飲んで、一休みさせてチヨダイ・・・。

 


by tohoiwanya | 2020-01-22 00:06 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2020年 01月 20日

ムアン・タム遺跡というところ

駐車場で待機してたじっちゃんライダーの後部座席に再びまたがって、ムアン・タムへ。

パノム・ルンとムアン・タム両遺跡の位置関係ってこの時はよくわかってなかったんだけど
あとで確認するとこういうことらしい。バーン・タコからだとムアン・タムの方が遠いわけだ。
パノム・ルンだけ見てムアン・タムは省略っていう観光客もいるみたいだけど、イ課長は
この二つは「セットで見るもんだ」と決めてかかってた。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_01471553.jpg
 
パノム・ルンからムアン・タムまではじっちゃんバイクで10分くらいだったかなぁ?
広ーい公園があるだけで、ここでも遺跡がどこかわからない。またじっちゃんに
「あっち?」って聞いてから歩き始めるワタス。

ああ、あった。地元の生徒がいっぱい見学に来てたパノム・ルンと違って誰もいないよ。
パノム・ルンみたいな巨大祠堂もなくて、タテモノ的には地味。パノム・ルンほどの
集客力がないことはすぐわかった。
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でもここは「水のある遺跡」という、これまでにないムードがある遺跡なんだよね。
堀に水をたたえた、誰もいない遺跡を歩き回ってると、見学者の多いパノム・ルンとは
別世界のように静かだ。イ課長と遺跡だけの静かな対話・・・。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14544132.jpg
 
ここもやはり楣石(まぐさ石)の彫刻が見ごたえある。
パノム・ルンでもそうだったけど楣石のレリーフの中央下部には日本の鬼瓦みたいな顔が
配置されることが多いんだね。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14555028.jpg
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14555052.jpg
 
しかしまぁ正直言うと、この時のイ課長は「レリーフもう散々見たよ」っていう気分で
それよりも水のある遺跡の静けさ、自分しかいないという気分良さ、「見たいと思ってた
二つの遺跡をついに見たぜ・・・」という達成感に浸っていたかった。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14563688.jpg
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14563615.jpg
 
アナタに「すごいクメール遺跡を見る」という目的があるなら、パノム・ルン遺跡を見れば
目的の大半は達成できる。ムアン・タム遺跡には「パノム・ルンほどじゃない」という評価が
どうしてもついてくると思うんだよね。遺跡の規模や建物のスゴさという点じゃその評価は
確かにその通りだとイ課長も思う。  
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_15005147.jpg
  
でもね、誰もいないムアン・タム遺跡で、「二つの遺跡、ついに見たなぁ・・」っていう
達成感に浸った、あの静かなひと時が忘れられないよイ課長は。先の旅程を心配するばかりじゃ
さすがに疲れる。ああいうポワーッとしてる時間も時には必要なのだ。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14570531.jpg
 
いつまでも一人で静けさに浸ってんじゃねぇと言わんばかりに、他の観光客が来た。
さて、じゃそろそろ切り上げて帰るか・・・。

スリンまで戻らなきゃ。目的を達成するまでは夢中だけど、イザそれを達成すると
帰路が心配になる。旅の全日程を終えてホッとすると帰りの飛行機がちゃんと飛ぶか
気になりだすのと同じやな。

まずはバーン・タコまでじっちゃんバイクに乗って帰るわけだ。転倒しないでくれよ。
そのあとはいつ来るかわからないバスを待ってスリンまで2時間・・ふう~。

長い帰路に向け、再びじっちゃんの待つ駐車場に向かうイ課長なのであった。

 


by tohoiwanya | 2020-01-20 00:49 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2020年 01月 18日

パノム・ルン遺跡というところ

実物を見るのは到底ムリと思っていたパノム・ルン遺跡。
あー・・今来てるんだワシは・・。

ワット・プーが自然に溶け込んだ遺跡って感じだったのに対し、パノム・ルンは中空に
高くそびえる祠堂がいかにもクメール遺跡らしい建築美を感じさせる。こりゃーもう
すごく立派な遺跡建造物だよ。発見当時は崩れてたけど17年かけて復旧したらしい。
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カンボジア以外の国に残るクメール遺跡は多い。ラオス、タイ、ベトナムにもある。
タイでは以前にロッブリーで見たし、ラオスじゃワット・プーを見たばかり。しかし
神殿建築の壮大さに関して言えばココと、2日後に行く予定にしてるピマーイ遺跡が
「カンボジア以外」じゃやっぱ抜きんでてるような気がする。
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ワット・プーもそうだったけど、パノム・ルンも入口上の楣石(まぐさいし)の
レリーフが見事なことで知られる。腕がたくさんあるコレは・・・シヴァ神?お腹の部分が
破損してるけど、逆にいうとこのレリーフは建設当時のオリジナルなのかもしれない。
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あ、これ有名。「水上で眠るナーラーイ神」っていうらしいんだけど、盗難に遭い、
なぜかシカゴ博物館で発見された。タイが返還を求めたけどなかなか返してくれず、
しまいにはタイの人気バンドの「返還ソング」がヒットするなんていう国民運動にまで
発展し、ようやく返還されたんだと。よかったねぇ。
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_16453395.jpg
 
これは誰だ?かなり精巧で保存状態もいいから近年修復されたものかもしれない。
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こっちは大きく破損してるけど、サルらしき動物と、盾を持った兵隊が彫られてる。
ってことはアンコール・ワットにもあったラーマーヤナの「ランカー島の戦い」かも。
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苦労の末に来られたこともあって、興奮して写真撮りまくっちゃったぜ。
パノム・ルンは建造物としてはワット・プーより数段スゴい。それなのにアッチは
世界遺産でコッチはそうじゃないっていうのはなぜなのか?単にタイ政府が申請
してないだけ?それともやっぱ修復のしかたの問題かなぁ?

中にも入ってみよう。おお、暗い遺跡内部に差し込む光・・イ課長の好きなアングル。
あちこちの遺跡や廃墟で同じような写真撮ってる気がする。中にはたいへんご立派な
リンガが1本置かれてたはずだ。
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     うーむ・・・
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うーむ・・・いやぁ堪能させていただきました。パノム・ルン遺跡。
ご本家アンコール・ワットと比較しちゃうとさすがに小規模感は否めないけど、
それは比べる方が悪い。これはもうたいへんな遺跡だと思うよ。
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しかしいつまでも感心しておれぬ。そろそろバイクタクシーに乗って次なる遺跡に
向かわねば。何しろここはスリンから約3時間の深部ド田舎なんだから。
じっちゃんライダーが待ってる駐車場に戻るとするか・・・。

 


by tohoiwanya | 2020-01-18 00:10 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2020年 01月 16日

パノム・ルン遺跡に来たのだ

パノム・ルンはタイに残るクメール遺跡の中でも大規模なものとして知られる。
この2日後に行くピマーイ遺跡と双璧と言っていいんじゃないかと思う。
(ただしどちらも世界遺産には登録されてない。修復方法に問題があったのか?)

行ってみたいなぁ・・と前から思ってたけど、何せ場所がド不便。
とても無理だよなぁと思ってただけに、今ここを歩いていることが何となく
信じられないような気分だ。ド不便とはいえ、地元の中学生か高校生くらいの
集団が見学に来てたからそれなりに観光地っぽい。

まずはチケット購入。この後行くムアン・タム遺跡とのセット券ってのがあるから
それ買っちまおう。150バーツ。500円ちょい。
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土産物屋には見向きもせず足早に階段を登っていく。ご存知のようにイ課長は
こういう時すごくセッカチなのである。早く見たい・・パノム・ルン・・早くハヤク。
こんな階段、ガツガツのぼっちゃうもんね。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16185002.jpg
 
う・・また別の階段か。片っ端から登ってやる。江戸っ子は気が短ぇんだ。
お揃いの赤いシャツ着た若者たちは地元タイの学校の遠足かな?
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おーーー!!見えたぞパノム・ルン遺跡の祠堂。形状はアンコールワットなんかに
似てるよね。もちろんアレほどの巨大遺跡じゃないけど風格ある祠堂だ。だがしかし、
あそこに近づくにはこの階段を降り、さらにまた登らなければならぬのか。
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いったん下に降りると階段まではワット・プーで見たのと同じ、長~いリンガ参道。
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アンコールワットの西参道にはリンガはなかったけど、ラオスのワット・プーや
タイのパノム・ルンにはあるんだねぇ。この寺院が出来た当時はラオスもタイもなく、
この辺は全部クメール帝国の支配下地域だったわけだけど、建設時期としては
アンコールワットよりパノム・ルンの方が古いらしい。

おっと、こっちにもワット・プーと同じ「ナーガのテラス(イ課長命名)」があるやん。
ワット・プーとパノム・ルン、建築レイアウトやその構成要素は部分的に非常に似てる。
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そして最後の長い階段だくぬやろう。この階段があるから祠堂は全く見えない。
登りきったところでどーんと視界にはいってくる効果を計算してやがるな?
だがな、こっちは階段勝負じゃヒケをとったことのねぇお兄ぃさんだ。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16232275.jpg
 
実際、この時のイ課長は「階段なんて屁でもねぇ」って感じでウキウキしてた。
昨日クレオパトラから「車は手配でけん」と言われた時はどうやって計画を修正するか
すぐ決められなかったけど、早起きしてバスとバイクタクシーを乗り継いで、とうとう
来たのだ。嬉しい。きゃっきゃっ。こんな階段屁でもねぇぜ。

さぁ登った。わしゃ今パノム・ルン遺跡の祠堂と同じ地平に立ったのだ。ざまぁみろ。
赤いTシャツのタイ・ステューデンツがここにも。地元にこんなクメール遺跡があるなんて
羨ましい。頑張って見学しろ。ジャパニーズオールドガイのイ課長も頑張って見学するぞ。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16232344.jpg
 
とりあえずここまでたどり着いて達成感あったから、おなじみ「黄金の左腕」でセルフィー。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16324156.jpg
 
さて、ではパノム・ルン遺跡の細部を見てみよう。もちろん、次回に続くのである。

 


by tohoiwanya | 2020-01-16 00:15 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2020年 01月 14日

スリンからパノム・ルンまでの長い道

さーて、それじゃいよいよ本腰入れて遺跡観光のテンマツに着手するか。

スリンから二つのクメール遺跡を見に行って、戻ってくる旅。
当初の計画とは違う「バス+バイクタクシー方式」で、だ。これから同じ方法で
行こうという人のために、少し詳しく書いていこう。

イ課長が本日やるべきことは以下の通り。
①スリンのバスターミナルからバスに乗り、バーン・タコという停留所で降りる。
②バーン・タコのバス停にはカモネギ客を狙うぼったくりバイクタクシー運転手が
 トグロ巻いてるらしいから、値段交渉し、乗せてもらって遺跡を2カ所まわる。
③そのバイクタクシーでバーン・タコのバス停まで戻ってくる。
④バスに乗ってスリンまで戻る。


・・・なんだ、簡単じゃん?と思った者は豚に食われるがよい。何しろこっちは
バーン・タコを通るバスが何時に出るのか、どのくらいの頻度で出るのかも知らない。
バスの所要時間が1.5hくらいってことを前夜に急遽ネットで調べたくらいで、あとは
何もわかってない状態。こういう時はとりあえず早めに行動を起こすしかない。

「朝食は6時半から」とクレオパトラから聞いてたから、6時半きっかりに朝食を
食い始め、「7時にトゥクトゥクを手配すれ」とフロント係に頼んだ(ちなみに、
この時のフロント係はクレオパトラではなかった)ホテルからバスターミナルまで
トゥクトゥクで5~6分くらいだったかな。60バーツ(約200円)。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13241941.jpg
 
さて、最初の難関はバスがわんさかいるこのバスターミナルでバーン・タコまで行く
バスを見つけることだ。路線番号が274番だってことはやはり前夜に急遽調べた。
それを信じて274番のバスを探す。

発見。⑤番の窓口のようだ。この水色シャツのおっさんがドライバーらしくて
「バーン・タコ?」と聞いたらうなずく。7時40分発車なんだと。しかし切符は
ここでは売ってなくて、あとで車内で買えと言われた。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13224569.jpg
 
バスの発車頻度はよくわからないんだけど、どうも「1時間に1本」っぽい。
つまり次のバスは8時40分。すげー少ない。ちなみに、このとき時刻はまだ
7時10分くらい。少し時間が余ったが、この際そんなことはいい。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13280709.jpg
 
席は一番前に座った。バーン・タコが何番目の停留所か知らないわけだから
「次はバーン・タコ?」ってドライバーや他の乗客に確認するには前がいい。
ついでに「バーン・タコ着いたら教えて」とドライバーに依頼した。念には念を。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13224530.jpg
 
相当使いこまれた、古いバスだったねぇ。ドライバーシートには巨大引っかき傷。
まぁいい。バーン・タコまでイ課長を連れてってくれて、間違いなく降ろして
くれるならどんなボロバスでもこの際かまわんよ。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13204583.jpg
 
7時41分にバスは出発。地図を確認すると、おそらく214号線というのをひたすら南下し、
24号線で右折してひたすら西に向かったんだと思う。切符は車中で車掌から買ったけど、
70バーツだった。240円くらいか。走ってる最中の写真は少ないから省略するけど、
スリンからバーン・タコまでは思った以上に遠かった。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13204589.jpg
 
大した渋滞もないのに2時間。イ課長は前夜に調べた1時間半って情報しかないから
1時間半過ぎると乗り過ごしが心配で気が気じゃない。バス停着くたびに降りる乗客に
「バーン・タコ?」と聞くんだけど、みんなぷるぷると首を横に振る。
まだ着かないのかい?もう2時間走ったぜ・・。

そしてよう~やく着いたバーン・タコ停留所。しかし写真はない。
広い24号線とロードサイド店があるだけの、味もソッケもない場所だ。
さて、次の難関はバイクタクシー確保だが、どこでつかまえりゃいいんだか・・?

ワケもわからずとぼとぼ歩いてたら、向こうからダイダイ色のベストを着たジイさんが
歩いてきて、イ課長と目が合うとすぐに「パノム・ルン?」と声をかけてきた。
このじっちゃんがタクシーライダーか。さっそく路上で値段交渉が始まった。

「パノム・ルンとムアン・タムに行きたい。いくら?」と英語で聞く。
「二か所?二か所だと・・えーと・・」どの程度ぼったくるか考え始めるジイさん。
両手の平を下に向けて「抑えて、抑えてポーズ」をとるイ課長。早くも神経戦開始(笑)。

ジイさんの初回提示価格は「600バーツ」。
お?これはやや意外。イ課長としては「500は取られるだろう」と思ってたが、
スタートが600なら、それに近いレベルで妥結しそうじゃん。

とりあえず「ハーローイバーツ(ごひゃくばーつ)」とタイ語で哀願してみた。
「だめだめ!」って首をふるから、「ハーローイハーシップ(ごひゃくごじゅう)」と
再びタイ語で言って手を差し出したら「うむ」って感じでじっちゃんも握手を返してきた。
意外にスンナリ交渉成立。高いんだろうけど、この際仕方ない。そもそもこの辺りに
タクシーライダーなんてほかに見当たらないから、このじっちゃんに賭けるしかない。

じっちゃんの後ろに座ってパノム・ルン遺跡まで・・・20分くらい乗ったかなぁ?
途中から山登りのワインディングになって車体をバンク(内側に傾ける)させる。
バイクタクシーに乗るといつも転倒恐怖にさいなまれるイ課長としてはコワい。
当然、バイクタクシーに乗ってる間の写真なんて1枚もない。

やがて舗装されてない駐車場にバイクは停車。向こうに土産物屋があるから、
どうやら着いたみたいだ。バイクを降り、さてどっちに行きゃいいのかと思ってたら、
じっちゃんが「こっち」って指差す。あ、ほんとだ。階段があって人が歩いてる。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_23484193.jpg
 
このとき時刻は10時ちょい過ぎくらいだったはず。
7時のトゥクトゥクでホテルを出発してからすでに3時間経ったわけだが、何とか
パノム・ルンまでは無事着いた・・ぜいぜい。というわけで次回はパノム・ルン遺跡を
ゆっくりご紹介しようではないか。ぜいぜい・・。

  


by tohoiwanya | 2020-01-14 00:01 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2020年 01月 12日

ベンチャキティ公園の夜さんぽ

スリンの遺跡観光の話に戻る前に、バンコクでの休養とマッサージの日々の間にあった
穏やかなネタをひとつ挟みましょうかね。そうしないと最後の方が「穏やかネタ」
ばっかりになりそうだし(笑)。

いくら休養とマッサージに明け暮れたといっても、多少は出歩いたわけで、
ある日はベンチャキティ公園に行ってみた。昼間ではなく、夜にだ。

ベンチャキティ公園って渋滞渦巻くスクンビット×アソーク交差点の近くにある公園で、
でーーーっかい池がある。この池は夜になるとバンコクを代表する夜景スポットになる。
ひとつカメラ持って見に行ってみっかと思ったわけ。

イ課長の腕とカメラじゃ及びもつかないけど、ベンチャキティ公園でプロが撮ると
このくらい美麗な夜景写真が撮れるのだ(下はプロが撮ったフリー画像)。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_02183909.jpg

出かけたのはだんだん暗くなる時刻・・6時半頃だったかなぁ?スクンビット通りは
夕方の渋滞真っ盛りタイム。交通機関使わず自分の足で移動するだけって気楽だ。
ベンチャキティ公園はホテルから歩いて行けるのである。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11174202.jpg
 
・・と思ったけど、いざ公園まで歩くとけっこうあった。汗かいちまったぜ。
行ってみると、熱帯の都会の蒸し暑い夜の公園でジョギングする人がいっぱい。

暗いから写真ないけど、大きな池の周りの道は車両通行禁止で、完全にジョギング専用
ロードと化している。こら驚いた。イ課長なんてホテルからここまで歩いただけで暑くて
汗ダクになってうんざりしてるのに、よくジョギングできるなぁ。

池の真ん中辺までずーっと歩いて向こう側を見てみる。ふむ。美麗夜景スポットは
このあたりかな。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11074585.jpg
  
やっぱ普通のデジカメで普通に撮るとこんなモンだよね。美麗写真を撮ろうとすれば
長時間露光が必要なんだろうけど、三脚もないし、あちきの腕じゃ無理でありんす。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11074637.jpg
 
でもこの夜はちょうど月が出てて、夜景がひときわ明るくキレイだった。
いい腕といいカメラを持った人ならビル夜景と月が池に移る美麗写真が撮れただろう。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11100363.jpg
  
しかしこの時はとにかく暑くてさ・・・・。
ジョギングもしてないのにイ課長はバカみたいに汗ダクで、そろそろ池を歩くのが
イヤんなってきた(笑)。戻ってメシ食ってビール飲もう。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11070042.jpg
 
“スクンビット越え”で大渋滞のアソーク通りを渡り、交差点に向かって歩く。
ここまで来たら、メシ食うのは去年も入ったあのレストランがいいかな。

ふぅ~~やっと冷えたビールにありつけた。汗ダクの夜散歩だったな。
ヴィエンチャンやパクセーあたりじゃ東京より涼しく感じたけど、バンコクに来ると
夜でもやっぱ暑い。標高の問題なのか、ヒートアイランドなのか・・・・。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11070065.jpg
 
食ったのはこんなシーフード&野菜の甘辛炒めみたいなやつ。栄養つけんと。
全部で341バーツ(310バーツ+31バーツの消費税かサービス料か何か)。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11070059.jpg
 
さ、ホテル戻って・・いやその前にマッサージでもしてもらおうかな・・。
ラオスやイーサーンにいた時とは打って変わって、バンコクではこんな感じで
まことに弛緩した日々を送ったイ課長なのでありました。

 


by tohoiwanya | 2020-01-12 00:05 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2020年 01月 08日

アジアの平均寿命を考えてみる

昔記事に書いたことがあるけど、インド出張の時のドライバーとの会話は今でも印象深く
記憶に残っている。自分の老後に話が及んだ時「日本は社会保障が整ってるからいいよな。
インドじゃそんなものないからみんなジャンジャン子供産むのさ」と言ってた。

いま人口が増えている国、インドとかナイジェリアとかパキスタンとか・・どこも例外なく
あまり豊かでない新興国であり、こういう国では子供は「いずれ働き手であり、後には
自分の老後の養い手」という側面がある。働き手や養い手は多いにこしたことはない。
しかしその“老後”って、新興国だとどのくらいあるのか?平均寿命短いよな、きっと。

興味がわいたのでイ課長が行ったアジアの主な国の平均寿命を調べてみた。
アジアだけ?そう。欧米は日本と同等レベルに長いことはわかりきってるからね。
このブログを開設以後に出張か旅行で行ったアジアの8か国を対象に比較するとこうなった。
男女別に、平均寿命の長い順に並べている。
アジアの平均寿命を考えてみる_f0189467_14410897.jpg
 
       ふ~~~~~~~~~~む・・・・・

いろいろ考えさせられる表だ。

予想されたことだが、日本やシンガポール、台湾といった豊かな国は平均寿命が長く、
新興国・開発途上国は短い。前に書いたLDC(後発開発途上国、俗に最貧国とも)である
ラオスやカンボジア、ミャンマーあたりはそろって平均寿命かなり短い。この3か国と
インドの平均寿命は男女とも北朝鮮より短いのだ。

ラオスやミャンマーの男の平均寿命なんて64歳台ときた。定年後に5年雇用延長したら
それが終わる前に昇天。もうすぐ61歳になるイ課長がこのどっちかの国に生まれてたら、
そろそろサヨウナラのお年頃ってことだ。

こうして見ると社会保障が未整備な開発途上国の“老後”について二つの仮説が浮かぶ。
ひとつめは「日本でイメージする“老後”を迎える前に多くの人は死んでしまう」というもの。

別の仮説も考えられる。平均寿命の短い国でも(追記:コメントでも指摘されたように
乳幼児の死亡率の高さも影響してるわけだから)、年寄りはやっぱりいる。そういう国の
年寄りは老け込むスピードも速くて60過ぎのジイサンともなるとすでによぼよぼ。
しかし社会保障がショボいから結局家族の誰かが家で介護してる・・のかもしれない。
ウチみたいに子供のいない夫婦だと、どうしてるんだろうか?

スリンの話の続きが始まるのかと思ったら、楽しくもない話題ですんません。
実は年明け早々叔母が91歳で亡くなりまして。彼女はずっと独身で、兄(イ課長父)と
兄嫁(イ課長母)と同居してたから、イ課長が生まれた時からずっと同居家族メンバー。
彼女が10月に介護施設に入る時は甥であるイ課長が身元引受人になったりして
かなりバタバタしたもんだった。

しかし施設に入居したのも束の間、3か月も経たずに亡くなってしまった・・・。

同居家族とはいえ、実の母とは立場は全く違う。しかし世間一般の(他に世帯を持ち、
たいていはイトコたちの母親であるところの)叔母さんともまた全然違うわけで、
説明の難しいヒトだったのだ(笑)。91歳なら日本の女性としても長生きだったし、
1年くらい前まではわりとピンシャンして、健康寿命的にも立派なもんだったんだが・・。

本日は「説明の難しい叔母」のことを考えて、何となくこんな記事を書いちゃいました。
次回こそスリンの続き・・・なんてことばっかり言ってるとホントにオオカミ少年書き手と
言われるから、とりあえず「次回の内容は未定」ってことで・・・(笑)。

 


by tohoiwanya | 2020-01-08 22:42 | 日本での私生活 | Comments(2)