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2020年 01月 02日

海外美女図鑑 -2020年版-

みなさま新年明けましておめでとうございます。
2020年が明けました。イ課長退職・引退の年です。待ち遠しいですねー。
もういくつ寝ると4月末。早くこいこい4月末。
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年明け最初の更新は毎年おなじみの美女図鑑。
2月の欧州出張では人物写真なんて全然撮ってないので、8月のラオス・タイ旅行で
ゲットした美女たちということになる。

【ラオス美女図鑑】
まずは9月の記事でも書いた、パクセーの旅行代理店のお姉さんからいこう。
海外美女図鑑 -2020年版-_f0189467_00311546.jpg
 
この人が非常に手際よく手配してくれたおかげでワット・プー観光やコーン島移動が
スムーズにいった。どうもありがとう。見るからに利発そうなお姉さんだよね。
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大学生くらいに見えるけど、記事中でも書いたように、すでに女の子の赤ちゃんがいる
27歳の奥様なのである。シンの柄がすごくきれい。

パクセーの次はコーン島。
コーン島は人間より動物の方をよく見かける秘境で、人物写真は少ないんだけど
貸し自転車屋ではこんなカワイイ子が店番してた。中学生くらいかなぁ?
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この次の日の夜、雑貨屋で缶ビール買ったら、同じこのコが店番してた。
「あれ?昨日はあっちに・・」って言ったら、どうやら三つくらい店を経営してる家の
娘さんみたいで、あちこちの店番を兼任してるみたいだ。働き者だなぁ・・。

こちらはパクセーのホテルの屋上レストランで働くお嬢さんたち。
揃いのブラウスは制服っぽい。シンも柄はちょっと違うけど同じ色。この写真を
撮ったすぐあとにすごいスコールになったんだよなぁ。
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【タイ美女図鑑】
タイの女性もよく働く。東南アジアは全体的にその傾向があるね。働く女性は美しい。
たとえばピマーイ遺跡の近くでアイスコーヒーの店を切り盛りしてたこのコ。バスを
待つ間に1杯買って、ついでに写真を撮らせていただいた。
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愛想がよくてかわいい子がやってるせいか、この店けっこう繁盛してた。
冷房のない屋外の仕事は暑いだろうけど、元気にがんばってね。

バンコクで足マッサージしてもらった施術者はぐっとクールな美人だった。
ウボン出身だそうで、ウボン話がはずんだ・・・と言いたいところだけど、
何しろイ課長のウボン滞在時間って2時間くらいだったもんで・・(笑)。
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こちらはワット・アルンの土産物屋のお姉さん。「5つ買うから安くして」って頼むと
「もうけ少ないのよ、ダメよ」と言いながらも最後には「内緒よ?」と小声で言って
(土産物屋同士の間で協定価格があるっぽい)ちょっとだけ値引きしてくれた。
とってもやさしいお姉さんなのである。化粧ッ気のなさもイ課長好み。
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美女図鑑の最後を飾るのはつい先日の記事、「スリンのクレオパトラ」で書いた
ホテルのフロント姉さん。こちらはうって変わってメイクばっちり。最初に見た時、
イ課長が「昼間だけフロント業務のバイトしてる風俗嬢」かと思った人だ。
海外美女図鑑 -2020年版-_f0189467_00362320.jpg
 
この日は前日ほど目尻のアイラインが長くないけど、最初に見た時はホントに
クレオパトラみたいなメイクだったんだよ。エキゾチックな美人だよねぇ。

・・・と、まぁこんな感じかな。
ラオス・タイ美女図鑑、いかがでした?欧米だとなかなかこうはいかないけど、
東南アジアだと「盗撮ゼロ、全員カメラ目線」の美女図鑑になるから嬉しい。

イ課長、今年はどこに行くのか?候補はいろいろあるけど、まだ決めてないの。
とりあえず退職しちゃわないと落ち着かなくて。無職のジジイになれば確実に
ドッカには行くはずで、今年も新たな記事をガンガン増やすけど、とりあえず
退職するまではラオス・タイ旅行ネタでつなぐのである(まだたくさんある)。

退職したらブログの名称も変えてリニューアルしたいと思ってるけど、
4月まではイ課長ブログのはず(笑)。今年もよろしくお願い致します。

 


by tohoiwanya | 2020-01-02 21:58 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2019年 12月 27日

スリンのクレオパトラについて考える

スリンのホテルで「車は手配できない」という非情の宣告を下した例のフロント姉さん。
このお姉さんに関連してちょっと書きたいことがある。
スリンのクレオパトラについて考える_f0189467_16181513.jpg
 
このフロント姉さん、けっこう美人だったんだよ。最初顔を見て「おっ?」と思った。
特に印象的だったのはその化粧の決めっぷりで、クレオパトラみたいに目尻を強調した
長いアイラインがすごい。なかなかキメキメの美人じゃないか・・・。

ところが宿泊チェックイン手続でクレジットカードを使おうとしたら、端末機のコードが
短くてイ課長の手元まで端末が届かない。ピンコードが入力できぬではないか。すると
このクレオパトラ嬢、なんと思ったか「こっちに来て入力してください」と言う。
「こっち」って、つまりフロントの中だ。

オレがフロントん中に入るのぉ?何だかなー・・わかったよ、しょうがない。
巨大ロボットがしゃがんで入口くぐってフロントに・・ここでちょっとギョッとした。
コッチ側にいる時は見えなかったけど、このクレオパトラ、すげぇミニスカ。
(・・と、その時は思ったのだ)。

このお姉さん、タクシー手配できないとか、端末が届かないとか、なんとなく
フロント担当としてやることがシロウトっぽい。なのに化粧だけは超バッチリで
やけにミニスカ。「このコ、本業はスリンの風俗嬢で、ホテルのフロント業務は
昼間だけのバイトだから慣れてねぇんじゃねぇ?」なんて考えちまった。

だがそれは誤解だったようだ。この日の朝、イ課長はまだラオスのパクセーにいたわけで、
国境越えバス+タイ国鉄を乗り継いでスリンに着いたばかり。タイ女性に目が慣れてない。
女性の多くがシンを着てるラオスと違って、タイではミニスカなんて珍しくないの。
このホテルの女性従業員はクレオパトラ以外もみんなスカート短かった。
スリンのクレオパトラについて考える_f0189467_15423999.jpg
  
クレオパトラのミニスカに驚いたのは単に慣れの問題。イ課長もバンコク着く頃には
おしゃれなタイ女性に目が慣れて、ミニスカートくらいで動揺しなくなったさ(笑)。
しかしスリンのクレオパトラがミニスカ+ばっちりメイクで決めてたのは、単に
オシャレや化粧のお国柄の違いだけではないかも・・と、ちょっと思うんだよね。

前にも書いたようにイーサーンは昔から貧しい地域で、今でもタイの中では相対的に
貧しいはず。主要産業は農業くらいで、バンコクへの出稼ぎ率は非常に高い。
そういう地域のホテルのフロント業務って、かなりステイタス高いのでは?

帰国後に読んだタイ関係のある本に「イーサーンのホテル接客従業員には往々にして
『ワタシは英語ができるからこの仕事につけたのだ』的な“エリート意識”が感じられる」
みたいなコトが書かれてた。それを読んでスリンのクレオパトラを思い出したわけ。
スリンのクレオパトラについて考える_f0189467_00344751.jpg
 
彼女の同級生の中には親と一緒に地元で農業やってる人もいるだろう。女子の中には
バンコクの風俗産業に出稼ぎに行ってるコもいるはずだよ。でもアタシは勉強ができて、
英語も上手だからホテルのフロントで働けるのよ?

・・っていうブブンがあるんじゃないかなぁ?なにせ観光ホテルのフロント業務。
こう言っちゃナンだが「地元で農業」とは相当違う。外国人と接する機会の多い
華やかな仕事だ。あのクレオパトラ、スリンではエリートなんだよ、たぶん。

エリート業務では見た目だって大事だから、服もメイクもバッチリ決める。
昔、ロンドン出張の時に「上流出身」と思われる女性と面談して、その美人ぶりと
ばっちりメイクぶりに驚いた話を書いたことあるけど、アレを思い出す。

「タイでは貧しさの代名詞」とさえ言われるイーサーン。そこにある地方都市スリン。
そんなスリンで会ったあのクレオパトラは風俗嬢どころか、そこらのスリン野郎どもにゃ
おいそれと手が届かない高嶺の花、才色兼備の「スリン小町」だったのかもしれない。

あ、ちなみに、スリンのクレオパトラの写真は翌日ちゃんとゲットしました。
前日に比べると目尻のアイラインが短くて「クレオパトラっぽさ」は減ってたけどね。
でも今日は載せません。近日公開の美女図鑑をお楽しみに。うひひ♪

 


by tohoiwanya | 2019-12-27 00:13 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2019年 12月 09日

デュッセルドルフの日本風居酒屋で

本日はむかーし書いたこの話の続編みたいな感じかな。
外国、ないし外国人に対して持つ典型的イメージの呪縛というやつ。

インド人はみんなヒゲもじゃで頭にターバン巻いてる とか、
タイ人はみんな金の仏塔をバックにワイ(合掌ポーズ)をしてる とか、
スイス人は全員アルプスの緑の牧草地で角笛吹いてる とか、そういうの。

要するに観光ポスターなんかで使われる、その国の典型的なイメージだわな。
やっぱこういうイメージの刷り込みって恐ろしいもんで、外国人が日本っつうと
全員和服着て五重塔の前に立ってるイメージ持つ(んじゃないか?)のと同じ。
現実ではないとわかってても、そういう典型的イメージは頭にこびりついてる。

さて、ここまでが前置き。
話は今年2月出張で行ったデュッセルドルフに飛ぶのである。
デュッセルは昔から日本企業のドイツ法人が多く、日本人学校なんかもある。
駅から歩いて近いインマーマン通り周辺は欧州でも屈指の日本人街と言われる。
デュッセルドルフの日本風居酒屋で_f0189467_00475990.jpg
 
日本人向けのスーパーから歯医者、本屋、ラーメン屋から焼き鳥屋まである。
サッポロ一番塩ラーメンも売ってる(笑)。何だってあるのだ。
デュッセルドルフの日本風居酒屋で_f0189467_00475980.jpg
 
そんなデュッセルで夜の会食に行った。相手も日本人で、欧州に駐在してるヒト。
デュッセルには日本風居酒屋が何軒もあるから、そこ行きましょうってことになった。
日本風居酒屋ってバンコクでも散々見るけど、入ったことは一度もない。

店内に一歩入って驚いた。そういう店だから現地駐在の日本人のたまり場だろうと
思ってたら全然違う。客はドイツ人だらけじゃん。

イ課長のすぐワキのカウンターではドイツ人カップルが焼き魚とかつつきながら
ビール飲んでる。あっちでもドイツ人カップルが、あそこにも・・・とにかく
そこらじゅうドイツ人だらけで、カップルが多かったね。残念ながら店内写真は
撮ってないけど、何だものかすごく異様な光景に思えたよ。

ここはドイツ。日本風居酒屋にドイツ人がいっぱいいても不思議はない・・・と
リクツでは理解できても、どうしてもあり得べからざる光景を見てる気分になる。
なぜそんなに異様に思えたかといえば、要するイ課長がドイツ人に抱いている
典型的イメージとの乖離が激しすぎるからだ。

だってさ、ここはドイツだろ?ドイツ人がドイツでビール飲むんだったら、やっぱ
オクトーバーフェスト的というか、豪快にジョッキ傾けてるイメージあるじゃん。
食うものは当然ソーセージとか、ザウアークラウトとか、ジャーマンポテトとか、
そういうイメージあるでしょ?ないとは言わせないぞ(下の写真は参考画像)。
デュッセルドルフの日本風居酒屋で_f0189467_00373870.jpg
 
そのドイツ人が赤提灯の下で枝豆とか豆腐サラダ食ってるってさぁ・・・だ、だめだ。
どうしてもだめ。自分の中に刷り込まれた「典型的ドイツイメージ」と、今見ている
異様な光景との折り合いがつかない。「ニュー浅草」とか「天狗」みたいな居酒屋で
客はドイツ人だらけという状況を想像してみてほしい。想像しづらいだろうけど。

デュッセルにそういう居酒屋があるのは全然意外ではない。日本人街なんだから。
しかし客層がこんなにドイツ人だらけだったとは激しく意外。もちろんイ課長含めて
日本人客もいるにはいたけど、グッと少数派だ。いやー・・海外の日本風居酒屋って
このトシで初めて入ったけど、こういうもんだったんだ・・。

ひょっとするとデュッセルの日本系メシ屋は全部こんな感じなのかもしれん。
ラーメン屋ではドイツ人たちがズルズルと箸でラーメンをすすり、焼き鳥屋では
ドイツ人サラリーマンたちが砂肝とか食いながら会社のグチ言ってんのかも。

うーん・・・想像しづらいんだが。

 


by tohoiwanya | 2019-12-09 00:22 | 2019.02 欧州出張 | Comments(0)
2019年 10月 23日

【タイ国鉄の旅】ウボン〜スリン編

旅行前、ウボンからバンコクまでタイ国鉄乗り継いで行くんだと、タイに詳しい人に
話したら「そんなのタイ人だってやらないよ」と言われた(笑)。だがイ課長はヤルのだ。
【タイ国鉄の旅】ウボン〜スリン編_f0189467_00215843.jpg
 
地図だとこういう感じになる。ウボンラチャタニから乗って、まずスリンで2泊、
ナコンラチャシマ(コラート)でも2泊、ケンコーイで1泊して、バンコクというわけ。
地図右端のパクセーが切れてしまった。すまぬ。
【タイ国鉄の旅】ウボン〜スリン編_f0189467_01473279.jpg
 
つまりウボン~バンコクを4回に分けて乗ったわけで、乗車時間は合計8時間45分。
さらにケンコーイから片道約1時間半の超ローカル線を往復したから、総乗車時間は
ほぼ12時間。よく乗ったもんだよなー。あのタイ国鉄の旅は本当に楽しかった。
【タイ国鉄の旅】ウボン〜スリン編_f0189467_00382106.jpg
 
楽しかった理由はいろいろある。ローカル感たっぷりの駅の風景やオンボロ車体は
東南アジア鉄道旅情をかきたてるし、車窓風景もある時は単調な田んぼばかりかと思うと
ある時は山越えカーブだらけだったりして変化に富む。

しかし楽しさの最大の理由はタイの人たちとのちょっとした触れ合いだよね。
イ課長が駅で列車を待ってる時、あるいは乗ってる間、とにかくまぁ駅員や乗客から
「どこに行く?」「どこで降りる?」とやたら聞かれた。

要するにタイ国鉄に不慣れそうなガイジンのことをみんな心配してくれてるんだよね。
特に3等車自由席なんかだとガイジンなんてイ課長しかいない。気にしてないようで、
実はみんなイ課長のこと気にしてるわけ。「乗客はみんな家族」的な、あの雰囲気に
混じって旅するのは楽しくてしょうがなかった。
【タイ国鉄の旅】ウボン〜スリン編_f0189467_00364792.jpg
 
そんなタイ国鉄の旅。最初の乗車区間はウボン~スリンだ。
乗る列車は特急で、切符はネット予約で入手済み。しかもウボン駅はタイの東の果てで、
列車は全部ここ始発だから遅れる可能性も低い。今回の計画の中では最も不安要素の少ない
乗車区間だったといえる。
【タイ国鉄の旅】ウボン〜スリン編_f0189467_00395493.jpg
 
ウボン駅で列車が入線するのを待ってると、駅員が「どこまで行く?」って質問してきた。
この後タイ鉄道の旅で散々聞かれる質問だけど、これが最初だったわけで、この時は
怪しいガイジン乗客だから目ェつけられたのかと一瞬思った。

「スリン」と答えて切符を見せるとふむふむって感じでうなずいて、この車両番号なら
もうちょっと後ろで待ってなさいと教えてくれる。おお、親切な駅員さんではないか。
こういう親切はこのあとの鉄道の旅でずっと続くことになるわけだが。

しょっちゅう遅れることで知られるタイ国鉄だけど、始発時間だけは厳格だそうで
この時も発車15分前くらいに入線。機関車に引っ張られるタイプじゃなくて、
自走式のディーゼル列車(タイの鉄道はほとんど電化されてない)。
【タイ国鉄の旅】ウボン〜スリン編_f0189467_00220475.jpg
 
中はこんな感じ。特急だから冷房付き、さらに扇風機付き。
荷物棚が狭くてゴロゴロを乗せられなかったら困るなぁと思ってたけど、荷物棚も
けっこうゆったり。この車両はおそらく韓国製の中古だろうと思われる。
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うわ、すげぇ。14時50分ぴったりに発車だ。
途中ではしょっちゅう遅れるくせに、始発時間だけには厳しいタイ国鉄。
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あとはひたすらイーサーンの平坦な台地を走る、走る。
この区間はほとんどカーブがない直線で起伏もないからスピードもけっこう出てる。
中古車両とはいえ、一応特急だしねぇ。走ってるとすごく頻繁に警笛を鳴らすんだけど、
あれは線路際(ないし線路上)のウシをどかすためではないかと想像される。
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そして1時間50分くらい乗ったら着きましたスリン。ほぼ定刻通り。なんて優秀な特急。
イ課長を残し、列車番号22の優秀な特急さんはトットとスリン駅を発車して次の駅に向かう。
長いタイ国鉄の旅の最初の区間は意外なくらいスムーズだった。
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しかし、スムーズに移動できたウボン~スリン区間は特急指定席ってこともあって、
乗り合わせたタイ人と触れ合う機会はほとんどなかった。そういう意味では
「一番つまらない」区間でもあったことをこの後イ課長は知ることになるわけだが、
次の乗車区間の話はまた回を改めて。

 


by tohoiwanya | 2019-10-23 00:01 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2019年 10月 14日

イーサーンというところ 2

いや大変な台風でした。
多摩川沿いとはいえ府中近辺は幸い大した被害はなかったけど、下流は洪水。
まぁ世田谷あたりの洪水もほかの県の被害に比べればまだしも、なのかもしれんが。

こういう時はオチャラけたことも書けないので、イーサーンの話を続けよう。
イーサーンについてはもうちょっと書いておきたいことがあるのだ。

イーサーンは貧しい地域。そういうイメージがあり、実際そうなんだと思うけど
ラオスからメコン川をはさんだ対岸イーサーンにかけての地域って、民族学的?に
みるとミョーなところでもあるんだよね。

多民族国家ラオスの中で最も多いのはラオ族で、国内に何百万人といる。
ラオスは国全体でも人口が一千万人いないから、何百万人のラオ族は圧倒的シェア。
だが驚くべきことにタイ国内のイーサーンにはラオ族が1,500万人くらいいるらしい。
ラオ族の人口はラオスよりタイの方が多いわけ。その大半はイーサーンにいる。
イーサーンというところ 2_f0189467_14020616.jpg
 
昔は戦争に勝った方が「人間」を労働力の戦利品としてゴッソリ持ってくことがあったようで、
タイとラオスの戦争のあと、大量のラオ族がメコン川西岸に強制移住させられたらしい。
さらに自発的移住もけっこうあったみたいなんだよね。イーサーンが貧しい土地だっつうても
山岳国ラオスから見れば耕作可能地は広いし。さらに加えてラオスが社会主義国になった後、
タイに逃げたラオ族もかなりいるみたいだ。

このことがイーサーンというエリアにさらに特別な事情とイメージを与えてるようだ。
イーサーンはラオスと同様にモチ米を食うし、ラープも食う。言葉も似てる(らしい)。
どっちにも同じラオ族が住んでるんだから文化的に近似性が強いのは当然だ。しかし
この「ふたつのラオ族」の間にはビミョ~な断層があるみたいなんだよね。
イーサーンというところ 2_f0189467_14020665.jpg
 
「オレたちの言葉がラオ語?冗談じゃねぇ。オレらが話してるのはイーサーン語だい」
というタイのラオ族もいれば・・

「あいつらは国を捨ててタイに依存した連中だ。ラオスのオレらと一緒にすんな」
というラオスのラオ族もいるらしい。タイとラオスの経済格差もあいまって、
同じラオ族の間でもそこにはいわく言い難い複雑な感情が残る。

だから、タイ中央部や北部みたいにタイ族が多いエリアの(タイ族とラオ族って
これまたビミョ〜に違うらしいのだ)人が「イーサーン」って言う時、そこには
「貧しい田舎」ってだけじゃなく「民族的な違い」というニュアンスもある(らしい)。
前回記事で「イーサーン」って言っただけで独特のアイデンティティがあるって
書いたけど、「イーサーン=ラオ族の多いエリア」っていう意識はあるみたいなんだよ。
イーサーンというところ 2_f0189467_14021362.jpg
  
ラオスからイーサーンにかけてはラオ族の民族的連続性と、感情的断層とがある。
今回ラオスからバスで国境を超え、鉄道を乗り継いでバンコクまで移動したってことは
そういうエリアを飛び石宿泊で、陸路で通り抜けてきたことになる。

ま、もちろんタイ語もラオス語もできず、ラオ文化のこともよく知らないイ課長には
そういう民族的連続性や断絶を体感することなんてできないけどね。
イーサーンというところ 2_f0189467_14021346.jpg
 
ただ、タイに入った直後のイ課長はラオス滞在中の口グセが抜けなくて、タイ人相手に
ラオ語で「コープチャイ(ありがとう)」って言っちゃたことが何度かある。
言ったあとで「あ、いけね」と思って相手を見ると、全く気にしてる様子がない。

イーサーンだからラオ語がスンナリ受け入れられたのか?それともガイジンの
言い間違いにいちいち反応しなかっただけなのか?

・・・それはわからないのである。

 


by tohoiwanya | 2019-10-14 00:05 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2019年 10月 11日

イーサーンというところ

さて、ラグビーW杯観戦記事も終わって8月のラオス・タイ旅行に戻るわけだが、
タイのイーサーン地方についてちょっと書こう。今回イ課長が回ったエリアなわけだが
イーサーンっつうても、知らない人がほとんどだろうからね。

イーサーンってタイ東北部の総称で、面積的にはタイの1/4くらいを軽く占めちゃう。
バンコクなんかの低地と違って標高200mくらいの広大なコラート台地の上にある。
水利が悪くて稲作に適さない土地が多いみたいで、灌漑インフラも少ない。結局
雨に頼った天水農業しかできない所が多いらしい。

だから、イーサーンといやぁ昔から「貧しいイナカ」の代名詞。今は昔ほどじゃ
ないんだろうけど、やっぱタイの中では相対的に所得が低い地域なんだと思う。
(下の画像はWikiさん)
イーサーンというところ_f0189467_21511651.jpg
 
イーサーンの主要産業って、昔も今もたぶん農業のはず。観光っつうても、大した
観光地はない。だからバンコクに出稼ぎする人がすごく多い。バンコクのサービス産業は
イーサーン出身者で支えられてるのでは?と思うくらいで、イ課長もけっこう会ってる。
イーサーンというところ_f0189467_13340684.jpg
 
最初に覚えてるのは2013年末、ゴーゴーバーでお話しした高見恭子さんに出身地を
聞いて「イーサーン」って言われた時だ。聞き覚えのある地名だったけど、その時は
町の名前かと思った。だが実際にはそうではない。日本で言えば「関西」とか「東北」と
同じくらい漠然と広いエリアを指し、その中にいろんな県や町がある。

毎回マッサージしてもらうスーさんもイーサーンのスリン出身。昔ゴーゴーバーで
知り合って記事にも書いたビーさんの出身地・ウドンタニも北部イーサーン。
今回もバンコクのマッサージ屋では片っ端から施術者の出身を聞いたけど、ウボンが二人、
スリンが一人いた。バンコクのサービス産業における「イーサーンからの出稼ぎ率」は
ものすごく高いと感じる。
イーサーンというところ_f0189467_13340640.jpg
 
不思議なことに、チェンマイとかパタヤとか、イーサーン以外からバンコクに働きに
来てる人たちは自分の出身を町の名前で言うのに、イーサーンの人たちはまず
「イーサーン」って言うんだよね。

日本でも「私、九州出身で・・」「ほう、どちら?福岡?熊本?」みたいな会話、
時々あるけど、ああいう感じかもしれない。県や町の名前よりもっと広いエリアを
言っただけで、一種独特のアイデンティティを醸し出すみたいなんだよね。

田舎で、所得レベルは低くて、だからこそ素朴で親切な人が多いらしいイーサーン。
イーサーンの人に言わせりゃ「(バンコクなんかを含む)中部の連中は信用できない、
北部の連中はケチ(中国系が多いせいかな?)」ということになるらしい。
有名な観光地は少ないけど、南部イーサーンにはイ課長好みのクメール遺跡が点在してる。
イーサーン・・行ってみたいなぁ・・・と前から思ってたんだよ。
イーサーンというところ_f0189467_13340653.jpg
 
それがやっと実現したわけですよ。イーサーンの町をめぐる鉄道の旅。
大都市・バンコクでの観光とは全然違う、田舎臭さと人情、不安と安堵と驚きが交錯する
濃厚な旅がそこにはあった。英語が通じないっていう局面も多かったけど、それだけに
ピンチもあったけど、助けられたこともたくさんある。

そんなイーサーンの旅についてもぼちぼち書いていこうと思うのである。
ラオス旅行はやっとワット・プーを見終わったトコで、順ぐりに書けばいいのに
時系列を無視してタイネタも書こうってわけだ。しかも欧州出張ネタもまだ残ってる。

ラオス、タイ、時々欧州ネタ。激しく入り乱れた展開になるイ課長ブログ。
ま、このブログではよくあることなのだが(笑)。

 


by tohoiwanya | 2019-10-11 00:40 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2019年 10月 03日

ワット・プーというところ 2

前回記事でもおわかりのように、同じクメール遺跡とはいえ、遺跡建造物として見た場合、
ワット・プーは小規模だし、そもそも残っている建物自体も少ない。壮大にして荘厳な
アンコール・ワットなんかとは比較するのも可哀想なくらいだ。

ただ、細部の彫刻は見るべきものがあるんだよ。
神殿の開口部にあるリンテル(まぐさ石:入口両脇の柱の上に、ヨコに渡した石)の彫刻は
たいへん見応えがある。これは三頭の象に乗った・・シヴァか、ヴィシュヌか、クリシュナか、
その3人の誰かだろうと思われる。
ワット・プーというところ 2_f0189467_14015898.jpg
 
こちらも・・まぁ上に書いた3人のうちの誰かだよ、たぶん(笑)。
ワット・プーというところ 2_f0189467_14023608.jpg
 
こういうのが開口部の上にドンと置かれてるわけ。これは見上げちゃうよな。
ワット・プーというところ 2_f0189467_14034420.jpg
 
アンコール・ワットは何しろ建造物自体がスゴすぎるし、あちこちにデバターがいるから
まぐさ石なんてあんまりじっくり見なかったけど、どんな感じだったんだろう。ワット・プーは
建物だけならすぐ見終わっちゃうから、こういう細部に注目する余裕ができる。

おお、ここにもいるじゃないかデバター。これなんて見事だけど右のおっぱいが
黄色く汚れてしまっているのが可哀想。
ワット・プーというところ 2_f0189467_14020694.jpg
 
これも見事・・・ではあるけど、この上半身と下半身はホントに元同じ彫像だったのか?
腰から下は別人がくっついてるようにもちょっと見えるんだが・・。
ワット・プーというところ 2_f0189467_14020623.jpg
 
神殿のところにご婦人グループがいた。全員シン着てるからラオスの人たちだな。
このご婦人グループとは帰りに階段のところとか、神殿のところとかで何度か遭遇した。
遺跡を見学し終わってぶらぶら戻るスピードなんてみんな似たり寄ったりだからね。

帰りにもう一度神殿の入口のところに行ったら、彼女たちの一人から声をかけられた。
シャッター押すの?あーお安い御用ですよ。

カメラを返そうとすると、アナタも一緒に入ってもう一枚撮ろうという。
それが下の写真。これを撮ったのはこのカメラの持ち主。その写真がなぜ、
このブログに載ってるのか?
ワット・プーというところ 2_f0189467_14052169.jpg
 
イ課長もナンパ返ししたからです(笑)。「もう一枚、私のカメラのために」と言って
5人揃ったところを撮らせてもらった。前列中央、白ブラウスにサングラスかけたご婦人が
上の写真を撮った人なのである。
ワット・プーというところ 2_f0189467_14050737.jpg
  
せっかくだからこの5人勢ぞろいの写真は送ってあげたい。白ブラウスのご婦人が
Facebookやってるっていうからさっそく友達になり、写真を送りあったというわけ。

世界遺産ワット・プー観光はこうして無事終わったのでありました。
遺跡見学中は雨に降られずに済んだし、ラオス美女軍団ともオトモダチになったし、
まぁ上々の首尾かな。さてまた電気自動車に乗って戻るとするか。
ワット・プーというところ 2_f0189467_01272792.jpg
  
駐車場でチャーター車に乗ろうとしたらまた雨が降り出した。
「アンタが遺跡見てる間だけ晴れた。ラッキーだね!」とドライバーから
晴れ男ぶりをホメられて、まんざらでもないイ課長なのでありました。
 
 


by tohoiwanya | 2019-10-03 00:10 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2019年 09月 02日

ヴィエンチャンぶらぶら散歩 2

坊主刈りになったイ課長は夕方近くなってメコン川沿いのナイトマーケットに
行ってみることにした。ホテルから歩いてすぐだし、ナイトマーケットなら
晩メシ食えるとこもあるだろうし。

・・とはいったものの、マーケットにある店は衣料や雑貨系ばっか。
ルアンパバーンのナイトマーケットみたいに、外国人向け土産物に特化してるなら
買わなくても面白いんだけど、フツーの雑貨・衣料品じゃなぁ・・。
ヴィエンチャンぶらぶら散歩 2_f0189467_22500618.jpg
 
しかし地元の人たちにとっては楽しいマーケットだ。見てよこのバイクの列。
今日は土曜の夜だし、みんなで川べりのマーケットに行ってみようよって感じなのかな。
ヴィエンチャンぶらぶら散歩 2_f0189467_22500677.jpg
 
ここを歩いて面白いと思ったのは屋外エアロビクスだ。
台の上に乗ったインストラクターに合わせて、ラオスのおばちゃんたちがやってんだよ、
エアロビクスを。それも1団体だけじゃない。あちこちでやってる。
ヴィエンチャンぶらぶら散歩 2_f0189467_22475441.jpg
 
それぞれ別のインストラクターがいて、それぞれ別の音楽を流し、別の動きをしてる。
暮れなずむ雄大なメコン川をバックに、エアロビしまくるヴィエンチャンおばチャンたち。
少しばかりシュールに思える光景だった。
ヴィエンチャンぶらぶら散歩 2_f0189467_22475430.jpg
 
だんだん暗くなるメコン河川敷公園(←イ課長が勝手に命名)。イイ感じだ。
ミニ観覧車みたいなのまである。夕方のメコン川河川敷はちょっとした遊園地だ。
ヴィエンチャンぶらぶら散歩 2_f0189467_22484243.jpg
 
田舎首都・ヴィエンチャンには夜の娯楽施設なんてモノはほぼない。ほぼ皆無。だから
こうやって夕暮れの賑やかな河川敷を歩いたり、おしゃべりしたり、エアロビクスに
興じたりするのが普通のヴィエンチャン市民たちのささやかな娯楽なんだろうなぁ。

公園のナイトマーケットは地元民向け衣料・雑貨店が多くて面白くないんだけど、
通りに出ると、トタンに食い物系屋台がいっぱい。これはイカ?なんでこんな黄色いの?
ヴィエンチャンぶらぶら散歩 2_f0189467_22513417.jpg
 
うおおーーートリ焼いてる。うまそう。いい匂い。く、食いてぇ。
ヴィエンチャンぶらぶら散歩 2_f0189467_22513432.jpg
 
ひえー寿司屋まである。ちょっとヘンな感じの寿司だが・・(笑)。
ヴィエンチャンぶらぶら散歩 2_f0189467_22513443.jpg
 
この辺は完全に飲食街みたいで、屋台やレストランが軒を連ねてる。
よし、ちょっと早いがイ課長もここで晩メシ食うかぁ。

ここでイ課長はラオスで初めて「あれ」を食うわけだが、その話は次回に。
 
 


by tohoiwanya | 2019-09-02 00:07 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2019年 07月 27日

タイ人の親切に触れる その2

バンコクでの親切の話を書いたら、この話も書かないわけにはいかないな。
スコータイで、例のワット・サパーン・ヒンを見に行った時のことだ。

記事にも書いたけど、チケット売り場から遺跡までの500mくらいは自転車不可。
この時はチケット買ったところですごいスコールになったから、しばらく雨宿りして、
雨が小やみになってから歩いて行ったわけ。この500m、普通の舗装道路だけど
人通り・車通りはほとんど皆無に近い。
タイ人の親切に触れる その2_f0189467_15365647.jpg
 
遺跡を見終わって、丘をくだって、再びこの道路の近くまで戻って来た。
あとは、さっき自転車置いたチケット売り場まで500m歩いて戻るだけ。
すると、バイクに乗ったオバさんがツッと停車して、イ課長の方に向かって
何か叫んでる。バイクの後部座席を指さしながら・・・。

オレの後ろにいる誰かに向かって言ってんのか?と思って、思わず振り返ったよ。
しかしあたりは誰もいない。ってことはイ課長に向かって叫んでるの?
バイクの後ろに乗せてあげようって?ドコの誰かも知らないガイジンのオレにぃ??

ホントにそうだったのだ。
タイ語がわかんないけど、「あそこまで歩くんでしょ?だったら乗ってきなさい」
みたいなことを言ってたんだと思われる。

イ課長みたいな巨大ロボットを乗せ慣れてないせいか、走り出したらバランスが
崩れて一瞬ヒヤッとしたけど(イ課長は当然ノーヘル)、雨上がりの道路を
500mほど、トコトコとバイクで送ってもらった。

この時は残念ながらオバさんの写真を撮るヒマもなかった。
御礼をいうと、彼女は「じゃねー」と手を振って行ってしまった・・。
ホントに「フと行きがけの駄賃に」って感じの親切だったんだね。

前回記事とか今日の記事みたいな、海外の旅先での親切エピソード。
こういうのは忘れないもんで、その国に対する印象の向上に大きく寄与する。
イ課長としてはポーランドの時みたいに「タイの人はみんな親切」と書きたい。
タイ人の親切に触れる その2_f0189467_15365706.jpg
 
だが前にも書いたようにワット・サパーン・ヒンではかつて日本人女性が殺されるという
事件も起きてる。そもそもタイに限らず、海外で誰かから「乗せてあげるよ」って言われて
ホイホイ乗っていいとは限らないしねぇ。

この時のイ課長はオスの巨大ロボットだからその点全く気楽だった。それは確かだ。
乗れと誘ってくれたのはオバさんだし、乗り物は100ccくらいのバイク(スクーター)。
周囲に人影は全然なかったけど、だからって、イ課長がこのオバさんに力づくで
草むらに引きずり込まれ、暴行される確率なんてゼロと言っていい。

しかし、もしアナタが女性ひとりだったら?もし乗り物が車だったら?しかも相手が
ヤロウだったら?「乗せてあげる」って言われてもちょっと警戒するのが当然だ。

ん?だが待てよ?・・ここまで書いてハタと気付いたが、「無警戒すぎるのも問題」
ということは、乗せるガワについても言えることだよな?

あのオバさんは自分一人バイクに乗った状態で、全く氏素性の知れないオスの巨大な
ガイジンを乗せようと思ったわけだ。全然警戒しなかったのか?走行中にイ課長が後ろから
彼女の首絞めて襲いかかる可能性だってないとはいえないだろ(ま、ないけどさ)。
タイ人の親切に触れる その2_f0189467_15365736.jpg
 
スコータイみたいな田舎の人とか、大都市バンコクでも前回書いたような一般庶民は
そんな警戒心なんて持ち合わせてないかの如く、相手がナニ人であるかも気にせず、
困ってる人に親切にしてあげようとする人が多いと思う。そうやって現世で功徳を
積むことが大切なんだっていう、宗教的な教えの影響もあるのかもしれない。

イ課長の個人的感想としては、宗教的影響と同じくらい、経済的影響を感じる。
初めて出張でバンコクに来た当時はまだ開発途上国の面影が残ってたタイだけど、
今や東南アジアん中じゃ相当の経済パワーを持つ立派な中進国。昔よりは生活も
豊かになって、人に親切にする余裕も増えたのかなぁって印象がある。

ま、とにかく、結論としてはだね・・・イ課長としては今回のような経験から
「タイの人はみんな親切」と書きたい。それはおおむね真実だと思う。しかし
どこの国にも悪いヤツがいるということは忘れないようにしましょうね、と、
そういうことなわけですよ(結論になってねぇ)。

1996年、初のバンコク出張の時は、昼はひっきりなしに「ヘイ、トゥクトゥク?」、
夜はひっきりなしに「ヘイ、シャチョサン」攻撃。とにかくもう人品骨柄の卑しい
ヤロウばっか寄ってきやがって、バンコクにはホトホトうんざりした。

それから22年・・・隔世の感があるよなぁ・・。
ま、あの出張で出会ったタイ人はみんな仕事カンケイの人ばっかり。今回みたいに
フと知り合った現地の人から親切にされるなんて機会、なかったしねぇ・・。
 
 


by tohoiwanya | 2019-07-27 00:22 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(2)
2019年 07月 24日

タイ人の親切に触れる

話はまたタイに戻る。
例の「SNS映え寺」であるワット・パクナムに行く途中で経験した、
忘れ難い出来事のことを書いておきたい。

ガイドブックがないから、このお寺に行く時の唯一の頼りはGoogle Mapの画面を
手描きで書き写した超イイカゲンな地図。スカイトレインのタラート・プルー駅を降り、
この地図を見て歩き出したイ課長だが、案の定道を間違えた。
タイ人の親切に触れる_f0189467_15321672.jpg
 
入り組んだ住宅街の中に入り込んでしまったぞ・・こんな道のはずはない。
一度戻るか・・でも、方向としてはアッチ方向のはずだから、あっちに
ムリヤリ歩き続ければ、どこかに通じる道があるのかも・・。
タイ人の親切に触れる_f0189467_13252726.jpg
 
・・てな感じでオタオタしていたら、向こうから地元のオバさんが歩いてきた。
オバさんはイ課長を一目見るや「ガイジンさん道に迷ったの?アタシはこの辺詳しいわよ。
アタシに聞きなさい」という、すごく強力な親切オーラを放射しながら近づいてくる。

よし、このオバさんに聞こう。「私はワット・パクナムに行きたいのですが・・」と英語で
聞いてみた。ところがこのオバさん、困ってるガイジンを助けてあげたいという情熱は
満ちあふれてるんだが、英語が苦手っぽいようだった。すると・・

突然「ナントカー!!」とデカい声で叫んだ。
するとメガネをかけた、いかにも人の好さそうなニイちゃん登場。近所の人なんだろう。
英語ならこのニイちゃんに対応させようということのようだ。迷子ガイジン一人のために
地元民二人が出動とはかたじけない。汗顔の至りでござる。

イ課長はそのニイちゃんに「ワット・パクナムに行きたい」と再び英語で説明する。
オバさんとニイちゃんはしばらく二人で相談していたが、やがて話がまとまったようで、
再び「ナントカー!!」とデカい声で呼ぶ。こ、今度は誰が出てくるの??

「ワット・パクナムまでバイクタクシーを呼んだ」とニイちゃんが英語で言う。
バババイクタクシー?!わざわざ?いや何もそんな・・歩いて行く方向を教えて
もらいたかっただけで・・まぁ呼んでくれたならしょうがない。

「ワット・パクナムまでバイクタクシーはいくらですか?」と聞くと、
「お金はいいです」とニイちゃんが言う。ええ??だってバイクタクシーでしょ?

やがて第三の「近所の人」、おっちゃん登場。このおっちゃんがバイクタクシーの運転手
・・・には見えないなー。たまたまこの二人に呼ばれて「この迷子のガイジンさんをワット・
パクナムまで乗せてって」と頼まれた、ただの近所のおっちゃんだよ、明らかに。

おっちゃんがバイクを出してきた。
とりあえずオバちゃんとニイちゃんに御礼を言って写真を撮らせてもらった。
どうもありがとう。ゆっくりお礼を言うヒマがなくて申し訳ない。
タイ人の親切に触れる_f0189467_13252702.jpg
 
おっちゃんバイクの後部座席に乗ってワット・パクナムにはほどなく着いた。
ああ、やっぱ方向的にそう見当は違ってなかった。これなら帰りは歩いて帰れる。
しかし当面の問題はこのおっちゃんにバイクタクシー代を払わねば・・。

「お金を・・」って言うんだけど「いい、いい」って手を振って走っていこうとする。
でもそれじゃ・・え?いらない?・・どしても?・・じゃ、せめて記念に写真だけ。
タイ人の親切に触れる_f0189467_13252760.jpg
 
大都会バンコクには観光客に親切ごかしに近づいてくるサギやタカリもいる。
どのガイドブックにも「気をつけましょう」って書いてあるはずで、それはその通り。
しかし裏通りの住宅街に住む、フツーの庶民はかくのごとく親切な人も多い。
嬉しいっていうより、申し訳ないくらいだよ。

スカイトレインのタラート・プルー駅近くの住宅街でイ課長を助けてくれた
オバさん、ニイちゃん、おっちゃんのご近所3人トリオ。彼らの名前は当然わからないし、
連絡先も聴いてない。せめてこの場を借りて、親切な3人の姿をご紹介するとともに、
改めてこの3人に深く感謝したいのである。ขอบคุณมากครับ!

 


by tohoiwanya | 2019-07-24 00:11 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(0)