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2019年 07月 27日

タイ人の親切に触れる その2

バンコクでの親切の話を書いたら、この話も書かないわけにはいかないな。
スコータイで、例のワット・サパーン・ヒンを見に行った時のことだ。

記事にも書いたけど、チケット売り場から遺跡までの500mくらいは自転車不可。
この時はチケット買ったところですごいスコールになったから、しばらく雨宿りして、
雨が小やみになってから歩いて行ったわけ。この500m、普通の舗装道路だけど
人通り・車通りはほとんど皆無に近い。
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遺跡を見終わって、丘をくだって、再びこの道路の近くまで戻って来た。
あとは、さっき自転車置いたチケット売り場まで500m歩いて戻るだけ。
すると、バイクに乗ったオバさんがツッと停車して、イ課長の方に向かって
何か叫んでる。バイクの後部座席を指さしながら・・・。

オレの後ろにいる誰かに向かって言ってんのか?と思って、思わず振り返ったよ。
しかしあたりは誰もいない。ってことはイ課長に向かって叫んでるの?
バイクの後ろに乗せてあげようって?ドコの誰かも知らないガイジンのオレにぃ??

ホントにそうだったのだ。
タイ語がわかんないけど、「あそこまで歩くんでしょ?だったら乗ってきなさい」
みたいなことを言ってたんだと思われる。

イ課長みたいな巨大ロボットを乗せ慣れてないせいか、走り出したらバランスが
崩れて一瞬ヒヤッとしたけど(イ課長は当然ノーヘル)、雨上がりの道路を
500mほど、トコトコとバイクで送ってもらった。

この時は残念ながらオバさんの写真を撮るヒマもなかった。
御礼をいうと、彼女は「じゃねー」と手を振って行ってしまった・・。
ホントに「フと行きがけの駄賃に」って感じの親切だったんだね。

前回記事とか今日の記事みたいな、海外の旅先での親切エピソード。
こういうのは忘れないもんで、その国に対する印象の向上に大きく寄与する。
イ課長としてはポーランドの時みたいに「タイの人はみんな親切」と書きたい。
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だが前にも書いたようにワット・サパーン・ヒンではかつて日本人女性が殺されるという
事件も起きてる。そもそもタイに限らず、海外で誰かから「乗せてあげるよ」って言われて
ホイホイ乗っていいとは限らないしねぇ。

この時のイ課長はオスの巨大ロボットだからその点全く気楽だった。それは確かだ。
乗れと誘ってくれたのはオバさんだし、乗り物は100ccくらいのバイク(スクーター)。
周囲に人影は全然なかったけど、だからって、イ課長がこのオバさんに力づくで
草むらに引きずり込まれ、暴行される確率なんてゼロと言っていい。

しかし、もしアナタが女性ひとりだったら?もし乗り物が車だったら?しかも相手が
ヤロウだったら?「乗せてあげる」って言われてもちょっと警戒するのが当然だ。

ん?だが待てよ?・・ここまで書いてハタと気付いたが、「無警戒すぎるのも問題」
ということは、乗せるガワについても言えることだよな?

あのオバさんは自分一人バイクに乗った状態で、全く氏素性の知れないオスの巨大な
ガイジンを乗せようと思ったわけだ。全然警戒しなかったのか?走行中にイ課長が後ろから
彼女の首絞めて襲いかかる可能性だってないとはいえないだろ(ま、ないけどさ)。
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スコータイみたいな田舎の人とか、大都市バンコクでも前回書いたような一般庶民は
そんな警戒心なんて持ち合わせてないかの如く、相手がナニ人であるかも気にせず、
困ってる人に親切にしてあげようとする人が多いと思う。そうやって現世で功徳を
積むことが大切なんだっていう、宗教的な教えの影響もあるのかもしれない。

イ課長の個人的感想としては、宗教的影響と同じくらい、経済的影響を感じる。
初めて出張でバンコクに来た当時はまだ開発途上国の面影が残ってたタイだけど、
今や東南アジアん中じゃ相当の経済パワーを持つ立派な中進国。昔よりは生活も
豊かになって、人に親切にする余裕も増えたのかなぁって印象がある。

ま、とにかく、結論としてはだね・・・イ課長としては今回のような経験から
「タイの人はみんな親切」と書きたい。それはおおむね真実だと思う。しかし
どこの国にも悪いヤツがいるということは忘れないようにしましょうね、と、
そういうことなわけですよ(結論になってねぇ)。

1996年、初のバンコク出張の時は、昼はひっきりなしに「ヘイ、トゥクトゥク?」、
夜はひっきりなしに「ヘイ、シャチョサン」攻撃。とにかくもう人品骨柄の卑しい
ヤロウばっか寄ってきやがって、バンコクにはホトホトうんざりした。

それから22年・・・隔世の感があるよなぁ・・。
ま、あの出張で出会ったタイ人はみんな仕事カンケイの人ばっかり。今回みたいに
フと知り合った現地の人から親切にされるなんて機会、なかったしねぇ・・。
 
 


by tohoiwanya | 2019-07-27 00:22 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(2)
2019年 07月 24日

タイ人の親切に触れる

話はまたタイに戻る。
例の「SNS映え寺」であるワット・パクナムに行く途中で経験した、
忘れ難い出来事のことを書いておきたい。

ガイドブックがないから、このお寺に行く時の唯一の頼りはGoogle Mapの画面を
手描きで書き写した超イイカゲンな地図。スカイトレインのタラート・プルー駅を降り、
この地図を見て歩き出したイ課長だが、案の定道を間違えた。
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入り組んだ住宅街の中に入り込んでしまったぞ・・こんな道のはずはない。
一度戻るか・・でも、方向としてはアッチ方向のはずだから、あっちに
ムリヤリ歩き続ければ、どこかに通じる道があるのかも・・。
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・・てな感じでオタオタしていたら、向こうから地元のオバさんが歩いてきた。
オバさんはイ課長を一目見るや「ガイジンさん道に迷ったの?アタシはこの辺詳しいわよ。
アタシに聞きなさい」という、すごく強力な親切オーラを放射しながら近づいてくる。

よし、このオバさんに聞こう。「私はワット・パクナムに行きたいのですが・・」と英語で
聞いてみた。ところがこのオバさん、困ってるガイジンを助けてあげたいという情熱は
満ちあふれてるんだが、英語が苦手っぽいようだった。すると・・

突然「ナントカー!!」とデカい声で叫んだ。
するとメガネをかけた、いかにも人の好さそうなニイちゃん登場。近所の人なんだろう。
英語ならこのニイちゃんに対応させようということのようだ。迷子ガイジン一人のために
地元民二人が出動とはかたじけない。汗顔の至りでござる。

イ課長はそのニイちゃんに「ワット・パクナムに行きたい」と再び英語で説明する。
オバさんとニイちゃんはしばらく二人で相談していたが、やがて話がまとまったようで、
再び「ナントカー!!」とデカい声で呼ぶ。こ、今度は誰が出てくるの??

「ワット・パクナムまでバイクタクシーを呼んだ」とニイちゃんが英語で言う。
バババイクタクシー?!わざわざ?いや何もそんな・・歩いて行く方向を教えて
もらいたかっただけで・・まぁ呼んでくれたならしょうがない。

「ワット・パクナムまでバイクタクシーはいくらですか?」と聞くと、
「お金はいいです」とニイちゃんが言う。ええ??だってバイクタクシーでしょ?

やがて第三の「近所の人」、おっちゃん登場。このおっちゃんがバイクタクシーの運転手
・・・には見えないなー。たまたまこの二人に呼ばれて「この迷子のガイジンさんをワット・
パクナムまで乗せてって」と頼まれた、ただの近所のおっちゃんだよ、明らかに。

おっちゃんがバイクを出してきた。
とりあえずオバちゃんとニイちゃんに御礼を言って写真を撮らせてもらった。
どうもありがとう。ゆっくりお礼を言うヒマがなくて申し訳ない。
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おっちゃんバイクの後部座席に乗ってワット・パクナムにはほどなく着いた。
ああ、やっぱ方向的にそう見当は違ってなかった。これなら帰りは歩いて帰れる。
しかし当面の問題はこのおっちゃんにバイクタクシー代を払わねば・・。

「お金を・・」って言うんだけど「いい、いい」って手を振って走っていこうとする。
でもそれじゃ・・え?いらない?・・どしても?・・じゃ、せめて記念に写真だけ。
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大都会バンコクには観光客に親切ごかしに近づいてくるサギやタカリもいる。
どのガイドブックにも「気をつけましょう」って書いてあるはずで、それはその通り。
しかし裏通りの住宅街に住む、フツーの庶民はかくのごとく親切な人も多い。
嬉しいっていうより、申し訳ないくらいだよ。

スカイトレインのタラート・プルー駅近くの住宅街でイ課長を助けてくれた
オバさん、ニイちゃん、おっちゃんのご近所3人トリオ。彼らの名前は当然わからないし、
連絡先も聴いてない。せめてこの場を借りて、親切な3人の姿をご紹介するとともに、
改めてこの3人に深く感謝したいのである。ขอบคุณมากครับ!

 


by tohoiwanya | 2019-07-24 00:11 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(0)
2018年 06月 27日

ウーベイン橋からの帰り道

ウーベイン橋からの帰路、イ課長には少~しばかり不安があった。
来る時通った道を正確に逆に辿る自信がなかったのだ。目印になるのは途中のパゴダと、
あと学校らしきものがあったってことくらい・・・。
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途中に学校とおぼしき建物があった。コレだよな、行きに見たのは。道は間違えてないはずだ。
・・ところで、この建物、ホントに学校?ちょっと興味がわいて、建物に近づいてみた。

お、門のところに制服姿の女子が二人。やっぱ学校らしい。
英語わかるかな?と思いつつ、「スクール?」と英語で聞いみたら、ちゃんとうなずく。
英語わかるんだ。ってことは中学生くらいかな?ガイジンを相手にしてもまったく
動じる様子がない、落ち着いた雰囲気の女の子たちだ。
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かと思うと、「あ、ガイジンさんだ!」って感じで興味シンシンの、年少の子供たちもいる。
前にも書いたけど、人気観光地・ウーベイン橋の近くでありながら、このあたりの道を歩く
ガイジンなんて絶無に等しい。だからけっこう珍しいんだろうな。まだ小学校低学年っぽい。
カメラを向けると大喜びだ。かわいいねーー。制服は上の写真の女子二人と同じグリーン。
ミャンマーの小中学生は全部この色の制服着るのかな?
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なおも元来た道を歩いてると、後ろから来た少年二人組がイ課長と並んで歩きながら
ジーッとこっちを見てる。純粋な好奇心+親近感たっぷりの、その姿勢が大変よろしい。
こちらもポーズをとって記念写真パチリ。ちょっとしたコドモ写真集になった(笑)。
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コドモだけじゃない。ガチョウ?も集団下校の時刻らしい(笑)。
ああもうミャンマーって国はホント、道歩くだけでもイ課長を飽きさせない国だよ。
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おっ、線路だ。行きに通った。ここまでくればもう大丈夫だ。
踏切なんてないから、この塀の割れ目からテキトウに線路を越す。
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おおおおおッ!列車だ。方向からするとマンダレー駅を出てドッカに行く列車だろう。
結局、ミャンマーじゃ「鉄道の旅」は全然できなかったなぁ・・。車両の形を見ると
何となく、日本の中古っぽい。
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さっきピックアップを降りた場所に戻ったら、ちょうどマンダレー行きピックアップが
運よく客待ちしてて、ポンと乗ってスムーズに帰って来られた。マンダー到着初日、
町に慣れる前にいきなり敢行した郊外往復、無事成功いたしました。

優秀なピックアップ車掌、聞きもしないのに橋を指さしてくれたジイさん、途中で道を
教えてくれた坊さん、グリーンの制服着たコドモたち、ついでにガチョウさんたち(笑)。
親切で愉快なミャンマーのみなさん、どうもありがとう。みなさんのおかげで無事、
しかも楽しくウーベイン橋を見てこられましたです、はい。

 


by tohoiwanya | 2018-06-27 00:16 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2018年 05月 14日

ミャンマー人の商売っ気ってやつ

今までに行ったアジアの国々の中で、いちばん商魂たくましかった国は?と聞かれたら
イ課長はベトナムと答えるだろう。逆に、あまりの商魂の弱さに拍子抜けした国は?と
聞かれればラオスだ(笑)。地続きの隣国なのに、何であんなに違うのかね?

さて、では昨年行ったミャンマーはどうだったのか?
ミャンマー人の商売っ気って、ちょっと独特の“芸風”があったような気がするんだよね。

強引に売るとか、デカい声で呼び込むとか、真正面から商売っ気をブツケてくることはない。
ベトナムなんかに比べりゃボッタクリ度もかなり低い(と、少なくともイ課長は思う)。
かと言ってラオスみたいに恬淡としているわけでもない。からめ手でくるというか、
寝技というか・・・「そう来やがったかコイツ」って感じなんだよね。
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たとえば観光地で地元のコドモがちょっとした土産物を「立ち売り」してるような場合。
アンコール・ワットでもそういう商売をしてる小学生くらいの子供たちがけっこういた。
彼らの売り方は、これぞと目をつけた客に「お願い、ひたすらお願い、買って」という戦術。
インドなんかもわりと近かった気がする。こっちが「いらない」って言っても粘る。

ミャンマーの遺跡にも絵葉書なんかを売ってる子供がいた。子供というにはやや大きい、
中学生くらいかな。多少は成長しているせいか「ひたすらお願い」戦術はあまりとらない。
もう少し巧妙なの。まず最初に恩義を売ってくる。
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たとえばイ課長があるお寺の入口に来たとする。
さて下駄箱はどこだ・・って感じでキョロキョロしてると、女の子がスッと寄ってきて
「靴はこっちに置くのよ」って教えてくれる。親切なコだなぁと最初は思う。しかしそこは商売。

サンダルを下駄箱に入れて「ありがとう」っていうと、すかさず「帰りにアタシから絵葉書
買ってね、待ってるから」とニッコリ。ミャンマーの観光地はどこも空いてたから、人込みに
まぎれて逃げるワケにいかないんだよ。帰りにちゃんと下駄箱ンとこで待ち構えてる(笑)。

いくらだか忘れたけど、彼女が売る絵葉書セットは安くないし(値段はドルで言ってた)、
どうせ買っても使わない。買う気ナシ。しかし入る時に下駄箱を教えてもらったという
恩義があるから、ムゲに断りづらい。この辺が巧妙なんだよね。

そこで、イ課長は「絵葉書はいらない。でもアナタは親切です。だから御礼に少し
お金をあげます。ついでに写真撮らせてくれない?」と言って、絵葉書代よりは少額の
お金をあげて、写真を撮らせてもらうという作戦に出た。一種の撮影料か。両者歩み寄れる
妥協ライン。その時のコは美女図鑑にも載せたこのコだ。
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時には遺跡の廊下なんかで土産物売ってるオバさんが「あなた、こっちの奥に階段があって、
上から景色が見えるわよ」なんて親切に教えてくれることもある。だがこれも同じ戦略で、
階段降りて廊下に戻って来ると向こうはちゃんと覚えていてセールスしてくる。もっとも、
イ課長がおりたら、さっきのオバさんがいなかったってこともあったが(笑)。

てな具合に、ミャンマーじゃ買って買ってとひたすらお願いするんじゃなく、まず最初に
観光客のちょっとした便宜に貢献しといて、あとでニッコリ「買って?」っていうのが
多かった。ありそうな方法だけど、他の国じゃこういうの、あまり経験ないんだよね。

イ課長自身は遭遇しなかったけど、小銭ネダりの子供もミャンマーにはいるらしい。
小銭ねだりっていうと、昔マニラで見た「貧しくてかわいそうな僕たちにお金ちょうだい!」的な
極めてシンプルかつストレートな方法が多いはずだ。貧しい身なりの子供がこっちに
手を出してくれば見ただけでわかる。そこにセリフは必要ない。
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それに対し、ミャンマーの子供はガイジンにお金ネダるときのセリフがあるらしいんだよ。

Money for school、money for school

・・・このセリフ、けっこう効き目あるんじゃないかと個人的には思うんだよね。
背後に「勉強したいのに貧しくて学校行けないボク」っていうストーリー性?を
持たせてるところがヤバい。ユニセフやワールドビジョンのCMが頭をよぎる(笑)。

貧しい国の子に学校行かせてあげたくて、1日あたり150円の寄付者であるイ課長としては
弱点をピンポイントで突かれた感じ。こう言われると無視しづらい。ま、幸い?なことに
イ課長自身はミャンマーではそういう子供に遭遇しなかったが。

・・と、こう書いていくと、ミャンマーの人の「商売っ気」はやはりそれなりにある。
ただ、その商売ッ気は大きな売り声とか、ボッタくるといった行為としてではなく、
もう少し巧妙な形で発現してる気がする。

商魂の発露のしかたにも、それぞれお国柄があるということか。
「ベトナム型ボッタクリ」も慣れると面白くなったって昔書いたけど、ミャンマーの
こういう巧妙な商魂もなかなか楽しかったよ。
 
 


by tohoiwanya | 2018-05-14 00:15 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2016年 11月 25日

ロンドンの借りをロンドンで返す

久しぶりにロンドンネタを一つ。
いよいよ銀婚旅行も最後を迎え、パディントン駅からヒースローエクスプレスに乗って
空港に向かおうって時の話。

少し時間があったからトホ妻は土産を買うという。それじゃ、っていうんで待ち合わせ時間を決め、
トホ妻はW.H.Smithに買い物、イ課長は駅出口ンとこにある喫煙所でタバコを吸ってた。
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まだ時間あるなぁ・・何してよっかなぁ?って感じでボンヤリそこらを眺めていたら、んん?
軍人さんらしき制服姿の男性たちがバケツを持って立ってる。
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ピキーン! たちまちイ課長の記憶回路が作動。
むかーしセント・パンクラス駅で巨大着ぐるみ+バケツ隊の姿を見て、意味がわからず
何のオフザケなのかしらと思ったって記事を書いた。当時は知らなかったのだ。

しかし愚かなるイ課長だってその後少しは世界についての知識を増やした。
今やロンドンの駅でバケツを持った人を見ればすぐ察しがつくさ。ありゃ募金に違いない。
よし、あの頃よりちったぁ利口になったイ課長が今回は軽やかに募金してくれようじゃないの。

しかしその前にちょっと様子を観察してみる。
この人はさっきの軍人さんとはまた違う人で、スラリとした軍服姿がなかなかカッコいい。
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この軍人さん、立ち姿がカッコいいせいか、やけに駅利用者から声をかけられてるね。
募金のためにっていうんじゃなく、何となく「道を聞かれている」といった様子にみえるんだが(笑)。
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ほらまた。まさか「○○行きは何番線ですかぁ?」なんて聞いてるわけじゃないよな?
聞かれた軍人さんだって困るよな。
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おっ、何と、このヒト顔がやけに二枚目。制服も似合うし、こりゃーモテそうだ。
やっぱカッコいい二枚目の軍人さんには人が寄ってくるのかね。
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さて、じゃ、イ課長も募金するか。
お?さっきの二枚目軍人サンがいなくなったぞ。しかし大丈夫。バケツを持った兵隊さんは
パディントン駅のそこココにいるのである。

よし、じゃ、まだ少年兵の面影を残すボーイズのバケツに募金しよう。
どうせ最後だから、ポンドより細かいペンスの硬貨は片っ端からあげちゃえ(持ってると重いし)。

ジャララっとコインを入れると御礼を言ってくれた。
そこで例によって図々しく撮影モデルを依頼。にっこり笑ってカメラに収まってくれた。
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なかなか凛々しくてハンサムなボーイズたちではないか。
胸のプリントを見て、ほほうと思って「エアフォース?」と聞くと、元気のいい声で
「はい、ナントカカントカです!」と返事してくれた。だが英語だから内容はよくわからない(笑)。
後で調べたらBenevolentって「慈善」って意味だ。王立空軍慈善基金。なーるほど。

2010年秋にセント・パンクラス駅のバケツ隊を見たときは、清掃職員のオフザケかと思って
目的が募金とは知らず写真だけ撮ってきてしまった。あン時は申し訳ないことをしたと思う。
だがあれから6年。今回は「駅のバケツ隊=募金集め」にちゃんと募金し、気分のイイところを
モデルになってもらえた。ロンドンに6年ごしの借りを返したようでイ課長も気分がよかったのである。


 


by tohoiwanya | 2016-11-25 00:26 | 2016.06 英国銀婚旅行
2016年 09月 25日

南西鉄道から英国人気質を考える

先日、某クレジットカード会社のセキュリティ管理部からイ課長に一通の封書が届いた。
おおお、これは南西鉄道のリファンド請求結果の正否を知らせる通知に違いない。
さっそく震える手で(←やや大げさ)バリバリと開封。

          ご請求金額に対する処理経過のご報告
さて、先般ご照会をいただきました海外からのご請求代金につきまして、下記の通り
お取り扱いさせて頂きましたことをご報告申し上げます。


下記の通りってことは、失敗したか成功したかは下の行に書いてあるわけだな?
ところが読んでみると・・・

内容をご確認いただき、ご不明な点がございましたら、お手数ではございますが上記担当まで・・・

なんだよ。下に書かれたこの文章だけじゃ、まだコトの正否がわからんではないか。
もう紙の半分くらいまで読んだのにまだカンジンのことが書かれておらん。
南西鉄道へのリファンド請求は成立したのか?しなかったのか?

その下には問題となった南西鉄道の請求明細が記されてる。これはわかってるよ。でも
結局この金額がどうなったの?戻ってくるの?こないの?
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あと残ってるのは数行の「特記事項」だけ。記述内容の4/5くらいまで読み進んでも
まだ結論がわからないってすごい引っぱりかただな。
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取り消し申請が成立いたしましたことを・・・成立いたしましたことを・・(コダマ)

はぁぁぁぁぁ~~~~・・すまん、イ課長に3.5か月分のため息をつかせてくれ・・・。
これでやっとワタクシは南西鉄道とナンの関係もない一人の市民に戻れるわけですね(笑)。
本格的な夏にもならない6月1日に始まった南西鉄道との泥沼のタタカイ。秋風吹き始めた
9月後半にようやく終わった。いやー長い戦いだったぜ。

この結果をトホ妻に話し、とりあえず「粘り勝ち」だと喜びあったわけだけど、そこから
何となく話が発展して英国人気質の話になった。トラブルに直面した時の英国人の態度って
ちょっと他の国と違うような気がするんだよね。

今回の南西鉄道とか、ロンドン地下鉄のヒドさ(これはいずれ詳しく書く)とか、英国において
「ひでぇ」という思いを抱くことは多い。これはガイジンじゃなく、英国人自身だって同じはずで
住んでる者の方が旅行者よりも「ひでぇ」に遭遇する回数は圧倒的に多いことになる。

でも英国人にはそういう「ひでぇ」に対する感情反応があまり見られないような気がする。
これは今回の旅行でも、以前の出張でも感じたことで、乗ってた地下鉄がトツゼン運行をやめて
「はいこの駅で全員降りな」なんてヒドい状況でも、怒るでも騒ぐでもなく「あ~あ・・・」って感じで
それに従う。同じことがパリやローマで起きたらどうだろうか?みんなもっと騒がないか?
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たまたま旅行前に読んだ英国史の内容でもちょっと思い当たるフシがある。
第二次大戦、陸続きだったベルギーやフランスは早々にドイツに降伏し、島国だった英国だけが
ロンドンをボッコボコに空襲されながらも、とにかく耐え、降伏もせずに持ちこたえた。
もし仮にフランスが島国で、だよ?他の欧州同盟国がほとんどドイツに降伏しちゃった状況で、
パリをバカスカ空襲されながらフランス人はジッと耐えられただろうか?どうもラテン人気質に
「耐え忍ぶ」というイメージは重ならないのだが・・(←偏見)。

こういう英国人の気質。「忍耐力が強い」っていうのとはちょっと違う気がするんだよ。
乗ろうと思ってた地下鉄が動いてない。それに驚くでもなく、怒るでもなく、絶望するでもなく、
「あー、こういう状況に当たっちまった」って感じで仕方なく受け入れてるような感じ。

どうも根本的に英国人には楽天性がないというか、悪い状況が起きる(かもしれない)ことも
あるかもなぁと思いながら生きてるような印象があるんだよね。強いて近い表現としては
「醒めてる」とでも言うべきか。
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大震災やら、電車ストップやらで大混乱になるべき時も、日本人は暴動も起こさず秩序正しい・・
みたいなことは海外でよく言われる。英国人の気質は日本のそういうのともまたちょっと違う気が
するんだけど、行動として現れる部分では似てるのかもしれない。まぁ日本人の場合、地震や台風には
慣れてるという要素があるわけで・・・そうか、そういう点じゃ英国人も「ひでぇ」に慣れてるのか(笑)。

とにかく、災厄に直面した時の英国人の反応ってちょっと独特って気がするんだよね。
今回の南西鉄道トラブルみたいに何度クレームメールを送っても返信なし、なんて事態に英国人が
遭遇したらどうするのか?「泣き寝入りしねぇぞくぬやろう」って感じでイ課長みたいに粘るのか?
意外にあっさり諦めちゃうのか?地元民ならではの何か上手な対処方法があるのか?

「英国人のトラブル対処法」がどういうものか、イ課長としても非常に興味深い。
何しろ南西鉄道みたいな鉄道会社がある国で暮らしてるわけだからねぇ(笑)。
もしそういう事例をご存知の方がいたらぜひご報告いただきたいと思うのである。


 

by tohoiwanya | 2016-09-25 00:03 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(10)
2016年 04月 08日

愚かなるドジの後始末 その2

警官詰め所をあきらめたイ課長は仕方なくインフォメーションカウンターの方に行って、
そこにいた若い男性係員にイ課長が何を探しているのか、ヘボ英語で説明し始めた。
彼もイ課長と同程度の英語レベルだったようで、そのおかげでコミュニケーションは
意外に良好で(笑)、イ課長の言いたい主旨は伝わった。
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もう一つ幸いだったのは、この時イ課長がシェムリアップで予約した時のバスのチケットを
まだ持ってたことだ。ここに書かれてることの多くがタイ語みたいで、これを見せながら
シェムリアップからバンコクに昨日着いたと言えば、対象となる国境越えバスは一つしかないから
相手も状況を把握しやすかったんだと思う。
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若い男性係員はかなり長い時間をかけてどこかに電話をしていた。
そこからかなり長い時間待たされると、今度はすごく太ったオバさん職員が現れた。
体格からして明らかにエラい責任者っぽい(笑)。再び彼女に状況を説明したわけだけど、
すでに状況を飲み込んだ若い男性係員がタイ語で補足してくれるし(意味はわからんが)、
さっきも言ったようにチケットの現物があるから、彼女も意外にスムーズに状況を理解してくれた。

ここから彼女はそこにあった電話で、さらに自分の携帯も使ってあちこちに電話し始めた。
どうやら国境越えバスの運行会社、さらにイ課長が予約したシェムリアップのナタカン旅行社にも
電話していたと思われる。いやーこんなに一生懸命捜索してくれるとは思わなかったなー。
携帯電話代だってかかるだろうに・・いろいろご面倒をおかけしてしまいまして・・・。
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この太ったオバさん責任者、あまり英語が得意でないようで、電話の途中で時々イ課長に
質問するんだけど、タイ語で聞いてくる。そうなるとこんどはイ課長がわからない。

すると何と、そばの窓口でたまたまバスのチケットを買おうとしていた見知らぬタイのご婦人が
見かねて通訳してくれた。英語の上手な人のようだ。太った女性責任者、たまたま通訳になったご婦人、
そしてイ課長による3人のやり取りはこんな感じ。

責「(携帯で話しながらイ課長に)กระเป๋าที่คุณจะต้องนำเงินคือสิ่งที่ไม่มีรูปแบบ?」
婦「(英語で)あなたがお金を入れていた財布はどのようなものでしたか?」
イ「(英語で)あー財布ではありません。エンヴェロープ(封筒)です」
婦「おー...ในขณะที่เขาได้นำเงินในซองจดหมายมากกว่ากระเป๋าสตางค์」
責「(携帯で話してる相手に)และฉันซองมากกว่ากระเป๋าสตางค์」

こんな調子だから一つの質問&確認にも時間がかかる。
太った女性責任者は粘り強くあちこちに携帯で問い合わせてくれるし、たまたま居合わせたために
通訳を強いられたご婦人も「あんまり時間がないんだけど・・」と言いながらもギリギリまで
イ課長をなんとか助けようとしてくれた。あーなんてイイ人たちなんだろう。

ここに来たときは自己処罰、ヤルだけのことはヤレ、という半分ヤケクソ的な気分だったけど、
こうやって何人ものタイ人の善意に接して、スサんでいたイ課長の心がだんだん軽くなっていく。

この太った女性責任者は結局バス会社だのシェムリアップだの、あちこちに長電話してくれて、
ナンだカンだで軽く1時間くらいイ課長のために尽力してくれた。
そして最後にとうとう彼女は首を振って言った。

「見つからないわ」

オーケー。わかった。ありがとう。
インフォメーションにいた若い男性係員に話をしてから、すでに2時間くらい経過したはずだ。
イ課長としてヤルだけのことはやったし、アナタがたはそれ以上にやってくれた。落し物をした
バカな外人・イ課長のためにだ。本当にありがとう。サンキュー。コープクンカッ(プ)。

万一お金が出てきた場合に備えてイ課長の携帯番号を教えたけど、もう金は完全に諦めがついた。
でも記念?のために、最初イ課長に対応してくれたインフォメーションの若い男性係員と、あちこちに
問い合わせてくれた女性責任者の写真は欲しい(残念ながら通訳をしてくれたご婦人はすでに
バスに乗るために去ってしまっていたのだ)。そこで頼んでみたらニッコリOKしてくれた。
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イ課長はこの二人の名前を知らない。メールアドレスとかも聞かなかったから、残念ながら
写真を送ることもできない。この場を借りて深い感謝とともに掲載させていただきます。
สองพนักงานของสถานีขนส่งสายเหนือขอขอบคุณเป็นอย่างมาก

前にも書いたけど、この後、複雑な通路を通って最初に来た市バス乗り場に戻ったら、さっき
警察の前まで案内してくれたオッサンに再会したわけだ。手を上げて彼と挨拶を交わしたときは
イ課長のスサンでた気分もだいぶ回復したよ。お金は見つからないけど、タイ人の善意には
たっぷり接することができた。何度も言うけど、どうもありがとうタイのみなさん。
最初は自己処罰のつもりだったけど、あのバスターミナルに行って良かったなぁと今でも思っている
イ課長なのである。ขอบคุณมาก!

 

by tohoiwanya | 2016-04-08 00:08 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 02月 17日

海外の友人たちのジンセイ【その3】

イ課長は水商売とか風俗業界とかで働く女性の消息を尋ねるなんてこと(あんた、あのコのなんなのさ?
やったことがない。それを、こんないいトシこいて、しかも外国で初めてやることになるとはなぁ・・。
その上、その消息がどう考えても悪い知らせっぽいっていうんだから気持ちも暗くなる。

いつ行ってもネオン華やかなソイ・カウボーイ。しかし、その夜のイ課長の足取りは重かった。

1年前と同じ場所に同じ店はあった。
入ると、店内の様子も一年前と特に変わってない。ステージ上でフラフラと何人かのダンサーが
踊ってる。しかし、当然のことながらビーさんの姿はない。
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去年来たときと同じように、まだ早い時間で客は少ない。
ビーさんの消息を聞くのに、混んで騒々しい時間は避けたかったから少し早めに来たのだ。
ビールをちびちび飲んでると、やがてダンサー交代タイム。別チームがステージに上がってきた。


  ・・・え?

     ・・・えええッ?!・・・
 
             あれ
・・・ビーさん?!



ちょっと面変わりしてるけど、あれビーさんだ・・生きてる。
事故か自殺か殺人か、何かの理由で2015年6月に死んでしまったのでは・・とマジで心配(覚悟)した
そのコが生きてる・・・・ああ・・あのコ死んでない・・生きてる・・・よかったぁぁ・・。
精神的緊張がイッキにゆるみ、イ課長の全身からシュルシュルと力が抜けていく。

ホッとしてヘナヘナになったイ課長のとなりにママさんらしきご婦人が来て、ドスンと座った。
まだ客が少なかったから狙いをつけられたんだろ。本来ならビーさんの消息を聞く絶好のタイミングだけど、
もうその必要はなくなったよ・・・あああ・・・彼女、生きてるじゃん。

「みんなカワイイでしょ?」ステージを見ながらママさんが言う。誰かご指名しろってことか。
イ課長はステージを見たまま半分ウワの空で「私、あのコ・・知ってます・・・ミス・ビー・・」と答える。
「あのコ、呼ぶ?」
「あ・・はい・・イエス」
ママさんがステージに向かってタイ語で何か言うと、ビーさんが降りてきた。

ビーさん、隣りに座っても最初はイ課長のことがわからなかったようだ。
「私を覚えてないですか?」
「・・・??・・」
「私、あなたのFacebookの友達です」
「・・・アーーーー!!!

感激の再会・・と言いたいところだが、早くもこの段階でイ課長は近くから見たビーさんの変わりっぷりに
メマイがしそうだった。

まず顔つきが変わってる。目尻のリフトでもしたんだろうか?こんなツリ目じゃなかったはずだが。
しかも一年前はノーメイクの地味なコだったのに、今やちゃんとお化粧してるではないか。
「おお、去年あなたはノーメイクアップでした。でも今は・・」
「今はしっかり化粧してるって?あっははははは!」
うわぁ、大声で笑ってるよ。一年前はあんなに暗くて口数の少ない、沈んだコだったのに・・。

フと胸元を見ると、うわぁ!タトゥーだぁ!(この業界、刺青したダンサーは少なくないようだ)
「たっ、タトゥー!一年前タトゥーはありませんでした」
「あっははは、こっち見てごらん?」と言って背中を向ける・・うわぁ!もっと大きなタトゥーがぁ!

いやぁ~・・16歳の女のコって1年でここまで変わるもんなんだねぇ。
今のビーさんは見た目も話っぷりもたくましいゴーゴーバーダンサーって感じになってるよ。
仕事がイヤそうだった、ジミな少女の面影が失われたのはイ課長としてはちょっと残念だけど、
ついさっきまで彼女が死んだという知らせを聞くかも・・と覚悟をしてたことを思えば、夢のようさ。
ビーさんは生きてて、今こうして話してる。イ課長の心は羽が生えたように軽くなった。

そうそう肝心なことを聞かなきゃ。一体全体なぜ急にFacebookで消息が途絶えたの?
彼女の答えによると、別の人のアカウントを(スマホを?)使わせてもらうことにしたとか何とか・・
だからお金がかからずに済むようになったとか何とか・・うーんよくわからぬ。友達のスマホを
使えば確かに通信費はタダになるけど、アカウントを作り直す(っていうか、前のも残してるし)理由には
ならないよぁ。彼女がトツゼン音信不通になった理由は主に通信上の何かの変更に伴うものらしけど、
詳細は何だか未だによくわからない(笑)。

「ペイバーしてよ」って言われるかと思ったけど、その勧誘はなかった。
彼女としては「(おそらく入店して間もなかった)去年のアタシを知ってる人だと、照れ臭い」的な
ちょっとした気まずさみたいなのがあったんじゃないかと思う。イ課長だって複雑な気分だったよ。
ビーさんは今や見事にイッパシのゴーゴーバーダンサーだ。でも、もし去年初めてこの店に来た時に
ステージにいたのが今のビーさんだったら、イ課長は別に話をしたいとは思わなかっただろう。

お互い嬉しいような、懐かしいような、ちょっと気まずいような気分でしばし再会を喜び合い、
最後にハグして別れた。もちろん、彼女の新しいFacebookアカウントは教えてもらったから、
今でも彼女はイ課長の友人で、相変わらず日に二つも三つも投稿し、セルフ撮りで
自分のプロフィール写真を取っかえひっかえしてる(笑)。
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実を言うと、去年の9月にビーさんと再会できたのはある意味幸いだったんだよ。
一昨年9月から昨年9月までの彼女の変わりっぷりを100とすれば、昨年9月に再会してから
現在までにさらに110くらい変わってる(笑)。彼女のセルフ撮り写真の変化を見るとホントに驚く。

その後ビーさんは髪も茶色に染め、髪型も変え、お化粧はさらにバッチリになり、男の子みたいだった
太い眉もきれぇ~に整えてる。2014年に初めて会った時のイメージのままで、もしいま会ったら、
とてもビーさんだとは識別できないんじゃないだろうか。

しかし地味で無口だった15歳の(日本流にカウントすれば、だが)女の子が都会に出てきて、
いつまでもそのままでいるわけがない。人はどんどん変わっていく。それが人生ってもんだ。
たまたまイ課長は“変わる前”のジミ~なビーさんを見て、そのジミさゆえに話をしたいと思ったわけで、
これはもうタイミングというか、縁だよね。そういう縁もまたジンセイにはつきものなのだ。

仮にビーさんが今後どんなにケバい厚化粧のアバズレ女になっても(笑)、彼女はイ課長の友人だよ。
「あのコ死んじゃったのかな・・」と半ば覚悟した彼女が実は元気に生きてて、今でも依然として
Facebookの友人であるというだけでイ課長は十分嬉しい。どんなアバズレになってもいいから
これからも元気でいてほしい。しかし、出来ることなら元気なだけじゃなく、ビーさんには
幸福になって欲しいと切に願うイ課長なのである。

 

by tohoiwanya | 2016-02-17 00:07 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 02月 15日

海外の友人たちのジンセイ【その2】

やってる方はご存知のように、Facebookって自分の友人の誰かが誕生日になると必ず
「今日は誰ソレさんの誕生日です」って知らせてくれる。2014年9月にお知り合いになって約3ヶ月後、
12月のある日にビーさん(仮名)の誕生日だというお知らせが表示された。

へぇ、あのコ誕生日か。お祝いメッセージでも送ってあげるか。イ課長のこと覚えてるかな。
9月に18って言ってたから今日から19歳ってことになるよな。彼女のプロフィールを確認したら
確かに1998年生まれとあるから・・・

 
        ・・・えええッ?!

もう一度言うけど、これは2014年12月の話だ。
ってこたぁナニかい?彼女は今年の誕生日でやっと16歳?!じゃ、じゃ、9月にバンコクで会った時
彼女はまだ15歳だったの?!ひぃーーーーーッ!!

「ほとんど高校生くらいに見える」って書いたけど、今年16歳ってことは正真正銘、高校1年じゃん!
ブッたまげたよこれには。なんでイ課長が「18歳?」って聞いたとき、イエスって答えたんだろう?
でもね、愚かなるイ課長でもその理由は何となく推測できた。ああいう業態の店で働くための
年齢制限(下限)に引っかからないように、わざと逆サバ読んだんじゃないかって気がするんだよね。
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まぁバンコクじゃよくある話かもしれないけど、田舎の高校1年生の女のコが都会に出て来て
いきなりハデな大人たちに混じって風俗業界に出稼ぎってのはなぁ・・彼女が仕事イヤそうで、
暗くて無口だった理由が何となくわかってくる。

とにかく誕生日お祝いメッセージは送ってあげよう。
「お誕生日おめでとう。私を覚えてますか?アナタは本当は今日から16歳なのですね?」 
返事はすぐ来た。「17よ(後で知ったんだけど、タイでは満年齢ではなく“かぞえ”でトシを言うらしい)」
「バンコクで会った時あなたは18って言ったから、私はそう思ってました」
「あなた、またバンコク来る?」
「いつかまたバンコクに行きたいと思います。そこであなたに会えたら嬉しいです」

そんなヤリトリがあった後、彼女から時々Facebookでメッセージが届くようになった。
でも話の内容はいつも大体同じなんだよね。

「ハロー、ビーです。元気?あなた、またバンコク来る?」
「元気です。私はまたバンコクに行くことを望みます。私はタイが好きです」
「いつ来る?」
「(い、いつって言われても・・)うーん・・来年とか・・もし可能なら・・」
「何月?」
「(ひー、わかんないよそんなこと)ううう・・ごめんなさい、わかりません」

こんなやりとりが何度かあった。
ビーさん大丈夫かなぁ?孤独感や絶望感にさいなまれているのだろうか?だんだん心配になってくる。
悪い男にひっかかったり、クスリに溺れたり、鬱になってリストカットしたりしないでくれよなぁ・・。

それでもビーさん、Facebookには毎日のように、多い時は日に三つも四つも投稿してくる。
当然それはタイ語で書かれてて(あるいはタイ語のニュースをシェアして)イ課長には読めない。
でもまぁ投稿があるってことは、元気にしてる証拠だ。ところが・・・
 
2015年6月中頃からビーさんの投稿がパタッと途絶えた。
ちょうどイ課長がラオス・タイ旅行を計画してる頃で、どうせ最後は必ずバンコクに寄るから、
ビーさんに再会できるかな、と思ってたんだけど、急にパッタリ消息が途絶えるなんて・・・。
 
最初はスマホをなくしたとか、壊れて新しいのを買うお金がないとか、そういうことかと思ってた。
しかし1ヶ月、2ヶ月と音信不通が長期化するにつれ、何となくイヤな想像が頭をモタゲてくる。
病気?いや病気ならまだいいが、まさか・・。そういやビーさん、店が終わるとバイクタクシーで
アパートに帰るとか言ってたけど、バイク事故でケガとか・・いやケガならまだいいが、まさか・・。
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9月の旅行のバンコク滞在日程も決まり、出発が近づいてきても相変わらずFacebookでは音沙汰なし。
ためしに「元気ですか?私はいついつバンコク行きます」ってメッセージを送ってみたけど返事はなし。
これは・・最初は悪い想像だったものが、だんだんある種の“覚悟”になってきた。6月頃にビーさんに
何かあったらしい。それ以降、音信不通になったってことは、その「何か」は良いことではあり得ない。
サイアクの可能性だって・・・ううう。

チェンマイの後バンコク行ったら、とにかくあの店で彼女の消息を尋ねよう。そう決めた。
店に入って「ミス・ビーは?」と聞いてみよう。すると、店のママさんあたりがイ課長を奥に呼び、
「あなた彼女の知り合い?実はあのコ数ヶ月前に・・」と、バッドニュースを聞かされるかもしれない。
それでもとにかく行くだけは行ってみよう。イ課長はそう決めたのである。

そして話は昨年のラオス・タイ旅行へと移る。ヴィエンチャン、ルアンパバーン、チェンマイと周って
最後の滞在地バンコク。その2晩めに、イ課長はビーさんの消息を確認すべく一年前と同じ
ゴーゴーバーに再び行ったわけだが、長くなったからまた続きは次回だ。

 


by tohoiwanya | 2016-02-15 00:03 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(0)
2016年 02月 12日

海外の友人たちのジンセイ【その1】

2013年6月、ハノイのナンさんに啓蒙されて以来、イ課長は東南アジアにFacebookの友人が増えた。
これはとても嬉しいことだ。

Facebookでつながると、そういう友人たちのその後の様子を垣間見ることもできるわけで、
元気そうな写真が載ってればこっちも嬉しい。しかし世界のどこであれ、人が生きるところには
悲喜こもごもの人生模様があり、出会いがあれば別れもあるのだ。

たとえばタニヤのカラオケで知り合ったプラーさん(仮名)。
昨年9月のラオス・タイ旅行の時に連絡してみたんだけど、返事がない。そのちょっと前の時期に
Facebookに載った写真を見てたら、どうも医者通い(か、入院?)した時期があったみたいで
体調を崩したっぽいんだよなぁ。カラオケ勤めも辞めてるのかもしれない。詳細はわからないけど、
タイの友人・プラーさんには幸福であってほしいと切に願う。

これまた以前に書いたスーさん(仮名)とも残念ながらもう会えなさそうだ。
やはり昨年9月、バンコク行くよって連絡してみたら「会えない、ごめん」と返事が来た。
ってことはマッサージ屋の仕事は辞めて、別の仕事についたのかな。あまり立ち入ったこと聞けんが。
だが、再会がかなわないとしても、やはりイ課長としてはスーさんの幸福も切に願うものなのである。
時々イ課長の投稿にイイネを押してくれてるから、スーさん、とりあえず元気ではいるようだ。

と、まぁそんなこんなで、たかが数年の間にも海外の友人たちの人生にはいろんなことがある。
2013年に初めて会った時は独身だったナンさんは今やお母さんで、かわいい娘さんはすくすく育ってるし、
プノンペンの義兄弟・ルイの(たぶん下の)息子は小学校に入ったらしい。東南アジアの友人たちの
悲喜こもごもの人生模様を乗せて、今日も地球は回るのである。
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さて、イ課長の海外Facebook友達には一人だけ、ゴーゴーバー業界にお勤めの女性がいる。
最初に行った時のノッポギャルではなく、その次に行った時の高見恭子さんでもない。
ビーさん(仮名)という人で、2014年9月にソイ・カウボーイのゴーゴーバーでお知り合いになった。

ゴーゴーバーじゃ過去に深い反省を強いられたこともあるけど、懲りずに空港に向かうまでの時間つぶしに
入った店で、ダンサーをご指名しようなんて野心はまったく持ってなかった(笑)。
この時は過去に行った大型有名店ではなく、やや小さくてショボめの店に初めて入ったんだけど、
その店のステージで踊ってたのがビーさんだったのである。

このビーさん、とにかくステージの上でいろんな意味でやけに目立ってたんだよ。
一人だけノーメイク、髪型もシンプルで短め、眉も太くて、まぁとにかく素朴な感じのコだった。
年もすごく若そうでほとんど高校生くらいに見えた。しかもステージ上じゃ愛想ってものが全然なくて、
「この仕事やだなぁ」と思ってる様子がアリアリ。たぶん田舎から出稼ぎで来てるんだろうなぁ。
ハデ系バッチリメイクのお姉さまたちに混じってそんなコが一人いれば、そりゃもうすごく目立つ。

深夜便までのヒマつぶし(7時半頃だったかなぁ)ってことは、ゴーゴーバーにとっては開店早々で
客も少なかった。ビーさんの方も自分を見てるイ課長に気付いたようで、「アタシのこと呼んでよ」みたいな
合図を送ってくるけど、そういう時も笑顔ゼロ。やけにブアイソな彼女と話をしてみたくなったから席に呼んだ。

イ課長のとなりでドリンク飲み始めても相変わらず笑顔はなく、口数は少なく、雰囲気は暗い。
「あなたはいくつですか?」
「いくつに見える?」
「うーーーん・・・18?」
「イエス、エイティーン」
「エイティーン・・・あなたのホームタウンはどこですか?」
「イーサーン」

例によってまず年齢と出身地を聞くイ課長。
18歳と聞いた時は思わず「オレがタイに絵本を送った当時は7歳くらいか?」なんて計算したけど、
イーサーンといえば絵本の送り先だったパヤオとはまるっきり離れてる。

でも別の意味で驚いたよ。昨年会った高見恭子さんと同じイーサーンの出身とは。
イーサーンってタイの中でも貧しい地方で、風俗業界への出稼ぎも多いって話は読んだことあるけど
実際ホントに多いんだねぇ。イ課長が話をした三人のうち二人がそうなんだから。

「アナタ、あたしのことペイバーする?」
「あーごめん、私はこの後の飛行機で日本に帰るのです」
「アナタがペイバーしてくれたら、あたし今日はもうステージに立たなくて済むの」
「うっ・・・ご、ごめんなさい。私は時間があまりないのです」

展開としては2013年に初めてゴーゴーバーに入った時とそっくりだけど、印象はまるで違う。
ビーさんの場合、「稼ぎたい」っていうより「ステージに立ちたくない」という思いが強いみたいなんだよ。
ペイバーされれば客と付き合わなきゃいけないわけだけど、彼女にとってはステージに立つよりは
まだマシということなのか。
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結局、この時にアカウント名を交換してビーさんとFacebook友達になったのである。
この後、ビーさんとのFacebookつながりは意外な展開を見せるんだけど、続きは次回だ。

 

by tohoiwanya | 2016-02-12 00:15 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(0)