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2016年 11月 25日

ロンドンの借りをロンドンで返す

久しぶりにロンドンネタを一つ。
いよいよ銀婚旅行も最後を迎え、パディントン駅からヒースローエクスプレスに乗って
空港に向かおうって時の話。

少し時間があったからトホ妻は土産を買うという。それじゃ、っていうんで待ち合わせ時間を決め、
トホ妻はW.H.Smithに買い物、イ課長は駅出口ンとこにある喫煙所でタバコを吸ってた。
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まだ時間あるなぁ・・何してよっかなぁ?って感じでボンヤリそこらを眺めていたら、んん?
軍人さんらしき制服姿の男性たちがバケツを持って立ってる。
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ピキーン! たちまちイ課長の記憶回路が作動。
むかーしセント・パンクラス駅で巨大着ぐるみ+バケツ隊の姿を見て、意味がわからず
何のオフザケなのかしらと思ったって記事を書いた。当時は知らなかったのだ。

しかし愚かなるイ課長だってその後少しは世界についての知識を増やした。
今やロンドンの駅でバケツを持った人を見ればすぐ察しがつくさ。ありゃ募金に違いない。
よし、あの頃よりちったぁ利口になったイ課長が今回は軽やかに募金してくれようじゃないの。

しかしその前にちょっと様子を観察してみる。
この人はさっきの軍人さんとはまた違う人で、スラリとした軍服姿がなかなかカッコいい。
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この軍人さん、立ち姿がカッコいいせいか、やけに駅利用者から声をかけられてるね。
募金のためにっていうんじゃなく、何となく「道を聞かれている」といった様子にみえるんだが(笑)。
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ほらまた。まさか「○○行きは何番線ですかぁ?」なんて聞いてるわけじゃないよな?
聞かれた軍人さんだって困るよな。
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おっ、何と、このヒト顔がやけに二枚目。制服も似合うし、こりゃーモテそうだ。
やっぱカッコいい二枚目の軍人さんには人が寄ってくるのかね。
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さて、じゃ、イ課長も募金するか。
お?さっきの二枚目軍人サンがいなくなったぞ。しかし大丈夫。バケツを持った兵隊さんは
パディントン駅のそこココにいるのである。

よし、じゃ、まだ少年兵の面影を残すボーイズのバケツに募金しよう。
どうせ最後だから、ポンドより細かいペンスの硬貨は片っ端からあげちゃえ(持ってると重いし)。

ジャララっとコインを入れると御礼を言ってくれた。
そこで例によって図々しく撮影モデルを依頼。にっこり笑ってカメラに収まってくれた。
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なかなか凛々しくてハンサムなボーイズたちではないか。
胸のプリントを見て、ほほうと思って「エアフォース?」と聞くと、元気のいい声で
「はい、ナントカカントカです!」と返事してくれた。だが英語だから内容はよくわからない(笑)。
後で調べたらBenevolentって「慈善」って意味だ。王立空軍慈善基金。なーるほど。

2010年秋にセント・パンクラス駅のバケツ隊を見たときは、清掃職員のオフザケかと思って
目的が募金とは知らず写真だけ撮ってきてしまった。あン時は申し訳ないことをしたと思う。
だがあれから6年。今回は「駅のバケツ隊=募金集め」にちゃんと募金し、気分のイイところを
モデルになってもらえた。ロンドンに6年ごしの借りを返したようでイ課長も気分がよかったのである。


 

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by tohoiwanya | 2016-11-25 00:26 | 2016.06 英国銀婚旅行
2016年 09月 25日

南西鉄道から英国人気質を考える

先日、某クレジットカード会社のセキュリティ管理部からイ課長に一通の封書が届いた。
おおお、これは南西鉄道のリファンド請求結果の正否を知らせる通知に違いない。
さっそく震える手で(←やや大げさ)バリバリと開封。

          ご請求金額に対する処理経過のご報告
さて、先般ご照会をいただきました海外からのご請求代金につきまして、下記の通り
お取り扱いさせて頂きましたことをご報告申し上げます。


下記の通りってことは、失敗したか成功したかは下の行に書いてあるわけだな?
ところが読んでみると・・・

内容をご確認いただき、ご不明な点がございましたら、お手数ではございますが上記担当まで・・・

なんだよ。下に書かれたこの文章だけじゃ、まだコトの正否がわからんではないか。
もう紙の半分くらいまで読んだのにまだカンジンのことが書かれておらん。
南西鉄道へのリファンド請求は成立したのか?しなかったのか?

その下には問題となった南西鉄道の請求明細が記されてる。これはわかってるよ。でも
結局この金額がどうなったの?戻ってくるの?こないの?
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あと残ってるのは数行の「特記事項」だけ。記述内容の4/5くらいまで読み進んでも
まだ結論がわからないってすごい引っぱりかただな。
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取り消し申請が成立いたしましたことを・・・成立いたしましたことを・・(コダマ)

はぁぁぁぁぁ~~~~・・すまん、イ課長に3.5か月分のため息をつかせてくれ・・・。
これでやっとワタクシは南西鉄道とナンの関係もない一人の市民に戻れるわけですね(笑)。
本格的な夏にもならない6月1日に始まった南西鉄道との泥沼のタタカイ。秋風吹き始めた
9月後半にようやく終わった。いやー長い戦いだったぜ。

この結果をトホ妻に話し、とりあえず「粘り勝ち」だと喜びあったわけだけど、そこから
何となく話が発展して英国人気質の話になった。トラブルに直面した時の英国人の態度って
ちょっと他の国と違うような気がするんだよね。

今回の南西鉄道とか、ロンドン地下鉄のヒドさ(これはいずれ詳しく書く)とか、英国において
「ひでぇ」という思いを抱くことは多い。これはガイジンじゃなく、英国人自身だって同じはずで
住んでる者の方が旅行者よりも「ひでぇ」に遭遇する回数は圧倒的に多いことになる。

でも英国人にはそういう「ひでぇ」に対する感情反応があまり見られないような気がする。
これは今回の旅行でも、以前の出張でも感じたことで、乗ってた地下鉄がトツゼン運行をやめて
「はいこの駅で全員降りな」なんてヒドい状況でも、怒るでも騒ぐでもなく「あ~あ・・・」って感じで
それに従う。同じことがパリやローマで起きたらどうだろうか?みんなもっと騒がないか?
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たまたま旅行前に読んだ英国史の内容でもちょっと思い当たるフシがある。
第二次大戦、陸続きだったベルギーやフランスは早々にドイツに降伏し、島国だった英国だけが
ロンドンをボッコボコに空襲されながらも、とにかく耐え、降伏もせずに持ちこたえた。
もし仮にフランスが島国で、だよ?他の欧州同盟国がほとんどドイツに降伏しちゃった状況で、
パリをバカスカ空襲されながらフランス人はジッと耐えられただろうか?どうもラテン人気質に
「耐え忍ぶ」というイメージは重ならないのだが・・(←偏見)。

こういう英国人の気質。「忍耐力が強い」っていうのとはちょっと違う気がするんだよ。
乗ろうと思ってた地下鉄が動いてない。それに驚くでもなく、怒るでもなく、絶望するでもなく、
「あー、こういう状況に当たっちまった」って感じで仕方なく受け入れてるような感じ。

どうも根本的に英国人には楽天性がないというか、悪い状況が起きる(かもしれない)ことも
あるかもなぁと思いながら生きてるような印象があるんだよね。強いて近い表現としては
「醒めてる」とでも言うべきか。
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大震災やら、電車ストップやらで大混乱になるべき時も、日本人は暴動も起こさず秩序正しい・・
みたいなことは海外でよく言われる。英国人の気質は日本のそういうのともまたちょっと違う気が
するんだけど、行動として現れる部分では似てるのかもしれない。まぁ日本人の場合、地震や台風には
慣れてるという要素があるわけで・・・そうか、そういう点じゃ英国人も「ひでぇ」に慣れてるのか(笑)。

とにかく、災厄に直面した時の英国人の反応ってちょっと独特って気がするんだよね。
今回の南西鉄道トラブルみたいに何度クレームメールを送っても返信なし、なんて事態に英国人が
遭遇したらどうするのか?「泣き寝入りしねぇぞくぬやろう」って感じでイ課長みたいに粘るのか?
意外にあっさり諦めちゃうのか?地元民ならではの何か上手な対処方法があるのか?

「英国人のトラブル対処法」がどういうものか、イ課長としても非常に興味深い。
何しろ南西鉄道みたいな鉄道会社がある国で暮らしてるわけだからねぇ(笑)。
もしそういう事例をご存知の方がいたらぜひご報告いただきたいと思うのである。


 
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by tohoiwanya | 2016-09-25 00:03 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(10)
2016年 04月 08日

愚かなるドジの後始末 その2

警官詰め所をあきらめたイ課長は仕方なくインフォメーションカウンターの方に行って、
そこにいた若い男性係員にイ課長が何を探しているのか、ヘボ英語で説明し始めた。
彼もイ課長と同程度の英語レベルだったようで、そのおかげでコミュニケーションは
意外に良好で(笑)、イ課長の言いたい主旨は伝わった。
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もう一つ幸いだったのは、この時イ課長がシェムリアップで予約した時のバスのチケットを
まだ持ってたことだ。ここに書かれてることの多くがタイ語みたいで、これを見せながら
シェムリアップからバンコクに昨日着いたと言えば、対象となる国境越えバスは一つしかないから
相手も状況を把握しやすかったんだと思う。
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若い男性係員はかなり長い時間をかけてどこかに電話をしていた。
そこからかなり長い時間待たされると、今度はすごく太ったオバさん職員が現れた。
体格からして明らかにエラい責任者っぽい(笑)。再び彼女に状況を説明したわけだけど、
すでに状況を飲み込んだ若い男性係員がタイ語で補足してくれるし(意味はわからんが)、
さっきも言ったようにチケットの現物があるから、彼女も意外にスムーズに状況を理解してくれた。

ここから彼女はそこにあった電話で、さらに自分の携帯も使ってあちこちに電話し始めた。
どうやら国境越えバスの運行会社、さらにイ課長が予約したシェムリアップのナタカン旅行社にも
電話していたと思われる。いやーこんなに一生懸命捜索してくれるとは思わなかったなー。
携帯電話代だってかかるだろうに・・いろいろご面倒をおかけしてしまいまして・・・。
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この太ったオバさん責任者、あまり英語が得意でないようで、電話の途中で時々イ課長に
質問するんだけど、タイ語で聞いてくる。そうなるとこんどはイ課長がわからない。

すると何と、そばの窓口でたまたまバスのチケットを買おうとしていた見知らぬタイのご婦人が
見かねて通訳してくれた。英語の上手な人のようだ。太った女性責任者、たまたま通訳になったご婦人、
そしてイ課長による3人のやり取りはこんな感じ。

責「(携帯で話しながらイ課長に)กระเป๋าที่คุณจะต้องนำเงินคือสิ่งที่ไม่มีรูปแบบ?」
婦「(英語で)あなたがお金を入れていた財布はどのようなものでしたか?」
イ「(英語で)あー財布ではありません。エンヴェロープ(封筒)です」
婦「おー...ในขณะที่เขาได้นำเงินในซองจดหมายมากกว่ากระเป๋าสตางค์」
責「(携帯で話してる相手に)และฉันซองมากกว่ากระเป๋าสตางค์」

こんな調子だから一つの質問&確認にも時間がかかる。
太った女性責任者は粘り強くあちこちに携帯で問い合わせてくれるし、たまたま居合わせたために
通訳を強いられたご婦人も「あんまり時間がないんだけど・・」と言いながらもギリギリまで
イ課長をなんとか助けようとしてくれた。あーなんてイイ人たちなんだろう。

ここに来たときは自己処罰、ヤルだけのことはヤレ、という半分ヤケクソ的な気分だったけど、
こうやって何人ものタイ人の善意に接して、スサんでいたイ課長の心がだんだん軽くなっていく。

この太った女性責任者は結局バス会社だのシェムリアップだの、あちこちに長電話してくれて、
ナンだカンだで軽く1時間くらいイ課長のために尽力してくれた。
そして最後にとうとう彼女は首を振って言った。

「見つからないわ」

オーケー。わかった。ありがとう。
インフォメーションにいた若い男性係員に話をしてから、すでに2時間くらい経過したはずだ。
イ課長としてヤルだけのことはやったし、アナタがたはそれ以上にやってくれた。落し物をした
バカな外人・イ課長のためにだ。本当にありがとう。サンキュー。コープクンカッ(プ)。

万一お金が出てきた場合に備えてイ課長の携帯番号を教えたけど、もう金は完全に諦めがついた。
でも記念?のために、最初イ課長に対応してくれたインフォメーションの若い男性係員と、あちこちに
問い合わせてくれた女性責任者の写真は欲しい(残念ながら通訳をしてくれたご婦人はすでに
バスに乗るために去ってしまっていたのだ)。そこで頼んでみたらニッコリOKしてくれた。
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イ課長はこの二人の名前を知らない。メールアドレスとかも聞かなかったから、残念ながら
写真を送ることもできない。この場を借りて深い感謝とともに掲載させていただきます。
สองพนักงานของสถานีขนส่งสายเหนือขอขอบคุณเป็นอย่างมาก

前にも書いたけど、この後、複雑な通路を通って最初に来た市バス乗り場に戻ったら、さっき
警察の前まで案内してくれたオッサンに再会したわけだ。手を上げて彼と挨拶を交わしたときは
イ課長のスサンでた気分もだいぶ回復したよ。お金は見つからないけど、タイ人の善意には
たっぷり接することができた。何度も言うけど、どうもありがとうタイのみなさん。
最初は自己処罰のつもりだったけど、あのバスターミナルに行って良かったなぁと今でも思っている
イ課長なのである。ขอบคุณมาก!

 
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by tohoiwanya | 2016-04-08 00:08 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(4)
2016年 02月 17日

海外の友人たちのジンセイ【その3】

イ課長は水商売とか風俗業界とかで働く女性の消息を尋ねるなんてこと(あんた、あのコのなんなのさ?
やったことがない。それを、こんないいトシこいて、しかも外国で初めてやることになるとはなぁ・・。
その上、その消息がどう考えても悪い知らせっぽいっていうんだから気持ちも暗くなる。

いつ行ってもネオン華やかなソイ・カウボーイ。しかし、その夜のイ課長の足取りは重かった。

1年前と同じ場所に同じ店はあった。
入ると、店内の様子も一年前と特に変わってない。ステージ上でフラフラと何人かのダンサーが
踊ってる。しかし、当然のことながらビーさんの姿はない。
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去年来たときと同じように、まだ早い時間で客は少ない。
ビーさんの消息を聞くのに、混んで騒々しい時間は避けたかったから少し早めに来たのだ。
ビールをちびちび飲んでると、やがてダンサー交代タイム。別チームがステージに上がってきた。


  ・・・え?

     ・・・えええッ?!・・・
 
             あれ
・・・ビーさん?!



ちょっと面変わりしてるけど、あれビーさんだ・・生きてる。
事故か自殺か殺人か、何かの理由で2015年6月に死んでしまったのでは・・とマジで心配(覚悟)した
そのコが生きてる・・・・ああ・・あのコ死んでない・・生きてる・・・よかったぁぁ・・。
精神的緊張がイッキにゆるみ、イ課長の全身からシュルシュルと力が抜けていく。

ホッとしてヘナヘナになったイ課長のとなりにママさんらしきご婦人が来て、ドスンと座った。
まだ客が少なかったから狙いをつけられたんだろ。本来ならビーさんの消息を聞く絶好のタイミングだけど、
もうその必要はなくなったよ・・・あああ・・・彼女、生きてるじゃん。

「みんなカワイイでしょ?」ステージを見ながらママさんが言う。誰かご指名しろってことか。
イ課長はステージを見たまま半分ウワの空で「私、あのコ・・知ってます・・・ミス・ビー・・」と答える。
「あのコ、呼ぶ?」
「あ・・はい・・イエス」
ママさんがステージに向かってタイ語で何か言うと、ビーさんが降りてきた。

ビーさん、隣りに座っても最初はイ課長のことがわからなかったようだ。
「私を覚えてないですか?」
「・・・??・・」
「私、あなたのFacebookの友達です」
「・・・アーーーー!!!

感激の再会・・と言いたいところだが、早くもこの段階でイ課長は近くから見たビーさんの変わりっぷりに
メマイがしそうだった。

まず顔つきが変わってる。目尻のリフトでもしたんだろうか?こんなツリ目じゃなかったはずだが。
しかも一年前はノーメイクの地味なコだったのに、今やちゃんとお化粧してるではないか。
「おお、去年あなたはノーメイクアップでした。でも今は・・」
「今はしっかり化粧してるって?あっははははは!」
うわぁ、大声で笑ってるよ。一年前はあんなに暗くて口数の少ない、沈んだコだったのに・・。

フと胸元を見ると、うわぁ!タトゥーだぁ!(この業界、刺青したダンサーは少なくないようだ)
「たっ、タトゥー!一年前タトゥーはありませんでした」
「あっははは、こっち見てごらん?」と言って背中を向ける・・うわぁ!もっと大きなタトゥーがぁ!

いやぁ~・・16歳の女のコって1年でここまで変わるもんなんだねぇ。
今のビーさんは見た目も話っぷりもたくましいゴーゴーバーダンサーって感じになってるよ。
仕事がイヤそうだった、ジミな少女の面影が失われたのはイ課長としてはちょっと残念だけど、
ついさっきまで彼女が死んだという知らせを聞くかも・・と覚悟をしてたことを思えば、夢のようさ。
ビーさんは生きてて、今こうして話してる。イ課長の心は羽が生えたように軽くなった。

そうそう肝心なことを聞かなきゃ。一体全体なぜ急にFacebookで消息が途絶えたの?
彼女の答えによると、別の人のアカウントを(スマホを?)使わせてもらうことにしたとか何とか・・
だからお金がかからずに済むようになったとか何とか・・うーんよくわからぬ。友達のスマホを
使えば確かに通信費はタダになるけど、アカウントを作り直す(っていうか、前のも残してるし)理由には
ならないよぁ。彼女がトツゼン音信不通になった理由は主に通信上の何かの変更に伴うものらしけど、
詳細は何だか未だによくわからない(笑)。

「ペイバーしてよ」って言われるかと思ったけど、その勧誘はなかった。
彼女としては「(おそらく入店して間もなかった)去年のアタシを知ってる人だと、照れ臭い」的な
ちょっとした気まずさみたいなのがあったんじゃないかと思う。イ課長だって複雑な気分だったよ。
ビーさんは今や見事にイッパシのゴーゴーバーダンサーだ。でも、もし去年初めてこの店に来た時に
ステージにいたのが今のビーさんだったら、イ課長は別に話をしたいとは思わなかっただろう。

お互い嬉しいような、懐かしいような、ちょっと気まずいような気分でしばし再会を喜び合い、
最後にハグして別れた。もちろん、彼女の新しいFacebookアカウントは教えてもらったから、
今でも彼女はイ課長の友人で、相変わらず日に二つも三つも投稿し、セルフ撮りで
自分のプロフィール写真を取っかえひっかえしてる(笑)。
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実を言うと、去年の9月にビーさんと再会できたのはある意味幸いだったんだよ。
一昨年9月から昨年9月までの彼女の変わりっぷりを100とすれば、昨年9月に再会してから
現在までにさらに110くらい変わってる(笑)。彼女のセルフ撮り写真の変化を見るとホントに驚く。

その後ビーさんは髪も茶色に染め、髪型も変え、お化粧はさらにバッチリになり、男の子みたいだった
太い眉もきれぇ~に整えてる。2014年に初めて会った時のイメージのままで、もしいま会ったら、
とてもビーさんだとは識別できないんじゃないだろうか。

しかし地味で無口だった15歳の(日本流にカウントすれば、だが)女の子が都会に出てきて、
いつまでもそのままでいるわけがない。人はどんどん変わっていく。それが人生ってもんだ。
たまたまイ課長は“変わる前”のジミ~なビーさんを見て、そのジミさゆえに話をしたいと思ったわけで、
これはもうタイミングというか、縁だよね。そういう縁もまたジンセイにはつきものなのだ。

仮にビーさんが今後どんなにケバい厚化粧のアバズレ女になっても(笑)、彼女はイ課長の友人だよ。
「あのコ死んじゃったのかな・・」と半ば覚悟した彼女が実は元気に生きてて、今でも依然として
Facebookの友人であるというだけでイ課長は十分嬉しい。どんなアバズレになってもいいから
これからも元気でいてほしい。しかし、出来ることなら元気なだけじゃなく、ビーさんには
幸福になって欲しいと切に願うイ課長なのである。

 
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by tohoiwanya | 2016-02-17 00:07 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 02月 15日

海外の友人たちのジンセイ【その2】

やってる方はご存知のように、Facebookって自分の友人の誰かが誕生日になると必ず
「今日は誰ソレさんの誕生日です」って知らせてくれる。2014年9月にお知り合いになって約3ヶ月後、
12月のある日にビーさん(仮名)の誕生日だというお知らせが表示された。

へぇ、あのコ誕生日か。お祝いメッセージでも送ってあげるか。イ課長のこと覚えてるかな。
9月に18って言ってたから今日から19歳ってことになるよな。彼女のプロフィールを確認したら
確かに1998年生まれとあるから・・・

 
        ・・・えええッ?!

もう一度言うけど、これは2014年12月の話だ。
ってこたぁナニかい?彼女は今年の誕生日でやっと16歳?!じゃ、じゃ、9月にバンコクで会った時
彼女はまだ15歳だったの?!ひぃーーーーーッ!!

「ほとんど高校生くらいに見える」って書いたけど、今年16歳ってことは正真正銘、高校1年じゃん!
ブッたまげたよこれには。なんでイ課長が「18歳?」って聞いたとき、イエスって答えたんだろう?
でもね、愚かなるイ課長でもその理由は何となく推測できた。ああいう業態の店で働くための
年齢制限(下限)に引っかからないように、わざと逆サバ読んだんじゃないかって気がするんだよね。
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まぁバンコクじゃよくある話かもしれないけど、田舎の高校1年生の女のコが都会に出て来て
いきなりハデな大人たちに混じって風俗業界に出稼ぎってのはなぁ・・彼女が仕事イヤそうで、
暗くて無口だった理由が何となくわかってくる。

とにかく誕生日お祝いメッセージは送ってあげよう。
「お誕生日おめでとう。私を覚えてますか?アナタは本当は今日から16歳なのですね?」 
返事はすぐ来た。「17よ(後で知ったんだけど、タイでは満年齢ではなく“かぞえ”でトシを言うらしい)」
「バンコクで会った時あなたは18って言ったから、私はそう思ってました」
「あなた、またバンコク来る?」
「いつかまたバンコクに行きたいと思います。そこであなたに会えたら嬉しいです」

そんなヤリトリがあった後、彼女から時々Facebookでメッセージが届くようになった。
でも話の内容はいつも大体同じなんだよね。

「ハロー、ビーです。元気?あなた、またバンコク来る?」
「元気です。私はまたバンコクに行くことを望みます。私はタイが好きです」
「いつ来る?」
「(い、いつって言われても・・)うーん・・来年とか・・もし可能なら・・」
「何月?」
「(ひー、わかんないよそんなこと)ううう・・ごめんなさい、わかりません」

こんなやりとりが何度かあった。
ビーさん大丈夫かなぁ?孤独感や絶望感にさいなまれているのだろうか?だんだん心配になってくる。
悪い男にひっかかったり、クスリに溺れたり、鬱になってリストカットしたりしないでくれよなぁ・・。

それでもビーさん、Facebookには毎日のように、多い時は日に三つも四つも投稿してくる。
当然それはタイ語で書かれてて(あるいはタイ語のニュースをシェアして)イ課長には読めない。
でもまぁ投稿があるってことは、元気にしてる証拠だ。ところが・・・
 
2015年6月中頃からビーさんの投稿がパタッと途絶えた。
ちょうどイ課長がラオス・タイ旅行を計画してる頃で、どうせ最後は必ずバンコクに寄るから、
ビーさんに再会できるかな、と思ってたんだけど、急にパッタリ消息が途絶えるなんて・・・。
 
最初はスマホをなくしたとか、壊れて新しいのを買うお金がないとか、そういうことかと思ってた。
しかし1ヶ月、2ヶ月と音信不通が長期化するにつれ、何となくイヤな想像が頭をモタゲてくる。
病気?いや病気ならまだいいが、まさか・・。そういやビーさん、店が終わるとバイクタクシーで
アパートに帰るとか言ってたけど、バイク事故でケガとか・・いやケガならまだいいが、まさか・・。
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9月の旅行のバンコク滞在日程も決まり、出発が近づいてきても相変わらずFacebookでは音沙汰なし。
ためしに「元気ですか?私はいついつバンコク行きます」ってメッセージを送ってみたけど返事はなし。
これは・・最初は悪い想像だったものが、だんだんある種の“覚悟”になってきた。6月頃にビーさんに
何かあったらしい。それ以降、音信不通になったってことは、その「何か」は良いことではあり得ない。
サイアクの可能性だって・・・ううう。

チェンマイの後バンコク行ったら、とにかくあの店で彼女の消息を尋ねよう。そう決めた。
店に入って「ミス・ビーは?」と聞いてみよう。すると、店のママさんあたりがイ課長を奥に呼び、
「あなた彼女の知り合い?実はあのコ数ヶ月前に・・」と、バッドニュースを聞かされるかもしれない。
それでもとにかく行くだけは行ってみよう。イ課長はそう決めたのである。

そして話は昨年のラオス・タイ旅行へと移る。ヴィエンチャン、ルアンパバーン、チェンマイと周って
最後の滞在地バンコク。その2晩めに、イ課長はビーさんの消息を確認すべく一年前と同じ
ゴーゴーバーに再び行ったわけだが、長くなったからまた続きは次回だ。

 

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by tohoiwanya | 2016-02-15 00:03 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(0)
2016年 02月 12日

海外の友人たちのジンセイ【その1】

2013年6月、ハノイのナンさんに啓蒙されて以来、イ課長は東南アジアにFacebookの友人が増えた。
これはとても嬉しいことだ。

Facebookでつながると、そういう友人たちのその後の様子を垣間見ることもできるわけで、
元気そうな写真が載ってればこっちも嬉しい。しかし世界のどこであれ、人が生きるところには
悲喜こもごもの人生模様があり、出会いがあれば別れもあるのだ。

たとえばタニヤのカラオケで知り合ったプラーさん(仮名)。
昨年9月のラオス・タイ旅行の時に連絡してみたんだけど、返事がない。そのちょっと前の時期に
Facebookに載った写真を見てたら、どうも医者通い(か、入院?)した時期があったみたいで
体調を崩したっぽいんだよなぁ。カラオケ勤めも辞めてるのかもしれない。詳細はわからないけど、
タイの友人・プラーさんには幸福であってほしいと切に願う。

これまた以前に書いたスーさん(仮名)とも残念ながらもう会えなさそうだ。
やはり昨年9月、バンコク行くよって連絡してみたら「会えない、ごめん」と返事が来た。
ってことはマッサージ屋の仕事は辞めて、別の仕事についたのかな。あまり立ち入ったこと聞けんが。
だが、再会がかなわないとしても、やはりイ課長としてはスーさんの幸福も切に願うものなのである。
時々イ課長の投稿にイイネを押してくれてるから、スーさん、とりあえず元気ではいるようだ。

と、まぁそんなこんなで、たかが数年の間にも海外の友人たちの人生にはいろんなことがある。
2013年に初めて会った時は独身だったナンさんは今やお母さんで、かわいい娘さんはすくすく育ってるし、
プノンペンの義兄弟・ルイの(たぶん下の)息子は小学校に入ったらしい。東南アジアの友人たちの
悲喜こもごもの人生模様を乗せて、今日も地球は回るのである。
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さて、イ課長の海外Facebook友達には一人だけ、ゴーゴーバー業界にお勤めの女性がいる。
最初に行った時のノッポギャルではなく、その次に行った時の高見恭子さんでもない。
ビーさん(仮名)という人で、2014年9月にソイ・カウボーイのゴーゴーバーでお知り合いになった。

ゴーゴーバーじゃ過去に深い反省を強いられたこともあるけど、懲りずに空港に向かうまでの時間つぶしに
入った店で、ダンサーをご指名しようなんて野心はまったく持ってなかった(笑)。
この時は過去に行った大型有名店ではなく、やや小さくてショボめの店に初めて入ったんだけど、
その店のステージで踊ってたのがビーさんだったのである。

このビーさん、とにかくステージの上でいろんな意味でやけに目立ってたんだよ。
一人だけノーメイク、髪型もシンプルで短め、眉も太くて、まぁとにかく素朴な感じのコだった。
年もすごく若そうでほとんど高校生くらいに見えた。しかもステージ上じゃ愛想ってものが全然なくて、
「この仕事やだなぁ」と思ってる様子がアリアリ。たぶん田舎から出稼ぎで来てるんだろうなぁ。
ハデ系バッチリメイクのお姉さまたちに混じってそんなコが一人いれば、そりゃもうすごく目立つ。

深夜便までのヒマつぶし(7時半頃だったかなぁ)ってことは、ゴーゴーバーにとっては開店早々で
客も少なかった。ビーさんの方も自分を見てるイ課長に気付いたようで、「アタシのこと呼んでよ」みたいな
合図を送ってくるけど、そういう時も笑顔ゼロ。やけにブアイソな彼女と話をしてみたくなったから席に呼んだ。

イ課長のとなりでドリンク飲み始めても相変わらず笑顔はなく、口数は少なく、雰囲気は暗い。
「あなたはいくつですか?」
「いくつに見える?」
「うーーーん・・・18?」
「イエス、エイティーン」
「エイティーン・・・あなたのホームタウンはどこですか?」
「イーサーン」

例によってまず年齢と出身地を聞くイ課長。
18歳と聞いた時は思わず「オレがタイに絵本を送った当時は7歳くらいか?」なんて計算したけど、
イーサーンといえば絵本の送り先だったパヤオとはまるっきり離れてる。

でも別の意味で驚いたよ。昨年会った高見恭子さんと同じイーサーンの出身とは。
イーサーンってタイの中でも貧しい地方で、風俗業界への出稼ぎも多いって話は読んだことあるけど
実際ホントに多いんだねぇ。イ課長が話をした三人のうち二人がそうなんだから。

「アナタ、あたしのことペイバーする?」
「あーごめん、私はこの後の飛行機で日本に帰るのです」
「アナタがペイバーしてくれたら、あたし今日はもうステージに立たなくて済むの」
「うっ・・・ご、ごめんなさい。私は時間があまりないのです」

展開としては2013年に初めてゴーゴーバーに入った時とそっくりだけど、印象はまるで違う。
ビーさんの場合、「稼ぎたい」っていうより「ステージに立ちたくない」という思いが強いみたいなんだよ。
ペイバーされれば客と付き合わなきゃいけないわけだけど、彼女にとってはステージに立つよりは
まだマシということなのか。
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結局、この時にアカウント名を交換してビーさんとFacebook友達になったのである。
この後、ビーさんとのFacebookつながりは意外な展開を見せるんだけど、続きは次回だ。

 
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by tohoiwanya | 2016-02-12 00:15 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(0)
2015年 12月 28日

ラオスのあの人に御礼を言おう

イ課長は他人から何か恩義を受けたとか、助けてもらったといったような場合、
その恩義に応える、感謝を伝える、お礼を言うといったことを非常に重視する。

同じような気持ちは誰でも持つだろうけど、イ課長はその「持ち方」がやや強いようで、
「助けてもらったあの人に、ナンとしてでもお礼も言わねヴァ!」的な思いにとらわれる。
それができないと「あの時お礼を言わずに来てしまった・・」とずっと後悔するわけで、恩人に対して
御礼を言えるか言えないかは(やや大げさに言えば)その後の人生に抱える後悔が一つ増えるか、
増えないかという重大事なのだ、イ課長には。

さて、以前に書いたこの記事を覚えておられる方はいるだろうか?
この時(今はもう航空会社をバラすけど)ラオス国営航空のミス○○のおかげでイ課長は愚かなる自分の
愚かな予約ミスを救ってもらった。

「予約管理がその人の仕事なんだから、わざわざ御礼言うほどのことじゃない」と言えばそれまでだけど、
うけた恩義に対してお礼を言うことにやたらこだわるイ課長だから、ミス○○の勤務先であるヴィエンチャンの
ワッタイ空港を利用する時に何とかお礼の気持ちを伝えたいと思っていろいろ方法を検討した。

ミス○○ってのもナンだから、この記事では彼女の名前を仮にサタナハマ・ヤラワーンさんとしておこう。
コマーシャル・ディヴィジョンっつうから、ミス・ヤラワーンはラオス国営航空の営業部勤務なんだと思われる。
 
航空会社の社員で、一般の乗客が接する機会があるのは搭乗手続きカウンター職員か、あとは
機内のCAくらいだ。しかしそういう接客系業務を営業部員が担当してる可能性は低いんじゃないか?
しかしチェックインカウンターで「営業部のミス・ヤラワーンをここに呼んでほしい」と要求するのはムリがある。
彼女の仕事を邪魔する可能性が極めて高いからそれは避けねばならぬ。
f0189467_13534768.jpg
 
結局、ミス・ヤラワーンにジカに会うのは難いだろうという結論に達し、手紙作戦で行くことにした。
「アナタがアレンジしてくれた変更のおかげで私は今日こうしてルアンパバーンに行ける。本当にありがとう」
てなことを下手な英語で書き、サンリオのキーホルダーを同封し、表に「to Ms. Satanahama Yarawarn」と
宛名を書いた(繰り返すけど仮名だからね)。「同僚のミス・ヤラワーンにこれを渡して下さい」といって
ワッタイ空港のカウンター職員に託せば渡してくれるだろう。ラオス航空なら職員数もそうバカ多くないだろうし。

さてヴィエンチャンからルアンパバーンに向かう当日。
チェックインの時にかねて用意の封筒を取り出し、女性職員に「あなたはミス・ヤラワーンを知ってますか?」と
聞いたら知ってた。よっしゃー。彼女にこれを渡してくださいと言って封筒を託す。見事に計画通りである。
直接は会えないけど「あの時の乗客が感謝してる」ことは伝えられるだろう。

・・と言いたいところなのだが、事態はそうスンナリ終わらない。
待合室でしばらく飛行機を待ってたら、さっき手紙を託したカウンター職員がイ課長のところに来るではないか。
「私が知ってるミス・ヤラワーンは別の人だった。だからこの手紙は渡せない。ソーリー」といって手紙を返す。
うわ、ちょ、ちょっと待って。ここで返されても困る。しかしこのカウンター女性職員、人違いだとわかった後、
わざわざイ課長を探して返しに来てくれたわけだから、ある意味とても誠実だ。

「ミス・ヤラワーンに手紙を渡すために私はどうすれば・・?」
「そのヤラワーンはどこで働いてるの?」
「えーと・・(ゴソゴソ)・・コマーシャル・ディヴィジョンです」
「それならね、空港入口ワキにある航空券販売窓口、あそこにコマーシャル・ディヴィジョンの部員がいるわ」
「え?で、でも私はもう手荷物チェックを通過してしまいました。入口まで戻っていいのですか?」
「いいのいいの。大丈夫よ」

確かに彼女が指さす航空券売り場は待合室から見えるくらい近い(すごく小さい空港なんだよ)。
えいくそ、こうなったら仕方ない。一度通った金属探知機ワキを早足で逃げるように逆行し、エアチケットの
販売窓口に行き、そこにいた女性職員に声をかけた。大空港じゃまず許されん行為だわな。
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「あー、あなたはコマーシャル・ディヴィジョンにいるミス・ヤラワーンをご存知ですか?」
「・・?・・知ってるけど、彼女が働いてるのはあっちの別のビルよ」
「いや、この封筒を彼女に渡してください。読めば彼女はわかるはずです」
「・・オーケイ」

やれやれ。今度こそ大丈夫だろう。
再び金属探知機ワキを通って待合室に戻ろうとしたら「また探知機くぐれ」と言われる。めんどくせー。
すると今度はなぜかポケットの100円ライターがひっかかって没収されちまった。さっきは大丈夫だったのに。
金属探知機2回も通ったせいでライターとられちまったよ、トホホ。
(こういう人のために、ワッタイ空港の喫煙室にはヒモで結んだライターが置かれているのである)
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こうして何とかイ課長はミス・ヤラワーンへの手紙を託してルアンパバーン行き飛行機に乗ることができた。
果たしてあの手紙は彼女の手に渡ったのか?・・・大丈夫。ちゃんと届いたのである。
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手紙の最後の署名のところに自分のメールアドレスを書こうかと思った。
しかし考えてみりゃ彼女はイ課長のメアドはすでに知ってるわけだし、改めて書くまでもないか。
で、淡い期待をこめてイ課長のFacebookのアカウントURLを書いておいたんだけど、
ルアンパバーンに着いたら彼女からのリクエストが来てた。

ラオス大学を出て、現在ラオス国営航空に勤務するサタナハマ・ヤラワーンさん(仮名)。
写真を見るとまだホント若い。20代半ばくらいかなぁ?たいへん清楚な感じの美人である。

ラオス大学って、ラオスで唯一の国立大学・ラオス国立大学のことに違いない。
ミス・ヤラワーンはたぶんラオスの中じゃ恵まれた家のお嬢さんで、アタマも良くて、それに見合った
立派な教育を受けた人なんだと思われる。そして現在はラオス最大の航空会社に(そりゃまぁ
世界的に見りゃ弱小エアラインかもしれないけどさ)勤務してるわけだから、ラオスの女性の中でも
一握りしかいないエリート・レディと言っていいんだと思うよ。
 
直接お目にかかることはできなかったけど、何とか手紙で御礼を言うことができたから、とりあえず良かった。
「あの時助けてもらった人がいる空港から飛行機乗ったのに御礼も言わずに来てしまった・・」という
後悔&ザンキの念を抱くことなく、2016年も前向きな気分で過ごせそうな(笑)イ課長なのでありました。

 
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by tohoiwanya | 2015-12-28 00:32 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2015年 12月 04日

旅の空でも世間は意外に狭いらしい

海外で初めての土地を一人で旅すれば、当然のことながら現地には「知らない人」しかいない。
ところが今年9月の旅行では初めて行った街なのに「あらまぁ」っていう偶然の再会が
3回ほどあったのだ。びっくり度の少なかったケースからいうと・・・

偶然1(びっくり度12):
チェンマイ二日目。相乗りソンテウに乗ってドイステープを見に行った。帰路もほぼ同じメンバーで
相乗り。行きは10人、帰りは11人乗ってた。
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チェンマイ市内に戻って一人になってメシを食い、ホテルに戻ろうと思ってぶらぶら歩いていたら、
ありゃ?向こうから来る女性二人連れ(一人は白人、一人は黒人)・・さっきソンテウで相乗りした
同乗者の中にいた二人連れじゃん。こんなところでまた会うとは偶然。黒人の女性の方がイ課長のことに
気付いたようで、おやさっき一緒の車でしたね・・って感じで笑顔で挨拶を交わした。
まぁこのくらいの偶然だったら驚くほどじゃないよな。


偶然2(びっくり度67):
ヴィエンチャンのワッタイ空港でルアンパバーン行き飛行機を待ってた時の話。

ワッタイ空港の国内線待合室なんて小さな売店以外なーんもなくて、待ってる間することもない。
窓ギワ近くに喫煙所があったから、タバコでも吸うか。
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喫煙室から出る時、髪の毛を後ろで結んだ、日本人っぽい女性が一人で座ってるのが見えた。
顔はよく見なかったけど日本語のガイドブック読んでたから間違いなく日本人だ。ふーむ・・日本人の
若い女性のラオス一人旅。驚くほどのことじゃないだろうけど、ありふれたことでもないはずで、
きっと旅慣れた人に違いない。

飛行機は昼過ぎにルアンパバーンに着き、イ課長はその日の午後はひたすら徒歩で市内を観光。
夕方、汗ダクになってお待ちかねプーシーの丘登攀に挑んだのである。

てっぺんで写真撮ったりしてたら、髪の毛を後ろで結んだ日本人っぽい女性が後から登ってきた。
ありゃ?この人ヴィエンチャンの空港で見かけたあの人じゃないか?じっくりと顔みたわけじゃないけど
そうじゃないかなぁ?彼女も同じ飛行機でルアンパバーンに来たはずだから、夕方にプーシーの丘で
ばったり遭遇することは、確率的には低くても原理的にはあり得る話だ。で、下り階段のところで
思い切って声をかけてみた。

「あの、もし人違いでしたらごめんなさい。もしかして今日ヴィエンチャンから来られました?」
「ええ、空港で一緒でしたよね」

向こうもイ課長を見て同じようなことを考えていたらしい(笑)。
ラオスを一人旅するこの若き大和撫子。医療関係の難しいお仕事をする人で、お名前を仮にヤクさんと
しておこう。ヤクさん(仮名)とはこの後カフェでビアラオを飲みながら、しばし東南アジア旅行談義に
花を咲かせた。こういう偶然は楽しいよね。
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ヤクさんとの偶然はさらに続く。彼女とはこの三日後、ルアンパバーン空港でもう一度バッタリ会った。
彼女はその後バンコクへ、イ課長はチェンマイに行くところで、ともにルアンパバーンに3泊した後
だったというわけだ。しばし再会を喜び合い、お互いの旅の安全を祈って別れた。


偶然3
(びっくり度93):
そのルアンパバーン空港からはヤクさんの乗るバンコク行きの方が先に出発した。
イ課長はその後に出たラオス国営航空プロペラ機(もちろんあのMA60ではない)に乗り、
無事チェンマイ空港に到着(写真に映ってるヘンなものは回転するプロペラ)。
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飛行機からターミナルビルまではバスで移動。よくある話だ。
そのバスに乗ってたら、見知らぬ欧米系紳士がトントンとイ課長の腕をたたく。ん?ん?何スか?
その紳士、ニコやかにイ課長にこう話しかけてきた。

「私はキミを覚えてるよ。ルアンパバーンでディナーの時に私たちの隣のテーブルにいたね」

ええッ?!い、いきなりそう言われてもトッサにどう反応していいかわからない。
ルアンパバーンで隣のテーブルに??いつの晩メシの話だろ?昨夜か?おとといか?

「あれは・・・そう、金曜の夜だよ。キミはこうやって食べ物の写真を撮ってた」

ぎゃぁー!行儀わりぃみっともねぇ。しかしいかにもイ課長が旅先でやりそうなことだ。
ってことは・・あれ?ちょっと待って・・あなた、もしかしてこちらのアジア系女性とカップル?

あーいたいた!!あぶり焼き屋の屋台で晩メシ食った時、前のテーブルにアジア系女性連れの
欧米人紳士がいたよ。あの人オクサンかな?ラオス人か?タイ人か?なんてぼんやり思った。
ああ~、あの時のお二人でしたか。同じ飛行機に乗ってチェンマイに来てたとは驚いた。

「イエス、イエス、思い出しました。お二人は私の向こうのテーブルで・・」
「そうそう。あの店のメシは美味しかったね」
「イエス、いやぁ〜しかし驚きました」

バスはすぐターミナルビルに着き、この(おそらく)ご夫婦ともそのまま離ればなれになった。
しかしこん時は驚いたよ。ヤクさんの時はそれでも「同じ人かな?」と思って自分から話かけたから
心の準備が出来てたけど、生まれて初めて着いたばかりのタイ・チェンマイ空港のバスの中で
いきなり欧米人から「キミを覚えてるよ」と言われたら、そりゃ動揺するって。
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イ課長は旅先では(まぁ東京でも、だが)「背がデカい坊主頭の東洋人」というヘンな風体なので
覚えられやすいというブブンは確かにある。しかし誰も知り合いがいないはずの海外一人旅で
「あら、こんなところで偶然ですね」がかくのごとく重なったっていうケースもあまり記憶にない。
旅の空の下でも偶然ってけっこうあるんだねぇ。

今回の旅であった偶然3ケースのうち、1と3についてはセツナ的に会って別れたけど、
偶然2のヤクさんとはFacebookでつながることができた。この記事も読んでるかもしれん(笑)。
ヤクさん(仮名)、そのうち東京でお会いしましょうね。

 
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by tohoiwanya | 2015-12-04 00:08 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2015年 11月 24日

サイゴン・夜のバイクツアー その3

サイゴンの2区。

昼間マジェスティック・ホテルから眺めるとこんな感じだ。ホントに何もない。
そういう意味じゃサイゴンって街の中心部から川ひとつ隔てただけの所に手つかずの超広大な開発余地を
保有してるといえるわけで、都心部の土地余力という点じゃすごいポテンシャルだと思う。

夜のバイクツアーでわざわざこんな所に来た理由は行けばすぐわかる。
対岸から見るサイゴンの夜景がきれいなんだよ実に。そういうロマンチックな場所だけあって、
2区の川っぺりは夜になるとすごい数のカップルで賑わう。カップルが乗ってきたバイクがズラーーッと並び、
カップルもまた数珠つなぎにズラーーッとたたずむ。まさにカップル天国エリア。

ここでまたしばし休憩して夜景鑑賞タイム。
高層ビルが増えるサイゴン。個々のビルの夜のライトアップもけっこう凝ってるから夜景はキレイだ。
しかしイ課長は周囲のカップルの多さにとにかく驚いたよ。夜景をバックに写真を撮るスペースを
確保するのもカップルのいないところを探さないといけない。
f0189467_17381245.jpg
 
この後は、たたでさえ未開発の2区の中でも真っ暗で道路の整備状況もあまりよくないエリアを走る。
途中、道の凹凸にハマッてバイクがよろめいた時はさすがにビビッたぜ。ズエンさんが運転しながら
「あーごめんごめん!」と明るく謝る(笑)。

行きはトンネルを通ってきたけど帰りは橋を通って川の対岸へ。賑やかなサイゴンに戻ったところで
二度目の路上屋台スナックタイム。これがまた最初のヤツ以上にナゾの食い物で、デザート系では
あるんだけど、なんだろうなぁ?
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「これ何?」ってズエンさんに聞くと説明してくれるんだけど、その説明がわからない(笑)。
少し甘くて、ツルツルした玉ッコロがいっぱい入ってて、感じとしてはタピオカに近そうだけど
よくわからない。これまた食い物の名称、店の正確な場所ともに永久にナゾだ。
しかしこの店もまた地元民に大人気のようで、ひっきりなしに客がコレを飲みに(食いに?)くる。
自分だけだったら絶対こんな店でこんなモノを食える機会はなかっただろう。
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最後はイ課長が泊まるホテルの前までバイクで送ってくれてツアー終了。
Google Mapでバイクツアーの大体のルートを示すとこんな感じだと思う(細部はテキトウ)、。
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料金の30$を払おうとしたら、ズエンさんが恥ずかしそうに言った。
「1時間遅れてご迷惑かけたから、20$に割引きするように言われてるんです」

おお、なんと遠慮深いというか良心的というか。イ課長が「なんのなんの、ノープロブレムです」と言って
30$渡したのは言うまでもない。元気で明るいズエンさんとはその後Facebookで友達になったのも
これまた言うまでもないのである。
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屋台のナゾの食い物とか、開発未着手の2区から見た夜景とか、普通の市内観光ツアーじゃできない
体験ができるという点じゃ期待を裏切らないツアーで、普通の名所見物だけじゃなぁ・・という方には
お勧めできる。値段も30$とそれほど高くないし。

問題はやっぱ安全性だよね。事故の確率は低いのは確かだろうけど、ゼロでないのも確かだ。
イ課長だって「絶対大丈夫」なんてもちろん請け合えない。この辺はもう腹をくくるというか、
結局のところエイヤ!でリスクテイクするしかない。

道路交通事情が日本と全然違うから時には後ろの席で「ぎゃあ」と言いたくなることもあった。
たとえばバイクが間断なくバカスカ通ってる道を横切って向こうに行きたい時、日本だったら
信号のある交差点を探すだろうけど、ベトナムではバイクの川に自分のバイクの鼻先突っ込んで
流れをとめてムリヤリ横断しちゃう。「・・ウ・・・!!」と声にならない悲鳴をあげたくなったけど
サイゴンじゃみんなやってるんだよ、このくらいは(笑)。

イ課長はサイゴンでもハノイでもほとんど徒歩に依存した観光しかしてこなかったから、こうやって
行動範囲が広がると新鮮だった。特にハノイじゃ乗り物って一切乗らなかったもんなぁ。
ハノイでもこんなツアーがあったら(それ以前に、もしまたハノイに行けたらという条件つきだが)、
またやってみたいなぁという気になったのは事実なのである。

 
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by tohoiwanya | 2015-11-24 00:31 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
2015年 08月 15日

トゥクトゥク野郎・ルイ その4

さて翌日。早めにホテルをチェックアウトし、玄関ワキのテラスみたいなところで一服しながら
ルイが来るのを待ってたら、ヤツはまた時間よりちょっと早めに来た。
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「グッモーニン」
朝の挨拶を交わし、朝の握手。いっぱしのダチ公気分である。
まだ時間はあるからルイに椅子を勧め、よもやま話をした。

「お前は日本のドコに住んでるんだい?」
「東京」
「トーキョーかぁ・・ビッグシティだよなぁ、お前のファミリーは?」
「妻がひとり、子供はいません。あなたのファミリーは?」
「カミさんと息子が二人さ。見るかい?」そう言ってスマホで家族の写真を見せてくれる。
「おおかわいい息子たち。あなたは何才ですか?」
「オレ?35歳さ」

げげげ。こりゃ驚いた。(去年だと)逆算すると1979年生まれってことかい?
1979年っつうたらベトナム軍がカンボジアに侵攻してポル・ポトを敗走させた年じゃん。
その後もポル・ポトはタイ国境にこもってさらに内戦は続くわけだが・・その年に生まれたのかよ。

彼のご両親は結婚・出産適齢期の頃にちょうどポル・ポト恐怖支配の下で暮らしてたんだ。
プノンペンを追い出され、農村で強制労働を強いられたなんて経験をしているかもしれない。
ルイにしたって子供の頃はずーっと内戦が続いてたわけで、彼が中学生くらいの時にようやく
カンボジア内戦が終了したことになる。うーーむ・・。

まぁあんまり暗い話をほじくるのはやめとこう。そろそろ時間だ。空港行こうぜ。
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空港まではけっこう広い通りがずーーっと続いてて、交通量も多い。
その中を真っ赤なフェラーリ号がノロノロと進む(笑)。車はもちろんだけど、普通のバイクにも
どんどん追い抜かれる。重い客車+イ課長+イ課長の荷物を引っ張ってるんだからしょうがないのだ。
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トゥクトゥクだから当然冷房はないし、道路のホコリや排気ガスを避ける方法もない。
まぁイ課長はなんとかガマンできるよ。どうせ空港行くまでなんだから。しかし一日中
この状態が続く運転手にとっちゃ、キツい仕事だよなー。
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道路はけっこう渋滞してて、30分くらい走ったかなぁ?やっと空港に着いた。
それなりに立派な国際空港だし、トゥクトゥクなんかが乗り入れられるんだろうかと思ったけど、
ちゃんとトゥクトゥク専用入口みたいなのがあって、ターミナルビルの前までつけてくれた。
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今やすっかり友達気分になったルイとイ課長。最後に空港で肩を組んでツーショット記念写真(笑)。
「私はシェムリアップからあなたに写真を送るでしょう」と言って握手して別れた。
あーあ、イ課長のバカ面付き写真ですまんのう。
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おっとっと。一つ忘れてた。ここまでの記事を読めばおわかりのように、カンボジアじゃ米ドルが
一般的に普及してて、現地通貨レアルを使う機会って少ない。この後行く観光地シェムリアップじゃ、
さらにドルが普及してるはずで、レアルなんて持ってても使うかどうか・・。

そこでベトナムからの入国時に両替したレアルをルイにあげちゃうことにした。
1ドル弱くらいあるはずだ。昨日は8ドルだ9ドルだって値切ったけど、ここで現地通貨を足して
ヤツの要求額通り10ドルに近づけてあげるなんて、イ課長やさしいじゃないか。

シェムリアップからメールで上のツーショット写真をルイに送った。
すぐに返事が来て、そこにはこう書かれていた。

お前のことを日本の兄弟と呼んでもいいか?

だははは!調子のいいヤロウだな~(笑)。年齢的にはイ課長がアニキで、ルイが弟分って感じか。
まぁいいよ。こっちもルイのことを「プノンペンの弟分」と呼ばせてもらうから。

というわけで、今やイ課長はプノンペンに弟分を持つ身なのである。
またプノンペンに行くことがあるかどうかわからないけど、もし行くときは事前に知らせれば張り切って
空港に迎えに来てくれるに違いない。

ルイとはFacebookでもつながってて、東京とプノンペンでお互いに「きょうでぇ」の元気な様子を確認できる。
ブログ更新のお知らせも毎回書いてるから、ルイは自分のことが「日本の兄貴」のブログに書かれてることも、
そこに自分の写真が載ってることも知ってる。つい先日も
「ヘイ、ブラザー、一体なに書いてんのさ?」
「私は今あなたのことを私のブログに書いています」
「オレ日本語読めないよ」
「でも私はクメール語が書けません」なんてアホなメッセージのやりとりをしたばかり。

ちなみに、ルイはその後バイクを買い替えたようで、赤いおんぼろフェラーリ号は今や過去のもの。
送ってきた写真によると、今やこんなかっちょええバイクでプノンペンを走り回っているようだ。
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プノンペンにはたった一泊しかしなかった。
しかしそんな異国の街に友人ができるというのは、何度経験しても楽しいものなのである。
というわけで、ルイとイ課長の「プノンペン・義兄弟の契り」の一席はこれにて(笑)。
お長くなりました。
 
 
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by tohoiwanya | 2015-08-15 00:23 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(2)