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2019年 11月 19日

パクセーという町

さて、腹ごしらえもできてパクセー散歩。
パクセーって一応ラオスの中じゃ3番目に人口が多い町らしいのである。
まぁ「多い」っていっても11.8万人(2010年)しかいないんだけど。

おそらく外国人観光客の大半はパクセーという町をワット・プーやシーパンドン観光の
移動拠点と捉えるはずで、イ課長もこの町に2泊したのはシーパンドン行く前と後。
要するにこの街はラオス南部観光のベースキャンプなんだけど、この街自体をじっくり
観光する旅行者がいるかとなると、あまりいないんじゃないか?
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パクセーの観光スポットといえるのは、タラート・ダオファン(市場)と山の中腹にある
黄金仏くらい(上の写真が町から見た黄金仏)。このブッダの背中からメコン川ごしに
眺める景色はとってもキレイそうだから(下写真はLaos Tourから拝借)、時間があれば
観たかったけど結局時間がなくて(&くたびれてて)両方とも行かず。実に申し訳ない。
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でもねぇ、パクセーって観光地としての魅力には欠けるかもしれないけど「何もしないで
ノンビリ過ごす」には良さそうな町だったよ。静かでのんびりしてるけど、外国人旅行者に
必要な旅行代理店とか食い物屋とかはそこそこ揃ってるし。家並みは小ぎれいな集合住宅が
目立って、どの部屋にも必ずベランダがついてたね。
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こういう街並み、イ課長は何となくハノイを思い出した。
ハノイは東南アジアでもイ課長お気に入りの街の一つだから、そこに町並みが似てると
やっぱりイイ感じに思えちゃう。もっとも似てるのは町並みだけで、あの活気あふれる
ハノイに比べたらパクセーは静かすぎ(まぁラオスはどこもそうだが)。
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市場にも黄金大仏にも行かなかったけど、ワット・アルンっていうお寺に行ってみた。
名前はバンコク屈指の観光名所「暁の寺」と同じ。
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アッというほどのモノはないけど、パクセーじゃ屈指の大規模寺院。木彫の装飾は
なかなか立派だったよ。
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ん?これは何が入った容器?最初に連想したのがミャンマーで見た「水どうぞ」だ。
形状からして中身が水とは思えんが、お寺の前にあるってことは道行く人のために、
「功徳のナニカ」が入ってるっぽい。固い素材じゃなくて、柔軟性のある素材で
作られてる。何だろう?興味があったのでフタを持ち上げてみた。
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・・・単なるゴミ箱でした(笑)。実はつい昨日、カンボジアのFacebook友達の写真を見てたら
こんなのがアップされてた。これは明らかに上と同じゴミ箱だ。左側の写真から推測して、これは
古タイヤをけずって作ったリサイクル型ゴミ箱なんだな。すばらしい廃物利用。こういうのが
カンボジアやラオスじゃけっこう普及してるんだと思われる。
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寺の向こうはもう橋だ。当然下には川が流れてるわけで、それがセー・ドーン。つまりドーン川。
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そのドーン川はあそこでメコン川に合流してる。つまりパクセーって町はドーン川の終点に
ある町で、だからパーク(口)セー(川)=川口という地名なわけだ。
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こんな感じの地方都市パクセー。ホントにのどかな田舎都市って感じだけど、これでも
秘境コーン島から戻ってきた時はずいぶん大都会に見えたもんだったよ(笑)。

 


by tohoiwanya | 2019-11-19 00:09 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2019年 10月 21日

瞬時に終わったウボン観光

タイ最東端の県庁所在地、ウボンラチャタニ。
長いから通常は「ウボン」と言うことが多い。このブログでも以下「ウボン」でいきます。
ナコンラチャシマやウドンタニと並んで一応「イーサーン三大都市」の一つとされる。

国境越えバスで到着する町がウボンであることはずっと前からわかっていた。
長いバス旅でくたびれるだろうし、タイに入ったらウボンで1泊し、東の果てにある
地方都市を観光し、翌日から鉄道でイーサーンを周ろう・・と、最初はそう考えてた。
だが実際にはウボンにはたった数時間滞在しただけ。なぜ?

「町に大した観光スポットがない」のは確かだ。しかしイーサーンの町なんて大体
どこもそうだよ(笑)。それは決定的理由ではない。

ウボンって町の構造が不便なんだよね。ヘタに広い。町の中心に対してバスターミナルは
うんと北のはずれ、鉄道の駅はうんと南のはずれ(実際には隣の市)にあって、交通拠点が
やたらに遠い(下の写真はウボン駅)。
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町の中心のホテルに泊ると(普通はそうだわな)、バスターミナルからホテル行くにも、
ホテルから駅に行くにもタクシーが必要。めんどくせぇなぁ。この後行くスリンの町が
鉄道駅からバスターミナルまで歩いて5分くらいだったのと比べるとドえらく不便な町だ。

ことさら見たい場所もないしなぁ。ウボンから午後の特急に乗れば夕方にはスリンだ。
この際スリンに早く着くことを優先してウボンはスルーでいいか・・となったわけ。

しかしバスで到着してから特急列車が出るまで2.5~3時間くらいはある。その間ずっと
駅でボーッとしてるのもつまらんから、チラッとだけウボン観光すっか。というわけで、
イ課長はバスターミナルからタクシーでトゥンシームアンって公園に行くところから
チラッと観光を始めることにした。ろうそく祭りのモニュメントを見ようと思ったのだ。

ろうそく祭りって全タイ的に有名な祭りで、ロウ製の巨大なデコレーション山車が名物。
トゥンシームアンにはそれを模したモニュメントがあるのだ。それでも見て、少しは
「ウボン気分」に浸ろうと思ったわけですよ。
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ほー・・・これか。金色で、何だかスゴい。
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いやこれは確かにすげぇ細工だワ。このモニュメントはロウ製じゃないだろうけど
いざ祭りとなるとこんな感じの色とりどりのロウ製山車がワンサカ出て、美しさを
競いあうわけだ。壮観だろうなー・・見てみてぇなー。

続いて、公園の近くにあるワット・トゥンシームアンへ。ただし途中で盛大に
道に迷った(笑)。ここはワットっつうくらいだからお寺で、人工池の中に浮かぶ
木造の建物があるそうだが・・あ、これか。
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何となくムードのあるところだね。暑いから「水のある風景」を見るホッとする。
お、木彫の細工もあるじゃん。これは素晴らしい・・と言ってあげたいが・・。
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こっちはミャンマーでシュエナンドー僧院見てきたお兄ぃさんだからねぇ(笑)。
あれに比べたら・・・いや、ヤボは言うまい。チラッと観光だし。

あ!リスだ!へー・・タイにもリスいるんだぁ。てな感じで、このお寺でしばらく
ウダウダしてた。ゴロゴロ荷物を持ってるから、あまり歩き回りたくないの。
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普段はまずやらないけど、ゴロゴロひきずっての徒歩観光ってホント大変だね。
道に迷ったりしようもんなら、アッチにゴロゴロ、引き返してはゴロゴロ。
いいかげん「ゴロゴロ運び疲れ」でくたびれた。タイは道路と歩道の段差が高いし、
道はけっこうでこぼこだからねぇ。まぁラオスよりはずっとマシだが。

というわけで、ウボン「チラッと観光」はこれにて終了。タクシーをつかまえて、
早めに駅に移動することにした。ゴロゴロがあっちゃ何もでけん。
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今思い返してもウボンの記憶っつうと、汗ダクんなってゴロゴロを転がしながら
道に迷い、人に聞き、引き返し、また人に聞き・・等々のことばかりが印象深い。
体力使ったわりに、中身はプアな観光だったよなー。

ウボンにはまことに申し訳ないと思う。ごめんね。

 


by tohoiwanya | 2019-10-21 00:32 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2019年 10月 11日

イーサーンというところ

さて、ラグビーW杯観戦記事も終わって8月のラオス・タイ旅行に戻るわけだが、
タイのイーサーン地方についてちょっと書こう。今回イ課長が回ったエリアなわけだが
イーサーンっつうても、知らない人がほとんどだろうからね。

イーサーンってタイ東北部の総称で、面積的にはタイの1/4くらいを軽く占めちゃう。
バンコクなんかの低地と違って標高200mくらいの広大なコラート台地の上にある。
水利が悪くて稲作に適さない土地が多いみたいで、灌漑インフラも少ない。結局
雨に頼った天水農業しかできない所が多いらしい。

だから、イーサーンといやぁ昔から「貧しいイナカ」の代名詞。今は昔ほどじゃ
ないんだろうけど、やっぱタイの中では相対的に所得が低い地域なんだと思う。
(下の画像はWikiさん)
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イーサーンの主要産業って、昔も今もたぶん農業のはず。観光っつうても、大した
観光地はない。だからバンコクに出稼ぎする人がすごく多い。バンコクのサービス産業は
イーサーン出身者で支えられてるのでは?と思うくらいで、イ課長もけっこう会ってる。
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最初に覚えてるのは2013年末、ゴーゴーバーでお話しした高見恭子さんに出身地を
聞いて「イーサーン」って言われた時だ。聞き覚えのある地名だったけど、その時は
町の名前かと思った。だが実際にはそうではない。日本で言えば「関西」とか「東北」と
同じくらい漠然と広いエリアを指し、その中にいろんな県や町がある。

毎回マッサージしてもらうスーさんもイーサーンのスリン出身。昔ゴーゴーバーで
知り合って記事にも書いたビーさんの出身地・ウドンタニも北部イーサーン。
今回もバンコクのマッサージ屋では片っ端から施術者の出身を聞いたけど、ウボンが二人、
スリンが一人いた。バンコクのサービス産業における「イーサーンからの出稼ぎ率」は
ものすごく高いと感じる。
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不思議なことに、チェンマイとかパタヤとか、イーサーン以外からバンコクに働きに
来てる人たちは自分の出身を町の名前で言うのに、イーサーンの人たちはまず
「イーサーン」って言うんだよね。

日本でも「私、九州出身で・・」「ほう、どちら?福岡?熊本?」みたいな会話、
時々あるけど、ああいう感じかもしれない。県や町の名前よりもっと広いエリアを
言っただけで、一種独特のアイデンティティを醸し出すみたいなんだよね。

田舎で、所得レベルは低くて、だからこそ素朴で親切な人が多いらしいイーサーン。
イーサーンの人に言わせりゃ「(バンコクなんかを含む)中部の連中は信用できない、
北部の連中はケチ(中国系が多いせいかな?)」ということになるらしい。
有名な観光地は少ないけど、南部イーサーンにはイ課長好みのクメール遺跡が点在してる。
イーサーン・・行ってみたいなぁ・・・と前から思ってたんだよ。
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それがやっと実現したわけですよ。イーサーンの町をめぐる鉄道の旅。
大都市・バンコクでの観光とは全然違う、田舎臭さと人情、不安と安堵と驚きが交錯する
濃厚な旅がそこにはあった。英語が通じないっていう局面も多かったけど、それだけに
ピンチもあったけど、助けられたこともたくさんある。

そんなイーサーンの旅についてもぼちぼち書いていこうと思うのである。
ラオス旅行はやっとワット・プーを見終わったトコで、順ぐりに書けばいいのに
時系列を無視してタイネタも書こうってわけだ。しかも欧州出張ネタもまだ残ってる。

ラオス、タイ、時々欧州ネタ。激しく入り乱れた展開になるイ課長ブログ。
ま、このブログではよくあることなのだが(笑)。

 


by tohoiwanya | 2019-10-11 00:40 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2019年 04月 08日

スコータイに行こう

タイネタを続ける。
あの旅行では、最初のダッカ4泊のあとは、ずっとタイ滞在予定だったんだけど、
日数的にはけっこうあるから、タイ国内でどこかに遠出しようと考えた。
そこで浮上したのが、前々から行きたかったスコータイだったのである。

高校ン時の世界史じゃタイの歴史なんてタイして習わなかったけど、アユタヤと
スコータイというのはタイの古い王朝&文明で、遺跡が残ってるということくらいは
事前知識として持ってた。アユタヤ遺跡は2013年に行った。となれば今度はひとつ
スコータイ遺跡を制覇してやろうじゃねぇか。
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だがバンコクから車でラクに日帰り可能なアユタヤと違い、スコータイは遠い。
飛行機か、長距離バスか、鉄道+路線バスの組み合わせか。交通手段としては
この三つが候補になる。これを元にどうやって行くかを考えたわけだが・・・

第1案:ピッサヌロークって町まで鉄道、そこで「タイで一番キレイ」という仏様を
脱兎のように見学し、脱兎のように路線バスに乗り、その日のうちにスコータイへ。
翌日、スコータイをじっくり見て、夕方~夜のバスか飛行機で帰る。1泊案。

第2案:朝のバスでカンペーンペッという町まで移動。そこにあるスコータイ時代の
遺跡を先に見学してまず1泊。翌日スコータイに移動してじっくり遺跡観光してさらに1泊。
遺跡づくし。その翌日はバスでも飛行機でも好きな方法で戻る。2泊案。

第2案は大変魅力的だった。問題はダッカから戻った翌日の朝、早起きしてモーチットの
北バスターミナルまで移動しなきゃならんことだ。あそこって不便なんだよねぇ。地下鉄で
行けるフワランポーン駅の方が便利。となると、やっぱ鉄道利用の第1案?うーん・・。

結局、迷ったあげく、往復とも飛行機ということにした。カンペーンペッの遺跡は
スコータイに包含される形で世界遺産登録されてる。スコータイに行くついでにぜひ
寄りたかったんだけど、ダッカでくたくたに疲れてるだろうから、カンペーンペッは
あきらめて、飛行機で直接スコータイへ行くことにした。で、ご存知のように、結局
ダッカには行かなかったわけだが。
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飛行機は1日2便だけ(いまは3便に増えたみたい)。朝7時と夕方4時。バンコク・
エアウェイズのプロペラ機。朝便に乗ろうとすると、5時頃にはホテルを出ないといかん。
ソク却下。夕方便にしよう。何せ「ダッカ疲れ」を想定してたからね、当初は。

これで交通手段はいいと。次は宿泊だ。
スコータイには旧市街と新市街とがある。ホテルも両方にある。旧市街は遺跡に
近いけど田舎。新市街は少し賑やかだけど、のろのろソンテウで遺跡まで約30分。
(下の写真は夜の“旧市街銀座”)。
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結局イ課長は「遺跡への近さ」を優先して旧市街のホテルにしたんだけど、
今にして考えれば正解だったと思う。これからスコータイに行こうという方にも
旧市街にホテルをとることをお勧めしたい。

遺跡まで歩いてすぐというメリットは何物にも代え難い。
夕方の飛行機で着いたあと、夜のスコータイ遺跡散歩は神秘的な経験だったし、
誰もいない明け方の遺跡散歩もまた素晴らしかった。
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というわけで交通手段も宿泊場所も決まった。
飛行機で往復、現地に2泊なら日程的にもゆったりだ。スーツケースはバンコクの
ホテルに預かってもらって、リュックだけで出かければとーっても身軽。
レンタサイクルで遺跡観光ヤッホーしてやるぜ。

かくしてスコータイ観光の美しい基本プランは固まったのである。
ダッカ行きが急になくなって、前半のバンコク滞在はいささか急場しのぎ的側面が
あったのは否めないが、このスコータイの2泊3日はすごく充実して楽しかったよ。
そのスコータイ観光について、これから書いていくのである(今日は予告だけかい!)

 


by tohoiwanya | 2019-04-08 00:07 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(0)
2018年 12月 03日

福井でプラネタリウムを見る

福井出張のつづき。
3時半に福井駅に戻ったものの、遠出できる時間ではない。かと言ってこのまま
真っすぐ帰るのもつまらん。ちょいと寄り道したい。そこで、福井駅前にある
「セーレンプラネット」っていう施設に行ってみたのである。
 
実はイ課長、プラネタリウムが好きなんです。
まだ小学生だった頃、当時習ってたピアノの先生が初めて渋谷の東急文化会館にあった
五島プラネタリウムに連れてってくれたんだけど、あの時の感激は忘れられない。
コドモの頃にうけた感銘はその後のジンセイを支配する。成長してからもイ課長の
プラネタリウム好きは続いたのだ。

セーレンプラネットって正式には「福井市自然博物館分館」で、様々な科学展示のほか
プラネタリウムが併設されてる。それならちょっと見てみようじゃないの。
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渋谷のプラネタリウムは何とも不思議な形の大型投影機がドーム中央に設置されてた。
ところが、ここには何と投影機がない。ええ?一体どういう仕掛けになってんだ?
やがて始まる4時の回の投影は「今夜の星空さんぽ」。
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しかしプラネタリウム投影中の写真は当然のことながら、ない(笑)。

女性の解説がつくんだけど、最初に「ご興味がおありの方は、終了後にこちらの
コンソールをご見学ください」と言ってくれたので、投影が終わったらさっそく行った。
(そんなことする客はイ課長ひとりだった。ま、客も少なかったが)。

投影機ナシでどうしてたかっていうと、実は全天を8つに分け、ドームのヘリのところにある
8台のプロジェクターで映してたんだって。操作台に当日の日付が入ってるってことは、
任意の日付を入力すれば自動的にその日の星空になるんだ。すげー。最新型プラネタリウムの
スゴさを勉強させていただきました。暗くてやや見づらいが、このチャーミングな女性が
あの時の解説員の方なのである。親切にいろいろ教えていただき、ありがとうございました。
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それでも、ガリレオやケプラーの古臭~い肖像画がいっぱい並んだ、東急文化会館の
アソコこそがイ課長にとってはやっぱり唯一無二の場所。一浪したあとの受験で、第一志望の
大学に落ち、何となくキモチの整理がつかないまま合格発表会場から足を運んだのも渋谷の
プラネタリウムだった。

行ったことある人はご存知のように、あそこのドームには渋谷から見た東京の景色が
黒いシルエットで描かれていた。第一志望の大学に落ちた以上、オレが行く大学はすでに
受かっているアソコ・・それはこの景色だとあの辺か・・なんて思ったもんだったよ。

やがて大学を出て、20代のチンピラサラリーマンだったイ課長は東急系列のある会社の、
ブチョウさんからこんな話を教えられたことがある。

イカチョーくん知ってるか?東急文化会館のプラネタリウムはね、年に一度技術者が来て
 投影機のメンテナンスをするから、その日は客を入れない。そのメンテナンスでは投影機の
 すべての機能をぜ〜んぶ一通りチェックするから、北半球から南半球、1月から12月まで
 あらゆる星を一日で全て見られるんだよ

その話を聞いた時はちょっと興奮した。そのメンテナンスの日に行きたいなぁ・・と思った。
だが今や五島プラネタリウムも、東急文化会館もなくなってしまった(渋谷はある)。
あそこの最終投影に行列作ってトホ妻と一緒に行ったのも、今やずいぶん昔の話だ。

久しぶりに福井でプラネタリウムを見たもんで、本日はちょいとばかり脱線して
イ課長のプラネタリウム思い出話ということで、この辺で失礼をいたします。

 


by tohoiwanya | 2018-12-03 00:09 | 国内出張・旅行 | Comments(2)
2018年 11月 30日

福井出張に行ってきた

また国内ネタ。
水曜日は日帰りで福井まで出張してきたのである。ふう。

福井は以前にも何度か出張した。当時は東海道新幹線ひかり、米原で乗り換えて、
特急しらさぎで行くというのが定番ルートだった。
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しかし北陸新幹線ができた今は迷う。金沢経由で行った方が早いの?
比べてみると時間的にはほとんど差がない。で、結局、従来通り米原経由で
行くことにしたのである(その方がほんの少しだけ安い)。

先方で約2時間の面談のために、往復約8時間かけて東京~福井往復。
とりあえず最初の腹ごしらえは新幹線ホームの立ち食いそばでちくわ天ぷらそばだ。
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福井着は12時59分。
そのまま先方に行って面談に入ったから昼飯はヌキ。よくあるパターン。

面談が終わって福井駅に戻ってきたのが15時半。
とりあえず腹減ったよ。というわけでこんどは福井駅の立ち食いそば。
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イ課長は国内出張じゃ立ち食いそばしか食わんのか?・・と思ってはいけない。
その傾向が顕著なのは認めるが、北陸に行ったら帰りの列車ン中では少しだけ
贅沢するのが常なのである。北陸といやぁ、やっぱ魚が美味いことで有名。

そこで、北陸出張では押し寿司を買うことが多い。
ふだん駅弁なんてまず食わないイ課長だが、北陸では押し寿司弁当を買って
電車ン中で食うのだ。今回は「焼き鯖寿司」。税込み1,188円。まぁぜいたく。
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17時36分発「しらさぎ14号」の車中でこれを食うわけだが、食うまでけっこう大変。
びっちりとラップに覆われてるから、一度持ち上げて慎重にはがし、再び箱の中に
戻さないといかん。ここで手がすべって床に落としたら目もあてられんぞ。
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ようやく食える。ガツガツ。うまいっすね焼きサバ。ほのかなコゲ味が美味しいんだワ。
車中で押し寿司と缶ビールなんて、絵に描いたようなオヤジサラリーマン出張帰りの光景だが
イ課長がオヤジサラリーマンでいるのも、もうそんなに長くはない。この際だから
うんとオヤジサラリーマンしてやろうじゃねぇか。グビグビ。
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米原で18時57分発の「ひかり」に乗り換え、東京駅に着いたのが21時10分。
そんな日帰り福井出張における、イ課長の食生活のご紹介でした。

でも15時半に福井駅に戻ってきて、17時36分発の「しらさぎ」に乗るまで2時間も
間があくのは不自然では?・・と思った方は敏腕刑事なみに観察力が鋭い。
確かに福井でほんのちょっとだけ寄り道したんだけど、そのお話は次回にでも。

 


by tohoiwanya | 2018-11-30 00:08 | 国内出張・旅行 | Comments(4)
2017年 01月 27日

地方都市のごぉごぉばぁ

ある時期までイ課長ブログの風俗ネタなんてせいぜい欧州の飾り窓くらいだったけど、
東南アジアに行くようになってハッキリ言って増えた。グレーゾーンマッサージ店の話とか
書いたからねぇ。

中でもバンコクのゴーゴーバーじゃ深く反省したり友人ができたり、いろいろあった。
ゴーゴーバーなら任せといてくれよと言いたいところだけど、イ課長が知ってるのは
タイの、バンコクの、ソイカウボーイだけ。バンコク以外の町にそんな業態の店が
あるかどうかも知らなかった。
 
ところがチェンマイには一応ゴーゴーバーが二つか三つくらいあると知った。
となれば、そういう田舎のゴーゴーバーを一度見てみっか、という悪心が湧いてくる。
たぶんバンコクほどキラキラしてなくて、田舎臭いものであることは十分想像されるが
まぁ百聞は一見に如かず。行ってみようか。

チェンマイではゴーゴーバーも全然密集しておらず、ポツポツと散在してるらしい。
ホテルから徒歩圏にとりあえず一つ存在するようだったから、そこに行った。
前回の散歩の続きだから、せいぜい夜の8時頃じゃなかったかと思う。

店があるはずの場所に行ってみると、こんな感じの店がポツリ。
え?・・これがそうなの?ホントにゴーゴーバー?隣は洗濯屋みたいですけど(笑)。
チャンクラン通りから一つか二つ入った、薄暗い、細い道に面した店。何だか
入るのに勇気がいるなぁ・・。
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同じゴーゴーバーでもきらびやかなネオンで昼を欺くようなソイカウボーイに比べると
感動すべき落差。まぁ地方都市だからねぇ・・。
(参考:下の写真がバンコク・ソイカウボーイのゴーゴーバー街)
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しかしここまで来て引き返すのもバカバカしいからエイヤで中に入ってみた。
店内はすげーすいてたね。イ課長以外に客がせいぜい数人。時間が早すぎたのかな?
テーブルに案内され、ビールを頼み、さて改めてゆっくり店内を観察してみると・・・。

・・ううーむ・・舞台の上に確かにダンサーはいる。ゴーゴーバーに間違いない。
しかしダンサーは3人くらいで、客席同様ステージもやけに閑散としてる。内装も一応
ソレらしく作ってるけど、店内照明はやや暗め。ハデハデ照明に照らされたバンコクの
ステージと比べちゃうとウラブレ感は如何ともし難い。
 
ステージ上で踊るご婦人たちも何となく「シゴトでステージ立ってまーす」って雰囲気が漂う。
「アタシの美貌とスタイルで客をゲットして稼ぐわ!」っていう意欲はあまり感じられない。
まぁこんなに客の少ない状態で、意欲マンマンでこられてもかえって困るが。

控えのダンサーがイ課長んトコに来て「ねぇ、そこ座っていい〜?」ってモーションかけてきた。
意欲のあるダンサーらしい。でも暗くて顔がよく見えないし、体型の感じから直感的に
お断りした。あとで彼女がステージに上がったのを見てイ課長の直感は正しかったと思った(笑)。
あのご婦人、あの店のダンサーじゃ最年長かもしれない。
 
チェンマイはイ課長が昔絵本を送ったパヤオとも近い。もしかしてすごい偶然が・・なんて
ことも夢想したけど、別に話をしたいと思うダンサーもいねぇなぁ・・・と思いつつ、ビールを
ちびちび飲んでたら突然「あーゆー じゃぱにーず?」とウェイトレスから声をかけられた。
あーー驚いた。い・・イエス、日本人だけど?

そのウェイトレスさん、ニニさん(仮名)という若い子で、たどたどしいひらがなで紙に「ににです」なんて
自分の名前を書いたりする。あらすごい。来日経験はないらしいんだけど、日本好きみたいで、
一人でボンヤリしてる日本人客を見て話かけてみようと思ったらしい。

客も少なくてヒマだったから、ニニさんは飲み物を運んだりしてイ課長の近くを通るたびに
立ち止まって話し相手になってくれる。地方のひなびたゴーゴーバーで「なんだかなぁ・・」と
思いながらボーッとしてるしかなかっただけに、ニニさん(仮名)が話し相手になってくれて
ホントに助かったよ。
 
結局このゴーゴーバーではニニさんと話をして過ごしたようなもんだ。彼女には深く感謝したい。
店を出る時、ポケットにあったコインを全部チップとしてあげたけど、金額的にはだいぶ
ショボかったと思う・・ごめんね。

この時、ニニさんとはFacebook友達になったんだけど、その後投稿してる写真を見ると
彼女、どうも米国に移り住んだみたいなんだよ。留学なのか移住なのか、はたまた国際結婚なのか
その辺の事情はわからない(結婚ではなさそうだが・・・)。ニニさん、日本ファンってだけじゃなく
海外志向の強いコだったんだろうな。とにかく彼女はいまカリフォルニア州にいる。

ニニさん、ゴーゴーバーで知り合ったFacebook友達としてはビーさんに続いて二人目だ。
もう会うことはないだろうけど、米国におけるニニさんの幸福をお祈りしたいのである。

ちなみに、ビーさんの方は写真を見る限り、バンコクでの仕事は辞めてイーサーンの
実家に戻ったようだ。ビーさんの幸福も相変わらずお祈りするよ、イ課長は。
 
 
 


by tohoiwanya | 2017-01-27 00:09 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 01月 25日

夜のチェンマイ

さて、それではのんびりした東南アジアの話に戻りましょう。本日は中でものんびりした
夜の散歩の話だ。

昼間はルアンパバーンから飛行機移動、サンデーマーケット歩いてクタクタになり、夕方には
マッサージ屋で足をモンでもらい・・という感じで、イ課長の東南アジア旅行で極めてよくある
パターンの一日が過ぎて夜になった。
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さて晩メシだ。夜のチェンマイに出撃だぜ。
イ課長が泊まったホテルは旧市街(要するに城壁の中)からちょっと離れてるけど、その分
チャンクラン通りのナイトバザールには近いはず。とりあえずそこでも覗いてみっか。

ははぁ~~・・・これがそう?バザールというわりには、やけに閑散としてないか?
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バンコクのシーロム通りとかスクンビット通りの歩道は別にナイトバザールなんて名称ないけど、
夜になるとギッシリ露店が立ち並んで地元民と観光客とでたいへんな賑わい。それに比べると
ずいぶん人が少なくてのどかなこと。やっぱ大都会バンコクと比べちゃうと、さすがのチェンマイも
ひなびた地方都市って感じが漂うねぇ。

むー?あそこにもナイトバザールってネオンがあるぞ。あそこは賑やかなのかな?
まぁヒマなんだし、行ってみっか。夜のチェンマイをさまよってみようじゃないの。
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ふーむ・・中に入ると民族音楽のナマ演奏なんてやってる。これ、タイの民族衣装かね?
胡弓なんか弾いてるとこみると、中国のドコカの地方風なんじゃないか?
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フと上を見ると、ほら、ここにも中国人観光客いらっさい垂れ幕がどかーん。
チェンマイじゃ今や中国人旅行者こそが最大のお得意様であることがうかがえる。
日本も爆買いブーム終焉なんて言われるけど、日本旅行費用における買い物ウェイトの高さじゃ
中国人観光客が断トツなんだよね。
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ここは要するに観光客向け土産物屋が集まったモールみたいだな。
ここも人が少ないし、大して面白いブツもないので、奥のフードコートでカオソーイだけ食って
散歩の方向をナイトバザールではなく、他の方向に向けてみた。
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チェンマイには夜の歓楽街も皆無ってわけじゃなくて、ウッフン系ナイトスポットもあるにはある。
ただバンコクのパッポンとかソイカウボーイみたいにギッシリ集積してなくてちょこっ、ちょこっと
町のあちこちに散在してるみたいなんだよね。

これは・・どこだったかな?チャンクラン通りからさほど離れてない場所のはずで、ウッフン系
地帯のようにも思えるけど、照明暗いし、お客が少なくて活気もないし、よくわからん。
まだ時間も早かったからなぁ(たぶん7時半頃だったと思う)。
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反対側にはこんなアトラクション用のムエタイ(キックボクシング)のリングまである。
むかーし、パッポン通りの妖しいバーの中にムエタイのリングを設置してるの見たっけなぁ。
とすると、やっぱこの辺りは立派な「チェンマイの夜のプレイスポット」ってことなんだろう。
だいぶショボめではあるが。
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てな感じで、バンコクの夜の賑わいを知ってると、どうしてもチェンマイのナイトスポットは
やっぱ「地方都市のソレ」って感じだよねぇ。ま、それはそれでノドカでいいが。
(なぜかチェンマイにはホフブロイハウスもある。本家のチェンマイ支店?うっそぉ・・)
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しかし昨日までいたルアンパバーンと比べりゃ、ナイトプレイスポットが多少はあるだけでも
大変な大都会だよ(笑)。世界から隔絶されたようなのどかなラオスから、世俗感あふれるタイに
来たんだから、いっちょ世俗にまみれて夜のプレイスポットに行ってくれようじゃねぇか

というわけで、このあとイ課長はある店に入るのだが、続きは次回だ。


 


by tohoiwanya | 2017-01-25 00:36 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2016年 12月 02日

ルアンパバーンで見たもの

こうして思い返すと、ルアンパバーン滞在中はホントにいろんなものを見た。
町内でお寺を見学するか、あとは車で遠足にでも行くくらいしかない超田舎町のはずなのに、
見たり感じたりしたことは多かったように思う。要するに充実してたワケだな。

本日は「一つの記事にするほどじゃないけど、紹介しないのはもったいない」というネタを
まとめてご紹介しよう。いわばルアンパバーン小ネタ集。どんなのかというと・・

①傘をさすライダーたち
ヴィエンチャンで早朝のスコールに遭った時、ヘルメット姿でバイクに乗った女性が雨傘をさして
乗ってるのを見て、「ヘルメットかぶって傘さす人を初めて見た」と書いた。その時の写真がこれ

あの時は雨だった。
しかしルアンパバーンでは「日傘をさすライダー」っていうのもけっこう見たんだよ。こんな感じ。
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イ課長も台湾や東南アジアでいろんなライダーたちを見たけど、日傘さしてるのは初めてだと思う。
自転車であれバイクであれ、片手で傘を持てば必然的にバイクは片手運転しなきゃならん。
右手はスロットルを握るために必要だから、日傘は必然的に左手ってことになるが、危なくないか?
ちなみに、イ課長は傘さして自転車乗る時は左手自転車、右手傘じゃないと乗れない。
何度か逆にトライしたことあるけど、とたんに不安定になる。

二人乗りで前の人が運転担当、後ろの人が傘持ち担当という、分業制の乗り方も見た。
こっちの方が運転者は両手使えるから、片手運転よりは安全といえるか。
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しかしですね、ラオスのライダーさんたちよ。イ課長としてはですね、日焼け対策という点でも
安全性という点でも、やっぱりヘルメットを着用していただきたいと思うんでごんすよ。


②ちょっとコワい橋
例の織物の村への死の行軍の最中、ボロい橋があった。この橋はプーシーの丘からもよく見えた。
ああ、あの時見た橋がこれかぁと思ってちょっと立ち止まって観察。
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ふーむ・・この橋、車は通れないようになってるんだね。バイクオンリー。
理由は「重い車が通ると橋が崩落するかもしれんから」・・以外に考えられないよな・・ううう。
モノが通る部分を木材で補強した橋って、クアンシーの滝行く時にも通ったなぁ・・。

バイクだけかと思えば、一応歩行者用の細い通路がワキに付いてる。これも床は木製。
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ちょっと歩いてみようか、と思って足を踏み入れてみたものの・・・うううう。
何せイ課長はブダペストのくさり橋でも恐怖を感じるくらいの、大変敏感な危機意識の持ち主(笑)。
ほら、下の写真一番左の板なんて、金具との接続ボルトがはずれてるじゃん。やめてーーー。
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ビクビクしてたら向こうからお坊さんが来た。もちろん地元の人たちは平気で渡ってる。
しかしイ課長はもういいです。目的地は橋の向こうじゃないんだし、途中で引き返します。
というわけでこの橋からすごすご退散したのである。あーおっかねー。

③社会主義プロパガンダ
あんまりそういう感じしないけど、一応ラオスってベトナムなんかと同じ社会主義国・・のはずだ。
隣国のカンボジアやタイには王様がいるけど、ラオスでは王政なんてトックに廃止してて
ラオス人民革命党による一党独裁が続いてる・・はずだ。

ヴィエンチャンやルアンパバーンを歩いててそういうことを意識することってほとんどなかったけど。
ルアンパバーンでは例の死の行軍の途中にこんなものを見かけた。
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おおお。これってサイゴンでよく見たプロパガンダアートのラオス版ってことだよな?
真ん中にはラオス国旗と並んで鎌とハンマーがでかでか。これは旧ソ連国旗としてってことじゃなく
マルクスレーニン主義とシンボルとして掲げてるんだと思うけど、ひょっとするとラオス人民革命党は
旧ソ連寄りだったのかも。ベトナム戦争後のベトナムもそうだったし。
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サイゴンで見たのに比べると色が薄いけど、ひょっとすると日に焼けて色落ちしたのかな(笑)。
ベトナムのプロパガンダアートは人間の顔描く場合でも黒目と白目を分けたりせず黒目だけで
シンプルにデザインしたのが多かったけど、黒目の中のヒカリまで描いてる。ちょっと劇画調。

というわけで、写真を交えたラオス小ネタ集でした。
まだいろいろ写真あるから、またやるかも、この企画。


 


by tohoiwanya | 2016-12-02 00:04 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2016年 08月 05日

ルアンパバーンという町

今さらだけど、イ課長はこのブログにおいてこの町のことをずっと「ルアンパバーン」と表記してきた。
しかし「バ」と「ン」の間の伸ばしを入れずに「ルアンパバン」と書く人もけっこう多い。

しかも「ルアンプラバーン」「ルアンプラバン」って書き方も、これまたかなり多いんだよね。
Wikipediaは「ルアンパバーン」、地球の歩き方は「ルアンプラバン」を採用しているようだ。
アルファベットで書く時は必ず LUANG PRABANG と書くはずなんだよ。
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ある記述によると、ラオスやイーサーン(タイ東北部)では「PRA=プラ」の発音がほとんど「パ」になるらしい。
LUANG PRABANG と書いてあっても、PRAの部分を「パ」と発音すればルアンパバーンになる。

要するに、ドッチが正しく、どっちが間違ってるということではない。
パバーンでもプラバーンでも、伸ばしを入れても入れなくてもいいみたいだけど、このブログでは
前から「ルアンパバーン」と書いてたはずだから、今後もその表記で統一させていただきます。

さてだ、ルアンパバーンですよ。
19世紀くらいまでルアンパバーン王国の首都として栄えた古都ルアンパバーン。
そして、今やラオスに二つしかない世界遺産のうちの一つルアンパバーン。前にも書いたように、
観光地としてルアンパバーンの人気の高さはとにかく絶大で、世界中から旅行者がワンワン押しかけてる。
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町のメインストリートを歩けばすれ違うのは地元の住人より旅行者の方が圧倒的に多い。
そういうところはアンコール遺跡観光の町・シェムリアップと似た感じがあるけど、ルアンパバーンが
特徴的なのは、そこが「世界遺産を観光するための拠点の町」じゃなく「町そのものが世界遺産である」
という、まさにその点にあると思う。
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ここを訪れた者は世界遺産で目をさまし、世界遺産を散歩し、世界遺産でメシ食って世界遺産で寝るという
生活を送ることになる(笑)。ここを拠点にどこかに行くっていうより、この小さな田舎町に滞在すること
ソレ自体がすでにゼイタクな観光体験になってる。ホントにいい感じの町なんだよ。

シェムリアップで遺跡観光せずに毎日ゴロゴロしてたらバカと言われるだろうけど、ルアンパバーンでは
どこにも遠出せず、町の中を散歩するくらいで、あとはネコみたいに過ごすというのは悪くないと思うなぁ。
今回、イ課長はクアンシーの滝ツアーに参加したり、それなりに観光客らしいこともやったけど、
次回ルアンパバーンに行くチャンスがあれば「ネコ生活」もちょっとしてみたい(笑)。
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まさに他をもって代え難い、この町の独特の雰囲気を味わいたくて観光客は世界中からヒキも切らず来る。
町の中には次々とホテルやゲストハウスが作られるけど、それでも需要に追い付かないくらい来る。
小規模ゲストハウスが多いんだけど、これだけ魅力ある町だから大手観光資本も目をつける。

で、大手による豪華ホテルも建てられるわけだ。
もっとも世界遺産の町だから、勝手に高層ビル建てて景観を壊すわけにはいかない。既存の建物を
強引に高級ホテルに改装しちゃう。たとえば・・・

HOTEL DE LA PAIX: 元刑務所を改装した超高級ホテル

HOTEL AMANTAKA: 元州立病院を改装した超高級ホテル

超高級リゾートチェーンとして有名なアマンリゾートもルアンパバーンに進出してたんだよ。
実はイ課長は昔、この超高級リゾート・アマンにバリ島で泊まったことがあるのだ。すげぇだろ。

だもんで、ルアンパバーン滞在3日め、炎天下死の行軍中に(またかよ)アマンを見た時は
びっくり仰天した。この時までルアンパバーンにアマンがあるなんて知らなかったからね。
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思わずしみじみと外から眺めちゃったよ。
確かに言われてみれば元病院っていう感じの低層建物だ。お金かけて改装したんだろうなぁ・・。
「アマンが進出した」となると、いよいよルアンパバーンも世界的リゾート地だよなぁ・・。
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というくらい、今やタイヘンなところなんですよ、ルアンパバーンは。
もっとも、そうは言っても、何せ人口が少ないラオスの小さな古都だからのんびりしてるけどね。
人の少ないヴィエンチャンの居心地もよかったけど、ヴィエンチャンよりずーっと田舎なルアンパバーンの
居心地はまたタイヘンよろしい。この町に来て「桃源郷」という言葉を思い出す人も少なくないらしい。

ヴィエンチャンネタもまだけっこう残ってるけど、これからルアンパバーンネタもおいおい
ご紹介しようと思うのである。


 

by tohoiwanya | 2016-08-05 00:16 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)