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2019年 03月 13日

ジム・トンプソンハウスというところ

ジム・トンプソンハウスの続きね。

見学ツアーの最初、玄関とかエントランスホールあたりまでは撮影可だったので
少し写真がある。ジム・トンプソンって人はシルクで成功してお金持ちになり、
そのお金でタイやカンボジアあたりの古美術を買い集めたようで、そういうのが
いっぱい飾られてる。
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石の仏像あり、木彫の壁掛けあり、セトモノありで、まぁたくさんあること。
下のセトモノに描かれた絵はチョンマゲを結った日本人らしい。
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・・と、写真を撮っていいのはこの辺まで。このあとゾロゾロと2階に行くと、
寝室とか食堂とかがあるんだけど、その辺はカメラはだめ。

ある仏像を見て「これってクメール風・・」と思ってたら、あとでツアーガイドさんが
「これはどこの仏像だと思いますか?カンボジアです」って説明する。東南アジアに
あちこち行ったおかげ?で少しわかるようになったのかな。少し嬉しい。

グループツアーが終わると、各自自由に庭を回れる(再度邸内には入れない)。
庭からでも多少は室内の様子がわかるので、そんな写真でガマンしていただこう。
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ジム・トンプソンがこの家を建てたのはおそらく1950年頃。
その頃には冷房なんてなかったから、バンコクでの生活はさぞ暑かっただろう。
この家も風通しがいいように作ってある。それでも暑いが。
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視覚的要素も大きい。庭のあちこちには水がめが用意されてる。水面には植物、
水中には小さな魚。アルハンブラ宮殿もそうだけど、「水が豊富にある家」って
人間の本能的な居心地良さを喚起するのかも。
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広くはないけど、いかにも南国風にみっしり植物が茂った庭も居心地がいい。
どの窓からも緑の葉っぱが見えて、気分的には涼しげ。それでも暑いが。
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てな感じで、風通しはもちろん、精神的涼しさを感じさせる効果のある家という
感じだったね。邸内はしっかりニスを塗った木の床で、最近のフローリングの床ほど
真っ平じゃないけど、ひんやりしてて、ハダシで歩くと気持ちよかった。

前にも書いたように、このジム・トンプソンハウスの近くにはコレといった
観光スポットがない。だから周遊効率が悪くてこれまで来なかったんだけど、
今日は「そのあと、コッチに行ってみっか・・」というちょっとした腹案があった。
それは、センセープ運河の水上バスに乗ることなのである。センセープ運河は
ジム・トンプソンハウスのすぐ裏手を流れてる。
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しかし水上バスの停留所がどこにあるのかは不明。例によって行き当たりバッタリ。
とりあえず、運河に沿ってアッチに歩いてみましょうかね・・。

 


by tohoiwanya | 2019-03-13 02:18 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(2)
2019年 03月 10日

ジム・トンプソン・ハウスに行ってみる

欧州出張以来、未だ睡眠サイクルが復旧しないイ課長が休日朝の更新です。

欧州出張ネタ、尾道ネタ、タイネタとある在庫の山から何を書こうか迷うけど
タイネタでいくことにした。もうお忘れかもしれないけど、イ課長は昨年8月に、
タイに行ってたんですよ(笑)。

ダッカ・キャンセルのせいで、バンコク滞在中は大学とか、花市場とか、やや(相当)
マイナーな場所ばっかり行ったけど、その中で「ジム・トンプソンの家」はかなり有名な
観光スポットだろう。どのガイドブックにも必ず載ってる。
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「ミンカの女」トホ妻だったら真っ先に行きたがる場所だが、イ課長はバンコクに
何度も来たのにこれまで行ったことなかった。近くにコレといった観光物件がなくて
移動効率が良くないんだよね。しかしせっかくの予定空白滞在なんだから、
こういう時こそ行ってみようではないか。

例のイラストマップではジム・トンプソンの家はナショナル・スタジアム駅から近い。
しかし駅からの道はこの地図じゃわからん。道がないのか?しょうがないから事前に
Google Mapを調べ、道順を記憶して行くという方法を今回もとらざるを得ぬ。
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でも行ったらすぐわかった。欧米系外国人観光客が何人もソッチに歩いてたからね。
米国人だったジム・トンプソンだけあって、米国旅行者に人気があるのかもしれない。

1906年生まれのジム・トンプソンはCIAの前身にあたる組織(OSS)に所属した人で、やがて
ソコのタイ支局長になったらしいけど、本職の仕事以外の事業にもいろいろ手を出したようで、
中でもタイのシルク産業の復興と売り込みに尽力。タイのシルク王として知られるようになる。

有名なミュージカル「王様と私」の衣装にも採用されたんだとか。とすると、あの映画で
ユル・ブリンナーが着てた服もジム・トンプソン製だったのか。下の写真はネットからの
拾い物だけど、・・ユル・ブリンナー・・・カッコよすぎる・・。
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「CIAの前身に所属」って記述でもわかるように、ジム・トンプソンの元々の仕事は
いわば「諜報員」。で、最後は1967年にマレーシアでナゾの失踪をとげ、それっきり。
ナゾだらけの死に方を(遺体は発見されてないが、さすがに生きてるとは思えぬ)した。

まぁ説明はこのくらいにして入ってみよう。入場料は400バーツ。約1,300円。高い。
その代わり、主要国語別に邸内ガイドツアーがあるらしい。日本語ツアーもある。
こういう紙をくれて、11時40分に集まれと言われる。
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トコトコ歩いて行くと、おお、繭から絹糸を作る実演やってる。
こんなの実際に見るの初めてだ。
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煮てるよ、繭を。ホントに煮るんだなぁ・・繭。
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てなこと言ってるうちに、日本語ガイドツアーの開始時間が近づいたから行ってみる。
邸内に入る前は靴を脱いでハダシになる。そのための下駄箱もちゃんとある。
 
このメガネの女性が日本語グループのガイドさん。当然、日本語は上手。
まだ学生さんだそうで、メガネかけた顔もそうだけど、声もかわいかったね。
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それでは、この日本語ガイドさんにくっついて、いよいよジム・トンプソン邸内の
見学というわけだけど、実は居室内はカメラ禁止なの。それでも多少は写真があるから
次回ご紹介しますです。

 

by tohoiwanya | 2019-03-10 09:10 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(2)
2018年 11月 02日

大阪城に行ってみる

イ課長はこのトシになるまで大阪城は遠くから眺めたことがあるだけ。要するに
行ったことなかったわけ。日帰り出張とはいえ、まっすぐ帰るのもつまんないから
大阪城に寄ってみることにした。

公園入口から天守閣はすげー遠くに見える。
周囲は日本人よりアジア系観光客の方が圧倒的に多い。
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今ある大阪城が、秀吉が築城したのものとは全然違うことは承知してたが、実のところ
詳しいことは知らなかった。この記事を書くためにちょっと調べて、いろいろ勉強
させて頂きました。

秀吉が16世紀に作った城はその後、家康の命令で広大な外堀は埋められちゃうわ、
大坂夏の陣で戦場になるわ、その後徳川の手で建て直されちゃうわ、場内の火薬庫に
落雷があって大爆発するわ、挙句の果てには明治維新の混乱で出火し焼失するわで、
波乱万丈の歴史。今や豊臣時代の遺構は完全に埋没した状態らしい。

大正末期頃から天守閣再建・公園整備計画が持ち上がり、昭和6年に今の城が竣工。
ふーむ、つまりおフクロが生まれた頃、この大阪城はまだなかったわけだ。
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イ課長は大阪城っていうと「目立つ、デカい破風」のイメージが強い。
他の城だって似たような破風はある。大阪城がことさら大きいわけじゃないんだろうが
でもなぜかそう思う。金色の飾りもついて、ますます目立つ。
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外国人観光客でにぎわう正面からぐるっと回って歩いてみる。
ああーーー・・・・・石垣にとりついたエレベータとは。大阪城よ、お前もかと思った。
初めて名古屋城を見た時のことを思い出したよ。この時はね。
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しかし、その後大阪城建造の歴史を勉強して、だいぶ考えが変わったよ。
上にも書いたように、江戸時代の大阪城は明治維新の混乱で焼失した。再建されたのは
昭和6年。つうことは、焼失から再建まで軽く60年以上経ってるわけだ。その時には
“維新前”の大阪城を見たことある人なんてほとんどいなかったはずだ。

昨日まであった城が空襲で一夜で焼失した名古屋城とはその辺が違うんだよね。
大阪のシンボルとして、昭和になって新しい天守閣を作ったと考えるべきなんだよ。
ムリに秀吉やら家康やらと結びつけて歴史的意義を見いだそうとすべきではないのだ。

これは“復元”じゃないの。純粋な新築の城なんだから。新築されてから80年以上経って
その城も今や立派な「昭和初期の歴史的建造物」になったということだ。そう考えれば
SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート)だろうが、エレベーターがついてようが、いいじゃん。
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そんなことを考えた(東京に帰ってきたからだが)秋の大阪城でございました。

今回の出張では寄り道はこの大阪城だけ。
あとは再び森ノ宮駅からJRで梅田→新大阪経由で帰ってきたのでした。
女性専用車と大阪城だけっつうんだから、ブログネタの少ない出張だったのう。

 


by tohoiwanya | 2018-11-02 00:33 | 国内出張・旅行 | Comments(2)
2018年 09月 05日

シュエナンドー僧院はすごかった

サンダムニ・パゴダから、近隣のお寺はトバしてお目当てのシュエナンドー僧院だ。

サンダムニがココだとすると、シュエナンドーはこっちの方向・・それはわかった。
しかしクソ暑い中、道を間違えたくないので、こまめに人に聞いて確認。
「シュエナンドー?」⇒相手が指さした方向に歩く。不安になると、またソコにいる人に
「シュエナンドー?」⇒指さしてくれた方向に歩く・・曲がり角や十字路のたびに
コレを繰り返す。ミャンマーの人は旅人に親切なのだ。

ほら着いた。シュエナンドー僧院。ばっちりじゃん。ミャンマーの人うそつかない。
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ここはマンダレーでぜひ見たかったんだよ。
マンダレーがコンバウン王朝の都だった時代の建物で、元々は王宮の中にあったらしい。
それをナントカ王が王宮外に移築。これが幸いした。王宮は戦火で焼けちゃったけど
この僧院はオリジナルのまま残った。ミャンマーじゃわりと珍しい純木造建築。
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とにかくその木造の装飾&彫刻がスゴそうだから、実物を見たかったのだ。
いまイ課長はその実物の前にいるんですねー。さぁ見てやる、ぐふ、ぐふふ・・・。

うーーわーーー・・・離れて見た時は細かいギザギザにしか見えなかったけど、
近づくにつれ、その装飾の精緻さ対する驚きが大きくなっていく。
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こ・・こりゃすげぇ・・シュエナンドー僧院っていうと外観全体写真が多いんだけど
近くからアップで見るとこんなにすげぇんだ・・・。
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さらに近づいてアップで。こうやって一個単位で見てもけっこう細かい彫り物。
こういうのがこの僧院だけで星の数ほどあるんだからすごい。
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いやもうただただ見とれる。すごいよここは。まさに木彫による小宇宙をさまよう気分。
こりゃあああ素晴らしい。

中も見てみよう。日陰で少し涼しい。
ふーーむ・・柱がニョキニョキある。これ、古びた金属っぽく見えるけど、おそらく
木像の柱に金箔を貼って、それがハゲてこんな感じになったんじゃないかな?
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こういう細工もそうだ。おそらく金箔ハゲ状態の木彫装飾だろう。
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中には一応ご本尊とおぼしき大仏様も鎮座してた。しかし大したことはない(笑)。
やっぱこの僧院の素晴らしさは外観だ。お日様カンカンで暑いけど、再び外に出て
木彫小宇宙に見とれる。いやーシュエナンドー僧院は期待以上にスゴいぜ。
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シュエナンドー僧院は期待通りの素晴らしさで、つい長居して写真を撮り続けたくなる。
しかし「マンダレー右上カドッコ観光」はまだまだ続く。最後は難関のマンダレーヒル
登頂という大勝負も控えておる。名残惜しいがそろそろ移動するか。いやー・・もう
暑くて滝汗ダクダク状態だぜ。生ぬるくなった水をグビリと飲んで、次行くぞ次。
 
 


by tohoiwanya | 2018-09-05 00:05 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2018年 06月 01日

ミンカの女・トホ妻、四国村を歩く

旅先でどんなものを見たがるかは人それぞれ。たとえばイ課長は東南アジアでは
市場を見かけると必ず吸い寄せられるし、欧州に行くと大聖堂を見たがる。

一方トホ妻は国内でも海外でも「民家系施設」を見たがる。古い民家が博物館として
保存されてる、なんていうのがあると必ず見たがる。実はミンカの女なの、トホ妻は。

四国村って、別名「四国民家博物館」ともいうらしい。四国中から伝統的古民家や
歴史的建造物を集め、移築した野外博物館・・と聞いただけで、トホ妻が行きたがるのは
自然の成り行き。で、こうして来たわけだ。

屋島山上ことでんバスを「四国村」で降りると入口は目の前。
入場料は900円。本来は1,000円だけど、ギャラリーが準備中という理由で100円割引。
四国村はとても律儀な施設のようだ。

村内に入ると・・げっ!いきなりスゴい橋がお出迎え。「かずら橋」というらしい。
こりゃースキップしながらルンルン渡れる橋じゃないぜ。還暦間近の老夫婦が
小豆島帰りの疲れた足で慎重に渡る。
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ちなみに、この橋を回避したい人のための迂回路もちゃんとあるからご安心下さい。
ブダペストのくさり橋では怖くなったイ課長だが、こういうのは低いから全然平気なの。
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この橋を渡ると展示ゾーン。あとはもうグダグダ説明せず、写真でご紹介するのが
いいだろう。こういう感じの「●●家住宅」なんて古い民家がいっぱいあるわけ。
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この四国村がイイのは、民家の展示内容ももちろんだが、その配置。
山の斜面に作られてるから、順路を周る間に高低差がすごくあって、山の自然が
そのまま生かされている感じ。その分、足は疲れるが・・。
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四国村の(おそらく)一番高いゾーンには古い灯台や、灯台守の住居なんかがある。
「おーいらみーさきのー とうだいもーりーはー♪」という、モロあの世界なわけだが
けっこう洋風でモダンな住居も展示されてた。
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これは昔の醤油蔵。入るとホノカに醤油の臭いが漂う。
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こちらは「砂糖しめ小屋」で、牛に引かせてこの歯車を回し、間にサトウキビを突っ込んで
汁を搾ったらしい。搾り汁はまた別の釜で加熱するのだ。
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てな具合に夕方までグルッと順路をまわり終わる頃には二人とも足がクタクタ。
昨日は金毘羅様のぼったし、今日も小豆島から始まってよく歩いたからなぁ・・。
 
しかーーし。今日の観光はまだ終わりではないのだ。まだ続きがあるのだ。
イ課長は携帯で四国村入口まで再びタクシーの迎車を頼んだ。
バスのない夕方のこの時間、自動車専用道路で屋島山上に行くにはこの方法しかない。
当初からその計画だったわけで、これは「堕落のタクシー」じゃないの(笑)。

こんな夕方になってからわざわざ屋島の上まで行って何をするのか?
続きは次回なのである。

 


by tohoiwanya | 2018-06-01 00:08 | 国内出張・旅行 | Comments(2)
2017年 06月 26日

ピーターバラ大聖堂というところ【その2】

ピーターバラ大聖堂探検はつづく。
Wikipediaによるとこの大聖堂は前回見た西正面ファサードが「堂々たる初期イングランドゴシック」って
ことになってる。イングランドゴシックと普通のゴシックがどの程度似てるのかわからないけど、
とりあえず入り口ファサードが極めてゴシックっぽかったのは確か。

だが同じWikipediaによると内部は「12世紀に再建された際採用したノルマン様式建築」ときたもんだ。
せんせーノルマン様式ってなんですかー?ロマネスクとどう違うんですかー?
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実際に大聖堂にいた時はそこまで調べられるわけもなく、とにかく「ゴシックっぽくないよなぁ?」という
バクゼンとした疑問を抱えたまま内陣裏ッカワにあたる周歩廊まで来た。いわば大聖堂のドン詰まり。
ここまで来てイ課長はやっとお目当て?の天井にブチ当たった。
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おお、ここにあったのか過剰装飾天井。扇形ヴォールトから派生した装飾が複雑に重なり合って
スゴいことになってる。あちこちの音源から音波が広がるサマみたい。うーむ、やっぱりこれがなきゃ
英国大聖堂らしくないってもんだ。これが見たかったぜ。
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もしかするとイ課長は何かの本でこの写真を見たのかもしれない。
ここはいかにも「英国ゴシックらしい異常装飾天井」の典型だし、本で紹介されることも多いはずだ。
これを見たイ課長がピーターバラ大聖堂に対して「うわ、なんだこの異常ゴシック天井は」と思い、
大聖堂ぜんぶがこんな感じの天井なんだろうと思い込んでたんだろうな。

うーむ・・しかしこの部分だけはホント、つくづくすげぇ天井だ。
内陣ウラの周歩廊は身廊よりずっと天井が低いから、超デコラティヴ天井が間近に迫ってくる。
すっげぇ~・・・しばし見とれる。
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・・え?もう天井の話はいい?さいですね。ひっぱってすんません。
ではステンドグラスに目を転じてみましょう。

ここのステンドグラスはたぶん古いモンじゃないと思う。
カンタベリーのディズニー調ステンドグラスとか、イーリーの軍人ステンドグラスとか、
英国大聖堂のステンドグラスは全体的に新しそうだった。もしかすると、第二次大戦の空襲で
ステンドグラスが破損した大聖堂が多い⇒戦後作りなおしたのかな?
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まぁ絵柄的にはごく普通の宗教絵画の構図をそのままマネしたみたいな感じものが多いし、
真っ白なままの窓もけっこうある。ステンドグラス的には見るべきもの少ないと思った。
やっぱここは教会建築や装飾っていうより、やっぱキャサリンとかメアリ・スチュアートとか
「英国歴史ロマン」的な目的で来る方がいいのかな・・(上記二人については次回記事で扱う)。
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・・てなことを考えてたら、とつぜん大聖堂内にピアノの音が響き始めた。
これはスピーカーじゃない。中で誰かが弾いてるんじゃないか?

おお、あそこで黒人のおニイさんが弾いてる。
既存の曲じゃなく、昔のキース・ジャレットみたいに即興で、一回限りの曲を弾いてるっぽい。
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これを聞いてるうちにイ課長は深く感心した。
ピアノ演奏に対してではない。大聖堂というモノの音響効果の良さに、だ。
これまで大聖堂をずいぶん見学したけど、ミサの最中ってことはマレで(パリで一度だけあった)
大聖堂の中で音楽を聴く機会なんて皆無に近かった。

いやーーーさすがは大聖堂。ピアノ1台だけでもこんなに響くんだねぇ。
ここでパイプオルガンとか、合唱団とか聞けば、すごい残響でさぞかし聞きごたえがあるだろうけど
それ以上に演奏してるガワは気分がイイだろうと思う。
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英国大聖堂ならでは(と、少なくともイ課長は勝手に思ってる)異常装飾ヴォールト天井は
ちょっとしか見られなかったけど、あまり考えたことがなかった大聖堂の音響効果の良さに
触れられたイーリー大聖堂というわけでした。
次回更新では「英国歴史ロマン」風に、キャサリンとメアリ・スチュアートのお話を。

 


by tohoiwanya | 2017-06-26 00:17 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 06月 23日

ピーターバラ大聖堂というところ【その1】

ピーターバラ大聖堂入り口側のファサードを特徴づける3連アーチ。
こういう大型のアーチが三つもくっついたのって見たことないと思う。確かに珍しい。
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近くから観察すると・・ふーむ・・半円じゃなく尖頭アーチだ。
しかも入口アーチ開口部のヘリ部分がギザギザの斜め構造になってるところなんて
ゴシック建築の特徴だよな。
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このギザギザ斜めの構造、単純なくり抜きトンネルだと建物の厚みがそのまま
トンネルの長さになって圧迫感があるから、こうやってギザギザの斜めに広げて
それを軽減してるって本で読んだことがある。そう言われればそんな気もする。と同時に
採光をよくするって側面もあるのかもしれん。

さて中に入ってみましょう。
ピーターバラ大聖堂は全体としてはこんな形。真上からみれば十字架型になる。
十字架の足元にあたる入口から入るとまず外陣。さらに進むと交差廊(十字架の横木部分)を
通り、さらにその奥が内陣(十字架の上部縦木部分)になるわけだ。
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ハイそれでは中に入ってぇ、ゴシック体操第一。まずは首をそらせる運動です。ぐぃーーーん・・
・・ありゃりゃ?!ここもイーリー同様リブ・ヴォールト天井じゃないぞ?平天井じゃん。
入り口は尖頭アーチだったけど、内陣は左右の柱も半円アーチでつながってる。
ってこたぁナニかい?ピーターバラ大聖堂も入ってすぐはロマネスク様式なのかい?
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へぇ〜こりゃ意外。
イーリーもピーターバラも、本なんかじゃ英国ゴシック建築の例として紹介されることが
多いはずだし、ソレらしい写真も見た気がするんだけどなぁ?

ふーむ、しかしこの半円アーチや窓開口部の壁の厚さ、平らな(おそらく)木造天井・・
専門家に言わせりゃあっさり「あ、こりゃロマネスクですよ」ってことになるんだろう。

個人的好みという点では、何の絵も模様もなくシンプルな構造美だけで魅せる
ゴシックのリブ・ヴォールトが好きだけど、さすが天井の異常装飾に凝りたがる
英国ならではというべきか、この平天井の装飾もすごいねー。
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さらに奥に進んでみる。
こうみえてイ課長だって英国大聖堂の建築スタイルをだんだん飲み込んできた。
身廊と交差廊の“交差点”のトコで真上を見るときっとまた豪華絢爛なアレが・・

うひゃーーやっぱり。これでもかとばかりに装飾を詰め込んだ天窓があるよ。
どうも英国大聖堂では“交差点”部分に塔を造り、そこを天窓にし、豪華絢爛な天国的世界を
再現するっていうのがパターンなんだと思われる。
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さらに奥、内陣の方に入ってみる。ありゃりゃりゃ?!ここも純正ゴシックじゃない。
天井部分は外陣と同じく平らな構造で、典型的ゴシックのリブ・ヴォールト天井じゃない。
左右の柱にある「枝分かれリブ」は構造上というより、装飾上の意味合いの方が大きそうに見える。
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うーーむこれはますます意外。
外陣はロマネスクでも内陣はイーリーみたいにゴシックになるんだろうと思ったが、ピーターバラ大聖堂は
内陣もロマネスクっぽいよ?アーチも半円型だし。おっかしーなー・・・ピーターバラ大聖堂ン中に
「これぞ英国ゴシック」って感じの超過剰装飾天井があったんじゃなかったかなー?

例によってまた天井の話だけで長くなってしまった・・。
イ課長が悪いのではない。ロマネスク?ゴシック?と見る者を混乱させるピーターバラ大聖堂が悪いのだ。
ということで、ヒトのせいにしたところで続きは次回だ。

 


by tohoiwanya | 2017-06-23 00:08 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 06月 08日

イーリー大聖堂というところ【その2】

奥の方まできてようやく純正ゴシックらしくなってきたイーリー大聖堂。
調べたところでは、この大聖堂、着工が11世紀で完成は14世紀。建設期間が300年ともなると、
その間に建築技術も進歩するし、様式も変わるわなぁ、そりゃ。
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大聖堂奥の部分は側廊天井もリブが延びたヴォールト天井になってる。重々しい雰囲気だねぇ。
イーリー大聖堂、見学者がワンワンいるということもなくてわりと静かで、それなりに宗教的神秘を
感じさせてくれる空間だ。
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(たぶん)聖職者席からロマネスク様式の西側を見るとこんな感じ。
うーん・・やっぱ大聖堂はええのう。マイルドなゴシック教会建築ヲタクのイ課長だから、やっぱり
こういう所に来ると軽い興奮状態になって写真の撮影枚数がバカスカ増えていく。
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この(おそらく)聖職者席ってフランスの大聖堂でも見たけど、なぜかここは木で作ることが多い。
だからここでは木彫の装飾が見ものであることが多いんだけど、イーリーの木彫もなかなか見事だ。
ちょっと暗いけどストロボは焚かずに撮った(それでも手ブレしないカシオはえらいと思う)。
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イーリー大聖堂で面白かったのは、ひざまずいてお祈りするためと思われるクッションだ。
それぞれ名前やイニシャルが刺繍がしてある。つまりこのクッションは誰がヒザを置く場所かってことが
決まってるんだね。クッションが専用予約席になってる。
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しかも刺繍された年代を見るとおっそろしいほど古い。
これなんて1000年以上前だぜ?まさかこのクッションが当時作られたものとは考えられないけど、
このクッションにヒザをのせていいのはエルシン家関係者のみであるってことが1000年以上前から
決まってるっぽい。それってすごいね。10世紀って大聖堂着工より前じゃねぇ?このエルシンさんってのは
建設前の大口寄付者か何かだったんだろうか。
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こっちのクッションは12世紀からヘンリーさん専用の祈祷場所だったと思われる。今はその子孫がここを
使ってるのかな?こうやってトテツもない歴史の古さをクッションの刺繍でさりげなく自慢するあたり
英国らしいと言うべきか。
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おお、大聖堂の一番奥の方まで来ると英国ゴシックの神髄(だと、イ課長が勝手に思っている)、
異常装飾天井がソコかしこに。英国ゴシックはやっぱこれがなきゃね。しかしコレもまたすごいね。
天井がハチの巣みたいだ。よくまぁこんな天井作ったね。
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大聖堂に接続して増築したと思われるホールの天井もこんな。これですよやっぱ。
英国の大聖堂に来たらこの過剰(ないし異常)装飾の天井がなきゃつまんない。イーリー大聖堂の
異常装飾天井も十分異常です(笑)。
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いやーーー大聖堂見学は面白いですなぁ。
ワガママを言って「大聖堂の日」を作った甲斐があったってモンだぜ。
せっかくだからイーリー大聖堂の話題はもう一つ続けたいと思う。この大聖堂の見事な
ステンドグラスをまだ全然ご紹介してなかったのだよ。次回たっぷりご覧に入れるからね。
 
 


by tohoiwanya | 2017-06-08 01:00 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 06月 06日

イーリー大聖堂というところ【その1】

我々が乗った列車はキングス・クロス駅8:44発。イーリー駅9:51着。1時間強の英国鉄道の旅。

イーリーって、英語で書くとスペルは Ely 。知らなければイ課長は「エリー」って読んじゃうだろう。
しかし日本のどんな地図・書籍・ガイドブック等々でも「イーリー」表記のはずだから、ここでもイーリーで
書かせていただきます。現地の英国人が実際どう発音するのかは聞いてない。
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一応駅から大聖堂らしき建物は遠くに見える。でも歩くと10分強はかかるかな。
小さいけど歴史はありそうな、落ち着いた感じの町だったね。もし大聖堂がなければこんな小さな町を
訪れる観光客なんて皆無だっただろうなぁ。

うぉっと、いきなり見える巨大な建築物。あれがそうか。
写真を見るとわかるように、この日は曇ってて気温も低かった。この時は大丈夫だったけど、この後
雨が降るんだよね。
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イーリー大聖堂はこんな感じで十字架型の基本形に加え、いろいろ増築されているみたい。
とりあえず、下の写真でいうと左側の端っこにある入口から中に入る。
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ゴシック大聖堂入って最初にすることは・・・はい、おなじみの首を背中をそらせる体操です。
うわーーー・・と口を半開きにして天井を見上げ・・ありゃ?
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てっきり壮大なドーム型のリブ・ヴォールト天井があると思ってたら、わりとフラットな天井で
絵が描かれてる。こういうのはゴシックというより古いロマネスク様式の教会で見られる天井だ。
へーーー、そうだったの。

身廊左右のアーチもゴシック特有の尖頭アーチじゃなく、半円アーチ。ふーーむ・・。
愚かなるイ課長はこの時「建てられた時代が古いんだな」と思ったくらいで、あまり深く考えなかったけど、
帰国後に改めて確認してちょっと驚いた。
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実はイーリー大聖堂って部分的にロマネスク様式も取り入れられてて、ロマネスクとゴシックの
ハイブリッドと言ってもいいみたいなんだ。いやーーそれは存じませんでした。オラてっきり
イーリーはカンペキにゴシックだと決めてかかってただよ。

イ課長がロマネスクとゴシックの決定的な違いと思ってるのは「壁の厚さ」。
ロマネスクはやたら厚い。そう言われて見ると確かに一番上の窓の部分、壁が厚いのがわかる。
壁を厚くすることで建物の重さ支えようとしたロマネスクの特徴だ。非リブ・ヴォールト天井、
非尖頭アーチ等々と合わせて考えると、ロマネスク的建築要素だらけといえる。
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しかし何度も言うように、実際に大聖堂にいる時はそこまで深く考えてなかった。
「たぶんコッチを先に作り、奥の方は後で作ったから、奥はもっとゴシックっぽい天井かな」とか
その程度のことしか考えてなかったんだよ。バカだからしょうがないのである。

身廊と交差廊の“交差点”で立ち止まって再び真上を見上げましょう。
うっひゃー。カンタベリーもそうだったけど、ここの身廊と側廊の“交差点”上もたぶん塔だ。
塔の窓から明かりが差し込んで、まさに天上の世界の華麗な装飾。
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さらに奥の方に行くと・・ほら、こっちはリブ・ヴォールトの天井でいかにもゴシックらしい。
おそらく、交差廊のコッチとアッチとじゃ建築年代がだいぶ差があるんだと思われる。
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左右の壁のアーチも半円じゃなく、尖頭アーチ。ゴシック的建築要素が満ちた空間になって
イ課長も何となく安心?した。
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イーリー大聖堂の探索はまだまだ続くわけだが、すでにだいぶ長くなっちまった。
続きは例のごとく次回ということで。

 


by tohoiwanya | 2017-06-06 00:18 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 03月 06日

カンタベリー大聖堂 その③

さて、ゴシック大聖堂は内部だけじゃなく、外もいろいろ観察すべき点が多い。
カンタベリー大聖堂の外側もしっかり見てくれようじゃないの。

まず大きな特徴はゴシック教会建築につきもののフライングバットレスがないってことだ。
ええ?ないの?あれはゴシック建築をゴシック建築たらしめる決定的重要要素なんじゃ・・?
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しかし実際ないんだよ。その後調べたところではこういうことらしい。

木と違って石材は梁として水平にわたすことが出来ない(仮にすご~く細長い石材を使っても
自重で真ん中で折れやすい)。だから天井をアーチ型に組む。しかしアーチ型って
「左右に広がろうとする力」があるから、それを外側から支える必要がある。

そういう壁を外から、しかも高い位置で支えるためにフライングバットレスという
画期的&曲芸的な建築アイディアが生まれ、天井の高いゴシック大聖堂の建築を可能にした
・・と、そういうことだった(はずだ)。

「その①」でも書いたようにカンタベリーは天井に凝り、それをよく見せたい目的もあって
天井高はホドホドでとどめた。だから壁を支えるのも高めの控え壁で何とかなるらしい。
フライングバットレス(飛び梁)なんてアクロバティックな技法を使わなくても良かったんだと。
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なーるほど。つまり「華麗な天井装飾を見てもらいたい」⇒「それゆえに天井高はほどほどに抑える」
⇒「それゆえにフライングバットレスなしでもOK」ってことか。デコラティブな天井があることと
フライングバットレスがないことはちゃんと関係してるわけだ。勉強になるのぅ。

もう一つゴシック聖堂につきものといえばガーゴイル様。
これはちゃんとカンタベリーにもあった。そう多くはなかったけどね。
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こちらにも、猛烈にすり減ったガーゴイル様が。これなんておそらくこの大聖堂が出来た
当初からまったく取り替えられずに残ってるんじゃないかと想像される。すごい磨滅ぶり。
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お?こんな低い位置にもガー・・・・ゴイル・・・じゃないよな、これは。
単に柱を頭で支える人面の飾りということらしい。
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しかしこれまたひどい役目だこと。
むかーし書いた女人柱もかなりひどいが、これは首の力だけで柱を支えてるんだからその苦痛は
察するに余りある。首が痛い。背筋疲れる。こういう彫像のモデルにはなりたくない(笑)。
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外側の少し高いところにはもう少し格調高く作られた聖人の像がずらり。
まぁこういうのはどこの教会でもよくあるよね。
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中に混じって、まだ真新しい白い石で作られた聖人がいらっしゃった。当然目立つ。
あれぇーーーーッ?!ここここれってもしかして・・・。
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間違いない。これは現女王エリザベスと夫君のエジンバラ公フィリップ殿下だ。
こりゃたまげた。エリザベス女王って聖人だったのかよ(笑)。よくバチカンがそんな
こと許可・・・なんて得なくてもいいんだ。いまカンタベリー大聖堂は英国国教会が所轄
するわけだから、国教会の長たる女王陛下を聖人に並べるくらいは朝飯前か。
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こちらがエジンバラ公フィリップ殿下。こっちの方が実物に似てるかな。
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このフィリップ殿下、若い頃は異常なほどの二枚目だったことで有名。
若きエリザベスがその異常なイケメンぶりにポーッとなって結婚に至ったのは間違いない(笑)。
しかし仲睦まじいままお二人ともご長寿であらせられるのはめでたいことだ。
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いやー最後の「聖エリザベス&聖フィリップ」にはちょっと驚いたぜ。
存命の女王夫妻もしっかり聖人の列に並ぶカンタベリー大聖堂というわけでした。

というわけで、「イ課長、初めて英国ゴシック大聖堂を見る」の一席、
これにて書き納めといたします。お長くなりました。

 
 


by tohoiwanya | 2017-03-06 00:05 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)