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2014年 11月 17日

ハノイ旧市街の魅惑のチキルーム

まずご報告したい。
先日書いたナンさんがめでたくご結婚されたようです。Facebookに二人の結婚写真が載ってた。
旅先での友達の作り方を啓蒙してくれたハノイの友人の結婚をこうして日本で知ることができて嬉しい。
もちろん、相手はあの記事の中でも触れた彼氏です。ナンさん、どうぞお幸せに。

さてだ。そのハノイ、昨年始めて行った時は2泊3日するという予定を組んでた。
その3日間、結局イ課長はほぼ一貫してハノイ旧市街をうろつきまわるガイジン旅行者として過ごした。

ハノイ旧市街の感じがすごくイイもんで、当初想定していた世界遺産・ハロン湾一日観光は早々に放擲し、
ホーチミン廟みたいなハノイ定番観光スポットめぐりもサッサと放擲。ひたすら旧市街を散策してた。
そのおかげでナンさんとも知り合うことが出来たわけだけど、とにかくハノイ旧市街って独特の雰囲気があって、
イ課長はその雰囲気が好きになった。
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前回も書いたように大通りといい、狭い路地といい、その緑の多さと濃さは本当に印象深かったよ。
ちょっと大げさにいうと旧市街全体がちょっとしたジャングルのような感じ。サイゴンも緑が少ないとは
全然思わなかったけど、ハノイ旧市街の緑の多さはことのほか印象深かったねぇ。
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下の写真の道なんてびっくりしたよ。
写真だとわかりづらいけど、路地の上が天井のごとく何かの木の枝で覆われて、そこからものすごい数の
ツルみたいなものがぶら下がってる。最初見たときはX'masの電飾用ヒモでもブラ下がってるのかと
思っちまった。不思議な光景だ。まさに町全体がちょっとしたジャングル。
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ベトナムの首都ハノイ。サイゴンと並ぶ大都市なんだけど、旧市街にはそういう「新興国の首都」的な、
ガンガン再開発を進めてますっていう雰囲気が皆無で、昔のままのベトナムが真空保存されてるような感じ。
ハノイがベトナム戦争当時の北爆でどの程度ダメージがあったのかよく知らないけど、この様子から見る限り、
少なくとも旧市街は「戦災で焼ける」っていうことがあまりなかったんじゃないかなぁ?

旧市街を路地から路地へと歩き回ってたら、とつぜん頭上から小鳥の鳴き声が降ってきた。
ん?と思って見回すと、あらら、街路樹の枝に鳥カゴがかかってる。
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この鳥カゴっていうのが一つや二つじゃない。やたらにたくさんかかってる。
たぶん自分チの前の道(の木の枝)に、自分チの鳥カゴをぶら下げてるんだと思われる。
周囲の家がみんな同じことやってるから、公道のこのあたりだけが魅惑のチキルーム化してる(笑)。
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鳥カゴの上に布があるから、夜はこの布をかぶせて、外に吊るしっぱなしなのかもしれん。
雨が降ったら家の中に入れるのかな?この路地に面した家々にとって、この路地は一種の
「共同庭」みたいな感覚で使われていることがうかがえる。

イ課長がガキだった頃、家の近所の狭~い路地を入ると、そこがちょっとした“広場”になってて、
真ん中に井戸、その周りを木造のシモタヤが囲んでる、みたいな一角があった。あれを思い出すなぁ。
あの井戸のあった広場(広くないが)も周囲の家の共有スペース・共同庭だったんだろう。
ハノイのこの一角では共同庭を兼ねた路地に周囲の家がこぞって鳥カゴをかけているというわけか・・・
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ベトナムにいると「子供の頃の昭和の記憶」が自分でも不思議なくらい喚起される。
トシとってから新興国を旅するとこういうものなのかもしれない。でも、特にベトナムでその傾向が
強かったと思うんだよなぁ。タイではそれほどでもなかった。なぜだろう?
(まぁ確かにサイゴンやハノイに較べりゃ、バンコクは遥かに大都会ではあるが)

生まれて初めて行く外国の街に入れば最初は緊張してて、だんだんリラックスする。それは普通のことだ。
でもハノイに関しては、そのリラックスの仕方が何かこう・・・単に「なじむ」っていうだけじゃなく、
ガキの頃の追体験みたいな感じを帯びてる。これはホイアンでも感じたけど、ハノイでも感じた。

緑濃い、路地の入り組んだハノイ旧市街。
そんな中を歩いてて「チチチチチ・・・」「ピピピ・・・」なんて小鳥のさえずりが頭上から聞こえてくると
ホントに不思議な気分になる。自分がいまベトナムの首都ハノイにいるのではなく、路地を入った拍子に
ガキの頃にタイムスリップしたような・・・。

日陰の涼しさと小鳥のさえずりにしばし時を忘れてたたずんだ。
「何だかハノイ・・すげーいいじゃん・・」という気分になってきたイ課長なのである。

  


by tohoiwanya | 2014-11-17 00:01 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(4)
2014年 08月 24日

サイゴンの夜

サイゴンって大都会だけど、パリやニューヨークみたいにナイトクラブだオペラだ観劇だ、というほどには
夜の娯楽があるわけじゃない。でも、だからってみんな早寝して夜の町は静かかというと、そんなことも
全然ないわけで、イ課長が泊まったベンタイン市場周辺は夜遅くまで活気にあふれてた。
少なくともフランクフルトの夜と較べれば1万倍は賑やだかと思う(笑)。
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サイゴン二日目の夜、同時にそれは「サイゴンで過ごす最後の夜」でもあったわけだが、この夜のメシは
またもやフォーを食った。昼メシはフォーガー(鶏肉フォー)を食ったから、夜はフォーボー(牛肉フォー)。
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一応普通のレストランだから、昼間の店よりは高いだろうなと思ってたけど、やっぱり高くて、フォー代5万ドンに
加えてもう少しとられた。「もう少し」っていうのは、ドンブリの向こうに移ってる長い揚げパンみたいなヤツの分で、
黙って出してきたから、日本のおしんこと同じようなサービスかと思って食うと金をとられる。要注意なのである。

メシを食い終わってもホテルに戻るのが何となくもったいなくて、賑わいの耐えない市場周辺をブラブラ。
前にも書いたけど、この辺りにはマレーシアから来てた観光客が多かったねぇ。女性のスカーフでわかる。
ハノイやホイアンじゃマレーシア人って全然見なかったけど、この一角だけはやたらに多かった。なぜだ?
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テント食堂もにぎわってるよ。さっきのフォー屋より、こっちで何か食った方がよかったかも。
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大通りを歩いてベンタイン市場前のロータリーの中央、いわば“中州”部分に行ってみよう。
夜になっても相変わらずサイゴンの道路を横断するのは相当の交通量の中を決然と渡る必要がある。
バイクや車や自転車がグチャグチャに行きかう道路を、ガイジン観光客たちが決然と横断。
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ロータリーの中洲も何だか人がワラワラといっぱいいたねぇ。
おそらくサイゴンもまだ一般家庭へのエアコン普及はそれほどじゃないはずで、夜も家ン中は暑い。
寝るには早いし、外の方が涼しいし、まぁ外にいようかっていう雰囲気の人たちが多かったと思う。
特にナニをするわけでもない夜の屋外滞在。「目的性の低い活気」とでも表現すべきか。

典型的なのがバイクだろうな、やっぱ。
どこに行くわけでもなく「ちょっとそこら辺を走ろうか」っていう感じでダラダラとバイクをころがしてる。
もしかするとベンタイン市場前のロータリーをぐるぐる回ってるだけっていう人もいるんじゃないかな?

で、ちょいとバイクを止めてボケー。どこかに行こうっていう目的はなさそうなんだよ。
そこらを走って、時々バイク止めてボケーッとして、遅くなったら帰る、みたいな夜のドライブデートが
サイゴンのカップルの間ではわりと日常的なんじゃないかな?
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こっちはカップルじゃなくギャル二人がボケー。
もしかするとこれが有名な「ホンダガール(バイクに乗って援助交際相手をみつける女子)」なのだろうか。
こんな感じでボケーッとするために駐車したバイクで中州の周囲は取り囲まれている。
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けっこう夜遅いのに、子供を遊ばせたり、おしゃべりしたり、何か食ったり、ただボーッと座り続けたり・・
昼間に較べればやや涼しい、生ぬるいサイゴンの夜風に吹かれながら「目的性の低い屋外活動」で
夜を過ごす地元民をぼんやりと眺めるのは楽しかった。イ課長自身ベトナムでは具体的観光計画を
何も持たず、目的性の低い旅行だったんだけど、それがうまくシンクロしたのかもしれない。
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「なんか ベトナム いいよなぁ・・」と、、滞在二日目の夜にしてすでにそんな気分になり始めていた。
この気分はこの後、ホイアン、ハノイとまわるにつれてますます強くなるわけだが。

サイゴンのベンタイン市場前。何をするでもなく、どこに行くでもなく、しかし何となくイイ気分で
ベトナム人に混じってぼんやりし続けたサイゴンの夜だったのでありました。


 

by tohoiwanya | 2014-08-24 00:14 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)
2014年 05月 21日

ブリュッセル・・・大丈夫か?

思い出したように欧州ネタをはさむ。

昨年2月の出張で行ったことで、ブリュッセルには5回目の訪問ってことになる。
前にも書いたように、イ課長はブリュッセルという街をけっこう気に入ってるんだよ。
ただねぇ、この時の出張ではブリュッセルのことがちょっと心配になった。
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昨年2月っていうとユーロ危機の最悪期は過ぎてたけど、まだまだ欧州経済は好景気とはほど遠い状況。
その影響なのか、ブリュッセルがやけに元気ないなぁと思ったんだよね。

まず最初にガッカリしたのはグラン・プラスのライトアップがなかったことだ。
ライトアップされた時のグラン・プラスはもう陶然とする美しさで、今回も夜ここを歩いたけど、
今回はなんとびっくりライトアップなし、街灯のみ。ちょっと・・・いや、だいぶガッカリだよこれには。
電気代をケチッたってことなのかい?ライトアップされたときの美しさを知ってるだけに、こういう
薄暗いグラン・プラス見てると「衰退するベルギー」「欧州の没落」といった言葉が思い浮かんじゃうぜ。
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ライトアップがなくなっただけじゃなく、グラン・プラス周辺もなんか人が少なくて寂しい。
このギャルリー・サンチュベールにしたって、昔は夜でも観光客がゾロゾロいたもんだったけど、
今回行ってみたらこの閑散ぶり。しかも薄暗いときた。おいブリュッセルぅ、どうしちゃったんだ?
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景気が悪いせいなのか、それとも何か別の理由があるのかわからないんだけど、とにかく
「やけにシケた街になっちまったなぁ」と思わずにいられないんだよ。

イ課長としてはやっぱり「経済落ち込み&景気悪化 → 要するにみんなおカネがない」という
単純な結論が正しいのかな?という気がする。実は今回ブリュッセルでこんなこともあったんだよ。

イ課長と通訳さんが切符を買って地下鉄に乗ろうとした。
ブリュッセル・メトロの改札はカードを差込口に入れると正面の扉がガタンと左右に開く。
まぁその辺はこっちもすでに慣れてる。軽やかにカードをいれ、入場が印字されたカードをつまみ抜き、
正面の扉を通って中に・・・・

すると突然(おそらく)現地人から話しかけられた。
何を言ってるのかは当然わからん。表情や口調から察すると、何かに困ってて、教えてほしいといった
様子に見えた。たとえば切符の買い方がわからないから教えてください、みたいな。

しかし改札通過直前に聞かないでほしいなー。しかもコトバもさっぱりわからん。他の人に聞いてよ。
「あー・・・きゃのっとあんだすたん、そーりー」と言って改札を抜けようと・・・抜け・・・あれ?



あーッ!呼び止められてる間に改札機の扉がしまっちゃったじゃん!!
こうなるともうダメ。いくらコジあけようとしても開かない。もう一度カードを改札機に入れても開かない。
ヲイ!冗談じゃねぇよ!あいつのせいでせっかく買った切符がムダになっちゃうじゃねぇか!
なんで改札通ろうとするときに急に呼び止めるんだよーーーッ!!イ課長ジタバタ。

すると、別のオジサンが来て通訳さんにナニやらささやいた。それを聞いた通訳さんが言う。
「アタシが入場するときにイ課長さんがひっついて一緒に通ればよい、と言ってます」

おお、なるほど。その手があったか。
なんだか不正乗車じみたやり方だけど、こっちはちゃんと正規の切符を買ってるんだからヤマシくない!
通訳さんのうしろにぴったりつき、彼女が改札を抜けるときにヤッと一緒に抜けた。やれやれ。
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しかしさっき呼び止めたニイちゃんは一体なんだったんだ?ナニを聞きたかったのだ?
そこで「さっきのニイちゃんが言ってたこと、聞こえた?」と通訳さんに聞いてみた。
通訳さんは冷静にこう答えた。

「おそらく、イ課長さんにくっついて改札通らせてくれないかって言ってたんだと思います」

ひーーー。なんてこった。
ってこたぁナニかい?地下鉄の切符代にもコト欠いてるから、不正無賃乗車に協力してくれってか?
ブリュッセルじゃもう何度もメトロに乗ったけど、こんな経験初めてだなぁ・・。

「しかしまぁ、あのオジさんも『一緒にくっついて改札通れ』なんて、よく親切に教えてくれたよねぇ」
イ課長がそう言うと、通訳さんはまた冷静にこう答えた。

「チップがほしかったからじゃないですかね?」



・・・な ん だ か なぁ ~。

だとすると、昨今のブリュッセルのメトロときたら「誰かにひっついて無賃乗車しようとするヤカラ」だの
「そういうヤカラのせいで困ってる人を助けてチップほしがるヤカラ」だのがフラフラしてるわけか?ガラ悪いなー。
(もちろん、そのオジサンにはチップなんてあげなかったが)

ブリュッセルって確かにドコもカシコも治安がいい街とはいえない。ヤバいエリアもある。
しかし、少なくとも地下鉄に乗って無賃乗車だチップだなんて、これまでは全然考えたこともなかったぞ。
この街にはすっかり慣れた気分でいたところにこれ。ちょっと驚いた。
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ライトアップのない、薄暗いグラン・プラス・・
深夜でもないのに人気の少ないギャルリー・サンチュベール・・
そして無賃乗車協力要請(これは間違いない)やチップ欲しさの親切(これは確証はない)が横行するメトロ・・・

ヲイ、ほんと、大丈夫なのかよ?ブリュッセル。
これまで何度もこの街に来たけど、ブリュッセルのことをこんなに「シケた街」と感じたのは初めてだぞ。
街もヒトも「お金に困ってる」的ムードが感じられる。

もっとも、イ課長がそう感じたのは昨年2月。あれからもう1年数ヶ月が経過した。
その後の欧州経済、けっこう回復してるんだよね。スペインとかポルトガルとかの「ダメダメ債務国」を見ても
2013年後半あたりから回復が顕著で、今年の第一四半期のポルトガルのGDPなんてアータ、日本より
高い3%っていうんだから驚くじゃないの(たまたま仕事上の必要があって先日調べたところなのだ(笑))。
もっとも、ベルギー経済がどうかと言われるとよく知らないのだが・・。

まぁとにかくさぁ、一応EU本部の置かれた街、いわばEUの顔だろ?ブリュッセル。
あんまりショボくれた姿、カネに窮した様子をさらすなよブリュッセル。みっともねぇじゃねぇか。
グラン・プラスのライトアップも、まぁあれは季節の悪い2月だからやってなかったっていうことであって、
観光シーズンの春~夏にはちゃんと再開させてるんだよな?そうだよな?ブリュッセル。

頼むぜまったく。
イ課長はオマエのことけっこう気に入ってるんだから、あんまりショボい姿見せてがっかりさせるな。
 

 


by tohoiwanya | 2014-05-21 10:46 | 2013.02 欧州出張 | Comments(8)
2014年 04月 30日

ブリュッセルと小便について

ひどい標題でブリュッセルに対しては申し訳ないと思う。
しかし他に思いつかなかったのだ。スマヌ。

インドネタもだいたい書いたし、昨年2月の欧州出張ネタ消化に(今頃ソレかよ)注力しないと
いけないんだけど、何せ忙しくて腰を落ち着けてブログを書けない。せっかくの休日なのに
イ課長は今日も休日出勤してきたのだバカヤロウ。

こういう時は小ネタでいくか。小ネタだから小便というわけでもないのだが。

新宿に「しょんべん横丁」っていう場所があった。
いや、今でもあるのかもしれないけど、今じゃさすがにこういう呼び方はしてないはずで、
その場所がどこなのか、正確にはイ課長も知らない(西口の狭い通りのことかな?)

ブリュッセルにも小便横丁とでもいうしかない場所がある。
もちろん、ブリュッセルだけあって、小便小僧の近くにある。
なにが小便横丁かっていうと、とにかく「巨大小便小僧のチョコだらけ」だからだ。

ちょうど小便小僧の像からグラン・プラスの方に向かう細い道で、ここは道の両側に
観光客向けの土産物屋やチョコ屋がびっしりと並んでいる。そこを歩くと・・だよ?

はいこちらにチョコ製の巨大小便小僧。
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はいこっちにもありますチョコ製巨大小便小僧。
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こっちのチョコ製小便小僧は放尿しながらワッフル食ってやがる。なんて行儀の悪い。
オシッコしながらモノ食うな!
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ぐわー、こっちじゃドはでな色に塗られた小便小僧大集団。
もうとにかくこの通りを歩いてるとこんな調子で小便小僧ばっかり目につく。
イ課長が「小便横丁」と名付けたくなる気持ちもわかるでしょ?
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小便小僧が世界的に有名だから、というわけじゃないだろうけど、ブリュッセルにいると
小便についていろいろ考えさせられる。

前にブリュッセルで撮った「立ち小便専用トイレ」の写真を載せたことがある。
アレを使えば、確かに「トイレでオシッコしている」ことになるんだろうけど、背中がガラあきで
心理的には立ち小便してるのと全く変わらない。こういうの、他の国じゃ見たことないんだよなぁ。

今回の出張でもブリュッセルではあの「立ち小便専用トイレ」(言葉として矛盾してるが)を見かけた。
これは2009年に見たものと形状的に同じに見える。これが普及型なのかもしれない。
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しかし、こういうのだけじゃない。下の写真みたいなのもある。
この時は利用者がいたのだが、失礼して撮らせていただいた。こういう感じだ。
これは上のタイプに比べればまわりに多少の囲いがあって、まだしも「人目にさらされてる」という
プレッシャーは軽減されるけど、何せ人通りの多い広場の一角。イ課長としては使いたくないなぁ。
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ブリュッセルという街はいろいろ小便について考えさせられる街のようだ。
何せ小便小僧にあやかって、小便少女の像まである街だし(笑)。


 


by tohoiwanya | 2014-04-30 01:04 | 2013.02 欧州出張 | Comments(8)
2014年 04月 15日

デリーとムンバイどっちがいい?

2012年出張でイ課長が宿泊したのはデリーとムンバイ。
日本で言えば東京と大阪。インドが誇る二大都市。
ただ、広いインドの北と南にあるだけあって、この二つの街はだいぶ感じが違う。

「デリーとムンバイ、どっちがよかった?」「どっちがお勧め?」という質問を帰国後に何回か聞かれた。
しかし、これをイ課長に聞かないでほしい。

以前に交通機関の話で書いたことがあるけど、ムンバイという街の地形は非常に特殊だ。
世界的大都市でありながら、中心市街は半島の先ッポに集中してるからヨコに広がる余地がない。
いまやムンバイの開発の中心は余地の少ない先端部じゃなく、北の“太いエリア”で、空港も北の方にある。
狭い半島先端部に空港なんて作れっこないのである。だが街として面白そうなブブンは先端部に集まっている。
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当然、イ課長は先端部にホテルをとろうと思い、実際予約した。明らかにそっちの方が面白そうなんだもん。、
しかし現地駐在から「そんなホテル聞いたことないけど、大丈夫か?」「先端部は渋滞がひどいぞ?」と言われて、
太いエリアのホテルを予約しなおした。何せ仕事。個人的オモシロさより安全性が優先されるのだ。くそー。

しかし仕事では何度も先端部にある会社だの業界団体だのに行った。
上の地図の「マーヒム」っていう地名のあたりに大~きな湖(あるいは海水湖?)があるでしょ?
その先端部分に長い橋で有料道路が出来ている。太いエリアから先端部の方に車で移動するときは
この橋を通ることが多かった。その方がまだしも渋滞のヒドさの程度が低いからなんだろうな。
とはいえ、その有料道路の入口付近は大渋滞なのだが(笑)。
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車の窓から眺めるだけとはいえ、ムンバイの、半島の先端部は面白そうだったなぁ。
湖の対岸にはこんな風にいかにも新興国の大都会らしい超高層ビルがニョキニョキと建ってる。
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ムンバイは何となく昔の東京の感じに近い。土地が狭いから建物は必然的に上に伸びる。
いかにも古い(ボロい)高層集合住宅がそこかしこにあるあたり、一昔前の東京っぽかったよ、ホント。
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これもまた素晴らしく古い。っつうか、ボロい高層集合住宅だ。
こんな高層集合住宅(ま、高層ってほどの高さでもないが)、デリーじゃ見かけなかった。
デリーとムンバイの地理的条件の差が街の景観にも大きな影響を与えているんだと思う。
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デリーは普通の平野の中にある大都市だから、四方八方に拡大する土地には困らない。
だから、高層建築もあまりない。土地がいっぱいあるんだから、高いビルを建てて高度利用しようなんて
ニーズも低いんだろうな。これ、ホテルから眺めたデリーの風景だけど、高層建築ってないでしょ?
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高層建築が少ない一方で、ムンバイより緑は多い街だと思う。
それもこれも土地余力の有無の差ってことなんだろうなぁ。デリーはちょっとした公園都市みたいな感じ。
(公園都市というのはホメすぎな気もするが(笑))。
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ガイジンが東京と大阪の両方に行けば、それなりの違いを感じるのかもしれないけど、
デリーとムンバイという二大都市の違いはかなり顕著だ。ま、なにせ広大なインド、この二つの都市じゃ
公用語も違うくらいだから、街の見た目からして違うのは当然と言えば当然だ。

しかしだよ、冒頭の質問に戻るけど「デリーとムンバイ、どっちが良かった?」なんてわかんねぇって。
現地じゃ歩いて街の見物することすらロクに出来ず、欲求不満を募らせたイ課長にこういう無神経な
質問するヤツは豚に食われればいいのである。イ課長だって「断然コッチの方が面白いよ」と言えるくらい、
あちこち行きたかったよクソ。

半島先端部にホテルを取って、街をぶらぶら歩きながら観光するならムンバイ。
車かバスという移動手段があって、見どころをあちこち回って観光するならデリー。
・・・とまぁ、この程度のことくらいしか言えないよなぁ。

あーあ、ムンバイではデリーにおけるチャンドニー・チョーク程度の小冒険すらしてない。
もうちょっと自分の足で歩かなきゃ、街の面白さなんてよくわかんねぇよクソ。
(↑隔離状態だったことがよほどくやしかったらしい)


 


by tohoiwanya | 2014-04-15 00:24 | 2012.10 インド出張 | Comments(4)
2014年 03月 23日

ベーカー街221Bを歩く

インドの話が続いたから、例によってちょっと別の話を。

唐突だが、あなたはシャーロック・ホームズの生年月日をご存知だろうか?
実在しない架空の人物の生年月日を質問するというのもヘンな話なのだが。

彼の誕生日は1854年1月6日という説が一般に(というよりシャーロッキアンの間で?)認められてるそうで、
今年は彼の生誕160年ということになる・・・らしいんだよ。
CATV(主にミステリーチャンネルとか)で、シャーロック・ホームズ特集の予告編をやけに見たから
今年はコナン・ドイル生誕ホニャ年or没後ホニャ年とかなのか?と思ってたんだが、そういうことだったんだな。

イ課長は少年の頃にホームズものを夢中になって読んだなんて経験なくて、大人になってから短編を
多少読んだ程度。だからシャーロック・マニア(俗にいうシャーロッキアン)では全然ない。それでも
「世界で最も有名な住所」といわれるベーカー街221Bのことは知っていた。
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  ベーカー街 221B    221B Baker Street


世界中のホームズ・ファンにとって、この住所はまさに侵すべからざる神聖なものなんだろう、たぶん。
ロンドンの、ベーカー街に面した、ハドソン夫人の居宅の2階にある名探偵の住所。
特にファンってわけじゃないイ課長でも知ってるくらいなんだから、本当に有名なんだよ。

Baker Streetはロンドンに実在する通りで、同名の地下鉄駅もある。
イ課長はこれまで2度、出張でロンドンに行ってて、2度ともパディントン駅近くにホテルをとった。
パディントンとベーカー街ってわりと近いから、地下鉄に乗るとBaker Street駅を通ったり
そこで乗り換えたりすることが何度もあった。でもこの駅で降りたことはなかったのだ。

2013年出張の時、ちょっと時間があったから初めて降りてみた。
せっかくロンドンに来たんだし、ベーカー街っていうのがどういうトコか見てみようと思ったわけだ。

通り自体は特にスゴいものではない。
古くからある、ロンドンの典型的な街並み、都心に近いけど中心街ほど賑やかではなくて、ちょっと
下町風テイストもある。東京でいえば・・そうだなぁ・・・大塚・巣鴨・駒込あたりの感じになるかなぁ?

各建物ごとに住所表記があるから、順々にたどっていってみる。
お?ここにベーカー街220と222が並んでる。こっち側は偶数ばっかり並んでるってことやな。
ってことは221Bは道の反対側にあるはず・・・
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・・・といっても、十分予想された通り、現在221Bという建物は存在していない。
このビルがそのあたりになるはずなんだけど、221番ではないのだ。
昔は本当に221番があったのかもしれないけど、再開発か何かで複数番号にわたるスペースを
このビルが占めちゃったんじゃないかな?
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このビル自体はベーカー街219ということになるらしい。でもこのビルの隣が221かっていうと、
そうもなってなくて、223だか225だかに飛んでた。何度も言うがベーカー街221は現在残っていない。
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たぶん小説では「ベーカー街221」が家主ハドソン夫人の住所で、その2階の「221B」に
ホームズたちが住むという設定なんだよな?建物の感じとしてはこの新しいビルより、むしろさっき見た
「偶数列」のたたずまいの方が「ホームズがいた頃のベーカー街」の雰囲気を残してる感じがする。
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ちなみに、このすぐ先にはシャーロック・ホームズ博物館というのがあるそうで、確かに鳥打帽をかぶった
呼び込み?のオッサンらしき人が立ってたけど、イ課長はそっちには行かなかった。
住所が極めて近いことをウリに博物館にしたんだろうけど、実在しなかった人物に関して一体ナニを展示するのさ?
「シャーロック・ホームズが使ったパイプ」とか陳列してるんじゃねぇだろうな?(笑)

地下鉄に乗ってホテルに戻ることにした。ベイカーストリートからパディントンまでは複数の路線があって、
イ課長がよく使ったのはベイカールー線(Bakerloo Line)なのである。

うお!駅にこんなものがある。
来たときは気がつかなかったが、壁一面ホームズ柄のタイルときやがった。うーむ、ロンドン交通局としても、
やはりベイカーストリート駅のセールスポイントはホームズであるということをよくわかってるようだ。
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シャーロッキアンを自称できるくらいのマニアがベーカー街を歩こうモンなら、たちまち
いくらでも書きたいことが湧いてくるんだろうけど、なにせこの方面に関しては
「少し読んだ」程度のイ課長だ。ベーカー街訪問記事もサラリと1回で終るのでした(笑)。
 

 


by tohoiwanya | 2014-03-23 01:44 | 2013.02 欧州出張 | Comments(15)
2013年 12月 18日

ヘルシンキの意外な第一印象

「住みやすい国ランキング」とか、「幸福度国別ランキング」とか「教育レベルの高さランキング」とか、
はたまた「汚職の少なさランキング」「福祉充実ランキング」etc・・・とにかく「良いこと」に関する
国別ランキングでは北欧国家が上位を占めるのが常で、フィンランドも必ずトップクラスに入ってる。

そんな国の首都に住む人たちだ。きっと日々の暮らしに充足して幸せそうで、アタマもよさげで
経済的にも恵まれた人が多いんだろう。どうしたってそう考えたくなる。

しかし、その予想はヘルシンキに到着したその夜のうちに大幅に修正を迫られることになった。
どういう修正が必要になったか?ズバリ一言でいえば「みんなガラが悪そうにみえる」んだよ。

スウェーデン・ミステリーで一世を風靡した「ドラゴン・タトゥーの女」っていうミステリーがある。
あの話にリスベット・サランデルという女性が出てくる。タバコ好きでガリガリにやせて不健康そうで
過激なパンクファッションに身を包み、愛想はゼロ、やることは過激。そんな女のコだ。

夜のヘルシンキってね、そこらじゅうリスベットちゃんがウヨウヨしてるような感じなんだよ。
革ジャン着て、ブッ飛んだ髪の色&ヘアスタイルの、パンク風ねーちゃんがやけに多い。
可憐で素朴な美女が多かったポーランドから来ただけに、その落差の激しさがよけい目立つ。
(下の写真は翌日に撮ったものだが)
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女だけじゃない。男も何となくチンピラじみた格好の連中が多いんだコレが。
夜の11時でも夕暮れのように明るい北欧の白夜だから、歩いてる人たちの服装もよく見える。
暗い夜道じゃあまり遭遇したくないタイプの方々と言っていい。
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そんなことを考えながら歩いてたら、異様に巨大な男がヌワッとイ課長の行く手をふさいで立った。
ドロンとした目つきでこっちをジッと見る。巨大ロボットのイ課長より大きかったから190cmくらあったと思う。
「なんかインネンつけられるのか?タカリか?」と思って緊張したけど、その男はただの酔っ払いみたいで
少しヨロヨロしながら、ヌボーッとそこに立ち続けてる。ワキを通ってさっさとすれ違ったよ。

過激なパンクねーちゃんやら、酔っ払い大男やらがうごめく、きわめて怪しげな夜のヘルシンキ。
あのねー、こう言っちゃナンだけどねー、ワルシャワの夜の方がもっとずっとお行儀よくて、街行く人たちも
マジメで純朴そうだったぜ?ヘルシンキって、実はヤバい街なんじゃねぇの?

ただ、ここで「ガラが悪い」ではなく「悪そうにみえる」と書いたところが重要なんだよ。
この直後にちょっと面白い体験をしたのだ。

ヘルシンキの白夜の怪しげな雰囲気に感心?しながら中央駅ワキの灰皿のところでタバコを1本吸った。
すると、若い女のコがタバコをたかりにきた。うひゃー。タバコたかりなんてポーランドじゃ一人もいなかったのに
ヘルシンキじゃこんな高校生くらいの、しかも女子が外人旅行者にタバコたかるの?ひでぇー、と思ったさ。

(たぶんフィンランド語で)タバコくれませんかって言っている。
イ課長は海外でタバコをねだられた時の常套手段、日本語で「すみません言葉がわかりません」と言って
トボけて断わった。いや、正確には断ろうとした。

するとその女のコ、「Speak English?」と確認し、英語に切り替えてタバコをねだり始めるではないか。
うーむ、なかなかしつこい。しつこいが、考えてみたらこんな風にバイリンガルでタバコをたかられるってのも
初めてかもしれんなぁ。しょうがないから1本あげた。

タバコをもらうと、そのコはボソボソッと何か言って立ち去ろうとした。ところが1・2歩あるいたところで
「あー!」と声をあげて、もう一度イ課長の近くに戻ってきて、英語で改めてThank you と礼を言った。
たぶんフィンランド語で「どうも」って言ったあと、英語じゃなきゃダメな相手だったことを思い出して、
わざわざ言い直しに来たわけだ。言い方や表情はややハスッパだけど、照れくさそうでもある。
(下の写真、横縞のパーカー着た黒髪の女子がそのコ)。
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黒髪で、肌の色もちょっと浅黒かったから、もしかすると生粋のフィンランド人じゃないのかな?移民系?
いずれにしても、これは非常に印象的な経験だったよ。

欧州でタバコたかりにあったことは何度もあるけど、日本語でトボケ続けると大体あきらめる。
どうせ相手は半ホームレスみたいな感じのオッサンとかオバサン、あと、やはり移民系ってこともあるな。
当然のことながらあまり裕福そうじゃない、学歴も高そうじゃない、ガラの悪い連中が多いわけヨ。
もちろん、おねだり言語を途中で母国語以外の言語に切り替えるタカリなんていなかった。

ところがヘルシンキのこの女子は相手に応じてすぐ英語に切り替えられるほどの学力を有している。
しかも、うっかり母国語で言った後、英語で「ありがとう」を言いなおす程度に礼儀?をわきまえてる。
夜の街にタムロして外人にタバコをたかるという行動だけみれば立派なチンピラ不良女子。ところがその
ガラの悪そうな不良女子が実はアタマも行儀も意外と良さそうっつうところが面白い。
「パッと見」は不良だけど中身は案外マトモなのか?外見と内面の矛盾に満ちた落差に興味をひかれる。
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「幸せで住みやすい国」の代表的存在であるフィンランド。その国の首都ヘルシンキ。
ポーランドでのサッカー欧州選手権を避けるため、というだけの理由でたまたま2泊しにきたヘルシンキ。
「ここだけはぜひ見たい」なんていう場所もなく、思い入れもなく、何となく来てしまったヘルシンキ。

しかしヘルシンキって事前に抱いてたイメージと実像のギャップがかなりありそうで、
意外と面白いトコなのかも。ちょっとそんな気になり始めたイ課長なのでありました。



by tohoiwanya | 2013-12-18 00:21 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(2)
2013年 12月 09日

ワルシャワ・最後の夜

前にも書いたようにポーランド滞在中のメシ生活は極めてショボいものだった。
これはポーランドのメシがショボいという意味ではなく、イ課長が(特にクラクフでは)疲れてて、
メシも食わずにビール飲んで寝ちまってばかりいたからなのだが。

しかし、ポーランド滞在中にマトモなものはホテルの朝食くらいしか食ってないっていうんじゃ
あまりにヒドすぎる。そこで明日ポーランドを離れるという最後の晩(つまりウォヴィッチ聖体祭の前夜)、
さすがに反省して「今夜はイスとテーブルのあるレストランで晩飯を食う」と固く決意してホテルを出た。

夜のワルシャワ。
賑やかというほど人通りは多くないけど、かといって物寂しいというほど少なくもない。
ネオンまばゆいというほどじゃないけど、かといって暗くはない。そこそこキラキラと明るい。
まぁこんなもんだろうな、という感じの夜だ(笑)。でも治安が悪そうな雰囲気が全然ないのは助かる。
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明かりのついたレストランがあったから、ここでいいやと思って入ってみた。
内部はちょっと薄暗くて、なかなかムーディな店内。
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何せポーランドに来て以来、ロクなもん食ってないからねぇ。栄養補給しないと。
とにかく肉料理だ、ニクニク。「リブなんとかかんとか」ってヤツをオーダーした。

どっかーーーん。
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肉ざます!っていう感じの立派な肉塊と、パンと、あとはビールだけ。
非常にシンプルだけどおいしそうだ。日本を発って以来久々に食うマトモな食事。
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こういう店で一人淋しくメシ食うのはわびしっちゃーわびしいけど、ハッキリ言ってもう慣れた。
楽しく談笑しながら食事する現地人に混じって、地図とかガイドブックとか眺めながらビールを飲む。
これはこれで「ああ我、遠き異国の地にて今宵も一人夕餉をこそ食いけれ」てな感じで
思わず係り結びの助詞なんかひっぱり出して旅情に浸りたくなる時間でもあるんだよ。

この店、ウェイトレスの制服がちょっと民族衣装風でなかなか可愛いね。
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・・・と思ったら、これ、今年正月の海外美女図鑑に載せた、かわいい「口ひん曲げ女子」と
同じ服じゃん。ってことは同じチェーン店だったんだな。へー。
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ビールをお代わりし、久しぶりに食うマトモなメシを一生懸命食った。この通りキレイに完食。
ただしメシ代がいくらだったかは忘れた(書きとめろって)。
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日本の6月ならもうけっこう蒸し暑いだろうけど、ワルシャワの6月の夜はまだ「涼しい」といっても
いいくらいで、暑くも寒くもなく、いい感じだ。のんびりとホテルまで歩く。

文化科学宮殿のライトアップが見える。キレイだ。
キレイだけど、「魅惑の夜景に酔いしれる」というほどでもない。まぁまぁの夜景というべきか。
相変わらず「まぁこんなもんだろうな」という感じの、夜のワルシャワ。
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ワルシャワって、第二次大戦でボコボコにされたせいか、街にプラハみたいな「中世の香り」っぽい部分が
極めて希薄で、ある種の「アカ抜けてなさ」、言い換えると新興国の大都市的な感じがある。
でも、第二次大戦がらみのダークな場所をたっぷり見学してきたイ課長にとっちゃ、そういうワルシャワも
また愛着が湧くってもんだ。

生まれて初めて行った国・ポーランド。
5泊したポーランドでの最後の夜はこんな風に過ぎていったのでありました。



by tohoiwanya | 2013-12-09 00:11 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(2)
2013年 10月 22日

旅のコンセプト・チェンジ

さて、ワルシャワの話に戻ろう。
といっても、もうダークなネタは出てこないから安心しちくりたまい。

ところで皆様はワルシャワ=Warszawaという地名の由来をご存知だろうか?
童話みたいな話だから、ご存知の人もいるかもしれない。

むかーし、ビスワ川沿いに貧しい漁師と、その女房が二人で住んでおったとさ。
ある日、漁師が川に仕掛けた網をあげると、なんと、中に人魚がかかっておったのじゃよ。
漁師はたいそうびっくりして、その人魚を家に持ち帰ったんじゃ。しかし人魚は悲しそうに
「どうか私を川に帰してください」と頼むので、不憫に思った漁師と女房は相談して、
人魚をまたビスワ川に戻してやったのじゃ。

さぁそれからじゃよ。漁師が川に漁に出ると、いつもいつも網は魚でいっぱいの大漁。
やがてその漁師の家には遠くからも多くの人が魚を買いに集まるようになり、人が住みはじめ、
あたりはだんだん大きな町になって、その漁師もずいぶんとお金持ちになったそうな。
実はこの漁師の名前がな?亭主がワルス=Wars、女房がサワ=Zawaといってな・・・



はい、おわかりになりましたね?(笑)
なんと、ポーランドの首都・ワルシャワは漁師夫妻の名前をくっつけたものだったんですねー。
ホントだってば。これはワルシャワっ子なら一人残らず知ってる、由緒正しい伝説なのだ。

その証拠に、ほれ、伝統あるワルシャワ市の紋章にも人魚がモチーフとして使われている。
ワルシャワといやぁ人魚。これはもうベルリンの熊と同じで、切っても切れない関係なのである。
(市章の画像はWikipediaからいただきました)
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ワルシャワ旧市街の中央広場、そのまた中央にワルシャワの象徴・人魚像がある。

けっこう大きい銅像だ。世界三大がっかりの一つとして有名なコペンハーゲンの人魚像よりは
(そっちは見たことないけど)ずっと立派なんじゃないか?
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後ろを見ると・・・おおッ、なんとなくそのヒップラインはデンジャラスじゃないスか?人魚さん。
イ課長が持つイメージでは人魚って、大体ヘソ下あたりから魚になってたはずで、こんなに風に丸々と
お尻が見えてるとハッとする。この人魚はヘソよりだいぶ下・・ほとんどマタのあたりから「魚化」してるね。
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この人魚像があるワルシャワ旧市街広場。戦争で廃墟と化したのを、記憶と資料を頼りに執念で復元して
いまや世界遺産。周囲の飲食店がびっしりとテラス席を作ってる。夜はにぎわうんだろう。
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しかしこの時はまだ夕方。レストランが込み合うにはちと早い。
しょうがないからシェフ自ら広場に乗り出して呼び込みだ。しかし客は一人も引っ掛からない(笑)。
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「あーヒマだ・・・なぁ、今夜店じまいしたら、オレと一緒にディスコにでも行かねぇか?」
「やーよ、あたしこんなペッタンコの靴はいてきちゃったし。また今度ね」・・てな感じかな?
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なんだかね、こうやってワルシャワ旧市街広場をのんびりを眺めてたらね、やっと「いつもの調子」に
戻りつつあるって感じがしてきたんだよ、イ課長は。

クラクフからワルシャワに戻り、なおも旧ゲシュタポ本部やらワルシャワ蜂起記念碑やら、ダーク観光を
続けたんだけど、事前に見たいと思ってた第二次大戦ガラミの施設も大体見たかなぁという気になって、
のんびりとベンチに座ってたら、ようやく「いつもの旅行者気分」が少しずつ戻ってきた。

新世界通りの方に歩いていくと、ポカポカのお日様の下でワルシャワっ子たちもボーッとしてる。
よし、ひとつイ課長もボーッとするか。
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昼間の長い6月とはいえ、さすがに少し日が傾いて影が長くなりはじめた夕方のワルシャワ旧市街。
イ課長にとっちゃ、おそらくこの旅行で初めて「特に行くべきところ、するべきことがない」時間だったかも。

この日は水曜日で、翌日木曜は聖体祭でポーランドは祝日。だからみんなものんびりしてるのかな?
明日の聖体祭にはイ課長もウォヴィッチの聖体祭パレードを見学に行くというお楽しみが待っている。
それならもうここから先は楽しいことだけ追求してさ、ダーク観光は終わりってことにしねぇか?
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冷たい雨が降るクラクフでのダークな観光はけっこうツラかった(←よほどコタエたらしい)。
こっから先はダークなものは一切見ないでさ、のんびりとポーランドを楽しもうウンそうしよう。
スケジュール上、「前半暗く、後半明るい」というのは想定されたことだったけど、この際それを徹底させよう。
本日ただ今から暗い観光ナシ。もしたまたまそういう場所に遭遇したら目をつぶって通り過ぎる(笑)。

「ここまではひたすらダーク志向、ここから先はひたすら楽しく明るく」

旅の志向性がガチャリと音をたてて変わった、ワルシャワ旧市街、初夏の夕暮れなのでありました。

 


by tohoiwanya | 2013-10-22 00:44 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(6)
2013年 10月 09日

ワルシャワという街

クラクフから乗った列車は真っ平らな田園地帯の中をひた走る。
そもそもポーランドっていう国の名前が「平原の国」っていうくらいで、山地が少ない国なんだよ。
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何もない平原ばかりだったのが、線路沿いに倉庫みたいな建物が目に入りだす。
少しずつ都市の外縁部に入ってきたな、っていう気がするね。
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だんだん集合住宅なんかも見え始める。もう都市近郊といえる風景になってきた。
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お、ワルシャワナントカって駅に停まった。
ってことはもうワルシャワ中央駅までもうあとひと駅か、せいぜいふた駅だろう。
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というわけで、2012年6月6日水曜日、イ課長はクラクフから懐かしいワルシャワに戻ってきた。
到着して最初の1泊しただけの街だけど、懐かしい。どうも外国ではちょっとでも滞在経験のある
街に戻ってきたり、再訪したりするとやけに懐かしがるのがイ課長の特徴みたいで、初の海外旅行で
行ったN.Y.からフィラデルフィア日帰り観光に行った時も、帰りの電車の窓から再びN.Y.を見て
異様に懐かしく感じたもんだった。その数日前に生まれて初めてN.Y.に来たくせに(笑)。

前にも書いたように、ワルシャワって街は第二次大戦でカンペキに破壊されつくしちゃったから、
クラクフみたいな「古都」という風情はない。社会主義時代の雰囲気を色濃く残すガッチリした建物と、
その後の経済発展による新しいピカピカの建物とが混じり合った大都市って感じかな。
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イ課長としては、どうしても「ピカピカ系」より昔の建物の方に興味をひかれる。
社会主義時代の建物だなっていうのは、すぐわかる。建物外観に柔らかさみたいな要素が皆無で、
ガチッとして重厚で、せいぜい6〜7階建てくらいの低層の建物が多い。
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これもそう。ソ連支配当時は何かの官庁があった重要な建物だったらしいけど、今はオフィスビルか?
四角形が強調された重厚なデザインで、面白みはないけど、イ課長としてはキライじゃない。
ヘンな言い方だけど、建物としての「キャラが立ってる」という感じで、これはこれで立派だと思うんだよ。
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イ課長がこれまで行ったことがある東欧の街っていうと、プラハとブダペストだ。
どちらも(特にプラハは)昔の建物がけっこう保存されてて、中世から続く東欧の街っていう歴史の香りが
濃厚に感じられるけど、戦争でペチャンコにされたワルシャワにはそういうのはない。

しかも、古い建物の壁面にこんな巨大落書きがあったりするからね。
ハンマーと鎌のマークがあるから、社会主義体制を風刺した絵なんだろうな。
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こんな落書きもあった。
JEWISH PRIDE(ユダヤ人の誇り)なんて文字を見ると、かつて市内の中心に巨大ゲットーがあった
ワルシャワに来たんだなぁと実感したもんだった。
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新しい建物はモダンではあるけど「東欧ならでは」とか「ワルシャワらしさ」なんてものが皆無だから
キレイでも面白くはない。これはワルシャワ中央駅そばにあるショッピングモール。ここはなんといっても
入口のグネグネした曲面が目立つ。
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中はこんな感じ。実はこの写真を撮った直後、写真右下に写ってる警備員がイ課長のところに来て
「写真はあかんで」と言ったので、「さよか」と言って素直にカメラをしまった。
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ワルシャワに戻ってきた水曜日は、それでもまだ旧ゲシュタポ本部とかのダークスポットを
見学したんだけど、幸いなことにそれらはもう書き終わってるので(笑)、次回は
「ワルシャワといやぁ、やっぱコレだろ」という建築物について書こうと思う。


  

by tohoiwanya | 2013-10-09 00:06 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(8)